揶白 (KF)

絵画

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揶白 (KF)

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揶白 (KF)

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    Works 43
  • 「色」には柄があり、無垢があり、無地があり、

    ・ここには何があったんですか?

     

    ・悪いやつがいました

     

    と現代はすっきり広々している。

     

     

    普通は、「こうだった」で納得を思うが、

    「こう思ってたけどこうだった」人の身丈に合う言葉しか理解には納得に至らない。浮いたままだ。闇であるから灯の言葉は梯子。人が、梯子を掛けることが出来ますよう。

     

    町人とは外界が無い。「地球はスナックのように回っているんだろう」

     

    “自分”に物産の物があると、「郷土」という正しい言葉を探し出せ、

     

     

    柄がアロハシャツの様にそのまま色々あって、柄が悪い、とは、粋のある語だとわかる、人格は誰しもわからないがetc、と。

     

     

    地球の入り口、光風と降ろしたこの言葉は正しい。

     

     

    それを表すことに、

    太陽…、あれが日、これがライト、ガイドの努め、誇らしくそれを思う心、誰かが見てる…かもしれない中でちゃんと手を振るような行為。それは、虫を秘めた集中力、君は本の虫と言ってうたうだろう。

     

    地球の奥は、こちらからお入り下さい。

     

     

     

     

     

     

    戻って自分にある、

    要は小さいけれど稲荷様は、あゆの歌詞から、感覚だけは閉ざしちゃいけない、たとえ言葉を失くしても。

     

    「私が何かを真剣に歌うときに、もっと真剣に思うのだと伝えは回っておる。」こうした氏神の存在的広がりも、その言葉が感覚的に伝わっていたら、話せなかっただろう。ただ、蟲ーの中にいた者の涙を神様が零していると性格の表情を掴めた。

     

     

     

    町は即座な動きをするものだ

     

    たいして「同調の銅町です」「こちらの話し」「①失明  夢で聞いた、詩もある…こちらの町の古学、同じ問題でない=聞き流しやすい距離は自分で作らないといけないのかな、を一人一人が一人で解いている。踏んだり当たったり、人の気が人の気で必ず直る。夢でも溜息と泣きべその理由が必ず思いよりも他にある。以下に書く。」

     

    だから、学んでいないものはいないという暗黙のルールがあるが、外に出る工夫したり、誰も入れておらず、目を開けて前を向いたら、出ることを知り、無理や思い込みをする人のけはいが人を苦しませている時に救助の言葉を賭けるだけでも纏まっている。詩的理想を叶え、それなりに詩学(御経の文や哲学)から止まれる発声を、生活という悟りの為に広く習うこと。業、厄払いとは差額を支払うような悟りと神仏への愛想を経て、院を知る。

     

     

    突然起きた概念「国」は思ったより広くて迷ってしまった

     

    国が想像できた瞬間、直に落ち着こうとした

     

    その時、風がいっせいに吹いて、歴史の話しになった

     

    思うような夢から逸れる

     

     

    こうして、何事もなかった感情の感覚がして、夢の如くもとに戻って淋しげなもとの空気

     

    綺麗っちゃ綺麗けど、取れてない感がある

     

    こう話すと「神の解答」とは、解答より少しだけこずき話しても存在しているとわかった

     

     

     

     

     

    迷う時、実際に川や水辺に向かって、地球の裏へ声が繋がると話しかけなければとした

     

    夢の敷居から入らなければいけないから

     

    広さの中で迷っていたうちの一人

     

     

    夢には、仏様と蟲ーが現れる。

     

    目は蟲ーをすぐに見つけるが、仏様だとわかる間際は、

     

     

    少し落ち着く

     

     

    時が湖、夢の様なが場所、→夢には続きがある、と占う

     

     

    自分のことでは蟲ーが解り自分が必然であることで、今の現実が実在している。と。

     

    では過去時間に居た自分の接点とは何に捉まってだろう?

     

     

     

     

     

     

    一点は、未来が「いいたいこと」を持った時、過去が掴んだのではないだろうか。未来は、①いいたいことを持った②大き過ぎる問題

     

    十分だと思うだろう。

     

     

    「絵」になっているその真偽は知っているだろう。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    思いの動きは、思いゆえ正しいが

     

    思いに「誰か」ではなく蟲ーが入ったことが問題で、

     

    思い以前に存在する冥の叱りは、

     

    古からは、「大穴牟遅」と承りがある。牟が、卑しいとする表す意味。大国を大ごとと書く時、大国の神のポケットと伝わる。

     

     

     

    精神の上昇や進化の訪れに

     

    登る方が登りは、珍しい

    海山は深む方が登りだ

     

    平野は本当に狭く、どこに行っても坂道

     

    その点を知っていてほしい

     

     

     

     

     

    過去未来、合わせて読み取るのが難しい。

     

     

    人の記憶からは、夢や詩がこう佇むねんなぁ。

     

     

     

    天使のような男性がいて話しをするその下に、人々が敷かれていて怒っている。

    どちらを信じるだろう?

