揶白 (KF)

絵画

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揶白 (KF)

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揶白 (KF)

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    Works 43
  • 人のために気にしているだけで拾ってもらう天のみち、「手ほどき」

     

    https://www.dropbox.com/scl/fi/eo2lx44bp8ki3z2ang93a/Video.Guru_20241227_143555833.mp4?rlkey=jm5kmbrzs5zuw6m2vzir580w7&st=5xwbl6e4&dl=0

     

    どんな感じか?

     

    幕付き戦闘のプロ昔いた神様…空間概念を持つと目を前に向いたまま遮られることがなくなる。人間の上(かみ)があれば人間が想像を一致させる力を前提に道力を働かせ、人間の上があるのなら、この様な言い方は孤独に噛み合わせと闘わなければいけない。

     

     

    このことから、肉体の崇拝が、予めある、と気付くのは自分次第で、更に、“その様に”動く。それだけの、動作が即ち「元気」を表現する

     

    何かがあって、治まった、だから良い…では必ずない。人間が怒るということが早々ないのでありそれだけで早々と「赤信号」を表示している。闇を美しいと思うにはそれだけを誰しもが自分の手がかりにし、目印、なのであった。けじめがつく、とは、辛かろうがもう思い出さないことそれは、悲しみを負う自己のリスクだけが、星の耳を傾かせる。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    https://youtu.be/r9-bP2Be1zM?si=X9Alzs1sqhiAjYDs

     

     

    仏の氏神とは、影なる使者である。一部始終しかし、笑っておるのです。ぞっとする麗しさの老人の目の中の空色が、わたしたちを臨み、人生の挑戦をたたかい伺い、その後から一番身分の低い者が説きだす「仕事」の習わし。

     

     

     

     

     

     

     

    「残酷」…これを、底辺として練習相手にした日々から実を適当に掴んで持ち帰る

     

    現代人にも、十分気を休める松木が「緑」色だと知覚出来なければ、数奇的で眩しすぎる青か、可愛い黄色か、憤怒を回転させる「いやなきもち」で終られる

     

     

     

     

     

    大昔、のその大昔、宝石の考えは…まだ鉄の塊だった

     

     

    何とか世間的に生き抜こうとしたのであるが、表記された「世間」や「道」がとても高い様子を今と同じに理由が伝えられる。自己の世間感と道理が同じ配分になるまで考え続け、こうなっているという驚きからズレず、身を詩に溶かすことを許しを全身に確かめながら「美麗」を長かす。パワーフルな平安時代の想像が、ここにあって身震いする。

     

     

    本当に楽しい「お能」であるが、観察眼としては、まともな人が、まともなことしか言わない

     

    となった。

     

     

    更に、極力耳を澄ませてリズムにつき従うことで大量に観ることも出来る。

     

     

     

     

     

    道理に生きた方なら、いまこの不条理すぎることが点在する心のひょうめんから道を外れた、何でここに存在する疑問をする、叱る「みども」という神様を見ることは出来ない、わたしは怖くない、という研いだ言葉を話す「月神」様である…叱り

     

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  • 方法論15.16

     

    目で形を見ることの出来る惑星と、昔の人がもっと漠然と「知っていた」惑星の蒼「あお」さ

     

     

     

     

     

    アイケア、これを成す「術」…術は、字にしてもっと短絡とした素朴なもの。短絡化の間に難があるが、区間、難が仏を直訳しそれほど小賢しくないことがわかって一安心

     

    ・こう自分を読み砕く

    想像 種類 定陰

    願 認められたい

    火星 わたしも一番心が燃えてる位置「天道」から、「わたし」が軌道に乗っている証明

    海王冥王…どちらがどっちかでひとり化した「認められたい」…対象、「霊」

     

    水星…青い表示

     

    =水星びとの仕業…犯人、「数」に関連する

     

     

    「わたしの水星」は、

     

     

    水星は、不明ごとを尋ねることが出来ます

     

     

    そのことから、探しものも早い

     

     

     

     

    惑星と「話すことの出来る神仏」を自分にセット

     

     

     

