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2013/01/15
とうとう来てしまった。
千鳥足でなければ辿り着けないという
世界が回転しなければ入れないという
伝説の酒場。
どこにあるのか誰も知らない。
町名も番地もわからない。
およその方角もわからない。
そもそも店名すら不明なのだ。
入口のドアを開けると
床には小川が流れている。
その小川には
背びれが翼の人魚が泳いでいる。
さあ、そんなのまたいで
さっさと向こう岸へ渡ってしまおう。
カウンターの止まり木には
魅力的な異国の女たち。
奥の暗いテーブル席には
怪しい異星の男たち。
特別な挨拶なんかいらない。
まずは一杯いただこう。
ところが、突然の目覚め。
ここは自宅の玄関。
時は朝。
昨日はどこだ。
酒場はいつだ。
どうやって帰宅したのだ。
まるで記憶が残ってない。
2013/01/14
ここは坂の多い町だ。
家の近所に、通学する高校生たちが
「ジェットコースター」と呼ぶ過激な坂道がある。
そして、その坂道を上ったところに街灯が三つある。
これは前にも話したことがあるけど
僕はひどい近眼と乱視で
目の不自由な人なので
夜に街灯を裸眼で見ると、印象画風に
ぼんやりと光るブドウの房に見えてしまう。
だから、街灯が三つあると
ブドウの房が三つ見える。
この三つを想像上の直線で結ぶと三角形になる。
「魔のトライアングル」という言葉が浮かんでくるのは
夜のせいだろうか。
ところで
この三角形が正三角形になると
悪いことが起こる。
そんな気がしてならなかった。
意味のない妄想である。
しかし、ひとり夜の坂道を上りながら
いつの間にか光るブドウの房が直角三角形になり
だんだん二等辺三角形に近づき
やがて正三角形になりそうになると
つい不安にかられて目をそらしてしまう。
見なければ正三角形にならない。
だから、悪いことは起こらない。
そう思い込もうとしているわけなのだ。
精神が病んでいたに違いない。
そして今夜
ついに見てしまった。
すれ違った女子高校生に注意を奪われ
警戒するのをうっかり忘れたのだ。
それは、完璧な正三角形だった。
三つの光るブドウの房による夜の正三角形。
見事だ。
じつに美しいと思った。
なにも悪いことは起こらない。
悪いことなど起こるはずがないのだ。
なぜなら、まさに完璧な正三角形なのだから。
むしろ
いままで見なかったのが悪かったのだ。
どうして見ようとしなかったんだろう。
どうして見えなかったんだろう。
近寄って見ても、遠く離れて見ても
どんなところからどんな角度で見ても
完璧な正三角形じゃないか!
2013/01/13
家は森の中央広場にあり、
外出する時は森のトンネルを抜けてゆく。
ところが、その日
昼なお暗いトンネルの途中に美女がいて
おれの前に立ちはだかった。
おれは尋ねる。
「こんなとこで、なにしてる?」
美女は両腕を広げて答える。
「通せんぼ」
おれはムッとして
美女を押しのけようと張り手を出す。
その途端
見事な一本背負いで投げられてしまった。
おれは受身で衝撃を最小限に食い止め、
なんとか平静を装いながら立ち上がる。
「ふん。小癪な」
小娘に負けてなるものか。
おれは服を脱ぎ、
裸になって四股を踏み始めた。
「ふん。粗末な」
吐き捨てるように呟くと
美女も服を脱いで裸になった。
(だ、だまされた・・・)
小娘どころではなかった。
美女は悪魔のごとく微笑み、
天使のごとく白き両腕を広げる。
(くそっ!)
どうしても通らせてはくれないらしい。
2013/01/13
ピアノがピアニストに恋をした。
ピアニストの指先が
ピアノのキーに触れると、
ほんの少し高めの音が出てしまう。
調律師を呼んでみたが、
調律師に恋していないピアノは
美しく正確な音を出すばかり。
「完璧ですね」
なぜか涙目の調律師。
ピアニストには
愛するフィアンセがいた。
ふたりがピアノの前に並んで
仲良く連弾とかしようものなら
ピアノは嫉妬に狂って
とんでもない不協和音を響かせる。
とうとう恋するピアノは
ピアニストにきらわれてしまい、
隣町の楽器屋に売られてしまった。
さて、それから
この失恋したピアノがどうなったのか
と言うと・・・・・・
音楽家たちの噂によれば
さる異国のピアノ愛好家に
大層高く買われたそうである。
2013/01/12
夜の住宅街を歩くのはきらいだ。
犬は吠えるし、猫は死んでるし。
それに
水道のポンプなのか
エアコンの室外機なのか
モーターの音は耳障りだし。
そりゃ
たまには良いこともあるけどさ。
眠れない若奥さんがパジャマ姿で
袋小路でひとり踊っていたりして。
だからなんだ。
と追究されても困るが。
だいたい
こんな夜更けに
どうして住宅街を歩いているのだ。
そこまで追究されても困るが。
2013/01/11
「あっ!」
ポタポタと血が垂れた。
割れたグラスで手を切ってしまったのだ。
垂れた血は白い食卓の上に
小さな赤い池を作った。
すぐに池はあふれ、
川となって流れ、
やがて食卓の縁から
滝となって落ちてゆく。
それにより、その真下、
ダイニングの床の上に
小さな滝壺ができていた。
その赤い滝壺から
さらに血の川が延びてゆく。
(どこまで流れてゆくのかしら?)