     

     

    これが一問目だった。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 人間に近付くと人間の神が見える

    「顔」という物理が元論よりも下る、土や砂、闇、火、にたいして植物は派生していると、言われて、なぜかと反抗していた世阿弥の様子(例)だった。人間の神を見たら自らその意味を設いたまいけるに依って候。それでは誂えに掛かり致し参って候べし。

     

     

     

     

    (水を見ながら)

     

     

    「形から形ないものへ移行」

     

    泣かないことは感情であるが

     

    感情がない、と思えることにたいする認知を伝えにくい。

     

     

    登っても、降りても、まだ疑いに違いないから、黙ることを勧める。

     

     

     

     

    人間の神は、

     

     

    「シキ、シク、シケル」

     

    とまた唱えた。「人間からすると、蟲ーに向かう仕事、“育てもの”をする龍が、頭から始まっても、尾から始まっても変わらない。」

     

     

    龍からすると、危害をするだけならニンゲン

     

     

    感情は、だと、形が、

    9

    感情じゃない

     

     

    「ゆわれへんの?」

     

    何でその説明の必要なひとがおるん?

     

     

     

    何で早う戻してくれへんの?

     

     

    ブルーギルを釣り、騒動していた子供の親の聞いたことのある「お前たちは!!こんな小魚で…  」

     

     

     

     

     

    →魚いじめ過ぎやろ

     

     

     

    「わたしは、タイルを綺麗に張る人。仕事を舐めちゃいかんよ。

     

     

    水、こんな物を、地球は最初に敷いたんだな。

     

     

    精霊にとっては水晶、龍とは正当な占い師。

     

     

     

     

     

    龍「わたしは、天才ではない。氏神は薬だ。修行で今ほんとうに「鍛冶屋」をしている。

     

     

    名前…

    火は、雑念を守った。女より白く清かった。だから、憧れている。故に自分は、ミミズと違って目が前に有る。物の良い割れ方と悪い割れ方は、自然にわかり、この一点で重要なのは、また理性は理解を貫く。このひとつ。

     

    …涙の中にゴミがあるぞ!  わたしがそういっても安心する人間は

     

     

     

    安心する人間は、もう龍だ、天から人間を知りに来たのではない。神に、わたしは悪くないと知らせに行くのだ。

     

     

     

    「不倫の欄」

     

    美しい硝子ケースに入った夢が一つ一つ綴られいる、この唄の章に親友が登場している。

     

     

    占いの結果では、友達もいないのに親友はいない

     

     

     

    友達が、代々一族や家族をピンと来なければ、友達に引かれる。

    砂糖菓子を間に挟むのは家族ではないから、真面目に睨み付けているのみ。今、水と感情の説明から、自分の明るさに帰ることで弱って緩んだ蛇口を締める所。→弱った蛇口を締める所。→緩んだ蛇口を締める所。左は体感的に丸。が多いだろう?修正。弱った蛇口を締める所→緩んだ蛇口を締める所。

     

     

     

    口では説明出来ない場合、詩を起用する、自分の言葉で、と、その場合、人間は簡単に詩に成れない為、どこでもそうする様に様々な拳の鍛錬に掛かる。

     

     

     

     

    わたしは、「家」はあるが、国籍を設けている場合ではないと確信する者だ。

     

     

     

    家が、修正ペンで消されている。

     

     

     

     

     

     

    龍の休んで丸まっている姿はぶ細工だ、知識。

     

    湖のアッテルが、

     

    紛っているときの自分と、

     

    いつもの自分、

     

    今、この二つが存在している。

    (「見せるのも難度の高い道法」)

     

     

    を教えた。

     

    特に批評家ではないらしい。

     

    弓張りをして射止める者は、アマゾンを持ち争いを神にする。鉄屋と戦が両隣りで、「貧しい」と得る。「弓」に絡まっている子龍が、姿は争いをせず時に合わせている。

     

    仏は、強奪をして来た人と、自分の死を選べる人が、同じ一つの仏壇に長いこと座ったが、凄い緊張感である。そう「天照」と言われ微笑みをなさった。

     

     

     

    水となる感情を知ることの不安の穴と、その魚に付けたの傷の形が、ぴったり合う。

     

    魚霊のトラウマが癒さやれますよう。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 蛙神について行って陸地をかんがえる

     

     

     

     

    楽しい!楽しい!!楽しい!!!

