揶白 (KF)

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  • 木のセカイ

    2022/01/01

    神様の話

    木のセカイ




    これは古代の、入れ墨。

    何か高度で数学的なような、色んなのろいにたいして優しくあるような、

    ひとそれぞれのいろんな模様。



    マイニチ、「キモイ」と思っていることが、実はとんでもなく憧れて居て、

    かっこいいことだったりした。


    そんな驚きが絶えなくて、恋愛などはおろそかである、ところが、

    「大和」の、すこしだけまぬけな、うつくしい神を、

    一人の私の影から、人が思い出すことが

    そうして行くところが、

    誇りの正しい形を

    磨くところは、

    まるで宝石が出来ていくみたい。。


    ゆっくり&のんびり。





    口はすこぶるキツイけど、

    神様やあることを思い出したときは

    まっさきに近くの「おなご」たちを

    心配したりもします






    今日の知らせたいことは、


    韓国人のひとが、たまに私たちに向けて


    御祈祷をされます。表される「漢字」が、


    目にも見た目にもわからないような


    字です。


    繁栄の祈りなどありますが、


    直面した時は憤っても手を上に合わせる。


    民族をやってるな~、という気に必ずなる。






    「どんな嵐も大丈夫」、そんな思いが込められている。



    私が感動したのは、こっちが、頷く前に、既に手を繋いでくれているんだ、彼らは、

    自分より先にもう海に出てるんだ。


    と、知ったこと。







    民族や、高い精神性ほど、色んなものを通り抜けて

    貫通して伝えることが出来る。

    闇も、悲しみも、うれしさと悔しさも、祖が生きたあと

    私たちのひかりとは、何だろう?

    こう考えている今、なのかな?

    祖と一緒に考えていく。

     

     

    目に見えない光や、祖とともに。

     

     

    いとも可愛い祖の上に居るのが、如来等とも違う日本の「古来仏陀」かも知れない。

     

     

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  • 珍じけん、寝起き

    2021/12/22

    神様の話

    幽霊といると何をしても低血圧が治らない。

     

    献血に行っても値に達しないのでクッキーを何個も食べさせられる。

     

     

    寝起きとは、この日のこれから、一日についての反省をする時だ。

     

    ヨガでも、体を横に倒してからゆっくり起き上がることを薦められる。

     

    それくらい朝は繊細と云う事だ。

     

    それを知ってて、大事に思うて行くところ、

     

     

     

    このごろの騒がしい毎日のあさにたいして、

     

    がくがくと震えた私の姿があった。

     

     

    発見しそれを見た保安部の方が、「(私は)恥ずかしい」と仰った。

     

    心を暗くして怒鳴っていた精神をゆっくり宥めてくれた。

     

    言葉を聞いた時

     

    いくら、「我が下。」と思っていても、ちゃんと元気に生きなければいけない、

     

    追い詰められないために神経などを押し殺すよりもを生の実りを日ごろから知って来てしまった。

     

    我慢にもその都度、その人によっての限界があるし、逞しさとは諦め切ることの決して出来ないものだ。

     

    それは男も女も同じなのだ。追行するために、言葉を選んでいる。

     

    気品と元気の、どちらが正しいか今考えることがあります。

     

     

    「恥ずかしい」と仰った、瞬間に

     

     

    私は気持ちを取り直した。機嫌を直さなければいけないし、糸ほどに見えるの人の思いやりにたいしても、

     

    応えたい一心に、気持ちを取り直した。

     

     

     

     

     

     

     

    小学生の頃、若狭の林間学習でカヌーを漕いでいた、向こうから、おじさんが

     

    「恥を知れ!」と

     

    船の上から私たちに大きく張り上げた。

     

     

     

    半笑いで笑っていた。

     

     

    大きくなった私たちにとって、今大変な「言葉」になっている。

     

    背景だった海が、思いの他にずっと広大だったのだ。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 珍じけん、神様のはなし

    2021/12/20

    神様の話

     

     

    私は今年からある神様が見えるようになり、ひそやかに喜んでいた。

     

    モノノ神と私は名付けているのだが、少し怒っているので外部の人間が、

     

    不気味や、云って何とお祓いをして来る。

     

    残るのは幽霊。

     

    ミスマルノタマをせっかくまとめたのに、

     

    ミスマルの「アプリ」、その「アバター」がかっこいいのを理由に信じ、またバラして行く。それは神様なのだ~

     

    激しすぎて爆笑してしまう。笑う、というか、哀しいのだけどそれを云うと感情は怒りに発達するのでうるさいから黙る。

     

