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2013/02/02
「あの、お尋ねしたいのですが」
私は、異国の地で異国の人に
自国語で尋ねてみた。
「サナトダミアに続く道は、これですか?」
異国の人は無表情だった。
あるいは、あやしい異人である私に
あやしい言葉で呼び止められ、
どんな表情をすればいいのか
迷っていたのかもしれない。
しかし、異国の彼は首を振り、
別の道を指さした。
「サナトダミア」
私は驚いた。
そのような名前の地名か建造物か
あるいは観光名所であるか知らないが
まさか本当に存在するとは
思ってもいなかったから。
とりあえず礼を言わねばなるまい。
「ありがとうございます」
すると、異国の彼が初めて表情を浮かべ、
私に微笑んだ。
「サナトダミア」
さて、この示された道を
私は歩まねばなるまい。
あの異国の彼が
いつまでもこちらを見ているので。
2013/02/02
こちら、私がおりますところは
毎回びっくり死の犠牲者が多数出ることで有名な
「世界びっくり箱コンテスト」のメイン会場であります。
箱を開けたら蒸気機関車が飛び出すオーソドックスなタイプのものから
ミニ・ブラックホールを閉じ込めた最先端技術の応用作品まで
世界中からありとあらゆる心臓に悪そうなびっくり箱が集結しました。
私は仕事柄、スペアの人工心臓を半ダース用意しましたが
もう2個しか残っておりません。
やはり今回も不意打ちビックリが主流でありますが
箱を開けたら自分の死体が入っているなど
考えオチならぬ考えビックリも少なくありません。
昔からある拷問道具というか処刑道具としか思えないもの、
箱の中で隠れてタブーを犯しているもの、
全然びっくりするような要素がないのにびっくり箱と称しているので
逆にびっくりしてしまうものまで、とにかく驚きの連続。
まさに巨大なびっくり箱の中に落っこちてしまったような
錯覚と申しますか、変な気分を味わっております。
それはともかくですね、この会場、
落とし穴みたいな入り口はたくさんあるんですけど
出口らしきものがいくらさがしても見つからなくて
本当にびっくりなんですけど
私、いい加減びっくり疲れました。
2013/02/01
みんなで輪になって踊っていたら
ひとり抜け、
ふたり去り、
だんだん人数が減って
とうとう僕と彼女ふたりだけになった。
「一緒に踊ろ」
「いや。ふたりじゃ輪になんない」
彼女も消えてしまった。
ついに僕ひとり。
ひとりで輪になって踊るのは難しい。
とても
とても難しい。
2013/01/31
「まあ。ユミ、久しぶりね」
見ず知らずの女から声かけられた。
「ええ、そうね。ごめん、急いでるんで」
愛想笑いを浮かべつつ、その場を小走りに去る。
この他人、ユミという名前らしい。
私は自分なんだけど、外見は他人。
美人とも思えないが、そんなに悪くもない。
「おい、ユミ。他人のふりするなよ」
見ず知らずの男に呼び止められた。
「ごめんなさい。ちょっと急いでて」
あわてて逃げようとしたが
「ふざけるな」
男に腕をつかまれた。
「ユミ、なんで俺から逃げる」
「人違いです。私はユミではありません」
「なに言ってんだよ。ユミ、笑えねえぞ」
どうやら、この他人と深い関係の男らしい。
こうなった仕方ない。
別の他人になるしかない。
「君。人違いじゃないかな」
「わっ。すみません。し、失礼しました」
男は驚き、ひっくり返り、立ち上がって
また転んで、あわてて走り去った。
この他人、どうやら今の男の苦手なタイプらしい。
2013/01/31
誕生日(正確には前日)に
ケーキをもらった。
先にあげた誕生日プレゼントの
お返しではあるけれど
考えてみると
誕生日にケーキをもらった記憶がない。
なにしろ子どもの頃は
誕生日を祝う習慣がなかったし、
誕生日を祝ってくれる親しい人も
いないわけではなかったけれど
タイミングが悪かったり
ケーキではなかったり・・・
それはともかく
職場の食堂でもらったのだけれど
ナイフもスプーンも見当たらず、
仕方なく割り箸で食べた。
キャンドルも付いていたけど
さすがに周囲の目が恥ずかしく
自宅で点けるから
と約束をした。
そして誕生日の今日、
休み明けに問われて
嘘を貫き通す自信もないので
自宅にてキャンドルを灯した。
せっかくだからムードを出そうと
室内の照明は消した。
