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2013/02/11
寝床に入り、ウトウトしていると
突然、頬をピシャリと叩かれる。
痛くはないけれど、驚いてしまう。
近くには誰もいないので
気のせいかな、とも思うのだけれども
あまりにも生々しすぎる。
こんなふうな見えない頬叩きが
いままでに4回ほどあって
あっ、またか、と思ってしまう。
痙攣の一種なのか
夢なのか
どうも納得できない。
もしも幽霊とか妖怪の仕業なら
次回からは
頬を二度叩くように。
2013/02/10
約束通り、彼女は現れた。
「会えて嬉しいわ」
彼女の笑顔は透けていた。
その向こうに景色が見えるのだった。
「・・・・よく来れたね」
「だって、約束だもん」
ああ、約束なんかするんじゃなかった。
「君、気づいてる?」
「なんのこと?」
やっぱり彼女、気づいてないんだ。
どうしても伝えなくては。
「じつは君、死んじゃったんだよ」
「えっ!?」
「生前に僕と約束したから、君は幽霊になって・・・・」
「なに言ってるの?」
「だから、もう君は生きて・・・・」
「ふざけないで!」
すっかり彼女を怒らせてしまった。
「私たち、一緒に死んだのよ!」
「えっ!?」
「心中したのよ!」
彼女の怒った顔を透かして
向こうに暗い川が見えた。
その手前にある川原の立て札の文字さえ
読むことができた。
『三途の川』
2013/02/09
寒い。
とても寒い。
裸だった。
肌寒いはずだ。
どうやら夜中、
ここは学校の保健室らしい。
なぜか両手両足は
革ベルトで寝台に固定されている。
その寝台を取り囲むように
教え子である生徒たちが見下ろしている。
「気がついたみたい」
「しょうがねえな」
「こいつ、どうしようか」
「まったく、教師だってだけで偉そうにしてさ」
「うんと痛めつけましょうよ」
「もちろんさ。痛めつける。甘やかさないで」
「そう。甘やかしてはダメね」
「そうだそうだ。大人はつけ上がるから」
なんなのだ、これは?
月明かりだけの暗い保健室。
夜の校舎は施錠され、
朝まで無人になるはずだ。
小さく蠢く指の群。
持ち上げられる危険な道具。
幼い顔、顔、顔、顔、・・・・
なのに目だけ大人びている。
気が遠くなるほど暗い
それら瞳孔の闇。
2013/02/08
彗星が夜空を焦がしていた。
診療室では女医が少年を治療していた。
「熱いよ、先生! すごく熱い!」
地団太を踏む、半ズボンの少年。
少年のはだけた胸に煙草の火を押し当てながら
その膝小僧に触れる、女医の細い指。
「ごめんなさいね、聴診器じゃなくて」
少年の他に患者は見当たらない。
看護師さえいない、静かな診療室。
「さあ、私の指と指の間を舐めるのよ」
突き出されたものを見つめる、少年。
照明は、今にも切れそうな蛍光灯。
銀の指輪が鈍く光る。
「大丈夫よ。これは、お薬なんだから」
診療室の窓から見えるのは
燃える軍艦の旗。
思わず眉をひそめるほどに
焦げ臭いにおいがするのだった。
2013/02/07
メリーちゃんは歌が上手でした。
あまりにも上手なので
その歌を聞いて
偉そうな大男が泣き出したり
自閉症の子ともが笑い出したり
今にも死にそうな老人が怒り出したり
お喋りなお嬢さんが黙ってしまったり
そんなふうに
いろいろ奇妙なことが起こるのでした。
そんなある日のことです。
メリーちゃんの歌を聞いた王様が
メリーちゃんの首をギロチンに掛けました。
それは本当に奇妙なことだったので
まったくこれには
みんな驚いてしまったそうです。
2013/02/07
絵を描いていた。
いつものように美人画である。
美人でなければ描く意欲が湧かないのは