好奇心に駆られて追跡してみる。
血の川は床の上を蛇行しながら流れてゆく。
けれども、そこまで。
川は廊下まで届かず、
敷居の手前で涸れていた。
なんだか、とても哀しくなった。
涸れてしまった黒っぽい川床に
そっと手をかざしてみる。
でも、残念ながら
もう血は一滴も垂れないのだった。
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2013/01/11
ひとつの小さな村が
一頭の大きなゾウに襲われた。
そのとてつもなく巨大なゾウは
なんでも踏みつぶしてしまうのだった。
こいつを退治しなければ村は全滅する。
「ダメよ、ダメダメ。
ゾウを殺すなんて、かわいそう」
そんな心優しい女は
まっ先にゾウに踏み殺されてしまった。
村人たちは広場に集まり、相談した。
「落とし穴を掘ろう。
あいつを落として捕まえるんだ」
さっそく全員で穴を掘り始めた。
ところが、すぐにゾウが姿を現した。
まだ落とし穴は未完成。
逃げなくては。
でも広場には逃げる場所がない。
みんなあわてふためき、
掘ったばかりの穴に飛び込んだ。
そして
その上にゾウが落ちてきた。
それだけ。
なんの教訓もないのだった。
2013/01/10
ひとりで寝るのがいやなのね。
坊や、
暗闇が怖いのかしら。
それとも、悪い夢を見るの?
ううん、心配しなくていいのよ。
私が添い寝してあげるから。
坊やは臆病なんかじゃない。
想像力と感受性が豊かなだけ。
いつもどんなこと考えるの?
ふうん、渦巻きを想像するの。
ぐるぐるまわり続ける渦巻きね。
その回転は誰にも止められない。
まわるたびに大きくなるのね。
渦巻きはどこまでも大きくなる。
太陽系よりも大きくなる。
銀河系よりも大きくなる。
もっと大きく、さらに大きく。
無限に大きくなり続ける渦巻き。
うわあ。
なんだか目がまわっちゃうね。
なるほど。
それは怖い話ね。
私の方が怖くなっちゃった。
坊やの腕にすがっちゃう。
すごい。
力こぶが硬い。
うん、なんだか頼もしいな。
それじゃ、打ち明けても大丈夫かな。
どうしようかな。
いいかな。
あのね、驚かないでね。
小さな話なの。
渦巻きなんかより
ずっとずっと小さな話なの。
どういう話かと言うと・・・
あのね
じつは私ね
鬼だったりして。
2013/01/09
夜、眠れなくて
ひとり、灰色の舗道を歩く。
ふと気づく。
自分の影が白い、と。
腕を上げると、白い影も腕を上げる。
脚を開くと、白い影も脚を開く。
やはり、舗道のラクガキなどではない。
正真正銘、自分の影だ。
辺りを見回してみる。
いくつもの白い影が
あちらこちらに佇んでいる。
建物の影、電信柱の影、並木の影。
見上げれば、真っ白な満月。
(そうか。あんなに月が白いから・・・)
嬉しくなり、思わずスキップする。
白い影も舗道の上をスキップする。
(スキップ、スキップ、楽しいな!)
白い影が笑う。
口が灰色に裂ける。
ますます眠れなくなりそうな
ますます白い
満月の夜。
2013/01/08
浅い眠りから覚めたばかり。
なにやら夢を見ていたようだ。
眠っている間に日は暮れてしまい、
すっかり夜になっていた。
起きて歯を磨き、
顔を洗い、軽い運動をする。
それでも眠気は取れないのだった。
室内照明を消す。
窓の外は月明かり。
そんなに部屋の中は暗くない。
窓辺のソファーに腰かけ、
忘れつつある夢の映像を思い出してみる。
(灰色のドレスを着た案山子のような女)
また眠りに落ちそうな予感・・・
不意に大きな音が聞こえた。
それは鈴虫の鳴き声。
どうやら窓辺に一匹いるらしい。
ソファーに寝転び、目を閉じて聴く。
大きな音なのに、眠気は続いていた。
実感はないものの可能性として
この音も夢かもしれない
と考えてみた。
音はリアルでも
鈴虫の存在はリアルではない。
この窓辺が
夢と現実との境界面かもしれないのだ。
再び灰色のドレスの女の姿が見えてきた。
案山子の顔だから
笑うこともかなわない。
やはりこのまま眠ってしまいそうだ。
それにしても
寝心地のよいソファー。
このソファーを窓辺に置いた記憶はない。
そもそもソファーなど部屋にあったろうか。
そう考えてみると
この部屋もなんだか空々しい。
あの案山子女の顔に似ている。
はて、どちらが本当の夢なのだろう。
案山子女、それともソファーのある部屋。
まあ、どちらが夢でも構わないが・・・
そんなことを考えるせいか眠れない。
あるいは
もう眠っているのだろうか。
いずれにせよ
窓辺で鈴虫が鳴いている。