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2024/01/30
実は、
拳は胸元、
声や、光る霊、光る言葉、かたち、
心霊でのこれらは、
脳ではなく、手から起こる。
それより上部に、考える頭がある。
修行が出来ていず、
示すこともなく、流れて同じように肉々しくぼさっとしているしかなかった。
脳であれば肉体の解釈をするから、
からくりとしては、心に想像があり、そろが即ち次元である、
次元は、イメージとして御歳を言う。
そうして松の木から言うと、身体が心なら
こういった想像の力は、手に集まる。
それも、精神から、
心の目の開きから始まるから、理科は別にしてそうなんだと思う。
探求中だ。
なにより、何でも気持ちの強さが大事、
気持ちとは元の自分、
その思い。
手のひらを見つめると、やはり気持ちが一気に、
勝手に、手に伸びる。
身体の上の方(脳、頭)で使うと普通、思いがちだが、
手身近、手短いところにある。
だから、頭は他にあって、
地球の自転や縁により、肉体的な霊はすぐ剥がれている。
曖昧で、想像的で、幻のように、
無心に過ごすのみ。
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2024/01/30
陰陽の話から思い出すが、
昔考えたことに、
人間から出るものに悪いものがあるだろうか、というこの事だ。
感情は特に、何でも
ものすごい嫌気でも、悪い気持ちでも、
自分にたいしては許してあげる。
取り入れることの出来る心から表情、顔にエッジが出て、
らしくなる。
自分が現れると、相手との違いが見えて来て、道になるからだ。
どんな自分でも受け入れる、とはこのことだ。
落ち着くと、
訴えなくて済む間に、会話が出来るかもしれない。
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2024/01/30
いくらでも大丈夫なことを、もっと喜ぶ
いろいろなもの、をちゃんと嘗(な)める
深刻になってた…
必ず支えあっていて、
「これは、心霊ですよ
」の頑張りを思い切ってする
陰気でも陽気でも気は気。
気は木になる。
こいつをそのままにしなければ、どっかに手が届かない。
その間に詩学をまなぶ。
我慢とか、リズム感とか、だ。。
花がある考えは、妖怪などでも陽。
陰道から入る私のような人は、
陰は陰でその身体を守る。
人の様々な優しさをもっと知りたい、と思って、
自分を自分に帰すことを奮起し十年以上経つ。
同じくらいの自信があることから、
陽気な人とぶつかっていた。
土に潜って、
その日に巡り会うことを夢みている。
神峯山という修研の偉い神様に見守られている。
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