揶白 (KF)

絵画

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    Works 43

揶白 (KF)

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揶白 (KF)

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    Works 43
  • 何とかストーン

     

    人の正気は素晴らしい!

     

    匿名でなければいけない、

     

    恥なんてない、

     

    見るものは、

    あなたのしたことでもない

    “あなた”でもない

     

     

    何とかストーンは、ずっとこう輝き続けていたの

     

    「言葉」と「気持ち」が足されて許されたの

     

     

     

     

    表現するには、あなたと言うこと

     

     

    話しかけても良い言葉、

     

    話しかけるものでない言葉、が、

     

     

    違う

     

     

     

     

     

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  • 神は出来ても現代人らしく生きる

    悔しいな、悔しいな、

     

    じりじりしてるだけでよいものがある

     

     

    どしり、どしり、何かが来る

     

     

     

    こちらからは見えない。痩女、けど、努力、努力でこんな良い日がある

     

     

    今度は私が工務のしごとだ。

     

     

    何か、恐ろしいだろうか。

     

     

    私は犬耳。

     

     

     

     

     

     

    無性の部分がある。「新しくしったこと」

    働いて協力を知りました。

     

     

     

     

     

    一金五円、自分に会える喜び

    惚れっぽいという自己の一面

     

     

     

     

    目安、人の気を痛めるのはやめたほうがいいよ。と送信した。

     

     

     

    その時は、ただあっさりと私だけを痛めてください。

     

     

     

     

    そう言うのに一日かかる。言葉になるのに半年かかる。

     

     

     

     

     

     

    このパネルを取り出す。

     

    一一一一一

     

    これが単なる草刈り。

     

     

    石を越え、まだある。

     

     

    共にしていく。

     

    一一一一一

     

     

     

     

    身固め。精神が座った

     

     

     

     

     

     

     

    提灯のある所に連れてもらった。

     

    嬉しかった

     

     

    楽しいが違う

     

     

    楽しい、と笑う

     

     

    が異なることを教えてあげた

     

     

    楽しい所を叩かれたのを、今日はキッと睨み返すことが出来たのだ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 神は出来ても現代人らしく生きる

    悔しいな、悔しいな、

     

    じりじりしてるだけでよいものがある

     

     

    どしり、どしり、何かが来る

     

     

     

    こちらからは見えない。痩女、けど、努力、努力でこんな良い日がある

     

     

    今度は私が工務のしごとだ。

     

     

    何か、恐ろしいだろうか。

     

     

    私は犬耳。

     

     

     

     

     

     

    無性の部分がある。「新しくしったこと」

    働いて協力を知りました。

     

     

     

     

     

    一金五円、自分に会える喜び

    惚れっぽいという自己の一面

     

     

     

     

    目安、人の気を痛めるのはやめたほうがいいよ。と送信した。

     

     

     

    その時は、ただあっさりと私だけを痛めてください。

     

     

     

     

    そう言うのに一日かかる。言葉になるのに半年かかる。

     

     

     

     

     

     

    このパネルを取り出す。

     

    一一一一一

     

    これが単なる草刈り。

     

     

    石を越え、まだある。

     

     

    共にしていく。

     

    一一一一一

     

     

     

     

    身固め。精神が座った

     

     

     

     

     

     

     

    提灯のある所に連れてもらった。

     

    嬉しかった

     

     

    楽しいが違う

     

     

    楽しい、と笑う

     

     

    が異なることを教えてあげた

     

     

    楽しい所を叩かれたのを、今日はキッと睨み返すことが出来たのだ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 縁なんてこんなとこで決まる

    元々人の霊に執着したらいけない。

     

     

    知る意識とか事項を持ってないから。マイナスはマイナスのままに働く。等しい力のない分は身で払うが不正もあって長いことかけて正されるから無視

     

    この間に押しても引いてもどうにもならない正しさが、涙が癒やせないままあれもこれも申し付けられてしんでしまってる。構造が、ただ働かされたり申し付けられているわけじゃないから、怖ろしいほどズタズタに割れている。

     

     

    そんな下にみるべき歴然とした行動。

     

     

     

     

    我が儘は生きていたら治る、誰かに注意してもらえる。誰もいなくなったヒトを供養出来ない、しない。

     

     

     

    生きていけるなら良い、ではなくそういうヒトたちはドーパミンて迫って来てる。悪いからこそ逃げるのに必死なところでうまくなすりつけている。

     

     

