揶白 (KF)

絵画

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  • 悪霊は悪霊。

    私の眼識が光った。

     

    俺をクリアにみてくれてんねんな٩(๑´3`๑)۶ 

     

     

    と友が理解をしてくれた。

     

     

    (・∀・)(・∀・)(・∀・)(・∀・)

     

     

    どこがおもろい?

     

     

     

     

    ナーバスに考えてる中に明るい気持ちをくれた。

     

     

     

    一回ごたこたにしてからバラしていく、という物作りの感覚を伝えることができた。

     

     

    明るい気持ちを支給されるかのように、そんな瞑想で、

     

     

     

     

    その地や海の躍動の空気があって

    波が溶けて激しく混ざっていくような感覚は身近だ。海を読む人もいたり、かといって高潮などと呼称して感情の爆発を肯定しない。果てしなさの中で原点を見据える。はは、、大人としての母性感を、また悩み、その大地に耽る。

    そして境界線を次に考えている。

     

     

     

     

     

     

    命の字を一字で書く時代じゃない

     

    命の自体を体で表現している

     

    分岐点

     

     

     

     

     

     

    祖先、氏神、上方を望むと自分程度から見ると悪に見えるが、頑張っていると現れる現実が全てのことを表すくらい、現実を捉えるのは難しい。次元と言う漢字をなぞる。

     

     

    すべてがだんだん良くなる。

     

     

     

    なんにたいしてか、

     

    主語がない、

     

    と母に躾られて来た。

     

     

     

     

    武士の人は、いつから、平城、平安よりもさかのぼってその前は何してたんかを思った、縄文、弥生では、みんな平等だった。でも何で武士になったかを想像する、みんながいて、見る人や、世話する人、守る人、作る人、研ぐ人、がもしいてみんな役わりがある中で追求しだしたのだろう。

     

     

     

     

    士族の人でも、ここに生まれた現実があり、失った人も一緒に目指していける。

     

     

     

    江戸時代に、段をあげるかのように士農工商をいったん、あたかも階級に見立てていた、これである。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    客観性がめちゃくちゃ前に出てる時代に凄みを説くという題は、哲学に似ていて武士道のような、武士道に行きたかった思いも一人が2分無になれば、誰でも通ずる。

     

     

    蟲(ムー)は、

     

     

    形に負けるならまだしも、形に負かされる。問題にたいして

     

    逆に、地球に嫌われた人に憑かれていることではないか。私は気との相乗があり寧ろ持ち遊ばせる意欲タイプ。

     

     

     

     

     

     

     

     

    色んな形がある。

     

    私、名を持つほうじゃないイメージ。

     

     

     

     

     

     

    悪い人や、才能。

     

    伝い合う力がないことが理由ではなく、

     

    してしまった、これが分かつ。

     

     

     

    影があるから光があると言えども、

     

    心得ているのは 自のほうで、

     

    浄化している一部始終を見てもこの努力と、生まれる言葉には何の関連も無い。汚れは、影ではない。

     

     

     

     

    肉欲界とは実は肉欲と違ってもっとも力がない者、悪意とも書く。軽蔑語。欲とは分離されるばかりか罰される。仏語では、欲と書かれ、省略の存在を思い出させる。

     

     

     

    見た目は絵だが、字であるもの。

     

     

     

    存在しないものを存在させない、じゃなくて、存在しないものをそう書く為に、

     

     

     

    何かの作り方など、

     

     

    以後、ぶつけられて教えなくても良い話だと言うことは変わらない。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    そもそも蟲(ムー)は、死体の塊なので、任されてないのに手を出すとバチが当たる。

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