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2013/02/19
道路工事の穴を見下ろしていたら
背後から突き落とされた。
まったく悪い奴がいるものである。
穴の底で働く労働者たちは人ではなかった。
額から触角らしきものが伸びていた。
そのうちのひとり、現場監督であろうか、
僕を食事に招待したい、と言う。
とても断れる状況ではなかった。
彼女の両目は複眼だった。
横穴の暗く狭い通路を進むしかないのだった。
「ここは食糧倉庫よ。覗いてごらんなさい」
重い金属の扉が開く。
しばらく闇しか見えなかった。
何か奥で動く気配がした。
その時、不意に背中を押された。
「冗談よ。閉じ込めたりするもんですか」
彼女は笑いもせず、扉を閉めた。
入り口の縁をしっかりつかんでいなかったら
どうなっていたことか。
気を取り直し、通路を進む。
前を行く彼女の背中から目が離せない。
その腰はほとんどないくらいに細かった。
なのに異常に大きな尻。
腕と脚が合わせて六本あるのも気になった。
「この部屋は私の寝室よ。
ドアの鍵が壊れているの。いやーね」
誘っているのだろうか。
甲羅のような顔が黒光りする。
その木製のドアの隙間から
棘のようなものが見えたような気がした。
「それから、こっちが応接間なの」
それは紙の扉だった。
素手でも破れそうだった。
だが、爪を立てると、太い金網が隠されていた。
「どうしたの? 何をためらっているの?」
振り向いた彼女のアゴが横に大きく開いた。
それはとても丈夫そうに見えた。
2013/02/18
忘れた頃に招待状が届く。
死への誘いである。
返信ハガキだったので
辞退する旨を書いて投函する。
昔は愛の招待状なども届いたものだが
近頃は滅多に来なくなった。
ちっとも相手にしなかったから
もう相手にされなくなったのだろう。
2013/02/17
好きな子がいるんだね。
わかるよ。
泣くんじゃない。
諦めちゃいけないよ。
いいかい。
このあたしを信じるんだ。
大丈夫さ。
あたしが失敗したことあるかい?
そりゃそうさ。
もっとも、成功するには
おまえの勇気が必要だけどね。
まず、その子の体の一部を手に入れる。
髪の毛でもいい。
爪でもいい。
抜けた虫歯とか、垢だってかまわない。
もし体液が浸み込んでいれば
その部分だけ下着を切り抜いて使えるよ。
とにかくできるだけたくさん集めるのさ。
集めたら、それで
その子の人形を作る。
その子から集めた体の部分だけで作る。
大きければ大きいほど・・・・と言うか
重ければ重いほどいいね。
より効果が高くなる。
そんな心配そうな顔するんじゃないよ。
そりゃ難しいに決まっているさ。
だから、あたしも手伝ってやるって。
さて、人形ができたら命を吹き込む。
そうだよ。
これが一番大変なんだ。
その子の生血と涙の雫を垂らすんだよ。
呪文を唱えながら
人形の表面がすべて覆われるまで。
おまえにできるかい?