    現実はもっと霊感、霊質があって、良いようにまわっているが、

     

    それを利用して仲介業を障害して、妄想を信じさせるという悪行が気回りを騙して色んな物事を滞らせている。

     

     

     

    何かあるまでおもったあかん、

     

    そこまでレベルの高い行思うんやったら生活を付けていな、やりたいことと同じくらいの抵抗力。どこからでも輝く意味で仏。

    大切なものを自分から守れな。

     

    だれて、

     

    だれて、

     

    だれて、

     

    今。

     

     

     

     

    その抵抗の中では誰がの存在はあるかも、悪い霊もいるかも

     

     

     

    何かおるおもったあかん、それを見抜けと山や星はいう

     

     

     

    自分のやり直しさえは、いつでも出来るんだから

     

     

     

    (人の徳の味方を、星とか神とか偉い存在はするから)

     

     

     

     

    声が一瞬だから、まんま癒やしてくれるものと思ったあかん

     

     

     

    大切にキャッチする

     

     

    こんなに身近にしている霊界は、浄化できた透明なものか、努力をしなきゃと自分を見返るだけの透明なもの、ある程度無意味な透明な優しさ。これと、「人の本当の悩み」しか存在出来ないし。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    自分との話し合いをしっかり済ませて、自覚

     

    両思いにするために手を合わせる、意識の大切

     

     

     

    その為の「ああーーー」短調の音楽は練習やから!!

     

     

     

     

     

     

     

    画像

     

     

    おまんこ帝国、でもない

     

     

     

     

     

    これを表した大阪市の、ピンクのわけがこう現せるのだ。

     

     

     

     

     

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  • 縁をレイヤーに掛けたらええ

     

     

     

     

    今道で前を歩く人との距離、これが縁だ。つまり御縁といいとても大事にする。ダイエットとは余計な力を抜くこと。今となっては良いことと、失っても良い傷が心澄ませていて分かる。

     

    私は体や気が何か痛い、そこに記号が映る、この二つを見比べている。理解の精一杯は、前後文がない詩のような関係と、文脈を自分で勝手にツクらないことである。

     

     

    遠慮せず考える時間を作ると、

     

    自分に触れらない想像がある自覚が「緑」に身を委ね風を含んで考えられる。

     

     

     

    どこかから落ちた、これが縁で、

     

    そこでその闇の淵にいたひと、を仮に想定してもはっきりと関係しない。

     

    関係しない、が縁である。

     

    これは、前提に目的があることを携える分、どこかからに「私」が掛かる。

     

     

    他に雑多なものとして省く、省略する、こう行うことに依って

     

     

     

    “「私」の考えていること”にたいして、10分前の「私」が、今の時間の私に関係することだと解る。

     

     

    こういった作業に、どこかから落ちた私の周囲とは単なる記号と痛みに留まり、生活をしていかなければいけないという悟りと光がこう全く異なり二つあるという事が仕事の縁からこの場所で着目出来た点、縁は繋がるのである。生活によって前方が前方と繋がりを上達させ、普段の意識が全く変わらずにいる。強度にたいして惑星のイメージが、単なるエネルギーと細かく分断される。

     

     

    己が通る仏道として咀嚼される方が高いのはこの為である。

     

     

     

     

    私は、いわば遠慮の底で自分の感情や何かが進むとは考えたことないし自分が大切。

     

     

    若し前世があり大昔、原子のころ動物だったとしてサンカという言葉を知る。

    何かが進む、ちゃんとしたことという意味と、気高い守護の形だ、山神を意味する。

     

     

    いつも一緒にいなくても瓶に実を詰めて、褒められた数、貯蓄と保存を喜ぶ。

     

    動物からする人間とは、人間は語りにくく人間という言葉が、蟲ーを引いたところに生まれ、その後振り向いて動物の顔を向く。

     

     

    良い形は、宇宙のフォルムとして極めて力が相応し上手く行く方の動物と、遡って平行する人間の身体性をあらわす。

     

     

    身体性「せいしん」と「肉体としての精神のちから」はそれぞれ別のことを指さている。

     

     

    対して、光として見た細い灰っぽい人間のかたちをしたもの、あの引き伸ばされたニンゲンとは、何者でもないを意味し、宇宙と関係しなくなったあるヒトであった。

     

     

     

     

    これより増して、

     

    透過を進めていく者、目出度く道を拓きより追求していく修行者にたいして「悩みのない浮遊霊」は全く不相応だ。いきなり遮断されるべきことなのだ。それを既知として解る。あっさりする、この良さは動物も交えて文明的に解るのだ。