    この神の神社は三重にありし、今はもうない。

     

    人に少し知ってもらえて、供養にも本当に嬉しいと思う。

     

    怒ってる理由だが、幽霊にいじめられ過ぎた私のことだけだ、対話ができないことと。

     

    それとして依然とする。

     

     

    幽霊被害は、神の話だったりするから伝統かもしれないけど、

     

    よもや幽霊さえまとめたのは故にそりは神のものだから、勝手に使うより

     

    神に聞いて任せなければいけない。

     

    ブログなどでも話せば話すほどわかってくることがあるのだが、

     

    名前が違っても受け付けてくれるらしい、それが神社なのだからやっぱり神様はほっこりしたものだぞ。、

     

     

     

    神は人間との高さの差がある。人にそれを表せば、神様。神様と向上心が故に人は人を見なくなる、失う。

     

    力もないのに一生懸命空に上り、イカロスのように身を焼いてしまう。

     

    そんなこんなでみな、隠れているのかも知れない。

     

     

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  • 霊のあるもの、太陽

    2021/12/20

    神様の話

    最近、小道の木に触って温度を確かめている。

     

     

    年数のある太い木ほど温かいことを知った。

     

     

    名のある山や森の、木の映像とか見てても、霊そのものである、

     

     

    そういうことを、こういった感性を理想としていた十代の頃を思い出せ、叶わせ、

     

     

    落ち着きを取り戻しつつある。

     

     

     

    さあ、

     

    自分はこの熱のある太陽を、

     

    神、と思って焦っている。

     

     

    お願いごとをするのには、ビッグチャンス到来ではないだろうか。

     

    ふだん悪いことばっかりしてたら、それさえ気を遣う。

     

    そんな人の分を代わりに私が。

     

     

    知識がないと不安なのは、仕事でも物事、哲学でも変わらない。

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  • 神になりたい人

    2021/12/20

    神様の話

    それをやっちゃうと、、ってボーダーはどこにでもあるが、

     

    決して告げない。

     

     

    二元ではない心の厚みを感じ取っている。

     

     

     

     

    もちを食いたい

     

    テレパシーは、高度な精神にしか宿れない。樟脳に平気で、

     

    畏怖もなく指を突っ込んでくるような人と喋りたくない。こわいです。

     

    大切なことを守って、避けたら描きたいことが書ける。

     

     

     

    なんとなく神を真似て

     

    神を感じるどころか、

     

    自分を神だと言ってしまう人が多すぎる。

     

    映画を見たみたいに肩をいからせ、

     

     

    リスクという美しさなら、

     

    自分の幸せを失うという意味だ

     

    神がそれをお望みか。

     

    神は自分とは違うんだぞ。

     

     

     

     

     

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  • 精神の労働

    2021/12/11

    神様の話

     

    過去として世間にそむくより、古いものとは自分が生まれる以前の先輩だから、じつは大切に思うべきではないか。

     

    「私の鏡」として、世界をかわいいかわいいと唱えながら持つ

     

    みよ、世界がこんなにコンパクトに!

    形さえあれば拘らない。

     

     

     

    未だに何の客観性を忘れようとしていない

     

    新たなこととは、受け入れて理解を深めるという道が見つかった。

     

    自分がいつも問題視し、周りが全然気にならないほど熱中しているのは「生きるうえでの疲労」。つまり、これからこいつをパートナーとして、長く付き合いたい。自身が自身の生薬になるまで。

     

    例えば神の声が聞こえて、みんなで一旦神の力を使って、穴の空いた頭蓋骨や、オーパーツ、軍人の埴輪、万能の力としてあったのだが、足りないのは願いと、それをつかむ理性だろう。それぞれが今後二度と使えない筈だから、大事にしないと。たとえば歳を取るほど、センスは良くなって向上する。洋服に触った回数が高いからだ。よれよれになるかと思いきや、宝石を手に入れ美しい道士のアイテムになっているかもしれない。その条件は、真っすぐな心をもつ。真っすぐな心をもつとは、これに変化するのではない。むしろこれにむけて努力する。自分をあらゆる方向から。ピカピカになるまでその中にいる身として、楽しいから、許されているのだ。これらって、どんなストーリーなのだろう?気になる。
    誰が考えたのか知らないが漫画、フキダシ、アニメ、想像の、馴染む。「禅は究極、ホンモノの方が格好良かった。」この決定にたいして私たちは納得を力ずくで買うのである。真の肯定にはまだ遠いが、近所が通い合って親しかった、仲間が緊張していた、生贄がじつは昔から存在しない、古来を含め、美を感覚的には誰でも理解しているが、急に態度を変える。それとは見えないものが多く、捉えず言葉が空気になってしまうことが多い。神との闘いの中っていうのは何かいつもほんわかストーリーである。二年程前から世界文化遺産になった古墳は、仁徳天皇。私の地元の神社にも祀られている。「記憶力」。きおくの削除を要しているのは幽霊なる悪党のみ。これが、神でさえ騙される。

