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2021/09/20
https://creatorsbank.com/yohaku/diary/40299/
訳していいのか不明なところがある。それぞれが聞くものである場合があるからだ。けど、まんまでもこういう風には伝え合えるかもしれない
これは私の訳だが、
今日は方便品第二。
その時人生の先輩は、從うことの三昧でした、安生に生きなはれ。仏の知恵は深く、その門に入るのが解りにくく、入りにくい。声聞、百の仏がそれを知らない。
仏道を歩むものが、星や、こもって修行し、素晴らしい道を、猛って精進した。
セカイで「名」は呼ばない聞かない、深く物が叶った、未曾有に法があり、物には諸説が有ることや、この趣きかむずかしくあること、たねだね因縁があり、たねだね表現がある、広く教える、色んな嘘でもいいから、人を引導する、もろもろナマエとかその俗を自分から離す、そこに「誰か」がいるからね、如来の嘘は方便といい、波羅蜜って美味しさ等、足りることを知ってるから。量が「無」ければ、また無って、有のことでもあるから無って難しいんやけど、それが自分に「無」ければムゲ、辛みがなくなる。これは力。自分の心に帰依して、考える、腹筋20回では痩せないけど、腹筋100回は思いつかなかったが、したら痩せた、その前に「お願い」もした。未曾有の法、日々考えゴミを分別しているだけでも、趣旨選択が出来てるということだし、この経も何度も説明(訳)できなきゃおかしいし、しかしプレッシャーさえも出てくる、第一なことは珍しく、個人個人がオリジナルだから、それについて追求すればいい、もろもろなところに法があり、それは相、それは性、それは体、それは力、、とうとうこれを三回言うくらいはこれに励む!
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