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  • いくら?

    2017/01/24

    思い出

    高校の教室、廊下側の端の後ろから二番目の席。

    授業中であったか休憩時間であったか思い出せない。

     

    手のひらの上に小銭が少しばかりのっていた。

     

    つまらないことを思いつき、その手を握り締め 

    すぐ後ろの席にいる同級生に突き出す。

     

    握った手を一瞬開いて、すぐに閉じる。

    「いくら?」

     

    彼がそれらしい金額を言う。

     

    「はずれ」

    手のひらを開いて見せる。

     

    硬貨を入れ替え、もう一度。

    「またはずれ」

     

    今度は、彼が自分の小銭を突き出した。

    開いて閉じる。

     

    チラリと見えたがよくわからない。

    適当にそれらしい金額を言う。

     

    すると偶然、当たってしまった。

     

    三百円前後であったか

    彼はその小銭を迷うことなく僕にくれた。

     

    「えっ? いいの?」

    「当たったんだから、仕方ない」

     

    大人だな、と思った。

     

    実際、彼は年齢的に一年先輩であったが 

    精神的には十年ほど先輩な気がした。

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  • Coin Toss

    2016/05/03

    思い出

    画面には男の片手だけが見える。

     

    一枚のコインを親指の爪で弾き、打ち上げる。

    落ちてきたそれを受け取り、再び打ち上げる。

     

    「今度こそ、あいつを始末しろ」

    手の持ち主の声がする。

     

    悪の組織のボスであろう。

    彼の声は聞こえるが、決して顔は見せない。

     

    男の片手はコインを打ち上げ続ける。

    「失敗は許さんぞ」

     

     

    ・・・・以上、古いTVアニメの一場面である。

     

    小学生だった当時の僕は、この謎の人物の片手に魅せられた。

    正確に言うなら、片手による連続コイントス。

     

    適当なコインを手に入れ、毎日のように練習した。

    そのうち右手の親指の爪が変形してしまったほどだ。

     

    おかげでかなり上達した。

     

    指だけで1mくらい、腕も使えば10mは上がる。

    低めに抑え、コインの回転速度を上げると「ブーン」と音がする。

     

    打ち上げ、受け取り、セットを右手だけでスムーズに行えるようになり 

    やがて左手だけでもできるようになった。

     

    その結果が表であろうが裏であろうが関係ない。

    単純に上達する過程が楽しかったのだ。

     

     

    で、このささやかな特技が人生において役に立ったのかと言うと 

    うーん、ちょっと思い出せないな。

     

    せいぜい、この話を書けたくらいか。

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  • 日報の提出

    2016/02/12

    思い出

    ごく私的な記憶にまつわる話で申しわけない。

     

     

    読書していて、ふと思い出したのだが 

     

    ある会社の社員だった時、ある日から急に 

    作業報告書のような日報を書くことを強制され 

    それを週末に上司に提出しなければならないことになった。

     

    最初はきちんと書いて提出していたのだが 

    そのうち面倒になり、提出が遅れるようになった。

     

    いつか怒られるのではないかと 

    臆病なので、内心かなり気にしてはいるのだが 

    どうも気が乗らず、なかなか継続できない。

     

    その上司も、つまらない報告を読みたくないのか 

    あまり意味ある管理システムと考えていないのか 

    べつに提出を催促しないものだから 

     

    そのうちうやむやになり 

    そのうち退職してしまったせいか 

    今この時点まで、すっかり忘れていたのだ。

     

     

    あるいは睡眠中に見た悪夢の会社だろうか 

    と疑ったくらいで 

     

    どの会社だったか思い出せないくらい 

    かすかなかすかな記憶。

     

     

    ところが 

    こうして書いているうちに少しずつ思い出してきた。

     

    大学ノートだったり、専用の用紙だったりの違いはあれど 

     

    今まで正社員として勤めた三つの会社 

    そのすべてで同じような経験をしてきたのだ。

     

     

    うまく言えないのだが 

    書きたくもないものを書かねばならない日々は 

     

    もう本当にすっかり忘れてしまいたいくらい 

    本物の悪夢に似ているような気がする。

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  • 天下の奇書

    2016/02/04

    思い出

    昔、変な仕事をしていた。

     

    製薬会社の社員のフリして大学の医学図書館へ潜入し 

    指定された医学雑誌の論文をコピーする、というもの。

     

    AIDSなども、ニュースで話題になる前に 

    外国の医学雑誌の論文タイトルで初めて知った。

     

    奇形児とか末期の梅毒患者の顔写真とか 

    今なら画像検索すればPCで見れないこともないが 

    当時の一般人としては、かなりショッキングな情報に接していた。

     

    ある日、都内のある大学病院の図書館で、天下の奇書を見つけた。

     

    なんと、カラー大便図鑑。

    いわゆるウンコの分類図鑑である。

     

    カラー写真とともに詳細説明があって 

    色や形状、水分量、成分、粘土、pH値、体調や病気との関連性など。

     

    確かに「排泄物を見れば健康状態がわかる」という説は耳にする。

    「出されるゴミの内容と状態を見れば、人格と生活がわかる」みたいに。

     

