揶白 (KF)

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  • 箒という人

    イタリアと日本、

    とても分厚い書物が二冊、

    絡み合った状態をたまに映るが、

    そうなってるわけではないのに、蟲ーが促進している。

    私はこれを初めて考える。

     

     

    間に繋がる別の文字があって、取り除こうとしたり、取り入れようとしたり、動いている。その別の文字が語だと、わかれば、語になり、私だったら「〜ですね?」くらいまでで完結してもらう。学び手も、話し言葉が伴い自分用語だったら同じ高さで断る。知りたい、猛進した精神にたいしても、日本は精神の消極的なのではなく消極性ってどう表現して、正規を得たい。表現というポジションがあるのかもわからない。例えて外装を持たされれば精神という正規を求める値ではなくなるし、同じ言葉で話そう、そういう歌が聞こえること、そういったこと議題は二間でいくらでも話せること、と時を主題にした詩が時を省いていることを、共に考えられること。関係性の薄さと、それをそのまま是縁がないといえることなどは明白にもうしてある。関係の話に関係性のない話をし、

     

    普段はピンと来なくて、いつも出てきてどんなやつか思い出すのだが、他人のミス?だと思う、そこに引っかかって

     

    { 安全だと思っている

     

    予想だと踏ん切りをつけ、見えたものだけ書けば、奥まらず、目の前の世界を広く持てる。誰でも書くことの出来る字という概念が、そこに浮き沈みしている。力のある言葉から、不必要な主観の傾きをま逃れられないことの塞ぎ込みは、直す理解が、魂から広い「自分」しか通らない。不必要とは、動ける動きに引っ張って来る客観的な主観の差し込みがいきなり来る様子から、こう実としてもぎ取りたい部分だと怒りを露わにしている。

     

    明るくするには物事から背の高さを見て、暗く特定がつかない時は、不明、と書いて先に行っても良い。

     

    本当に可笑しくて一と浄化するが、重なった恐れのほうに注目する日はちゃんとまだ長いから、希望を向くのだ。むずかしいやろ。

     

     

     

    転げ落ちそうになっても、歩くと、

    石を飛んで渡る川や、

    危険を冒して掴み歩く岩山など、全く地球に存在する環境だった。歩くと瞬時のものに変わるのだ!

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  • 主体の現れと夢

    主体の特定が上手く行かず、

     

    客観性のおぼつかなかった頃から、大きなテーマを持つことで変わる風は、心が心であったから嘘ではなかった。

     

    現実に客観性が優しく繋がった。

     

    一人で主体といってみても鏡の中にいることを告げられる。

     

    仏は、まず自分の輪郭が必要だと言った。「あなた」にたいして話す私とは? のことだ。私は深部で考えるが、これにつくもっと美しい言葉があると信じて、ただ解くときに仏が説かれる、

     

    自分が女性だとわからなければ、相手が男性だとわからない。

     

    男女が友達になるには、最初に親友で、次に恋人になり、最後にただの友達になる、という映画を観たと言った。

     

    この二文をまた違うことだといっても、

     

    これを聞いても、深いところに落ちてしまったからだ。

     

     

    自分で殻を破かなかったら? 心配せずとも一人は力を奪わず残すことが出来る、テーマはこの上にあると言う。

     

     

     

     

     

     

    表も裏もない心から心のことを言う、その心が表と裏のことを言う。

     

     

     

    人はそのままで、人を良く考えさせる、この為に自を詩に溶かし、目立たなくする。

     

     

     

     

     

    自分はその道か、と思っても一直線にいかない。否定せず、伝える。これが「色」。色を、ただ書に写する。そこに、思ってもみない出来事がそのまま膨らんで弾ける。

     

    こうして癒されている。

     

    尊神は、偶然に起こり生じる、これを必然としてこうして癒されている。

     