     

     

    と倍速するのが仏のルール

     

     

     

    たしかに楽しい仏になりたい故に

     

    楽しむには、これを一旦終えないといけない

     

     

     

    その記憶の地の石ころになっても、わたしは君をどうか思うなら悲しみはしない

     

     

    温かな動物たちと

     

    陸の生き物は、途方も陸に佇むのか

     

     

     

    楽しいサボテンの曲がその石ころから鳴り渡っても

     

     

    地球を見守る

     

     

     

    優しさを未来に思い描く

     

     

     

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  • 成仏していない諸に回りますように、考えや豊かさが繁栄しますように 南(なむ、お任せします)

     

    ヤキモチは千度よりも億回していて響かない

     

     

    口(心の中)で口にゆうを信じても、ゆうゆわないを信じれない

     

     

     

    あったぶんが、なくなった、

     

     

    と人は構想を、予想するだろう?

     

     

    あるものが、ないってゆうか…

     

     

    今あって、続いてる感情に戻されれるんじゃなくて

     

     

    渡してしまって終わりにならないで

     

     

    断ち切ったり、作業する人は、

     

     

    気が気なのではないかな?

     

     

     

    心を心と思って、断ち切っていると

     

    心が肉体にも、感情にも、本当にあるから

     

     

    傷に覚えると、長いことそっとしなければいけない

     

     

    とゆう、これが心なんだけど

     

     

    時間を感じているからとても痛くて

     

     

     

     

    悩みは、

     

     

    苦しくないのにそう思われる

     

     

    誤解もないのに誤解が苦しいとゆう

     

     

    この未開の心では

     

     

    第三者という円滑剤が、

     

     

    青空だと、この世の全部棚上げして

     

     

    とても愛しているんだよ、と、

     

     

     

    嘘ではないから澄み渡り

     

     

     

    残る自分のことだけが、肉体を引き留める「赤い糸」になる

     

     

    自分の背丈で、誰かへ向かわれることには何もなくて

     

     

    自分の背丈で邪魔されて、友達に会えなくなることが

     

     

     

    愛せないことがもどかしいんじゃなくて

     

     

    危険を犯すことに、愛はない

     

     

     

     

     

     

    わからないくらい心の大きな人

     

     

     

    に止められるか

     

     

     

    心の小さな人を、踏み越えるか

     

     

     

     

    どちらがましですか

     

     

     

    ましにならなければ、良くなんて途方に無理ですよ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    他者のうちで、誰が悪いの?

     

     

    誰が悪いかを知ることは、

     

     

     

    何が悪いを知ってること

     

     

     

    それだけで、はみ出ることを止めることは出来ないのですか

     

     

     

     

     

    領地にいるほんの間だけ、

     

     

    領地のゆうことを先に先に沿わなければいけない

     

     

     

     

    あれも解る、これも解る

     

     

     

    喋らなくても良いけれど、

     

     

    喋っても良い

     

     

     

    喋らなくて良いと、受け入れると

     

     

    喋ることも良くなる

     

     

    物事はまず受け入れることに先の順序がある

     

     

     

     

    字を、書くことは自分に梯子をかけること

     

     

     

    これが今更たいせつで、

     

     

     

     

     

     

    カエルの時代は違うけど、

     

     

    あいつを、連れてきてくれるか?と、

     

     

     

     

    目を開けて、自分を見渡しても、

     

     

     

    現代にゆえるかな?、と、返ってくる

     

     

     

    その前に、心、その中から中へと流れている、「なにか」を

     

     

    全て、そいつがどうしようと

     

     

     

    良い、

     

     

     

    ことを、勝手に止めたら…

     

     

     

     

     

     

    いまは、梅がもう役にたたないから、

     

     

     

    背徳感を捨てたら

     

     

     

     

    やっぱりサイバーは、田舎の床しい人じゃないとイモい

     

     

     

    「イモい」などを考えるのが、

     

     

    今日は澄んでいる

     

     

     

    元に帰ることは、戻るとは異なり

     

     

    元にあった問題を今見るとは

     

     

    前に進んでいる、と確認出来る

     

     

    ある課題と、その問題集から原因を今、見る

     

     

     

    「答え」は、ならない

     

     

     

     

    狸と狐の嫁入りのお仕度が違う様に、

     

     

     

     

    わからないと解答しているか、答えはまだ答えられない

     

     

     

     

    命をあけわたす覚悟が、おぼろげに引き継いで行く

     

