揶白 (KF)

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  • 読書感想文

     

    見た夢を、愛しながら紡ぐのだ。

     

     

    青森様が、どどすこ構えて寸劇を開く。

    一度、長崎で関係を持ったことを頼りに離さず、まるで林檎をもぎ取るような必死感から、私には届かないと思う赤い笑顔をしていた。関係ないこともないが読んだ時が被って自分の想像で重なってる三島由紀夫が「下手でもいいからちゃんと書く」と言っていた。この林檎のことをを何も知らないのに涙が出てきた。魔方陣を描いて祈りをする。お国柄か美しかった。ケースで送ってくれたムーは、皆丸々太宰治でびっくりした。まだびっくりしている。何かで喧嘩して亀裂を思うと、神様の鼻に狐がのってる。鼻まで見えるからそりゃ吉なのだろうと知らされる。

     

     

     

     

     

     

    言うたって、で構える大阪。

     

    言い方を氏神に聞く、と私が言う。ちょっと待ってて。と。

     

    たとえば、イザナキ、イザナミの神話から、この「聞いてきます」の言がややずれている。だから、人らしくて⚪となる。

     

    自由がていしき故助けられない。

     

    青森様、様々にしろ、思ってこれ(私)は、「さすがだ」と思う、それだけの人、奴、心が生きていないわけでもなく、それだと定めると、何かとアプローチや聞き方が分かる。噂まで、となっている。

     

     

     

     

     

     

    この頃、サターンが出てきたが、背後にいたのはやはり武士、侍。「誰に似たのかな。」愛しいらしい。

     

    エロスとは。小言発言で有名なロードマスターである。

     

    あの人だ。あの人。唇噛み締めながら考える。連いて行けないあの人。しける気持ちと、熱くなる気持ちの両方を抱えながら心を揺らしている。こんな僧境の先に

     

     

     

    思いはする、が、言葉を詰まらせるようなそんな新鮮な気持ちになってそのままおずおずと通信会話をする。何かが意図的に運んでいるような気もするが、仕方ないだろうとか、ありがたいとか、色々思う。

    話しの中で、こんな事があった。

     

    衣食住である。これは生きるもの、事の基本。自分に起こっているこの大きな事にたいして武士とか昔からは「大事」という言葉になる。衣というのは思えば思うほど難題で、苦しいのだ。その点で、それがない、あるいは出来てない、あるいは好きだ、という点で「巨根」を気にしている。これが正直だ。進歩とか、進化とか

     

    自分は意識ある方なので、意識を逸らせることが出来る。

     

    意識が本当に別の方にある。こう生きたい、どうしてもこう生きたい。そう感じれる地方もある。退廃思想、それはパッションであり考える以上の心の表現。だからお洒落で、だから心の傷や穴を埋めている。

     

     

    非コミュニケーション、非コミュニティ、仲間を作る、友達を作る、流れるように出来てしまったもの。親友が他にいたりして、多少なり利得関係を含んだこの友達。「私は友達だから。」この怪しい言葉が、澄んだら、色を足したように啓蒙している。

     

     

     

     

     

    サターンだと思った、この一日中、誰がムーなの?

     

     

    このところが、まだ信じれなくてぼんやりしている。Satan、サターン、お伽噺の中にあるからそれは離ぜつしていて、他になくて本当に可愛い文明なのだ。だから、大事なら、混同されない全く別物の、、と思えるなら、お噺か本か、と言うきっぱりした区分けが心の視線の中にある。本人のうちに二種があると面と向かって言われそう虐げられるような、それこそサターンの存在する、何か平和の秘密が知恵を絞って、それでも汗のない奥深い気品がする。昔いた人の到達を感じる。何者でもない自分。

     

     

     

    読書とは耐久で、こうページを捲って、いって、一枚一枚読んで、あの人、あの方の読書啓発を同時に、平行世界のようにしている。うつろな願いを叶えながら息を飲みながら笑うという様なはじめて思える感情にうろたえながら、こうやって人と人が繋がったり修復するんじゃないか、と抱いている。

     

     