    普段、自分のことを蟲ーが方角を指し決め気が倒れる中に、風もそう動いた。世界がぐちゃくちゃだったことの中から、神に歴史を伝授して頂いている。蟲ーの騒ぎ、神の岩戸隠れ。それを「本」で読書して感慨が深い。修行中、成長のたび顔が変わり、その道行きで見ていた光は、驚かれて転んだ。それで、その「三蔵法師」は星を上に一人で担ぐ厳しい孫悟空をし、孫悟空は岩を上に担ぐ罰では、惑星を一人で担ぐ、想像の中にいることを学んだ。この頃は夜明け前、暗いその色が最も強いとき。暁星は、漫画のように振り幅の良い気持ちの感情を、人に与えてくれる想像を教えてくれる。それが、他の蟲ーでそこに曇って濁っている。こう決められ良く聞いていた言葉の歴史と、光ってしがらみの溶ける空で遭遇している。

     

     

     

    だから、問題だけが残る。この真実の問題に出会う奇遇や、一人の努力から繰り出せた偶然性と折り成し、真実に出会えることの出来た徳を、星が星と解る折り成しを、私は祝う。

     

     

     

    自分が何者であるか?大事さをよく伝えられた。

     

     

    目で、

     

    神を見たら、高さがわかり、

     

    人を見たら、肩幅がわかる。

     

     

     

     

     

     

     

    だから、一旦他は上げてやり、状態を見たら状態から聞くことを得て、動く様子を見ることを得る。それが同じであること、「禅」。お寺さんも、禅は難しいといっていた。禅って何?と聞いたことからいきなり難度だけを仰ったのが力の試しに没頭することの後に解るけれど詩文に聞こえていた。

     

     

    感想

    自己が内面に向き合うのは世界の悔しさだと知る、どのような時に戒律を思い出し、そういう詩があり、力になる透明な詩、詩は

    真面目だよ、難しい事程人に理解を起こしやすく真面目に無茶をせず取り組み続けたよ。

     

    人と付き合うこと

    だって道の前だから

    だから努力した

    道にいないから

    道の前だから

    道には邪魔者がいない。だって

    道の前だから

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  • 使えない力

    密教的曼荼羅の考えは、客観的に心広いアートや惑星、星など、そして生活の個性。

    思い自体を包むお洒落なイメージ。時代と時と自分を広く許し、ただ一つの現実、前方に学んで行く。物事の形を見る唯一の方法。

     

     

     

     

    神に近付くイメージをする時は、構造的に相手との理解を考えて行く、でも、それじゃ神に近付けない、と、寺の厳しい修行を考えるようになる。

     

     

    人が神の行、シンプルに時間と密接な行にたいして、時間を疎外された神と自のトラウマ

    。これは間隔や時間の大切さを語ったり、自分ごときがいきなり使えない「なんかすごいまほうみたいな強い力」が地球にそりゃあるけど使えない、と通っていても、使えない。そのことから想像力が掻き立てられること、それと判断がおぼつかないや、人が強いて使わされ、適当に流して生きていることを完全に理解する。それが治すこと、それが闇と冥界の癒し。

     

     

    人が人にに考えや構造的思いがあるのなら、もっと一条とした「全部」の、精神進化で成り立つ物のはずだ。

     

     

     

    力の裏であるが、

     

    力がないところから、始まってる。勝手にその人が生活しているリズムで、人が生きている間発生させることの出来た厚みのある想いで、勝手にジャズのように、「良いこと」の光を習ってる。こういった文書も、良さも、ぼんやり遠くの物にたいして手を入れたりせず、避けたり、何もしない人から始まってる。美術です、歴史人物です、警察です、政治家です、いろんないいわけがあるが、こう“何もないとこ”で言うならツカウなら、ないことにして良いのだ。人一人の心やタイミングが勇気が個のもので、それぞれで全然違ったら、ばらけていたらばらけていると、直線を走ることが出来る、自分が走るからスピードを表せ、繊細さは個性じゃないがもとから繊細な精神は、それで解るからという仕組みを活かしている。その限界の確固とある中で放つから、限り無く良いのである。

     

     

     

    タイミングでどこに行ってはいけないか、歩いて行くか、を感覚が知ってる、考えは、いらない。

     

     

     

    気の戻りを強くするために、

     

    これは何回もしていいのだが、

     

    締まりに心のブレや欠かしは一回で駄目にするんじゃなくて、一回でそれを合図に駄目だと落ちこぼれるんじゃなくて、汚したところから抱えるように自分の気とやる気で浄化し正しくし造形していかなければいけない。道着のように、靴のように、自分を踏み慣らすこと。