    セッティング…「良い想像」を易く抱ける物、仏像から、関連から心の本質に近ければ近い想念ほど、「強」とされ、思い浮かべると違う仏や神に「連絡ボタン」する電話機になる

     

     

    …わたしの金星=神、美

    この評価が低迷している

    神に精神的肉体美がある

     

     

     

     

    わたし、が解ると

     

     

    →問題を見に来ている回りの神が調性を完了する

     

     

     

    わたしの水星…あなたに、え、ええ、ちょっと数縁があるのね😰💦

     

     

    通信解答…もっと元気な自分

     

     

     

    …「水星」の歌を検索して、内容を想像

     

    頑張った分「水星」から、

     

    金星の「美しさを応援」した分=神の活性

     

     

     

     

     

    とにかく良くなる!

     

     

     

     

     

    「これ」の使い方が「思った通り」過ぎて、悲しみと後悔を引き締め、頑張れる道理を見つけにかかるだろう

     

     

     

     

    リズム…「不安」が集っている

     

    表現の済んでいないものを釈迦牟二仏

     

     

     

    いつもすごして暮らしていた事実の想念とは、ある程度で新陳代謝をし、吹く風と自負の間に、子供のとき歩いた素の拍子に従わなければ意味不明になる。恐い、といった老婆によって阻害を受けた。

     

     

     

     

     

    何で、“どのような場合でも”星的な自己管理者を間違うようなことが起こるのか?

     

     

    問題量…実際より多い

     

     

     

    誤認、「犯人」による

    原因、老婆、また別の老婆の指し示す新陳代謝の阻害…理由、信仰

     

     

    信仰…霊 「冥王、海王」

     

     

    コア…惑星にコミュニティが先にある、比較論の出ることの可能なイラストレートの心配という感情など「弱い力」が、素で出力されているむりょくではない

     

     

    「火星の翳り」にたいして、心配から不安を消す

     

     

     

     

    従って何か、我慢する力や、重力を受け、惑星が透明で身体を通り抜けて行く様な恩恵は、

     

     

     

     

    魚…前向き、

     

     

     

    つらい川流れを回避する技術を見抜いた

     

     

    同時に正体として蟲ーとは違う「蟲〜〜」を発見 必ず実存論の語「実際に存在しないが存在している」蟲ーじゃない

     

     

     

    …大阪市博物館に行くと、難波の宮遺跡から一帯が海だったと知った

     

     

     

     

     

    こう、決まってぼちぼち徒歩で習って行く千年歴史の勉強とは、別のことからの集中力の阻害を受けてはならないからだ

     

     

     

    用をさっさと言ってくれ、言った本人が上と話をにこやかに一人拵えてくれていれば質問を探した〜 質問の本質まですぐ探して平気でスタンバイするした〜

     

     

    出来ない! といったのは、蟲ーであるが、それは、本当は「誰」なのかみんな“知ってる〜”から、自分を前にしていてその姿勢を叶えたまま、黙って座禅を伴呂に、正しいこと「わたしの生活、悟り」にかけた自分を信じ続けることが出来ている

     

     

     

     

    だから、曼荼羅の示す“個性”、“洒落た”、“高度”、というこのイメージが、容易かった

     

     

     

     

     

    戦後、義務教育を歩んだ、という事実を手に取ってみる…感謝、著しく高まった注意力…根源、綿あめの様に風を巻いて巻き込む、繊細、膨大な量の趣旨選択を果たす日々

     

     

     

    服が楽しい…瞳の中身が、退廃主義「木星」

     

     

    それよりも前向きに対抗し続けるファッション性は、どんな様子かを夢想を秘め心待ちにしている

     

     

     

     

     

    「わたしの白夜」という天罰の中、解釈を磨き、何も変わらない土台を見届けて、

     

     

    今、過ぎさった、“わたし”の前者にならない単なる「モヤの時」を認知

     

     

    靄「もや」と字で書くと聞こえが良いが、「モヤ」とはきはき書くと、…やましい気持ち、が浮かぶ、立つ

     

     

     

     

    必定として正しいことが、3番、4番に呆け掛かり、諦めを装う

     

    収斂出来ない、が、心の歴史にたいして

    一番遠方の冥王海王の、人の認証、「祈り」の気迫が、

     