    トランプとか、今思えば高尚なゲームの

    ハートの1の人って、さっきのムーらしい。と、微妙に抱えられない気持ちを抱えて、干渉などは、こんなは上空の言葉であるから有りもせず、ハートの1って他の色んなカードをいつも見たり触ったりしている分では、後ろの方にあるから可愛いのよね、と、でも前にめっちゃ出てるって言うようなことは、時代のせいか、司る本人のせいかは、私らでは分からない。何か題名がある、と思えるのは大分、未来の話、脈絡であったり、今のハート1ってデビットカード、デッドガードだったりして、そしてそこに生まれるこのカードの奥行き感を以てして引き締まっている、一番上に置かれ、この手で閉じる。箱に納められているでしょうか。

     

     

    纏められたり、助かるんなら、何がどっちでも良いゆえ。

     

     

     

     

    バカに出来る自分、こうでも行ける、とか

     

     

    こういった自分が好き、という言葉は必ず何か大人になる先にあり、まだ自分が嫌だと言うのなら原因を自分史に持ち、それでも自分が好きだと言い張るのなら、他言無用の前に、自分のこと、のようにして腹を立てどんどんストレスが溜まるだけだろう。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    哲学満載のサタン編であった。全部纏めてみたら、どうなるだろうか。

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  • アッテルニ送ル言

    マラと言う神社がある。男性器を表している。

     

    金はないけどおっちゃんとこは何でもあるぞ。と、伯父は言っていた。

     

     

    胸をあらわすビーナス像など、アッテルにしても良く育って来たのだろう。巨根の皆さまを歓迎する。苦渋という名だ。

     

     

     

    一緒に迎え入れた友達は、「へへっ」と

    言い何が小さくてもとてもこう、可愛らしいなぁ、と思う。日本性というのがわかり、却って活かされている。

     

     

    いくら何を綺麗と思ったとしても、目ばかりが大きくなるのはかっこうが悪いと思う。

     

     

    人っていうのは一人だし、事情がどう転じても、空気ともども自分を大切にしたい。

     

     

     

    スサノオがある日、精一杯に生きるなら良いと言っていたけど、

    「自分で精一杯」こう思ってもいいのだ。本当にこう思って良いのだ。

     

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  • 私から見た彼の纏め

    総体的に驚きの話である。

    女を必死に追いかけ回して、マウンテンバイクのようにジャンプしている人もいる。

     

    私が唐揚げ屋に飯を食べに行った次の瞬間は、ごたごたな気が整えられていた。

    アッテル、彼は実は普通に大人であるので、経を読んだら業を綴じ普通に過ごすらしい。

     

    彼は、私のファンだったのだ。

     

    私はいつでもいてくれる友達と遊んでいる途中、ぼーっとアッテルとか色んな夢のことを考えている。気に何か奇怪なものがある。何なんこれ、おちょくっとんか。

     

    そして見つかった彼とは、彼方方面でも悪い人だった、という話。

     

     

    これ程べたべたで、話のわかる人なら、即会いたいと思うし、こういった自分の情緒にたいしては哀しみを覚え

     

    裏切られたような何とも薄い気分が、いつまでも続くことを私は知っている。

     

     

    彼がどういう人生を送るかは知れないが、何かときめく存在によって穴が埋まるとしても、アンタ次第、私次第の

    所が必ず有る。功徳のアルバイト人生なら、まぁ、続けるものがあるが、「それ」どうにかしなきゃ、知らんぞ。アンタの今の原点が、わし。わしより、わしの方(全体)でアンタが、前に出るな。この力加減わかってくれたら嬉しいな。これを永久にこうするなら、続ける事が初めて出来るし、いてやろう。となる。関係性的上下はともかく、精神性のある、そんなものと暮らしたい。いる    っていうのは、Likeじゃないのか。

     

     

     

     

     

    様々な話を聞いたが、毛先をころころ変えず、筆軸をしっかり持って、「前」が見えてた頃の人間を忘れないで欲しい。

     

    髪形がそんなに気になるなら、ちゃんと整えを追究して欲しい。

     

     

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  • わかっている自分

    万人は、わからないとこには目を背けて良い。

     

    前記の彼は、無駄ってこと。

     

    そうまっすぐ考えた時、

     

    例えば気の話では、彼のなにかが「私の元気」であっても、もう意識はしないのだ。

     

    生きることに真摯に歩み、真面目に見つめていたい。

     

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  • 名前のない罪

     