    「パソコン上で」たとえあっても、実生活の態度に立ち向かおうとする。気を取り戻すなかで禅を加えたい。

     

    精神が明るいこと

    それによって常に自身の見通しが利くこと

     

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  • 私たちのこの形而上の光線

    2021/10/29

    神様の話

    神に聞いても、「それはひとが許すことだから」といいます。

     

     

     

    私はなんだか幸せでたまらなくて。

     

     

     

    光がある、

     

    あの人が輝いている、と

     

    思っていたら

     

     

    まだ光がある。

     

     

     

     

    自分の命と、人の命を普段通りに

     

    わきまえて

     

    楽にしています。

     

     

     

    友人の結婚式のひに光の走馬灯を見て、救急車の中で死にかけました。

     

    こどもの名前を、遺書を残そうと思い書いたところで意識がしっかりして

     

    熱が下がりました。

     

     

     

     

    精神世界にある「城」は、

     

    何回も説かれているが、

     

     

     

    仏のもので、

     

     

     

    おこるが、

     

    こちゃこちゃ装備して

     

     

    人を遮って

     

    人間が道りを、

     

    彼が説法する為に、設置されているのではない。

     

     

     

     

     

     

     

     

    私が教えられているのは、

     

    その精神に自分が飛び込んでいき、

     

    すすんでも、すすまなくても、悩むことで

     

    快を知る事、です。

     

     

     

    比丘尼。

     

     

     

     

     

    協力とかじゃなく、参加なんだよ。

     

     

    こう「協力」する巧みな友達がいました。

     

    「神様、私はあなたの前で

     

    自分は一枚の紙と知ります。

     

    たった一枚の紙。

     

    いいですか、ここに、ある紙。

     

    表が 有れば、同時に裏が出来る。

     

    喜びは 忘れて居た悲しみの価値を知らせ、

     

    哀しみは 忘れて居た幸せの価値を知らせてくれる。

     

    あなたがこの苦しみの中でこそ、心の奥底から真の言葉を

     

    吐き出さなければ、光を引き出すことは出来ない。」

     

     

    私は、「心の奥」くらいがちょうどいいんじゃないかと思うのですが、

     

     

     

     

    「見えない」ひとが、

     

    わたしは見えているんだ! と「表現」してしまえば、

     

    そこで終わる。

     

     

     

    私は谷の表現が浅いですが、

     

    完成した暁に

     

    人生、山あり谷ありと号泣して死にたいです。

     

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  • これは、「禅」ですわ~

    2021/10/20

    神様の話

    昆虫の胴体のように、自らの羽の媒体にせず、

     

    しかし「応用」出来る限り、便利に思うこと

     

    ナカミにたいして

     

     

     

    失ったと思ったら、夢が出てくる。

     

    それも大きくて、新たで、しかもふるい、、

     

     

    明(あ)けなきゃいけない箱があって、

     

    「盆と正月が一緒に来る」この言葉の様にして、

     

     

    詩は、もっと人的に進んでいて、

     

     

     

    その上に詩人がおり、

     

     

    人々も詩も 事をよく守るから

     

    統合を失ったり、自己と理想が乖離しているほど人に流され

     

     

    レッテルを恐れるばかりで

     

    こころの明暗を失い

     

    人がいつでも人に巻かれるようになって、

     

    元気がない

     

     

    世の病気が続く限りは、詩は、精神病としてもあって、

     

    耐えろって言われても、

     

    耐えれるものではないから、

     

     

    怒ったり、感情(こころ)を話し合うような気持ちで、

     

     

    人が人を許せるよう

     

     

    努力と、精神の「禅」が有るのだ

     

    有りて無い世界は、形にするのも、しないのも

     

    ほぼ自由だから

     

    人も人であり

     

    有ったり無かったりするのだ

     

     

    (だから、ゆるやかにしてなければいけない。)

     

     

     

    もし、明日も本当の馬鹿が出てくる

     