     

     

     

     

    惑星、神仏や地球に、いちいち相談する。話すペースと間隔を知る。地球は地にたいして、天のことは天体に問い合わせる。

     

     

    テレビに向かって苦情を言うより、地域に相談して町を潤す。空気がわかるから間隔がわかる。このように存在を考える無我は、自我意識が極限に強いこと。有るを重ねて無に近付く凄みの様を神技といったりする。イラストでレイヤーでも努力をレイヤーにして丁寧に重ねると透明度が上がる。努力が全てに通る下紙で、努力が起こすものでないから、この努力、あの努力、という語はない。2、3度努力の上に向かったら縁を見抜けない。

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  • 土着と愛

    詩、その場の空気を紐解く。

     

    恐れが恐れ、緊張が緊張、微笑みが微笑み、一個の字になる、漢字になる。

     

    自然体。

     

     

    この石をごろごろ転がしてたら馴染み、再び元になる。元気。

     

     

     

     

     

    アイデンティティの捜索、定着性、断面という文房具を触ってきた自分の手に似たわかりやすい言葉、一般化しやすい。こうして火の付く人もいる。その火のままに向かう。

     

     

    オリジナルについての示唆が光にあった。

    自分は現在、社会面の定着が薄いが気持ちばかりはある。このことを誰にも探せない一つのことをオリジナルと言う。後、歳寄りの関係や世間体、頭に血の登ること、理解できないことでも、聞きたい、と言う自らがという言葉を未だ大切に思う。私らはその中で祈りを摸る、祈りが、土着において理解することだと知ったからだ。

     

     

    宇宙創生から地球を生み出す心、自分の位置がまだ混沌しているゴミを抱える過程にあり、目に見える星々に習っていく人の個人的な自由から、「初心」という道のことば、この文化的態度を現し心を個性に戻す。大昔の武士にこういう楽をさせてもらっている点。

     

     

     

     

     

    ことばが有る、壁が有る、距離が有る、いわゆる面を面と捉える時、心にしか存在しない「あなたやわたし」を雑念を退いて考える事も出来ると成っている。

     

    わたしはこうただ図れる定規を持っていて、これが文化として持ち運びや移動が可である。対照するのは動けない文明や恒星的な論。

     

     

     

    仏経的問題にたいする圓怠(えんだい)阿弥陀の壮大な切り口、「人が何故芸術と言う言葉に括られたいのか知らないが」

     

     

     

     

     

    定規を意味するこのことばのニュアンスは、

     

    仏典から字を表すことに、例えば何かの名前を自由にさせる為にひつような自己承諾において目を配る。仏だから人物になったりしない、を理解するインスピレーションが、スケール通りに合っているか。仏が仏である。ひ弱に柔らかくならない為にじぶんを占めるこの土着がお守りとして「マイナスや差」にたいする理解をし、その元である元気さや円滑性を紐解く。

     

    定規を持っている、とまでを言うあまりにも普遍な責任感。これを、誰が教えたか?である。蟲ーのほかとするもう一つの題目だ。

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  • 法典の気持ち

     

    努力

    2022/03/20

     

     

    そんなところから、人の努力が臨めるわけはなくて、

     

    もともと見えないことで、

     

    それを探したらそれが出てくるし、

     

    見せることもなくて

     

    負担を担がない選択だってあって、探すものが、全然ことなる。本当に自分のそばにいる人は、それを分かり合えるし

     

    もっと自分と付き合いたい、それってあなたに関係ないし、

     

    作られた自己のわからないところより、他人や心の空気を読み取って「あげる」ことの優しさだと思う。

     

     

    無自覚的なものの気配と、単に押されるだけのその緊張感を抱えて、

     

     

     

    ムーのせいで大事なものが、「消えた」、返してくれと言われるが、終始知らない。ムーはお前の守護霊じゃないのか! 噂や情報を自分で決めて型を押される、それは自分の行動範囲じゃなくて、消すことを選んでいたのか、くらいしか知らないし、知ろうとあんまり思わない。

     

    自分の上に聞いて下さい。とかは言ったし、

     

    あなたと自分が違って、自分の行動の他にあるから、これは永久に変わらないと思う。

     

     

    初めからわからない、立ち止まることのない関係で、

    知らないのは、先に出てる。

     

     

    行く先で、特にいじめられず気が合った、陽気な一日も中にはあるだろう。

     