    くたばれ、とさっき言うたが、それは続いている。

     

    サターンを名乗ったアッテル、彼の優しい時という時間帯は、わい自身の徳であった。残念感はある。

     

     

    はっと裏から臨むと、この彼とは自分の悪意を見せびらかすことの気持ちにあっさり堪えず、見せびらかして助かる為に今はムーばっかり狙っている。真意でムーにまみれている私にたいして、ムーを見てました、彼女を愛しています。がオチらしい。

    意地悪をして死ぬ人らしい。

    まっとうして生きる分、問題ない。

     

    そういうやつが落ちても、虚しかならない。

     

    「あってない」、アッテルではないのだ。

     

    「照らされて生きるのはアンタもっす。」最近覚えた歌を歌って見送る。

     

     

     

    振り返ると、一生懸命運んでいるのはわいら。信心が運んでいるのは罪人なのだろう。

     

    キリスト様、携わらせて頂き有難うございます。

     

    私は祈って、こういう事を、望みはしないわいら私らにとっても、事がどういうことなのかわかった。つまり、彼のことや、彼のしてしまった大きな事。キリスト教、仏教、教えに満たない。

     

    「どこかではなく、実在する。」とも、この人は最後に聞いたのだ。

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  • 失敗文化かな

    私のアッテルは、男と遊ぶのを拒む。友達だ、大丈夫だ。と話す。「他があかん」と「言ってるだけ」のようである。彼には思いの義務がある。が、聞かなくて良いそう。エゴとエゴを手にし、南無。

     

    こういう言葉にしっくり来る人も多いだろう。うんと会話が弾む。私としては対面的に歴史的にも関係しないから、人びとはすっかり場を間違えている。白けきった目で言うが、こうであるならうちでは「会話集」を発刊するのがならわしである。万葉集、古今和歌、そんなものより下る。私には一切触れないで欲しい。会話どころか会話では済まされないだろう。

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    揶白 (KF)

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    Diary

    選択している感がある

    2022/12/20

     

    ニューワールド

    ムーを良くしたいと躾けすること。

     

    ムーに殴りかかること。

     

    どちらもエゴであった事。

     

     

    むしろ、倒すことのほうがそうではない道だ。だから、そうやって天の許しによって、善的で有り、初めて上がる。

     

    「焚く(たく)」と書く。匂いが、人側の努力を以て獣の焼けることかんばしく、縁起が良い。嗅ぐと目が冴えるし、恐竜がいた頃、そんな歴史があって地球らしくあるらしい。ららら、と歌いたい。

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  • 大地には火山的で活発なんだろう、我は静かにふつふつとしてるだろう。

    大地が何の用じゃ。

     

    の喧嘩とひたすら並行しながら、大陸方面の方を歓迎する。こちらは島方面。地道と言う語の異なる中で、良く気遣い合っている。「海なめんなよ、人間関係なら続けろよ。」という世界の先輩方と共に息を飲んでいる。時々見つけたムーを運んで来てくれる。大変だったんだなぁ。と目を合わせるが、逸らし合う。

     

    天運と今の運が有る、これも神様で「大穴牟遅」という。

     

     

     

    どうやら我とは、「一人立ち」がテーマのようである。助けることを食い違えず欲張りは有るけれども私は助かってる、よく出来てる。

     

    そもそも、対他者と粘り強く話そうとしたところにこう解りがあった。

     

    日本人が自らピエロの相貌で、「相談もせず、人の口も聞かず、いきなり行動を当て付けて来る。そんなやつと話せる言葉はないんだ。」と怒った。堪えて通し読みをしつつ、一羽のカラスの本音から

    生まれた「一人立ち」という言葉。大陸が、対して「友」でも、尊いからこれはアマテラスなんだろう。

     

     

    思えば思うほど、この新しく迎え入れたアッテル自分の問題と思う。わしを良く思う大仏も、わしを叱る。人間としては仏には敵わないとを知る。仏道の兆しが現れた時、自分の耳が通る場所にすくっと座り、「わたし、あなた自身」を表現(芸術性)する試みるインド人がいる。これを語りと言う。

     

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  • サターン

    気付けはアッテルに頭を押さえつけられていた。

     

     