    そう思うと永久にでも負担するのだ

     

    「永遠」を誓う人だっている

     

     

    ことわりがあるのなら、ささっと帰ればいい

     

    自分で悩むこと。

     

     

    如何にもわざとではない、

     

    偶然性のある声

     

    起こったって良い

     

     

     

     

     

     

     

    まぁ、釈尊のレベルの下で我らは

     

     

     

    愛に涙を流すが、

     

     

    しかし自分というものを忘れないでいたい

     

     

    金色(こんじき)はやはり美しいが

     

    輝く銀の目を零さず持って居たい様に

     

     

    空に落ちる、青、つまり数少ないものに

     

    心が落ちるのは

     

     

    相手に対しても、かなり良くない事だから

     

     

    美しくなったって、建設をしなくなることを

     

    誰も教えていない

     

    認識をすることだ

     

    変わらなくても、変わっても

     

     

    もっと多くのこと、赤は、

     

    私は、自分が最も多くの者なんだ、と、

     

     

    悟ることから、

     

     

    許されている

     

     

     

    私が始まっているのだから、

     

    人が、始めることは当然許されていて

     

    いからず、憤らず

     

    そんな勉強は、生活の中で養うものだから、

     

    枕、クッションを間に間に、「歩く、歩かせる」

     

    天に任せたい

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • 心の芯にたいして客観性は要らないと思うものの。「大阪市の精神」

    2021/09/05

    神様の話

    家のうちでは、一人でけへへっと笑う時があるが、

     

    本当にいうとそれは家だけで、けじめを付けていて霊憑きで気が滞っていて気分が悪い。

     

    近所の神様やご先祖にも、そう伝えちゃんと述べて、

     

    「客観性はあります。人に迷惑をかけないように思ってます。」

     

     

     

     

     

    一方これは地元の仲とのチャネリング、

    「一人オーディション」だ。

    https://youtu.be/_iLt8UZKgoI

     

    世を舐めているわけじゃないが、こんなに小さな所だし自分の為に動画を集めよう、と思って。こんなものを恥を捨てアップしていたら秘かに見ててくれた高校の人にえらい心配されていたよう。

     

    物凄く、性格が弾けてひねくれているというか、馬鹿に出来ず珍しいというか、飛びぬけてワルイ、ようで面白さもある。

    周りはパッションかなんかだと思っている、大阪市の都会のある界隈。

     

    それを「写真(動画)」にして自分で観てみて、「キモイ」と思うだけだが、これが「自嘲」として心の明度を保ってたりもする。

     

    身近にあるツールを使って時代を楽しんでいる。ルール的に守ろうとしているが、

     

    性表現でアカウントが消えた事もあるがこれは自分が悪いのだし、こんなペースであるのでついていけないこのご時世を、

     

    受け流したり、聞く事は聞く形で、ナチュラルを目指す自分からは器用に省いている。

     

     

     

    考えたり想像したりしているうちに気付いたが、大阪の都心は、

     

    大阪市のコアは格別であって、格別として「きもかった」のだが、当然のことながら笑みが溢れる。

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  • 人と空

    2021/07/23

    神様の話

     

    人間にはやさしさと少しの個性がある。

    それは地球も。

    だから、ゆっくりでいい。

    生玉の神様



    色んな人が、色んな人の事を、募ったら

    びくびくして暮らすくらいなら空もいらん。

    人間が神と話をするようになった=本当の意味での、豊かさ。勝利。


    だからって、人が簡単に変わらないのだから、
    人間がどうこう悪いじゃなくて、
    難しいことをして、やっと変われる人もいるから。

    信用がある。
    考えた事のない人は、考えてみたらいいし。

    この、「人」は、道徳を持っている、という意味で、

    それはいつまでも、何が起きても、怖くないと言うこと。いつまでも。

    たとえ天変地異としても。

    だから勉強して欲しい。


    今は ごたごた だけど、

    やり抜いたら、本間に面白い話だとおもう。

    生きてる意味なんて、考えてる暇ないと思う。

    だから、元気がいつでも大事。
    暗さでも明るさでも、盛り沢山の自分!


    あとはお経など、練習して、誤魔化していけば、ゆとりが生まれたら、人が助かるねん!

    誰が、誰を、を

    「あなた」 「私」に言い変えるのにひと手間がかかるんだよ。

    自分が、形にする方が、世界とか海とかより未知数。

    そんな事に明け暮れて死ぬのが素敵。道理にかなってるし、苦労を知る。

     

     

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