     

     

     

     

     

     

    長老は、三十、四十はまだ若いから

     

     

     

    「子供の頃の四角いパズル」が、出来て提示すれば安定する

     

     

    不安という凶器を今しまい、

     

     

    「心配」をする

     

     

     

     

    心配、という少なからず精神にシフトさせる

     

     

     

    供養が出来るからだ

     

     

     

    思いという、少なくとも感情へ魂に割り込ませると

     

     

    常灯の「悟り」にある

     

     

    供養が止まって、タタあった

     

     

    何が欠けても賭けるは「この運」に賭けることほど良い…、

     

     

     

    と言ったら、安心されていた。

     

     

     

     

     

    日本って、なんてわかりやすいんだろう!と時代の先祖をいつも思う。

     

     

     

    これは教えてやりたい、と

     

     

     

    私も考える

     

     

    神様が対象じゃないんだ、思いがあった、見える以上にそれに入った

     

     

     

    足か頭を退くだけ

     

    退くとは何か?〜退かせるとはどうか

     

     

     

    神様は、「♪それが侮辱と、い、う、ね、ぇ〜〜!」

     

     

     

     

    それと話して何かあるのか、よ、と。

     

     

     

     

     

     

     

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  • 正しい立ち方

    ちゃんと自己の一番低い部分に自負があるから、ちゃんと下からいて、昔の姫さんみたいに格好良いスタイルを知る。

     

    上に頭がある。空が高い。

     

    「腰」中心。重く腰から、

    ちゃんと下から、膝をクッションにしてそのまま伸びると、天を高いと知る。足の裏をぐっと地面に着け、☆この気で、そのまま上に伸びることで、広がりをイメージ出来る?動くことが楽チンになる。

     

    腰をイメージするのに、

     

    自己の中心は、やはり自分の祖霊に聞く。

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  • 消えろ

     

    「家」にいる他者ほど、好かんもんはない

     

     

    心の何も繋がらないところから伸びていた、

     

    それは単なる憎しみの入り口であり…

     

    ずっとごもごもしていてもいいくらいの差

     

    いきなりCHARAとかを理解せず、自分にわかる曲を練習するねん

     

     

    同じ感情になれることが、歌うひけつ

     

    「自分」からするとお化けがいて、

     

     

     

    成長から勝手にちゃんと色彩が浮かんだら、

     

     

     

     

    その色を濃ゆめ

     

     

     

    より「別」を選ぶことを

     

     

     

    前から達成していた

     

     

     

     

    星に案内してもらう、

     

     

    影で思いに手をつっこむ、

     

     

     

    仏(善)か、「それ」かだよ

     

     

    仏は、それを「無」といってくれるし、

     

     

    調子尻も時間が有るだろう

     

     

    それを、無といってくれるし

     

     

     

    鬼じゃない、を目印に

     

     

     

    簡単に、

     

     

    無いものと付き合わずに

     

     

     

    仏といつでもいたらどんなに素敵だろう

     

     

    問題を一緒に考え

     

     

     

    楽しく、奥床しく

     

     

     

     

    諸縁は、仏にあるだろう

     

     

     

     

    後方で、目の大きくなる物ほど、迂回する

     

     

     

    大きく取るから大きくなれない

     

     

    これほど行き道を知って長い

     

     

    同じ夢を持つ人は、

     

     

    必ず遠くへ逝く者ではない

     

     

     

     

     

     

    「腹の虫がわるいですね」

     

     

     

    腹の虫が悪いです

     

    昔は気にせず、動けたことが

     

     

     

     

    客観的な自意識を経ても

     

     

     

     

    飛び出る気持ちは、習得の向上心ですと

     

     

     

    「上手く」する、など

     

     

     

     

    いつも凍った言葉が溶ける時、

     

     

     

     

    上手く行くよ\(^o^)/

     

     

     

     

     

     

    何かを、ものもの的に覚えても

     

     

    忘れる方が絶対に早い、絶対に

     

     

     

    出来なきゃいけない、

     

     

    唯一性って、「仏」やったんやで

     

     

     

    綺麗にしっかり開いた心から、

     

    性格の違いは不一致と思うほどで、

     

    心の違いのなさは、

     

     

    この聞いたことのある、精神はみな変わらん、ビョーキもしないという平均質を聞いたとき

     

     

    無限に人の性格の違いに

     

    こうしちゃいられないと、腰を重く降ろすんだ

     

     

     

     

     

    百歩譲って、

     

     

    警戒心が勝手に伝わらないのなら

     

    言葉にいるのはわたしで、いるのは「それ」じゃない

     

    すると、この場合、

     

    何が果敢で、何が上を向いても、

     

    いう、いわないで助かったり

     

    増えたり、減ったりする可能性は、

     

    ない!