    こいつ、実はサターンで、

    裏切ることに喜楽を性欲で出しちゃって

    しかも自らの滅びを自らで開けてしまったやつ。

    劣ろえている、という点では祝える縁起物なのだろう。

     

     

    哲学は、星空の中で彼と見つめ合う。裏切りっていうか妥協、私はかっこ良かったんです。てへ。

     

    時間を無にすることと、キャンパスと一体になるこの透明な無時間は違う。

     

     

     

     

    「私」とは、高徳あるから引き寄せやすい、ただそれだけ。

     

     

     

    それは第一に、アッテルホーの「利用」というどす暗い心と話しをする。

     

     

    と、こうなる。

     

     

     

     

    気を守ってくれたら

    「お前がとうなろうか

    知ったこっちゃない」こうは思わなかった。

    お前が気を減らしてん、となる。

     

     

    気は流流として選べない、これが最高だという学門である。

     

    ↔気に入った   俗語

     

     

    最初にこうゆっとけば、と思うけど、

     

    彼の運を見てるとこう終わるのが合っていた(あってる)。

     

     

    もっと流れて行きたかった。

     

    経のあと、戻ってくる、

    私の良い気で良い方を選んどる。

     

     

     

    まず気を見るな、そこに(お前の)心などない。

     

    わしは、水に浮くこと。

     

     

    アッテル、気心知れぬわ。

    お前の段階なととうに過ぎとる…

     

     

     

     

    と思ったら関係に上下を入れ替え、あっさり解決。

     

     

     

     

    Mっ子からS嬢への切り替えである。なんと本門に向かうのは運命感だとひしと思い、それなりにお勉強されたんだなぁ、とか想像をする。しかし、くたばれサタン!

     

    この人がいくら下っ端でも、性欲(気、体)が大切だ、私の性とはあなただと、こんなにも発言するのであれば、私は振り向き、こうと答えたまでだ。答える、この答えるというところに必ず仏相があるが、経文とは談笑ではない。

     

     

     

     

    じぶんの中のエロティシズム、それを無にするには、失うことで得る人もいるし、叩くことで、無だという人もいるが、本筋は、人間に与えられた性である。男も女もまして国籍(柄をいうならともかく)も関係なく、育むとは、生きるとは、あるものに苦しむことである。

    与えられたものを大事にする、とはこの事だ。

     

    無は、人が言うほど立派なものであって、一朝一夕ではない。

    あなたがかっこよくなりたいのなら、無を気取るのなら、性が、この性が、どれだけ一大事かわかるだろう。

     

     

     

    せっかく釈迦に出会ったんだから、丁寧に自分を見つめてあげよう。

     

     

     

    大阪の柄 仙  学門、自然界

    東京の柄  サイバーステーション

     

     

     

    拠点  愛や学び

     

     

     

     

    それなりに勉強の価値を本人自身が持っていて、途中でやめる、精進する、となるなら罪にならない。

     

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  • 魔法が起こった矢先の自分観

    それこそ神様うんぬんよりも、と思うのだ。正しさを検討する人もすくなからずおる。

     

     

    何事も、自分の続けて来たことを続けたほうが良いんじゃないか、このブログもそうだ。

     

     

     

    何か漂ってる、光が見える、

     

     

    そんなことは、

     

    言葉に託していない、何の下手な観察もしていない、

     

    この理解していない状態。

     

    これが一番理解している状態なのだ。

     

     

     

    何かを物凄く知ろうとする、ライオンさん(アッテル方)は怖れに強(あたたか)いのではないか。あたたかいと書く。

     

     

     

    誰かが何かを気遣ってて道が細い…自分のペースが一番迷惑をかける率が低い。

     

     

    ゆっくり自分とは何か、自分のペースって何なんだろう、を磨いたら良い。だって、それを続けて来ているのだから。

     

     

     

    自分じゃないものが自分に招かれ、天に誤解をされ自己主張が遅れた。

     

     

     

     

     

    精神成長したら、ただ暗闇が流れ星となって通っているだけであるよ。申し遅れたが、そんな感じ。

     

    饅頭と思って食べないように。もっともっと目を閉じて暗闇を通してあげなさい。

     

     

    わけなんて知らなくていい、生まれたところって生まれる前からあるものだ。そこから私は始めている。それを言葉にしたのが早いが、結構その理解は巷にあった。

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