    出来るだけ見回りをそのように直し、自分が自分の首を揺らさず、

    極限に我慢し、太くしたとき、自立を起こす。

     

     

    靄…本当に心配なとき、怖いと思う。怖いから、怖いけれど進める。自分の身に足る長さの一文でやっとだ。光は、お化けだけをやっつける。そう演習していた。

    星の時に準えることの出来る間を見つけたら、

     

     

    「心配」する精神の幹や入り口は、

     

     

    自分にははっきりした休憩の嬉しさがあり、決まった空間があり、ただ一人で静かにいれないことが悲しいといって、不休息菩薩を作り、道に戻ることを願う。

     

     

     

     

    神は、ごめんなさいありがとうといったらもっとあっさりしてる。嫌なことがあってことわられたり指南や曲がり角を受けてもけんかしても子供の時はもっと聞いた。そもそもやさしさの中にいず一人立ちしていて良く傷ついたから今幸せだった。

     

     

     

    こういったことを直すのも、見えない普段の心がけや内側の心配で、勝手に回ることと祈る。

     

     

     

    いくらごたごたしていても、生きること死ぬことの方が強く、

     

    セカイを透明にするなら「冥界」に、なんの礼もなく

    構を測って思推しているのが心配だ。えらいこわいことと思い、黙って生活に戻った。

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  • 積むこと

    ブログ

     

    空を切ってゆくナイフ〜♪♫

     

    満腹にストレスを発散 カラオケにて。

     

    気持ち良く歌っているが、見たらチビたちが騒いでて、

     

     

    買った魚の袋を見つけて、いきなり部屋でお魚ぼくも三枚おろししたい〜、今する〜(泣)とゆっていたの。駄目よ、帰ってお料理するねん。明日でも美味しく食べれるよう砂糖入れて小分けにタッパーに入れて置いとくねん。サカナが銀色できらきらしているから純粋に胸をときめかせたのか、そう見せかけて女の子誘って出かけたかったのか、、マ◯はおじいさんだからチビのことは慣れてないから考えなんてわからなくて、、うわぁ!こっち見てきた、マ◯はにっこり笑って、ガールフレンドできると良いね(⁠┛⁠◉⁠Д⁠◉⁠)⁠┛⁠彡⁠うらァ!ってチビに緊張してビビってのけぞってゆったの。それよりピーマン好きか〜?おーい(⁠◠⁠‿⁠・⁠)⁠っ

     

     

     

     

    今日のマ◯、めっちゃチビを可愛がってあげれたお利口〜(⁠ノ⁠≧⁠∇⁠≦⁠)⁠ノ⁠ ⁠ミ⁠ ⁠妻とビール飲む。昨日は、豆腐が賞味期限R4 !?R4って何?! お腹ぐるぐるゆって寝込んでしまった。「まっしろ白の助」って豆腐、舐めとんのかゴルァって

     

    ピシャン!!(⁠ʘ⁠言⁠ʘ⁠╬⁠)戸を閉める

     

    (゜∀。)ワヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

     

    朝が過ぎて、夜が過ぎて、朝が過ぎて、夜が過ぎて

     

    空を見ながらあー、もう駄目だ〜

     

     

    と思っているときに、チビが川行きたいよ〜(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)って泣き着いて来てん

     

    はぁ〜しんどい〜っていっても、天気が良いからウトウト気持ち良くて、

     

    心に、ほらぁ〜家族笑ってる笑顔あるヤン♪、お空に映ってるよっ!妻が、竹ちゃん竹ちゃんっておネエちゃんのことばかりゆうから、マ◯はしょぼーん(⁠´⁠ ⁠.⁠ ⁠.̫⁠ ⁠.⁠ ⁠`⁠)家族が心にいてくれれば何にもいらないのにね、布団マ◯のものなんだからぁ〜川に行こうかなって気になって来て手繋いで行ったら、

     

    サカナを捌くショーしてて、凄い〜!ってマ◯は興奮してて、

     

     

    血がぶうぁっと吹き出すから怖いよね、って大人はそわそわしてて、魚が、チビたちも思ったよか固くて包丁が抜けなくなったの

     