     

     

    何とも消化する

     

     

    理由、存在させない

     

     

    「太陽」の意識に遭遇、意志そのものと歩むことを許されている

     

    太陽系か、…答えを探り当てて、爆発して生まれた記憶を話してくれたんだ

     

     

    月影が、非常に長い間封印されたように

    「夜」の奥、中から草薙の剣、精霊の示唆をあらわすこと、「夜の奥」、カネごとを歩き打ち倒すことの道だ

     

    や、月読の献上から生まれた「ツクヨミ」

     

    草薙の剣が、「夜」に存在することでもない意味、連続性の正しい理解の様に過程的に揃えている「哲学」のパズルピース

     

     

    「相手」が、シコウサクゴをたのしむとしても十分簡潔と文章の節を果たしていること

     

     

    軌道から、虚空蔵が「いつのまにか」わたしから逸れて外れて、私が軌道に乗っていて

     

     

    最強に面白い気持ちになった

     

     

    それが「蟲〜〜」とか、言い出して、それがそのまま「湯気」を現し、温泉マーク、に似ていると読み解いた時に足りていない身体性の道力がわかるのが本当に面白かったのだ、どんだけ小さなことかよ、と別の所から気になられた

     

    これが、似す=修行、≠偽

    といった知識の蓄積で出来る、という「訳」…

     

     

     

     

     

    すると、暇潰しに“わたし”がこうしている原因のヒトって、物凄く地球の原住民か、ただ焦げ過ぎたパンのヒトの二つに一つであり、

     

     

    水星や天王星ほどには美しい目を持たない人間と、パンのヒトから必然的な遭遇の空間関係からは、パンのヒトの一体の余り方には、初めて知った宇宙の想像の奥行きと、同じ相

     

     

     

     

     

    自然と、余さなくなった仏の修行の業績が、修練してこうする人間との違いが「見える」

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  • ゴムの固まりに見えた「時間の死骸」かと思った、正しくは「これ」と全く異なって仏の自殺タオルだった

    教える価値が有るかないかは、この耳を澄ませると良く分かる、「勝負時」にはもう決まっているらしい

     

     

     

     

    オン タラーク 自分が女性だとわからなければ、相手が男性だとわからない

     

     

     

     

     

    身体性は、大事にするともっと順応だ

     

    自分の前が自然だった菩薩と、自分の前にエアコンのある人を比較するなら

     

     

    切り替えの中に力を習い、

    時間を決めなければならない時に潔さを習う、

     

    静寂はこうして学ぶ

    菩薩は、どこにいても静寂を見つけ出すだろう

     

     

     

     

    明るい、暗い、がわからない、朝、蟲ーから始めるこの一日はヤミの方が強くなる

     

     

    笑う、は、

     

    泣いている、が、悲しいではない場合

     

     

    画像

     

     

     

     

     

    愛(かな)しい、という日本詩を聞いて胸を打たれた

     

     

     

    形以上に格好良くなる!!

     

    誰しもが抱く心の答えである

     

     

     

    人が何かを言おうとする時には必ず引っかかって押さえ込むヒトは、神とは関連がなく純粋にそのヒトの物語だけに時を長くかけた、対象がたしかに人で、人よりもなにか、は見出だせないから関連しないと解く

     

    「神、“わたし”と話してよ」なる通信は、対象のわたしとあなたからして唯一の言葉しか聞いてはならない

     

    この風に話せない元気ではない日が、この間ないのを見る為と、生きている人の感じなければならない怖れを伝える為、あなたが最も知りたい我わたし、を教える為

     

     

    わたしは、自分の好きなことから感じ入って調べる…鎮護国家は、古代の思想らしい

     

     

     

    この間、正式さを得ていないのに、正式で押し進められた

    気の違った入り口から存在しようとして仏子ではない

     

    どうしてもいいたいのだ、でもなく、

     

    いわなければ気持ちの悪いこと、なんて生まなかった

     

    一瞬は、「法華さん」かと思った…。

     

     

    心を直して、

     

    第九など西洋の古典に「エモーション」が最初から天高いところにあった古代人の清潔さを感じる

     

