揶白 (KF)

絵画

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    Works 46
  •  良い波長

     

     

     

    「動いてる、止まってる」から始まる

     

    今が違う

     

    今、概念が違う

     

    概念が違えば字が違う

     

    字が違ったら

     

    現実が違う

     

    可能性、そこから顔を読む

     

    見、これが仏道の「面」

     

    南無こんがら

     

     

    「大霊」

     

     

    南無導師菩薩

     

    特別という、

     

    人に有って人に無い言葉 美しい海と空

     

     

    実ハ違っても平等

     

    取り返しのつく間違いと

    取り返しのつかない間違い

     

    南無薬王菩薩

     

     

     

    南無弥勒菩薩

     

     

    龍など、暴れんぼうの霊をおさめる

     

     

     

     

    精霊、白虎   

     

     

     

    わかったこと、霊を見ようとする

     

     

    ・観察していると形がない

    この感覚が好き

     

    ・流さなければいけない毒と、心を揉む力、この二つがある

     

     

    並列しざるをえない人の透明な感情、教え、何か動いてる心(封じ)、それでも同じくらい壁のある命、簡素、実践、やっていくしかない、地球などを考える、惑星と宇宙、霊的な土着と郷土を捉え、綺麗になる。その間にある愚直なら漢字と思われる。解りは前後を覚えているから今からでも大丈夫

     

     

    霊チェック

     

     

    4点

    想像

    努力

    しないで良いこと(他人のチェック等)

     

     

     

    神道さん…知識がいる

    神に持ってかれるひと…出くわすまで細心な理由がある。

    …閻魔

     

     

     

     

    ひのためしが鳳凰

     

     

    細いから視認しにくい 龍

     

     

    プライドが高い 白虎

     

     

    亀歩み あったりなかったり

     

     

     

     

    菩薩

     

    客観を捉える

     

     

     

     

     

     

    元 離れナアカンかった

     

    金されど金、これがわかる

     

     

     

    霊的 実際と言ったその私が現実ならそれは実際だ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 仏陀の名前

    蟲の通るあの波が、人の視線から海をともない、お向かえがようやく存在している吉として見、一人一人が相手になり対処していくことであるのかね、といった拒否である。

    人々は良いものを着て、ちゃんと生きようしている。誰でも繊細な人肌に合わなかった。

     

    合わないものを出してしまった。→でも工程で調整してくれた。→だから、良かった。→でも自分の出したものは残る、だからそれは何だったのか?、それが、「合わないもの」。内容は、正道の真上をぶつかる。「こう思っていたけど、こうだった」これは、梯子という段差を緩和するアイテム。作製は自分で。

     

    良いものがなかったが、良いものをきれるようになった。感謝して頑張ろう、としている方からの反感はある。現実に心なのだから、「心」をわかってくれる。その方から聞こえる言葉「伴に死なんとって」は、その中に反感した人と反発を分けて正すことが出来るかがこの先の心としてある。

     

     

    「工程」など設ける専門家はすこやか。ただでさえ繊細な人肌にたいして、器用さを帯びひげも生やす。世界の先に専門店があるのだ。自分と対角するような対象的相手があり、優劣じゃないことを知ることに優しさがありそれを続けると言っている。そこに甲斐しさがある。こういった「専門店」や鋭い言葉、こうした丸みに揉まれることが今なんだ

    というタイミングもある。

     

     

     

    詩を書くこと→三者的に詩人を発生させる

     

    優しさにたいしては不理解と無理解が乱立し交差する中で、言葉負けという顕著な短所を気にする上で許された時間を追う。

     

    霊的にちかいひとがいて、縁を小まめに大切にし本当に「近い、身に合う」ともその過程に、勇気を伴い人の経験する良さを待っている。「近さ」の一体を見抜いてあげる。give.

     

     

     

    南無と唱えることの出来る希望がある。溢れている。

     

    心と現実との間に潜める次元性も理解出来つつある。

     

     

    自分の中にある相互感のある理性が不釣り合いな二つとしてある。主観とかと思う。非合理性という言葉が思想の中にはある。これが存在すると言われていたそうだ。

     

     

    我という自身は普遍を考える態度についていっている。そこから言葉の切り方を学び、今は「おしげもなく」を学んでいる。同じ目標なら、並列する姿勢を捉え、

     

     

    自分にあったのはなんだったけ?

     

    自分は何を持っていたっけ?