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 弱々しさと考えから、成長の一致と不一致に生まれる「性」

    いっち、ふいっち、いち、に、さんっ!

     

     

     

    大らかに、激しく生きたいと思う自分は、

     

     

    第一次世界大戦の如く

     

     

     

    身を焦がしたい、と、

     

     

    思ったのは十、二十のときで、

     

     

    今ふと思うのは「人が人と、仏と仏そのようにすべて正しく生きる…」

     

     

     

     

    魅力は、

     

     

     

    理性の集積、

     

     

     

     

    髭は、

     

     

     

    勉強量

     

     

     

     

     

     

     

    話しかけると、私と話しても聞こえることは通常、ほにゃららになると仰った

     

     

     

    こういった客観性を見守られている、

     

    細く丸くて良い姿形、今のこの元気。

     

     

    全く天使い(あまつかい)もいて、

     

     

     

     

    こういった仙山があると知り、

     

     

     

    異なった寺院では、

     

    日本国憲法、反省霊が、自分の前に線香を焚いたお墓のコスチュームで、

     

     

     

     

    暴行を受けた女子からは、

     

     

     

    反省点を自分で編み出すことを

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    侍をしたり、ふわっとこう心地を何か考えれる人と

     

     

     

     

    学んでいる

     

     

     

    これを、「一緒」だと思う

     

     

     

     

    生々しさから抜け出せない言葉にSAGA、成長して目を開いたら突破する学問が不安がなければ楽しみすぎる。レイプもんに奥行きがなんぼもあり、地蔵の緑がいくつも暗く茂っていたら、と、茶臼山の池で考えていた。側には美術館がある。美術館とは、時と世間に合わせるらしいじゃないか。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    「技術習得」をキーワードに、目を見開いている。

     

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  • 星から見た私

    この無心はああではないこうでもない、と常に探求した確かに仏のもので

     

    離絶していた人と人の家並に、

     

    神の近くにもし孤立していた人が、

     

    時の中で

     

    術を思い出して教えを集めると

     

    近くの人に伝える

     

    その修行は、確かに男神だけど

     

    今度は正しく人といるから

     

    良いですよ

     

    と、わかりますな

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  • 怒ること「粗末」

     

    人模様は不安

     

    明日を待とう

     

    今日我慢しよう

     

    今日を生ききれば

     

    明日は良くなる

     

    今日が有ったら

     

    明日がある

     

    今日が無ければ

     

    今日がないから

     

    明日もない

     

    今日がなかったら…?

     

    無いもなくなる

     

    一人の力は

     

    小さい

     

    小さいことを

     

    大事にする

     

    「大は小を兼ねる」

     

     

     

     

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  • 用務の私

    壁を破ってしまった人の中から、もれなく抽選で間取りも効かないスサノオの慈悲が当たる。

     

     

    神のこと、スサノオのこと、知りたい。そう思うとき、人のことが、白雲で隠れてもう聞けない知れないのは損だ。もう聞けないのは神より人の方だよ、ゆっくりしよう。泣いて間取りに戻るだけで少なくとも明日の可能性を増やせる、形遠い気持ちの問題である、それが仏の「言葉」なのだ。信じるということをずっとして、信用に長くならないこともあるまい、どうか聞いた方が身のため。

     

     

     

     

    また明日も会えるのに、どうしていつもさようならが嫌いになるんだろう?

     

     

     

    歌のこの言葉からも、さようならか嫌いであって人が好きだから真面目に道に帰って今日のいったんは別れましょう、

     

     

    と、初めて乗り越えることの出来た別れだ。

     

     

     

     

    さも簡単かのように文句をいっていたが(閉ざされたので)言葉が言葉で変わることが出来るのは、珍しかった。

     

    今日は雨。

     

    この風に久しい霊と話し、霧のある風景を思い浮かべた。人、大地、大陸、互いをとても怪しいと思う長い時間。地球の流暢や、不思議さに感動を得ている。

     

     

     

    時間、情緒、何としても客観は無いってゆわな。「無」ってここのことやったんや!!と、驚き合っている。

     

     

     

     

     

    「正面」を向くから、首が上がらず俗にそれを「顎を引く」といい、下が判るのは自分の形容が着くからだ。地に足を着けるから、対象を捉え、対象が地よりも下だと体感的に計る。道でも下を向くのが難しいから俯くと異なり、客観的に優れを見られる自意識。前には何がありますか?取り組みはすっくと、自己に映るものへと掴んでほしい。

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