    チビが、

     

     

    取れない〜!(><;)

     

    怖い〜(>_<)

     

     

     

    自分でつくり作って包丁なのに

     

    危ない〜!(゜∀。)ワヒャヒャヒャヒャヒャヒャってマ◯らは阻止して言ってるのに、チビ同士で三枚おろしこうなっちゃうね、

     

    って、泣くチビに

     

    皿に乗せてもらって、感性を取り戻して照れて食べていたけどマ◯自体が怖いようで。そんなマ◯の背中にばっかりおぶられていたら歩く目標なんかまま成らないでしょう。カガミ憎むなら辛うじてと足の皮めくれてもしんどそうな方が良いよ、マ◯はずっと歩きかチャリで何にも甘えたことなんかないけど。チャリって捕まるん?って聞かれてもわからないし、そんなそ知らぬ態度で目的定めたらあかんし、レベルを意識したんは初めてやけど考えたこともない自意識がいくら悲しくても経験って良かってん。でも、皆もマ◯も別のところから始めてるねん。

     

    応えて良いことなんかこれっぼっちもないで。たまたま、人が良かってん。 

     

     

     

     

     

     

     

     

    そう、「気が綺麗なんって美しいねん」もごっ、て明日何を考えしてやろーじゃなく、きっと出会う、という安堵。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    博打打ちの態度がわかったやろ、安堵もわかってん。マ◯は応える意識のこれっぽっちもない電波だけを拾う屑の携帯なんやから。

    皆そうやったら、なってみても故障をせーへんで。

     

    美しい、それに応える適う力をもう誰も持ってへんねん。だから、語る相手なんてブログにしかおれへんのよ。

     

     

     

     

     

     

     

    (⁠ノ⁠ ̄⁠皿⁠ ̄⁠)⁠ノ⁠ ⁠⌒⁠=⁠=⁠ ⁠┫知りませんよ〜

    明日はおばあさんを老人ホームに連れていくんだからはよ寝る( ´∀`)bグッ!

     

    おばばは、マ◯に任せとけばよろしい、って口ばっかり。マ◯は一回も任されたことなくて悲しかったよ〜 心配してくれた人と色々話してマ◯は勉強になって参考にします、の一直線を見て、はぁ、という大事な一日を見たよ。マ◯はばはあのこと大切に大切にしてるのに、ばばあはコンビニて買い物をする、マ◯のお財布抜き取って勝手にばら巻くように使うの、も〜.⁠·⁠´⁠¯⁠`⁠(⁠>⁠<⁠)⁠´⁠¯⁠`⁠·⁠.安モン買いの銭失い、マ◯はニクむ。普通に歩いてたら叫んで倒れかかって来てその拍子に頭固まって、ゴツンってゆわんようにめっちゃ助けてあげたし。ばばあはマ◯を犬か猫と思って可愛がってるつもりらしく、木に登ってあげるとか言い出してでも入れ歯から超イヤミゆってくる、明らか話したいなら話したいって言えば良いのに、やァ、マ◯猫たん⟵⁠(⁠o⁠_⁠O⁠)ってぼけぼけなんだけど、しかしマ◯には聞こえてなくて毎日トイレで管を変えてあげたり大変な思いでマ◯は頑張ってたのに、キチガイになったから老人ホーム行くねん。

     

    いいですか、家族のはなしですよ〜!Σ(´(⁠・ั⁠ω⁠・ั⁠)`;)ってチビと話しながら歩いた。

     

     

     

    仕方がないよな、マ◯さんもチビだから。

     

     

     

    めちゃくちゃにされて最後はゴミになるんや。精神離脱して人の背にすわり脅かして長いこと悲しませる、神やのシュミの追求やの。昔そんな夢を見たことあるやろ。好きな想像やと思うんは何でやろ?そこに、ゴミじゃない救い手が、手と繋がるのが、、繋がれた現実が夢が“幸せ”じゃなくても良いとゆっているぞ。夢は終わる

    本当に綺麗な美しいゴミ山から、拾われたら良いと思う。終わる夢…!

     

    唯一の答えを持ったらば!

     

     

     

     

     

     

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