     

    割れたものを壊そうとしても、単にみにくいとする、されるだけなのに、怖い。当事者だからこう言う。

     

     

     

     

    大人のボーダー

    2022/03/20

     

     

    恋愛にしろ、著名にしろ、天にしろ、個人的に不躾けられても、

     

     

    有る時に「邪魔だ」といわれて退く 「たしなみ」として、大人が言い切ることの。

     

     

    対して子供であるなら、一向に「様」とは言わない。

     

     

    可能性に差が出て来る。大人「っぽい」ことは多くあるが、箇条やその道として自覚を離れず遊ばれているのなら、大人の認定がどこかにある。

     

     

    大人になりたい。大人を知らない。

     

     

    「あなたは子供ね。」では納得できない。納得してしまえるなら、そこがその人の有るべき地だ。

     

     

    可愛い子、可愛いがられたいって、可愛いがられるのは、必ず自分が大人を目指す。

     

     

    努力出来る時間があるのか、ないのかを、自分が管理していていて、出来たら良いことより出来ないことを、わかる。だから、それを軸にして行動している。

     

    変わらない流れがあることを感じ、受け止めてもらい、潔く、離れる。

     

    すり減らして、ちゃんと休んで、取り戻す時に取り戻して行くのだ。

     

     

    自分の中に有ったこと、自分の記憶といった心に有る事から、離れるのを道と云わないから地獄もまた自然に有る。この人たちの釈迦ではない。ここに生まれたわけが、私も知らないところで有る。感情があるのは同じだから、辛い雨の日と思う。

     

     

     

    耳を持つ

    2022/03/20

     

    「自分だけ」ということに反省の無い人を、

     

    心でして訴える日本の警察に尊敬がやまない。この言葉を、訴訟などとは書かない。

     

     

     

    自分を肯定させる為の小さな法と道徳は隔たり、

     

     

    法典が、そもそも気持ちだけでど分厚く書かれているから神と思し召し。

     

     

     

    嫌だと聞いていて、「あれは、これは、じゃあ何なの?」と、人の耳を齧って聞くことに側から自己否定感と、無視されたルールや自尊が、聞こえる。色んな辛さが曖昧模糊としているが、これはこれで熟語として完結しているのだろう。

     

    熟す、熟されている、「果樹園」の理解が、難関なだけで、理解か出来ないわけでもない。でもしかしを少し思うのなら、こんな時も、よくわからなかった道徳の考えを持たないと納得や纏まりがいかず、だからあの青い学生鞄はとても重い。自分なんてそんなものだ、と知っている今は中坊などより身が大きい。遠くの学生とひょんなことに気が貝の様にぴったりしている。恋愛とはどのような違いがあるのたろうと、ひたすら語って行く。…太郎冠者と次郎冠者。私としてをしっかりさせることなのか、はたまた夢のまにまに。すなわち道が善し。「道」については、一向に知らなかったと云う発見を伝えたい。その概念など。

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    攻撃のカタチ

    2022/03/20

     

    思うのは、どんどん光になるよりも、

     

     

     

     

    小さくなることが、かえって、光を持とうとしているような気がする。

     

     

     

     

    その方が世界を、色々見渡せるし、もともと目に見えないことだ。

     

     

    私はこれを養う。

     

     

     

     

    世の中には、それが見えるという人がいると聞いて驚いたからだ。

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    ムーの中

    2022/03/20

     

     

    二極

     

    次元を持たない

     

     

    優れたものをもってても、内容が悪意(単純なもの)や、自分だけ、というものになる。

     

     

     

    言いたいのは、「負担はかかるが」解釈している、ひとは。私がここから来ている者だ。

     

     

    流し読みをしていない。辛いことも陽気なことも、すべて自分一人で噛み砕く。読み解く。たとえ、そうめんのように思うにしても、距離感がある。

     

     

    そうこうしているうちに、精神力が付いたのであって、霊界魔界などで身に付くことは何もない。魂的な物語、例えばこういうがこれを読んだあとで、少ない時間の中自分が整理をした時に、初めて自分に何か起こって、変化している。

     

    少なくとも、これを教えたい、こんな形があるんだという、意志的な気持ちによって書き続けて居る。

     

     

    ブログでも会話でも、同じだ。

     

     

    二次元的画面になるか、静かに読める「文書」になるか、形を作るのは一瞬だろう。

     

     

    使っていい物と使ってはいけないものを、何となく察知したら意地でもそれを守る。

     