     

     

    たまたま見たのだ、偶然その話を知っていたのだ、道に居た、わたし等をこそは、生かしてくれれば、わたしは上記のことこそを想像し、何もない山や、小雨、飽ききったことの有る自分の必然的な素材から、見たこともない、もっと違った偶然の答えこそを生んだ

     

     


     

    全てほかは、それで出来ているから、凄いって、伝えたいと感動した御仏たちの死骸は、それは、存在しないまんまるな月の人影を残し、厳かに自分が地球にいることを悟った。存在からしか求められない惑星

     

     

     

     

    現在、かろうじて何かを感じ取れていることが出来るのは、何というか仏相ではなく人間の方の浄化力だ

     

     

    仏子は何も変えず変わらず、そのまま生きている。成長に身を任せて、そのままの自分から肉体を向上させ生きている

    考えをやめず、感じ取ることを諦めない気持ち、一つに沿って、窮屈でも我慢でも座禅して天のなすままを知って行く

     

    「天」が何らか自己を含み、捨てられる自己を許さない存在に敏感である心を想像すると、土着性に気付いた人こそ自由が増え、同じ浮遊的な神秘の思いと感覚、本来の仏教を感じることが出来る

     

     

     

    救いを仏に求めた顔が恐怖塗れのひとたちは、死んだ

     

     

    菩薩に、分けてもらえる感情を知って、学び続けるほかない仏子は、自分に「ぴったりした靴」を導き出しはじめる

     

     

     

    作ることは、その持ち手と触れる面が肌身に優しく、皮膚か棒かわからない、とメディア社会で良く言われている

     

     

    メディアが、情報を発信する、という地球としての前提がある語、と「土星に近い人」から聞いた

     

     

    土星…逆境をくぐり抜ける

     

     

     

     

     

    「作品」ならば意志や意識が不可欠(もうそんな歳だったのだ)

     

    作る≠作られる

     

    「何か、蟲ー」の、作られた文脈を、それを軌道に印刷することが、状態の力としては、少なく小さいだろう

     

     

    そこに時間を取り除いても感覚や取り除いてはいない妄念の最中であるから、必ず対象は特定できない人である、実際には何もなくなっておらず、力としては少なく小さいだろう

     

     

    時間を長く押さえれば、

     

     

     

    闇等、知ることは無いだろう

     

     

     

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  • 海神

    海神…道が塞がれ細い間、陣を取ってもらう

     

     

    続く想定と、続かないことで続く海神

     

    続かないことで続くを守れば想定は叶いますよ

     

     

     

    「自己知」この言葉を手にした

     

     

     

    道徳…「蜘蛛の巣を邪魔たったから取っただけ」そのひとからは、だけ、でも蜘蛛にとっては大事な家を壊された一大事だったかもしれない。ある日突然、住んでる家を破壊されたら理不尽だって怒るでしょう。ある方からみればそれは大したことなくてもある方からみれば重大事件にもなりうる。恨みなんてとても簡単に買える。蜘蛛は巣に引っかかったひとより巣を取ったひとを選んだ、蜘蛛にとってはより恨む対象だった。

     

     

     

    「自己知」この言葉を

     

    文字数の多い所から見る…、さっきいたのは…、

     

    生活の勝負…、お偉いさんのこと…、お偉いさんの時あなたが引いたら賢かったのに…

     

     

     

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  • 猫の明王

     

    ひとりになり人間のものに手を出しすぎ、この誤りの素振りをし、自分が猫だを理由に悪びれのことも考えようとせず、

     

    「わたしの水星」の管理者を勝手に決めた、という、その位置がそれか、といっていた

     

    ひとりでは

     

    感情の保持が出来ず、あのひのこともこのひのこともなくなっていく

     

    わたし、がいるから思い出せる

     

    感情の中を走り回って持っている魂なのではないか、動く物なのに動かない、わたしが嫌いだといった、わたしが好きだといった、動く物なのに動かない素振りで昨日のことと眼差しが目を俯かせ聞いていた、想像を大切にされない様子を自分からはそう見えた。わたしがいいたいのは、理想的な地球の生き方ができないとき

     

