1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2024/12/01
誰の味方になるかなんて、気持ち次第で良くそういうことを学んでいる途中の人に何言っても無駄
人は、他人と生きてるんじゃないからうちは、何で他人の問題をうちが持つのか、持つと自分が下がって、結果、別にうち ふつうの人が高くみえ、別のもので表現する、うちが前に出てるから良いでしょう…(うちが言って、言われても済まされ)
問1 □何か言われると思った?
□を埋めるは、そこにあったかある大事なものを書き記す
□を埋めるは、これはああこれはこれ
わたしのお母さん、生きてる時は白内障一級で、億劫で自信がなかったから前に出なかったら私の前に出てしまって私が怒り出してその拍子に金パツの子にいじめられる。この子は知らん。それだけで仕事して生ききった人も、死ねたけど子供が泣き出した。お母さんが、他人の面倒のない分要領が良いと思う事からそれでも、先に生まれている。自分が出来ないとき、悔しくても立つ子がいる。無理もなくすっと立つ子もいる。だから良いというその良さ、リズム。人には、得意があるから面で選んても。
私は面も日光の調子を根気よく見たくで、恋心を声に届け一昔前なら心を打たれたけど気が大き、過ぎるひ、更に高い空中で、青空で、泣くことが合わなくなってる。仕事の「ない」人間の心。諦めなくては、ならなくなっている。私の五月蝿いのはここである。自分にたいするマイナス、プラスを火の中で砕きだして答えを出してる、この経験値が蟲ーとか字を読む頼もしさにその後解答している、色々なこと答えを形にするの、これを要るいらんを考えるが、好きだから向かったけど好きじゃなかったら向かっていない。もし“向かわされる”その対象の距離感がどのようか、距離って物だから短距離長距離。無きょり、は「無」をしていない。いつの日かより。
ログインするとコメントを投稿できます。