     

    ことばでも肉体でも、攻防しても結果がこのように出てる。経験が無い、背中が無いのだ。

     

     

    実際、ゆかり的なもの、何か感じるものが、現に無かったことと、

     

     

    無の経験として私とはちゃんと残ってる。嘘はばれる、という日もあって良い。

     

     

     

     

     

     

     

     

    トイレ

    2022/03/20

     

     

    情報ほどあてにならないものはない

     


    国は平気で嘘をつく

     


    人の言葉ほどあてにならないものはない

     


    人は平気で嘘をつく

     


    人の言葉を真に受けて

     


    自分の心を傷つける必要なんてないのだ

     


    近頃日本のトイレでも

     


    平気で嘘を書いてある

     

     

    汚れているトイレに

     


    「いつもきれいに使っていただき有難うございます。」

     


    と書いてある

     

     

     

     

     

    同じ天

    2022/03/19

     

     

    私は、ここというここで頑張れるから。

     

    そういう人と、そうでない人が、同じところに行けるわけないやん。

     

    やってることって最初から違ったやん、嫌やったら今でも間に合う。

     

     

    滑ってきて文句だけ言って、なんで怒らんわけがないやん。そんなん勝手に離れるし、それっきりと思う。

     

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  • 聖的な儀式

     

    警察にいた男の人

     

     

    ストーリー心到滅却一

    木は二酸化炭素を吸収する。分解して、悪いものの何かを説き始める。

     

    霊に強く関わる仙人のその言葉の様にも思うが、それは人たらんとして学ぶ者である。それを軸とした強さである。言うことを聞け、と言うが、聞いた後もその人自身の責任が人たりに及ぶものでその上を乗っからずに自由に任せるものだ。土地ではなく、冬の国(土地性が強い)、春の街、色々あって、悪魔の国もある。

    悪が住まうのではなく、それが精神に依るからもっとミステリアスだとか、興味がある、美しい、等の意味でしかない。

     

    「悪い人」に間違いをまず話される。当然だ、悪魔が悪魔だと自分の内側から構造的に話されるのだから。もともと気が強くなければ会ってはいけない。

     

    「私には責任がないからどの話も聞けないので、形は欲しい。執着もしないがただで貰う。から、私のものだから私が嫌がられてるのが悪い。そして私はチンピラだ。入れ墨をしてるぞ。」

    悪魔の国にあった川。仏とは美しさだ、恨みもなく。川は魚を釣り鱗を削ぎ落とす。すざくがずっと見ている。

     

    「上手く現れる」。こういうのが精神界となってる。

    理解出来無い自分なら、自分に返って自分が現実的に与わってる友だちや、周りや、趣味に関わる。自分の趣味が道すじを教えてくれる。自分に合わないのに執着するから歪んでいるのが見える。

    子供の頃、誰かと気の話で同一されていたが大人になれば、どんどん気が洗練する為に、表れるのが子供だった本人の本当の顔である。むずかしく考えずそのままを一瞬で受けれるかどうかだ。気のない人もいるが、気が気をまた好いて、その間は相違が全くない。暴れてるかどうかが、もう「自分」とに境があるのが強いからもともと関わりがないと言えて、自分はそのままいて差し支えない方を希望している。

    腹立っているわけは、途中で何かしら入って来て私を「自分の顔」とする。人を舐めて上に乗っかって来る。気そのものが自分が違うを理解しない。もっと広い、広大な、前提的に心身が一緒にいないのに聞いてくる。「誰も、気が知れる」がわかる神や唯一的な事から上がったと思ってる。個とすれば、彼は常に主要なことは聞けないでいる。脱落している。こう書いてみて、彼の光は何度もあったのに、今ここで幻を信じたやましさを、耐える者が睨んでいるのにぼやっとする。物事を低質化する。

    それ故に、心の中では彼の何をおべんちゃらに良く表現しても良いとされる。必ず騙された原因がある。誰でもかれでも自己精神の救いにした事が離れた結果だろう。精神は自分で育むものなのに。

     

     

    そう、故意にいらつかせるのではなく、人たる多少の憤りが当人の岩となる。自分に等しくないものは近付かせないだろう。何人も立ち入ることも、出来ないだろう。

     

    確認が取れない、出来ないのは、詮索しないからである。そこに連鎖する落ち着きがある。是非の話を言うなら体を持つというこの知識が前もって最低限あるかないかが、慎ましさとなる。指先ツールだと言う人はその名の通り考えが浅い。星空はもっと間があり複雑だから綺麗なのだと、私は思っている。