ほほう、そうかい。
それができれば
その子はおまえのものだよ。
おまえが望むままに操れるよ。
ああ、約束する。
間違いないよ。
2013/02/17
家の近所に古臭い美術館がある。
あやしい美術館
と呼ぶべきかもしれない。
奇妙な作品ばかり展示されているのだ。
たとえば
『散歩させる犬』
着衣の犬と鎖でつながれた裸婦の絵。
散歩道には糞まで描かれてある。
それから
『不潔な自画像』
額縁が立派な、しかし汚れた鏡。
その前に立つ者の姿が不潔そうに映る。
そして
『ギロチン』
ギロチンの実物、そのままである。
実際に使える危険物が床に置きっぱなしなのだ。
さらに
『絵の中の現実』
ありふれた窓辺の風景画。
窓から山並みが見える。
ただし、見る角度で景色が変わる。
なんと言う事はない。
その絵の中の窓は美術館の窓なのだ。
つまり、窓ごと使って描かれた壁画。
初心者なら騙されるかもしれない。
しかし、それにしては
その窓から見える景色に見覚えがない。
不思議だ。
よくよく考えてみると
もともと近所に美術館なんか
なかったような気さえしてくる。
うーん、あやしい。
じつにあやしい。
2013/02/16
あのね
魔女でないなら、水に浮いてはいけないの。
でもね
水に沈んだら、溺れて死ぬわ。
ともかく
そうして魔女にされてしまった、私。
さらに今度は
みんなの前で、裸で踊らなきゃいけないの。
どういうことかと言うと
魔女は踊り疲れると、尻尾を出すんですって。
まったく
いくら暗黒時代だからって、あんまりよ。
でもね
私が裸で踊ったら、魔法が使えるかもよ。
だって
醜い尻尾を出すの、みんなの方だもん。
2013/02/15
目隠しされて
「鬼さん、こちら
手の鳴るほうへ」
君の声がする。
その声のするほうへ
手を伸ばす。
でも届かない。
一歩、二歩、進んでみる。
三歩、四歩、まだ進む。
それでも届かない。
「鬼さん、こちら
手の鳴るほうへ」
その声は、君?
「どこにいるの?」
ぼくは、鬼?
「鬼さん、こっちよ
つかまえて」
違うよ、違う。
本当の鬼は
君だよ。
2013/02/14
ネズミがネコに恋をした。
ネズミはネコの前に出て
「ボク、アナタが好きです」
愛を告白した。
「あら嬉しいわ」
ネコは喜び
「アタシも、キミが好きよ」
ネコはネズミに近寄ると
ニッコリ微笑み
そのまんま
食べちゃった。
2013/02/13
大富豪の伯父が亡くなった。
少しくらい遺産が入るかな
と期待していたら
メイドが届いた。
「初めまして。新しいご主人様」
なるほど、確かにメイドだ。
叔父の家で見かけた記憶がある。
「あらあら! これはまた・・・・」
俺の部屋はひどく散らかっていたのだ。
「とりあえず、お掃除いたしますね」
「・・・・う、うん」
そのままメイドは居座り、
俺のアパートに住み込むことになった。
とてもメイドを雇う余裕などないのだが
手当はいらない、と彼女は言う。
「前のご主人様のご指示ですから」
「いや、しかし・・・・」
彼女は、俺が放っておいても
買い物をして食事を用意してくれる。
電化製品や家具なども勝手に買い込む。
そのうち手狭になってくると
隣の空き部屋まで借りてしまった。
俺なんかより、よっぽど金持ちなのだ。
なんだか申しわけないので
マッサージをしてやろうと申し込むと
「とんでもございません!」
逆にマッサージされてしまった。
しかも本格的にである。
あんまり気持ち好いので
隣人が怪しむほど大声をあげてしまった。
いやいや、なるほど。
これがメイドというものか。
まったくこれでは、叔父も早死にするわけだ。
2013/02/13
古い寺院の奥、僧侶がひとり。
海より深く、瞑想にふけっている。
そこへ野生の虎が現れる。
僧侶は虎の侵入に気づかない。
近づいて、僧侶の鼻を舐める虎。
まだ僧侶は気づかない。
虎は僧侶の頭に噛みつく。
それでも僧侶は気づかない。
やがて寺院の内は血の海となる。
古い寺院の奥、野生の虎が一頭。
その表情の、深く静かであること。
2013/02/12
「ほら、きれいな淵だろ」
「深そうね。きっと浮かばれないわ」
「まず沈まないことにはね」
「なに言ってるの?」
「さあね。寝言かな」
「魚になった夢でも見ているの?」
「そう。二匹の魚が泳いでいるんだ」
「そのうち一匹の魚は、私?」
「そうだろうね」
「溺れたら、救われなかったりして」
「起こしてやるよ。夢だよ、って」
「魚に言葉なんかわからないわ」
「それじゃ、釣ってやる」
「釣られてあげてもいいけど、エサは何?」
「何がいい?」
「そうね。あなたの小指かな」