ただし面倒臭いので
パソコンのバックライトはそのまま。
マッチもライターも持ってないので
火はガスレンジを点火して移した。
もうケーキは食べたから
どこにもなくて
キャンドルは左手の指で挟んで支持。
太いキャンドルは十の桁、
細いキャンドルは一の桁とのこと。
こんなツギハギだらけの
しまりのないバースデーだけど
誕生日のキャンドルライトは
とてもきれいだった。
とってもとっても
とってもきれいだった。
このことは休み明けに
ぜひ彼女に伝えてやろう。
2013/01/30
「ヒロコ」
と僕。
「タカシ」
と彼女。
「お別れだね」
「そう、お別れ」
4月なのに雪が降っていた。
「なごり雪だね」
「花見と雪見が一緒にできるわ」
僕たちは少し笑った。
「お幸せに、ヒロコ」
「うん。タカシもね」
もう彼女と会うことはないだろう。
「キスしよう」
「いいよ」
すぐに返事されて、僕は困ってしまった。
「つ、強く吸うよ」
「いいよ」
「し、舌を入れてもいいかな」
「うん」
「だ、唾液の交換とか」
「もう」
新幹線のドアが閉まってしまった。
ガラス越しに投げキッスする彼女。
両腕を抱えて抱く真似する僕。
そして
彼女は遠いところへ行ってしまった。
これでよかったんだ。
新幹線のドアに唇が挟まれなくて。
2013/01/29
突然、火の神が燃えあがった。
よりによって
水の女神に恋をしたのだ。
でも、火の神は水の女神に近寄れない。
水の女神に触れると
火の神は消えてしまうから。
神殿の柱の陰に隠れ、
黙って離れて見つめるだけ。
とても熱い視線だが
それが水の女神には疎ましい。
じっと火の神に見つめられると
透明な肌に泡が立つ。
どうしようもない片想い。
そんな火の神に同情する神々も多かった。
油の神も、そのひとり。
こっそり女神の寝室に忍び込み、
眠れる水の女神に油を注いでやったのだ。
これで水の女神に触れても
火の神が消えてしまう心配はなくなった。
けれども、そのため
火の神の恋の炎が消えてしまった。
そりゃそうだ。
油まみれの水の女神なんて。
2013/01/28
人のなる木には
いろんな人がぶら下がっている。
青い少年、熟れた婦人、腐った老人・・・
みんな裸のまま風に揺れている。
人の木を見上げていると楽しい。
木の実のくせに恥ずかしがるのも笑える。
これら人の実は
どんな果実よりもおいしい。
未熟な実も熟れすぎた実も
それなりに味がある。
枝からもぎ取ると必ず悲鳴をあげる。
それぞれの実にふさわしい声で・・・
わき腹にかぶりつくと泣き叫ぶ。
やはり、それぞれの実にふさわしく・・・
実の中心に種が一個だけ入っている。
この種を土に埋めると
やがて人の芽が出る。
生長すると、やはり人の木になる。
ところが、この人の種、
中身が妙にうまいから困る。
つい殻を割って食べてしまう。
だから、人の木は
なかなか増えないのだ。
おや、珍しい。
おいしそうな少女の実がなっている。
どれ、ひとついただこうか。
2013/01/27
お花畑に女の子が咲いていた。
「きみ、きれいだね」
と、ぼくが褒めると
「べつに」
と、女の子。
ちょっと高慢な品種らしい。
「そりゃまあ、まわりはきれいな花ばっかりで
特別きみがきれいというわけじゃないけどさ」
ぼくが憎まれ口をたたいても
「おあいにくさま」
つれない返事。
(こんな女の子は摘んじゃえ!)
と思ったけど
摘み方がよくわからないし・・・
なんだかすごく抵抗されそうだし・・・
くやしいけど
ぼくは写真だけ撮って
お花畑をあとにしたのだった。
2013/01/26
長女は花壇に植えて失敗したから
次女は鉢植えで育てることにした。
花壇育ちは世間ずれして手に余る。
ペチャクチャお喋りでうるさい。
今どきの派手な花を無闇に咲かせる。
そのうち、こっそり根を抜いて
辺りを歩きまわったりする。
ろくでもない野草どもと付き合う。
こうなってはおしまいだ。
その点、鉢植えなら心配ない。
なにかと世話は掛かるが覚悟の上だ。
おかげで次女は素直に育っている。
やや背丈は低いが、鉢植えだから仕方ない。
いたって無口、大人しい性格。
流行を追うでなく
目立たない地味な花を少しだけつける。
ちょっと風が吹くと
いかにも頼りなげに揺れる。
そんな鉢植えの娘の姿を眺めていると
なんとなく心がなごむ。
こうしていつまでも
ベランダに飾っておくつもりだ。
どこにもやらず
そのうち枯れてしまうまで。