     

     

    知識のある人ではなく、走りの一位の人を中心に置くこともあった。

     

     

    問題があるから良い。と言われた。

     

     

    「それをやったらその人と数年でも引かれるのではないかい?」

     

     

    いくら映像でも、何でも、それは個として考える。

     

     

     

    南無、仏陀。と、唱えたそこに如来が。

     

     

     

    自分以上の問題がある。と知るまでにわかる、わかっちゃう。瞬間が人間間である。それが、寛(ゆた)のたゆたに、という言葉なんだと知るように人生を大切にしたい。

     

     

     

     

    やり方を教えたり、笑いあったり、製作の新しい部品するを見る。

     

     

    心の中は楽しい。心と形にし、次元を通過する、次元化したとき、心の中⇔内面、内面が別の対に成り多面化をはかれ、構造を感じられる。立体化した分別、整頓という自身の寺による工夫がなされる。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    字の限界

     

     

    与えようとしない性格、自分で学んで行く物理性がある。植物を起源とする自分。硬い言葉の噛み砕きがあれば伸びる。

     

     

     

    水星語

     

     

    失敗という過程として起こる精神。

     

    創作意欲のそばにあり、製作からなる私の一方は専門店。

     

     

    創作はいつも結果的なのか。

     

     

     

     

    猫の爪、や!、歯のように言葉で闘うフィギュア店。部品倉庫を漁る。芸術屋にこんなんはどうか?と話になっていたことを思い出す。芸術の爆発か、職人的に生真面目さを芸術とするのか、それに彫刻家は別に存在するのか、真面目に考えると、名を持つことにたいしての理解がいろいろあった、結局。

     

     

     

     

     

    他店「魔法ショップ」うちより老舗。これくらいの分厚い本を私は購入している。通ったお陰で魔法か単なる毒性か分別性を学ぶ。自分は、霊感にハマっていて、その前に無理に修行を強いられていてなかなか通えない。

    薬草的に二冊ほど置くとしたら、「白魔術全書」「図解、悪魔」

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 対話、対他者。(編集中)

    縄文時代に作られた、高層の社を知っている。現物はしないが、災害に遭い、模型を難波宮博物館に置かれていて、見に行くことが出来る。太い柱の大きなそれは遥か遠い、木の階段がある。それは104メートルあって、高さは天まで届いている。上では大神が社に祀られる。一旦、という神と民の願いがその時噛み合ってそこに在る。

     

    自分にとって大神とは何か、もしくはいずれなのか、成るか。天使、韋駄天、無限体、目指せる系譜として、それに向かって一生懸命行く。古代は、神とはもっとぴたっとした暮らしだったのだ。霊的にもそれは大変なことだと思う。自分がこうした菩薩と同じことをしようとしても、出来るわけなどなく、では自分が神との歩み寄りは、濁美な川も現存する、もう少しまばらな用意や細かなと

    無限世界何だの跨ぐ前に、有限が出来るかって言ったら出来ていない。

     

     

    顔…顔というのはもっと奥深く、能でも芸術でもずっと昔の人はわかって言っている。

     

    厳かなと聞いて、永遠に閉じられるのではないかというひとを見ると、私は滴々と零れる水の音さえ感じる。岩洞窟のそこに祖のけわしい顔が見える。そこに細い草々が透明に青くひかって広がっている。まだらに広がり続ける矢先には、空なるエレメントがある。

     

    国籍を聞かれた時、国というのはずっと国だった。と答えるしかない。こんな風に物事は説明の具体にさしかかっている。有限という自分にとって大変なことを頑張った数=美人

    カオ、カタカナと言う決まり良さ。

     

    金銭であれば、物としての像であり、その木片凹みとマイナス自身を捉える。

     

    何か素材の名称にたいして木を木製と言ってみたり几帳面で、このような角のある言葉は、自分が邪魔な場合はよける。動かす。(「自分の話」が長い人もいる)

     

    真実を伴い、嘘があって、豊かさがある。それをそう思うより感じられる恵みや意識にたいして、大回りしたら良いと思う。

     

    祖と話す。対話、対他者の希望。草原にこの芽が生えて、それが明るんで行く。ずっと見ていきたい、と言った。間にいる彼の向こうにも誰かがいる。目に映らないが、理解、この字には空間があってリカイとは書き物をしているときでもない。嗚咽、良いと思ってた字がこれがこんなふうに感じるのを思っても見なかった。神は一直線で、合わせなかった人の方が折れた、折れたところから何かする。同じ方向を伝え必死で避けていかなあかんかったとこかある。

    沼、や野、山、池、流れ川、これっきりだったどちらかというと神的な要は仏と、今人間の自分が神との歩み寄り方、十分、客観的な対話を、これからこそ求められる。仏と自分のこの違い、「互う」といい、自分を求め相手が相手となり、話す姿勢を仏と養う。この字を子、アニメからもそれは伺える。古代と自の探求の滑路として、土着された時代の定義や暮らしに調和している。

     

     

     

     

     

     