    しかし、これを図鑑として出版してしまう行為には頭が下がる。

    たとえ役立つとしても、まず売れるとは思えない。

     

    採集も撮影も分析も編集も、大変な苦労をされたはずである。

    想像するだけで、ため息と吐き気と涙が出そうになる。

     

    飲尿療法なんかもそうではないかと思うのだが 

    そうまでして健康になろうとしなくとも良いのではなかろうか。

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  • マットとブルマー

    2016/01/26

    思い出

    君は美人で 賢くて 

    クラスでも学年でも 一番モテて 

     

    上級生と付き合っている 

    という噂まであって 

     

    自信も勇気もない僕は 

    何もできず 

     

    ただ憧れているだけだった。

     

     

    ある時 

     

    陸上大会があるとかで 

    その練習だろうか 

     

    たまたま君と 

    体育館で二人きりになった。

     

     

    マットの上に寝転んでいる君を 

    僕が見下ろしている。

     

     

    君は 

    トレーニングパンツを脱ごうとしていた。

     

    その途中で 

    なんだか面倒臭くなったみたいに 

     

    君は寝転んだのだ。

     

     

    ブルマーの端から

    白いふとももが見えていた。

     

    不思議な瞬間だった。

     

    見てはいけないような 

    見なければいけないような。

     

     

    とにかく 何か言わなければ・・・・

     

    そんな気持ちになったのだけれど 

    それを君も望んでいるように思えたのだけれど 

     

    ウブで口下手で臆病な僕は 

     

    結局 

    なんにも言えなかった。

     

     

    そのうち 

     

    しばらくして 君は 

    諦めたみたいに起き上がって 

     

    それから・・・・ 

     

     

    その先に もう僕の思い出はない。

     

     

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  • バイクに乗って

    2016/01/12

    思い出

    バイクに乗って 

    僕はどこへ行こうとしていたのだろう。

     

     

    やぼったい原付バイク 

    いわゆる農道バイクを押しながら 

     

    中学生だった僕は 

    狙いすました真夜中に 

     

    こっそり家を抜け出たのだ。

     

     

    ただでさえ近眼乱視なのに 

     

    親父のサングラスまで借りて 

    深夜のツーリングとは 

     

    まったくもって危険極まりなし。

     

     

    結局のところ 

    まったくもって情けない話 

     

    しばらく走って 

    パトカーの職務質問に捕まってしまった。

     

     

    当然ながら無免許運転で 

     

    親は電話で起こされ 

    警察署に呼ばれ 

     

    のちには家庭裁判所へ行く羽目にまで 

    陥ってしまったわけだけれど・・・・ 

     

     

    それはともかく 

     

    あの時の僕は 

    いったい 


    バイクに乗って 

    どこへ行こうとしていたのだろう。

     

     

