揶白 (KF)

絵画

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    Works 46

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  • 対話、対他者。(編集中)

    縄文時代に作られた、高層の社を知っている。現物はしないが、災害に遭い、模型を難波宮博物館に置かれていて、見に行くことが出来る。太い柱の大きなそれは遥か遠い、木の階段がある。それは104メートルあって、高さは天まで届いている。上では大神が社に祀られる。一旦、という神と民の願いがその時噛み合ってそこに在る。

     

    自分にとって大神とは何か、もしくはいずれなのか、成るか。天使、韋駄天、無限体、目指せる系譜として、それに向かって一生懸命行く。古代は、神とはもっとぴたっとした暮らしだったのだ。霊的にもそれは大変なことだと思う。自分がこうした菩薩と同じことをしようとしても、出来るわけなどなく、では自分が神との歩み寄りは、濁美な川も現存する、もう少しまばらな用意や細かなと

    無限世界何だの跨ぐ前に、有限が出来るかって言ったら出来ていない。

     

     

    顔…顔というのはもっと奥深く、能でも芸術でもずっと昔の人はわかって言っている。

     

    厳かなと聞いて、永遠に閉じられるのではないかというひとを見ると、私は滴々と零れる水の音さえ感じる。岩洞窟のそこに祖のけわしい顔が見える。そこに細い草々が透明に青くひかって広がっている。まだらに広がり続ける矢先には、空なるエレメントがある。

     

    国籍を聞かれた時、国というのはずっと国だった。と答えるしかない。こんな風に物事は説明の具体にさしかかっている。有限という自分にとって大変なことを頑張った数=美人

    カオ、カタカナと言う決まり良さ。

     

    金銭であれば、物としての像であり、その木片凹みとマイナス自身を捉える。

     

    何か素材の名称にたいして木を木製と言ってみたり几帳面で、このような角のある言葉は、自分が邪魔な場合はよける。動かす。(「自分の話」が長い人もいる)

     

    真実を伴い、嘘があって、豊かさがある。それをそう思うより感じられる恵みや意識にたいして、大回りしたら良いと思う。

     

    祖と話す。対話、対他者の希望。草原にこの芽が生えて、それが明るんで行く。ずっと見ていきたい、と言った。間にいる彼の向こうにも誰かがいる。目に映らないが、理解、この字には空間があってリカイとは書き物をしているときでもない。嗚咽、良いと思ってた字がこれがこんなふうに感じるのを思っても見なかった。神は一直線で、合わせなかった人の方が折れた、折れたところから何かする。同じ方向を伝え必死で避けていかなあかんかったとこかある。

    沼、や野、山、池、流れ川、これっきりだったどちらかというと神的な要は仏と、今人間の自分が神との歩み寄り方、十分、客観的な対話を、これからこそ求められる。仏と自分のこの違い、「互う」といい、自分を求め相手が相手となり、話す姿勢を仏と養う。この字を子、アニメからもそれは伺える。古代と自の探求の滑路として、土着された時代の定義や暮らしに調和している。

     

     

     

     

     

     

    心の空いていることが悪いわけではない、川ある自分としての寄り添い方とは、天にあらず、

    天方とは天にあらず。

     

     

     

     

     

     

     

    この世界で、靡きかける。キリストや絶対を感じることに含める学び。
     

    空想のまま、間を壊さないややの気遣いなどはとうになく、破壊してきて空想をそのまま話すことを、人をノートにする、人をイスにする、と言って天地でも生活でも蔑まれる。

     

    そんなに考えることがあるなら、人は空想するスペースや間を作ることをする。それが人体の構造で、それを破っているねん。私は私の幅を守っているから、同じことをしてない。同じことをしていないってムコウはわかってる。知ってる。だから確信犯だ。その肩を持つ小さな感覚は小さな感覚なのだと思う。大きな愛とか罪とかがあって、蟲もいて、それから離れた人を呼び戻している。

     

    普段、無視出来ていないといけない事がある。人間区切りがある。この上で付き合う泳ぎと、抵抗力、意識がある。御手が御手として、握る。その循環に取るものを内側から無視する。線を引く工夫。この工夫する感性、正しく見ることそのものを養う。

     

     

     

     

    壮大な話をしても現実が突き刺さる、いくらでも落ちて行ける、六道輪廻の知が人生の中にあって、民でも王でも人として恥ずかしくなさ。こう考えるこの自分にかけられた平等な態度が、少しの知が人生にあって、朝焼けを見る。そこに、険しい地球の表情がある。迎えようとする。自己が何かを知るのはここからでも遅くない、と許された惑星とは完全な霊の形を学び取って、

     

    閃きは、

     

    取り入れと、融合と、いう言葉による美しい化合の方法、修復、分裂、委ね、抵抗、どれも精神。より大きくなる為に、これら砕き手である肉体、物の肉体には、整頓、と言う精神がある。私は見えないことを見えたからって見えたことにはならない、と言うている。

     

     

     

     

     

    実際の自分の大きさに合わせた道具を作るのに、軽い力で人と同じくらいの重量にする物の為にもうちょっとここ極めると多めに養っていた。ひとりだけ研師は構わない、という客観性から人間関係を諦めていないという意味を伝える。こういった継続が続く陸を想像し、含めて捏ねてたら間に形作られる言葉が利いてきた。自然を大事にする。

     

    断絶(No)と違いを伝える(Noのない言葉)、は、異なる。

     

    案外、一人でいたほうが誰かに出会って、誰とも出会わず休む人も大いにいるんだと、愛に視点を変えては思う。

     

    ちゃんと生きていて、澄ませていったら、湖では精神界で見たかったこと何でも映してくれると思う。

     

     

    自分の国を大きくする為に、ちゃんと人のこと利いてたら「理由」からになって来る。みんな、何かをちゃんと言おうとしていた。押しても引いても開かない扉はもしかしたら自動トビラなのかも。

     

     

    そうしていなければこうも出来ない。陰陽の噛み合いを、噛み合う瞬間として、勾玉の石の一個を、一つと数える。まるで頭上にあるようなその石のかたち。物が溢れる時にあり、決して考えられなかったことの、物や物や中にいて、収束を感じている。

     

     

     

     

     

     

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