    管理者が間違ってるからだった

     

     

     

     

    それ以外に、問題は、ちょっと言ったことで途方もなく傷ついたり、自分が偉い、とかかってくる

     

     

     

    心眼に聞こえてくる「行かないで(精神的に)」の応呼に、「答えたいよ」

     

     

     

     

    たまに表れる猫の天の動き…急に「よそ」ものになる

     

    これを見て理解できる猫も仏の者だから、という点からは、

     

     

     

    「供養、(自分が楽しい、心が落ち着く)」という金を付けていない日が多いと、こうなる…

     

     

    猫「自分の築いた人間関係に、びっくりしたわ」

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  • 何で哲学が起こっているか、と、天から自分のイメージの中にたまに見える荒涼とした“世界にはない世界感”

     

    世界には超越的な神の手が存在するのだろうか?(ベルセルク)

     

    ・「オン タラク オン アラハシャ 正しい地球を求めないとわたくしへの対策なんて不可能よ」

     

     

    前回の文を含めて、続きである。

     

    え、でも…

     

     

    こう円を描いた後にわからなくなる、解らないことを考える、

     

     

     

    この間隔が、蟲ーを作る第一問の試験。わからない何かぼやけたものから簡潔な「蟲ー」を表現する形として取り出すの

     

     

    見た円を真実とし、疑問の存在するのは中が何なのか

     

    付随する疑問

     

     

    見た円は何なのか

     

    見た円…自分の解ったこと

     

     

     

     

    どのように一文を綴じて、綴じれる一文なのか、

     

     

    一文は蟲ーの「辺」になる

     

     

     

    また何故、自然的に捕らえる道具が、「字」ではなく「文」になるのか?

     

     

     

     

    字があらかじめ流れを含有して、それを再表現する文体、

     

     

    解体になって字自体を教えられずに生きて来た文体派として、精製の繰り返しの中再び原理に着きそうだ

     

     

     

     

     

     

     

    そこに多く含まれる時間であるが、「時間」は何か?

     

     

     

    時計とどのように違うか

     

     

     

    では、時間がどんな形か?

     

     

     

     

    それは時間を指しているか?

     

     

    じゃあ、ことばが嘘か

     

     

     

    何でことばか本当か?

     

     

     

     

     

    これら歴代先人が解いた難問集。解くことと併合して、蟲ーは仕上がるか、どうか。

     

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  • 方法論13,14

    言い方と聞き方

     

     

     

     

    簡単に両眼持つ方法はないだろうか。

     

     

    人から聞こえるのが「ちゃんとした情報」でなくても、関わるだけで地球って良く回ってくれる

     

     

    それも解る、だがこういう意思ではない人は多かった。阿弥陀がこう言った為に、ぼやける隙を作ってしまったのかもしれない

     

     

    歴史の中に、工業化問題が存在するのがわかった。

     

     

    工は、鉄の近くで、鉄の人か石の人か、鉄の中から石へ導きその間に投げられた石から、これを拾うことを占(まじな)いで学び、これを研ぐのである。石の計量は、天児屋根神子の春日の側にある。更に、岩長姫神は、

     

     

    最初は作るだけだったが、華に遇い、火に遇い、「自意識」という素材が加わった、のだが、闇の分量さえはつかない頃であった。「蟲ーが上がった工場」というのがあり、それを残機として讃えみれば黒鉄(くろがね)として有名な賢所であった。どこからともなく直進して来て、鉄屑を手一杯に掬い取り集めて分量の材木を渡す。いま、闇は尽きている。自意識の鉄を囲い、「顔」を改める。綺羅びやかな様相を捨て、「雅」からそのバランスを受け取る、学ぶ。

     

    「動いている機械に口を開けた様子で手を突っ込まないで」心配している。

     

    闇の分量さえはつかない頃だった。…文明化社会のうちには工は巨大化し工程が生きる。

     

     

    正しい闇は、地球より大きい。

     

    天王星でも地球に刺さっているのだろうか。確かに死んではいけない魂たち。凍った心。

     

     

     

    目から情報を集める中で、思った「夜」の中にいる。

     