人格に問題があるからだろうか。
そんなことを心配しながら
雑誌か何かの写真の上に直接
絵の具を筆で塗っていた。
写真を参考にすることはあっても
その上に絵を描いたことはないので
これは夢かもしれない
と思う。
それでも絵の具を塗り続けていると
やがて絵は完成してしまった。
絵の中の美人が微笑んでいる。
「絵の具が乾いたら、さよならね」
そんな声を聞いたような気がした。
まさか絵の中の人物が喋るはずないが
なんにせよ、さよならは困る。
絵の具が乾く前に夢から覚めるのだ。
そうしなければ彼女が消えてしまう。
せっかく描いた絵が永遠に失われてしまう。
なぜか、そう信じてしまった。
起きるのだ。
すぐに夢から覚めるのだ。
空中に手を伸ばして爪を立て
まるで見えない壁紙を剥がすように
ベリベリと目を覚ました。
すると、やっぱり夢だったわけだ。
美人画なんかどこにもない。
あまりにも情けなくて笑ってしまった。
だけど、よくよく考えてみると
もしもあのまま眠り続けていたら
きっと何もかも忘れてしまって
こんなふうに夢で描いた絵の話だって
誰にも伝えることはできなかったはずだ。
2013/02/06
村はずれの浮島がある池のほとり、
そして初夏、
目立たぬ地味な草に
可憐な花が咲く。
なんとも言えぬ美しさゆえ
この花を摘みたがる者が絶えぬ。
茎は意外に丈夫。
葉は細く鋭い。
下手に摘み取ろうとすれば
指を切る。
見れば
白い花と赤い花がある。
真っ白な花は
まだ一度も指を切った事がない。
少しでも赤ければ
すでに血が染み込んでいる。
真っ赤な花には触れてはいけない。
たまに指ごと切り落とされる。
指のない村人が多いのは
そのためじゃ。
ゆえに村人ら、この草を
指切り草、と呼べり。
2013/02/05
ひとり僕は防波堤に立ち、
水平線を眺めていた。
いや、もっと近くを眺めていたかもしれない。
眼下に砕け散る波の印象が残っている。
どうも記憶があいまいだ。
それに、なんだか僕は
ひとりではなかったような気もする。
恋人と呼ぶべき女と一緒だったはずだ。
なぜか彼女の姿は視界の中に入っていない。
やはり記憶があいまいだ。
とにかく彼女は目の前にいなかった。
あるいは僕の背後に立っていたのかもしれない。
なぜなら、あの時、
誰かに背中を強く押されたのだから。
あれから記憶があいまいだ。
あれから一度も彼女に会っていない。
どうしてなんだろう。
よくわからない。
なぜか、あれから僕は
テトラポッドがきらいになった。
2013/02/04
夜空には
カップ麺が浮かんでいた。
最新情報機器が
商標名と一緒に回転していた。
巨大な顔のモデルは
化粧品を放り投げていた。
やれやれ。
いやな時代になったものだ。
とうとう夜空がスクリーンなってしまった。
見上げて交通安全の標語を読んでいると
交通事故に遭いそうだった。
「お父さん。
星ってなあに?」
幼い娘が真顔で尋ねる。
「もうすぐ見えるよ。
そろそろ放映終了の時間だから」
0時が過ぎた。
「わあ、きれい!」
「あれが、みんな星だよ」
満天の星空。
天の川まではっきり見える。
溜息がもれてしまう。
この美しい光景が
テストパターンでなければいいのに。
2013/02/03
壊れてしまった女の子の部品を集めて
記憶を頼りにもう一度組み立ててみた。
「名前は?」
「あたし、リカちゃん」
「好きな食べ物は?」
「ワンセグケータイのムニエルよ」
「得意科目は?」
「学校は好きよ。でも、教室はきらい」
「趣味は?」
「あら、知らない人に教えてはいけないわ」
「まさか、おれを忘れたのか?」
「あら、あなたもリカちゃん?」
元に戻ってはいないけど
もともと変な子だったから
まあこんなものかな。