     

     

    心の中、心は精神だと知覚をしているのがはっきりわかるが、それにもかかわらず攻撃するのは、「構わない」と言う名前だ。精神って時点が予めスカイハイや啓蒙なのだから。

     

     

    個人が繊細に考えていて納得しようとしているによって、心としての買いや受け入れ、許しがある。横暴とは底辺と差がある。

     

    ある外人が骨になって私としていたが、代謝が有りしを知らせるとともに天がすっかり焼いて祓ってた。

    これらを、俺はここにいる者だ!といって知らなかった事が決定だ。感情が別だし他人を欺いていた人だと思う。いきなりここにいないと告げられるような、まだ住むと言っているがやはり3ケンほども彼は別の人です。しかし、聞いたらそれを理解すると言っている。

     

    「自分」なら、弁明がいらない。この間私と同じ被害者にあたるからだ。よそが面倒臭いだろうし、特に話したくない自分だけの日々が多い中にいるだろう。自分が生み出した子供となるが、こっちは親じゃない。ちょっと前も、「私」は何かやましい機械か何かに接続された。逃れられず嫌なので、小気味良くハミングしてあらゆることを逸していた。よそとうちがこんなに綺麗に別れているのにしつこいやんか。

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    ルールブック

    2022/10/17

     

    ストーリー心到滅却一

    ストレートに霊と語れないのは、そう悩むことが霊だからだ。

     

     

     

    精神は人が中心だ、自分も人で、人を中心とするを言うにはこのような前提を達者をもって説明しなくてはならない。

     

     精神に上がってる時点で人格が失せている、から、社会(礼儀等)を語れない。精神が同じだ、一緒だ、は、上がっている事にならない。普通なことが自然と見分けれいて、暗黙となってる様。

     

    甘いが、それが自分の精神であり、歴史感を含むという白人の納得を、能が得ている痕跡があり、黄色人(ここでこう言うのは、サバンナ(黒人)の様な自然を中心とする考えを学ぶ為だ。地球の重い腰を上げる、自分たちの世界の仲間入り。)

    厳しくも、人の手の届かない所を学んだのだからもっと感謝しないと。

     

    言われたい事、

    して欲しい躾、

    そういうものがなく、自分自身で習得していく。こう教えていたのが、仏陀、だろう。自分自身で習得していくしかないよ、と広める私は比丘尼。

     

     

     

     

     

    注意

     

    ムーを(拝む、つまり理に沿わせる行動)、上げるとは、彼ら自身が与えたほどの境涯に帰ることを目的にしている。成仏と言うんだ、とか成仏の言葉の深さを学んでいる。禅と言います。

     

    釈迦とは簡単じゃない、と書く。

     

    聖的に罰を与えるとは、それ以前のこういう内容の儀式だ。

     

     

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  • 良い方向、吉になりますよう

    現実は現実に存在する。

     

     

     

     

    お化けでしか存在しない蟲ーと人と、聖「ひじり」で捕っていく最中は、タイトルが、

     

     

    お釈迦様のお掃除の手伝い

     

     

    とわかった。

     

    お釈迦様の垢取りだ。

     

     

     

     

     

    例えばエステティシャンの容貌、何か磨けることの夢、それが夢そのものだという潔さと自意識の自覚、こういう複雑な文性の力は一番人に合った。神仏の夢と交じれる今日。続けて行きたい。

     

     

     

    私を釈迦と言う方はその想像が自分に対して小さくありませんか?もっとみた夢のまま大きく捉えよう。

     

     

     

     

     

     

    題目の「題」は、題名の題よりももっとこのように漢字なのだと思う。

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  • 人ともの憑きとものの拵え

    案外、自分が事を悪く思うことにたいしての客観は凶でないかもしれない。私自身の責任を行う心と、又、

     

    客観的に見る側もそれにとっての正々堂々をわきまえ、

     

     

    気持ちがあるというものの圧力と抵抗力、弱さでないなら災いは自ずと退いて帰るだろう。人と徳、目を交わす間に認識したのだ。

     

     

     

     

    今、精神病や未知なものにたいし、昔ずっと悩んでいた理解されないことが怖いんじゃなく何か解らないことが怖い、順不同にそれを分け合えている?を、思い出せる。

     

     

     

     

    この文は、全然噛ませ板として自己供養に使って良いので。

     

     

     

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