    心の空いていることが悪いわけではない、川ある自分としての寄り添い方とは、天にあらず、

    天方とは天にあらず。

     

     

     

     

     

     

     

    この世界で、靡きかける。キリストや絶対を感じることに含める学び。
     

    空想のまま、間を壊さないややの気遣いなどはとうになく、破壊してきて空想をそのまま話すことを、人をノートにする、人をイスにする、と言って天地でも生活でも蔑まれる。

     

    そんなに考えることがあるなら、人は空想するスペースや間を作ることをする。それが人体の構造で、それを破っているねん。私は私の幅を守っているから、同じことをしてない。同じことをしていないってムコウはわかってる。知ってる。だから確信犯だ。その肩を持つ小さな感覚は小さな感覚なのだと思う。大きな愛とか罪とかがあって、蟲もいて、それから離れた人を呼び戻している。

     

    普段、無視出来ていないといけない事がある。人間区切りがある。この上で付き合う泳ぎと、抵抗力、意識がある。御手が御手として、握る。その循環に取るものを内側から無視する。線を引く工夫。この工夫する感性、正しく見ることそのものを養う。

     

     

     

     

    壮大な話をしても現実が突き刺さる、いくらでも落ちて行ける、六道輪廻の知が人生の中にあって、民でも王でも人として恥ずかしくなさ。こう考えるこの自分にかけられた平等な態度が、少しの知が人生にあって、朝焼けを見る。そこに、険しい地球の表情がある。迎えようとする。自己が何かを知るのはここからでも遅くない、と許された惑星とは完全な霊の形を学び取って、

     

    閃きは、

     

    取り入れと、融合と、いう言葉による美しい化合の方法、修復、分裂、委ね、抵抗、どれも精神。より大きくなる為に、これら砕き手である肉体、物の肉体には、整頓、と言う精神がある。私は見えないことを見えたからって見えたことにはならない、と言うている。

     

     

     

     

     

    実際の自分の大きさに合わせた道具を作るのに、軽い力で人と同じくらいの重量にする物の為にもうちょっとここ極めると多めに養っていた。ひとりだけ研師は構わない、という客観性から人間関係を諦めていないという意味を伝える。こういった継続が続く陸を想像し、含めて捏ねてたら間に形作られる言葉が利いてきた。自然を大事にする。

     

    断絶(No)と違いを伝える(Noのない言葉)、は、異なる。

     

    案外、一人でいたほうが誰かに出会って、誰とも出会わず休む人も大いにいるんだと、愛に視点を変えては思う。

     

    ちゃんと生きていて、澄ませていったら、湖では精神界で見たかったこと何でも映してくれると思う。

     

     

    自分の国を大きくする為に、ちゃんと人のこと利いてたら「理由」からになって来る。みんな、何かをちゃんと言おうとしていた。押しても引いても開かない扉はもしかしたら自動トビラなのかも。

     

     

    そうしていなければこうも出来ない。陰陽の噛み合いを、噛み合う瞬間として、勾玉の石の一個を、一つと数える。まるで頭上にあるようなその石のかたち。物が溢れる時にあり、決して考えられなかったことの、物や物や中にいて、収束を感じている。

     

     

     

     

     

     

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  • 天満を歩く

     

    裁判

     

     

     

    こんか良い人を!と怒ってくれる方もいた。

     

    私はまず、忸怩、たいたうう言葉を思いだし、次に文化を楽しむことが楽しいとこんな気持ちを持っていることを感じた。

    いろんな知識が擬宝珠の心の中をぐるぐるする。具体的に、無料が無料だから、したいことをするのも空いていて軽く、取りたいとき動けて、安い。

     

    事件、私は「心」この勇気を思いだした時、何につけても疑うことなく、こう思うこのようになってる時代の、こう枝の山をくぐり抜けてやろうか、と思えた。責任だった。

     

    一方、一方を確かめず、ただ、もし笑う人が、よりも、縁とせず悪いまま利用をされるかもしれない。注意をして考えたところ、  ここから騙される人もいるからだ。考えた。

     

    疑いもなく、こう思った自分がいた。

     

    私はまず、忸怩、たいたうう言葉を思いだし、文化を楽しむことが楽しいと、こんな気持ちを持っていることを感じた。

     

    いろんな知識が擬宝珠の心の中をぐるぐるする。具体的に、無料が無料だから、したいことをするのも空いていて軽く、取りたいとき動けて、安い。

     

     

     

    それか、そうなら、あれやこれやをほそーく歩いて行く、出来ない。空に相談した。こうここで訴えは終わった。やさしい淀みが心を締めつけた。たぷたぷ、たぷたぷ続かせた。いま、この時訴えが締まり、終わった。

     

     

     

     

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