    都会風情が最も中にあり、その奥すぐが田舎であるから、そこから数えて変化しない、を、赤子の「客観性」の保持にたいして推める。

     

     

    一方、修行は続いて

     

    よく巻き込まれて捻じれてた、誰がが前にあった

     

     

    経験のことから、神への興味と伴して自分の神道を導き出し

     

    原因が、悟りの欄の供養「「自分」が楽しい、心が落ち着く」が、殺人級に低迷していた、とお捧げをし、

     

     

     

    と光を読み取る

     

     

    一方、市という人間の感謝と相まって

     

     

    わたしの潔白、の側で神の潔白がいわれ、

     

    ここに、良い占いをされたのが、「サルタヒコ」といった顔の赴きを表現される。

     

     

     

     

     

    意志はあるけど、理解もできる、その喜びもある、が、健康を気にする方である分、今つらい…

     

     

     

    原因が、素人が人間とした自分や人間を無視してあれやこれやするが、技術向上にかけて目を大きくしている分も存在していて、ある。

     

     

     

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  • できるのに蟲ーをリプレイさせられる、と虚空蔵仏に踊りながら相談

     

     

    日本は、古い人の大い中、歳を重ねて嘘を良く分かるようになると、許せども仕方のない気持ちのことの大きさを「顔」のようにはっきり解ってくる。

     

     

     

    わたしの中から死んだ神様だ、布団で眼を瞑って考えごとをする、日本人は蟲ーと外人に食われる!

     

     

    ニヒルでも客観性としていて何が悪い!意識の成長を一心に喜んでいる!芽生えが嬉しい

     

     

    人は意志を持って信じたのにどうしてだ、私の願いは叶っていない!

     

    なにか…、だからもう駄目だ、時間は存在しているんだ

     

     

    こんなにそう正しく思う、感じていたことなのに、

     

     

     

    暗闇で目を開けると、いつか過去になる

     

     

     

    惑星の存在と、信じて来た時間もほんとうだからだ

     

     

    こんな苦しみは大したことない、と本当にそう思う、

     

     

     

     

     

     

    巨大な苦しみは、

     

     

     

    のだけど、気だけはやすらないほしい

     

     

    そのジカンだけは、恐怖で黙りこくる

     

     

    感情の介入には、死を意味する

     

     

     

     

    なぜ良くないかとか、とかもことばでは覚えれていない

     

     

    が、知らないでは済まないことの一等だ

     

     

     

     

    それが、過ぎ去るのを待つ時間だけは最高に長時間で、やめようとも一切しない

     

     

     

     

     

     


     

    いろんな、誰も喜ばないカタチの妄想があるが、「存在しない事象」と現象学で有名

     

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  • 人のペースの優先を

    地球の構想である「イマジン」は、

     

    「一方」として、愛は通っているが道徳は通っていなかった。イマジンは「イメージ」のうちを居、こう川が流れているが、但し、「自分」が仕事をするから引いて避けかけている。

     

     

    道徳が有れば、「川」が川でも、死でも、どちらでも良い、越えて、恐れ、誤り、これを少なくする。

     

     

    荷運びにも使えるが、川に土地霊の偉いのがもともと宿る地ならどうしよう。例えば貿易や商人の盛んであれば盛んなほど、その川の要領のスピードと気前がある。語らせることでわすれてくれることもあるが、これほど泳いでいる者が、世話で水を止め、特に心を塞げるだろう

     

     

    物の二つを正しく組めて眼前に形を表す。

     

     

    神には神の道理が有り、人間も自分次第であることの「本当」の存在。然るように有る。

     

    頭だけを伸ばして変な形を表す

     

    「一本」というあっちもこっちも有る、あれもこれもしない。この生まれた火とは以前に時間がかかっている

     

    仏に対して自意識的な「肉体」はどうしても自由だとわかる

     

     

     

    「見てやることはない! ゼロ秒!」

     

    大きな言葉がなったとき、人間として思う。この処に、

    (・それをわかるまでの重力か

    ・それを早急に知ることか

    ・なにもない中で解ることか

     

     

     

     

    「何もわからない、何の意味もない」これ自体がドア。“わからないこと”が、新しいドア(曲)。「空間」にたいして、真新しさの調和と、架空の「家族住宅」にドアが加わる

     