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  • 試験を終えて

    2015/10/18

    思い出

    小学校に入学試験はなかった。
    中学校にもなかった。


    その日、高校の入学試験を終えて 
    まっすぐ帰宅したくない気分だった。

    それで、同じ受験生の女の子を尾行したのだった。

    よからぬ事をあれこれ考えながら 
    見知らぬ思春期の少女の後姿を眺め続けた。


    なんとか高校生になれた。

    ある日、定期試験を終えて、その解放感から 
    卒業した中学校の無人校舎に不法侵入した。

    不用心にも、窓は施錠されていなかった。

    懐かしい校舎を見たかっただけなので 
    欲しいものはあったが盗みはしなかった。

    ただし、保健室で変態じみた行為はした。

    それから何事もなく帰宅したのだが 
    しばらくすると駐在所のお巡りさんが現れた。

    中学校への不法侵入を目撃した者があり 
    顔に見覚えがあったのか通報されたらしい。

    ひどく脅おどされたが、ひたすら謝り続け 
    なんとか家族には内緒にしてもらった。

    ただし、中学校の職員室では話題になったらしい。


    その後、都会の大学の入学試験を終えて 
    逃げるように田舎を出た。

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  • 時代の流れ

    2015/10/09

    思い出

    小学校に入学した頃、実家にテレビが流れ着いた。

    丸みのあるブラウン管の白黒テレビ。
    小さな画面を拡大して観るためのフレネルレンズがあった。

    当時はNHKの他に民放一つ、計3チャンネルしかなかった。
    切り替えはグリップ式のダイヤルだった。

    おそらくその前後であろう、
    いつの間にか洗濯機が風呂場に、冷蔵庫が台所に漂着していた。

    どちらも子どもにとってテレビほどに興味ないため、印象が薄い。
    そう言えば、洗濯機には手回し式の脱水装置が付いていた。

    風呂は木の桶で、壁を隔てた隣室の風呂釜に薪をくべて沸かした。
    近所の伯父の家は五右衛門風呂だった。

    冬のコタツは炭を使い、アンカにも豆炭を使った。
    伯父の家には囲炉裏があり、その真上には吹き抜けの穴があいていた。

    いつ実家にプロパンガスが入ったのか記憶にない。

    冬の学校の教室には石炭ストーブがあった。
    生徒が当番で石炭置き場から教室へバケツで石炭を運んだ。


    実家の台所には井戸があってモーターで汲み上げていたが
    それまで使っていた手押しポンプも残っていた。

    さして離れてない場所に汲み取り式便所もあったわけだから
    今考えてみると不衛生だった気がしないこともない。

    当時のトイレットペーパーは新聞紙だった。
    よく手でもんで、しわくちゃにしてから使っていた。

    最初の電話機にはボタンもダイヤルもなく、交換手との対話式だった。
    そして、定時になると有線放送が勝手に流れていた。

    家が改築されたり新築されるたび、流れ去ったり流れ着いたり、
    時代の漂着物が次々と変わるのだった。

    オープンリールのテープレコーダーで自分の声を初めて聞いた時は
    あまりに変な声なので内心ガッカリしたものだ。

    すでに解散していたビートルズのラジオから流れる曲を録音して
    繰り返し聴きながらカタカナで歌詞を書き出したりしたっけ。

    原付バイクの親子二人乗りで親父はお巡りさんに注意されたりしたが
    そのうち中学生の私がバイクの無免許運転で捕まってしまった。

    やがて親父が自家用車を手に入れた。
    知人から5千円で購入し、修理費が5万円だったそうな。


    高校2年の秋、親父は業務上のクレーン事故で亡くなった。

    高校時代、レコードを初めて買った。
    中古の歪んだレコードを買ったら、針がジャンプして困った。

    高校卒業と同時に田舎を出て上京。
    時代の流れの勢いの差に数々のカルチャーショックを受ける。

    いくつか路上で詐欺商法に引っ掛かったりしたが
    苦いながらも今では懐かしい思い出。

    映画や出版物は次々と時代を反映し、ビデオデッキが出回り、
    街にはビデオのレンタルショップが登場。

    貸本屋も近所にあって、毎週のように漫画を借りていた。
    ゲーム機は次々と登場するも、ついに買わずに現在に至る。

    携帯電話が登場、今なお進化を続けているが
    わずらわしいので必要に迫られて一時的に関わっただけ。

    ワープロが発売され、すぐに壊れるので次々と買った。
    出始めの頃の表示はたった2行だった。

    パソコンは上京したばかりの頃から触れてはいたものの
    Webにつないで本格的に使うようになったのは、ここ10年ほど。

    現在、自作のスライドショー動画までブログに投稿している。
    そのため、外出時にはデジカメ必携だ。

    もうテレビは自宅にない。

    観てもいないのに時代錯誤なNHKの集金人がうるさいので
    壊れてもいないのに処分してしまった。

     

     

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  • 暗く長い廊下

    2015/01/08

    思い出

    暗く長い廊下の向こうには 
    石炭置き場がある。

    その当時の学校のストーブは 
    電気でも石油でもなくて 
    石ころの石炭を燃やしていたのだ。

    崩れた崖のような黒い石炭の斜面をスコップで掘り 
    銀色のブリキのバケツに移す。

    そして 
    それを教室まで運び 
    ストーブの脇にある木箱に移す。

    その日の当番の仕事だったが 
    僕はこの仕事、わりと嫌いではなかった。

    誰かがやらねばならない仕事だったし 
    それゆえ皆に感謝もされたから。

    もちろん 
    そんなに好きなはずも
    なかったけれど。

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  • 美女との遭遇

    2014/11/12

    思い出

    これは実話なのだけれど 
    僕が高校を卒業して上京したばかりの頃 

    ある電車に乗ったら 
    信じられないくらいの美女を見つけた。


    ふと気づけば 
    彼女の目の前のシートに腰掛けている自分がいた。

    いくら一目惚れでも 
    見知らぬ他人に声をかける勇気はない。

    そうなのだけれど 
    これは勇気とかそういう問題ではなく 

    こんな美女は滅多にいるはずないのだから 
    ここで声をかけなかったら二度とチャンスはなく 
    きっと一生後悔するはずであり 

    その惨めさや苦しみを想像すれば 
    むしろ声をかけないのは 
    愚か者の愚かな無為ではないか 

    とさえ思えたのだ。


    ところが 
    すでに彼女は 
    隣に座っていた男に 
    しつこく声をかけられていた。

    知り合いではなく 
    あきらかに他人らしいことは 
    ふたりの様子からすぐにわかった。

    彼女は困っていた。

    男も慣れていないらしく
    困ったような表情で彼女の行く先とか尋ねていた。

    つまり彼女は 

    ごく普通の男性なら 
    声をかけなければいけない気持ちにさせるくらい 
    稀有な美女だったのだ。


    この見知らぬ男は 
    自分より先に乗車していただけなのだ。

    その男の情けない姿が 
    鏡の前の情けない自分の姿を見せられているようで 

    結局、僕はストーカーになることもなく 
    そのまま途中下車したのだった。


    その後、あの美女は
    どのような人生を歩んだのだろう。

    今では、どんな顔立ちだったのかさえ
    さっぱり思い出せないのだけれど。

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