    この間、学べることが確かに存在している

     

     

     

    「イマジン」…私が読めるのは、〜強くなれば自在ですよ、“何か”昔から有って、コレを扱い、知る神仏は、「たたり」みたいなヒトではありませんよ、改めれば存続できますよ。

     

     

    正気にかえり、意識すれば、良くても悪くても理想的だと思うことが多い

     

    では、なにもなかった時間とは何だろう?と、深々考える。確かに思えるのは光と調和し理解している自分で、逆にその日ほど不確かに生きていたことはなかったんじゃないか。

     

    「理想の生き方」

    一度夢みたから、あまり弱気であるが、理想と自分の心が、客観的にどう合うのか、組み合わせがどのような噛み合いになるか楽しみである。様々な書物から美術科で習ったその通りの「自由」そのものやその可能性がコレにある感じて、手に温まるまでに止まりますようにと祈りを再開している。

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  • 約束

     

    自分が子供のときのような気力は、無欲になって我慢と心の反復を重ねれば、

     

     

    戻る

     

     

     

    底にいる自意識の化け物を組み替えれるのは自分だけ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    夜空に星がたしか三つくらいかかって

     

     

    神の契約、という言葉は、何のやさしさでもなく

     

     

    潔白を認められる、と言う意味

     

     

    ここに面白さがある

     

     

    他の、

     

    何かを誰かを我が身で受け持つなんて、そんなこと誰も言ってない

     

     

    わたしは知らない…

     

     

     

    流れ着くときが、明日でも今日でも何も関係無いヒトのはず

     

     

     

    何しにヨッテクルの?

     

     

    宗教ならば、

     

     

    いまいくつの人なの?

     

     

    そう知って、

     

     

    もっともっと「わたし」は宗教家だと点呼をする

     

     

    そうして宗教の本来の目的の供養が出来る

     

     

    どうせ自分は消えるから良いと、更には自分は消えることが出来るから良い、と

     

     

    神ではなく、自分を主役のようにスポットライトをあてている

     

     

    何かを知るなら確実に市役所の方が早いしなによりマチが潤う、迷惑がない

     

     

     

    良い工夫をしてもいいはずよ

     

     

    いくら、影を応用して話しかけるとしても

     

    サカナではなく、少ない中でそうする知恵が欲しいの

     

    あなたってクマだわ

     

     

     

     

     

     

     

     

    昔は「好きな人」を目指してた

     

     

    乾燥した心から蒸発してやってくる「仏様の」ほうの諸

     

     

     

    もう一つは、気持ちの上がり角を過ぎて

     

     

    死ぬほど悪い心の姿勢を直してあげたい

     

     

     

    それを

     

    本来はこう教える

     

     

    選べること

     

     

     

     

     

     

     

    蟲ーと同格に思われる

     

    十分癒している

     

     

     

     

    本間の道

     

    クオリティの高さ

     

    空間、受ける、止める、

     

     

    自分のくぐもった「声」の練習をし、自分を自分が知ってて、「動き」がわかり、制御ができる

     

     

     

     

     

    身回りの物に触られるのが、憎い

     

     

     

    憎いひとのことで一分過ごすより、好きな人のことを考えて一分過ごす

     

    それに文句を言う

     

     

    まして、背後霊おばはん、8150っと

     

     

     

    それは、心から親しくないから

     

    欲しいって欲求は、誰だって出来るやん

     

    心しかない時代に来ても遊べない

     

     

     

     

    「お祓い」って何かわかりましたかしら?

     

     

     

    お前、私を綺麗にしてくれるのか!

     

     

     

    と、いわれて何でやねんって思うのは同じやねん

     

     

    同じ人としか、無の親しみは出来ないから

     

     

     

    心の論点の違いは、無視出来るのが友達

     

     

    無になって、「待つ」ことを覚えたら

     

     

     

    人間の親しさを残し「無」を伝えれるねん

     

     

     

     

     

     

    霊格は凄く個性的

     

     

     

     

     

     

     

    他人の、空間に座り込むヒトの人格は、何が有っても「同じ」だ

     

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