1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2013/03/09
見知らぬ女の子が笑っている。
「ねえ、腕相撲しようよ」
断る理由が見つからない。
向かい合ってテーブルに肘をつく。
互いの手と手を組んで構える。
彼女の小さな手。
腕も細い。
どう考えても勝負は見えている。
「こっちは二本指でやる」
僕は薬指と小指の二本だけ伸ばす。
彼女は笑顔で頷き、二本指を握る。
頼りない握力。
やはり勝負は見えている。
「一本指でやろう」
僕は小指を一本だけ伸ばす。
笑顔で小指を握る彼女。
「勝負!」
それでも勝ってしまった。
「強いのね」
見知らぬ女の子が笑っている。
僕を喜ばせようとして。
なぜか僕の心は折れてしまった。
2013/03/08
画面中央には美少女らしき人物を置きたい。
今にも消え入りそうな
憂いを含んだ暗めな表情。
たとえ顔は見えずとも、ポーズで表現させる。
破れた白いドレス。
薄い肩と幼い胸が見える。
背景は藍色の夜空。
少し欠けたばかりの月を浮かばせようか。
満月にしてしまうと
太陽との区別が紛らわしい。
木の枝には顔のひっくり返ったフクロウ。
それだけで謎めいて怪しげな森を演出できる。
太い木の幹の樹皮には
不気味に笑う老人の顔があって欲しい。
うつむく少女の肩に妖精を座らせてみようか。
画面の右下隅には
傷ついた一角獣を佇ませたい。
その脇腹に宝石飾りの短剣でも刺しておく。
同じく左下隅には
苔むした粗末な墓でも建てておこう。
かわいいリスが木陰から少女を覗いていたりして。
さてこれ以上、さらになにか配置したら
もう画面がまとまらなくなりそうな気がする。
あとはバランスとタッチに注意して、完成だ。
どこにも絵なんてないけどね。
2013/03/07
その昔、たいそう美しい髪の女がおりました。
流れるごとく滑らかな黒髪だったそうです。
「そなたの髪は天の川より美しい!」
などと人々は褒めそやすのでした。
ところが、この女は若くして亡くなりました。
その長く美しい髪をみずから切り、
それを結んでつないで首を吊ったのでした。
坊主頭のまま女の亡骸は埋葬されました。
残された美しい髪は
子孫の方々によって引き継がれ、
今でもどこかに大切に保管されているそうです。
伝わっているお話はこれだけです。
さて、よくわからないのですが
本当のところ
この女は美しかったのでありましょうか。
2013/03/06
夕暮れの薄暗い畳の部屋で
自殺したはずの作家に組み敷かれている。
異常な性格であるという彼の噂を思い出す。
私は敷布団の上に仰向けのまま
彼の顔を両手て挟むように押さえている。
彼の首をねじ曲げようとしているのだ。
いやな臭いがする。
彼に対する嫌悪感が異臭化しているのだろう。
あのビー玉の眼。
あの文楽人形の固まった表情。
必死に歯を喰いしばっているらしい。
彼の額から筋となって汗が流れ、
それが吸い込まれるように彼の目に入る。
今にも泣くのではないか、と不安になる。
彼の首をねじ切ってしまいたい。
もうすぐ彼の顔はスクリューのように一回転する。
視界の端に誰か
部屋の暗い片隅で正座している。
なんとなく
母かもしれない、と思う。
2013/03/05
古き良き音楽の都。
ここで歌姫は美しい産声をあげた。
父は骨董品の蓄音機。
母は由緒あるパイプオルガン。
教会の鐘の音に合わせて泣いたとか。
鳥が集まるため、生家は鳥屋敷と呼ばれた。
幼い歌姫の声に呼び寄せられたのだ。
近所の子どもにいじめられることが多かった。
近所の大人にくすぐられることも多かった。
皆、歌姫の泣き声や笑い声を聴きたかったのだ。
やがて歌姫は美しい娘に育った。
教会で賛美歌を歌うと、国王陛下も聴きに来た。
そして、同行の王子が一耳惚れの一目惚れ。
すぐに国を挙げての結婚式。
幸福な日々。
そして、男子の誕生。
王家も国民も大喜び。
高名な音楽家からお祝いの楽譜が届いた。
それは美しい旋律の子守唄。
歌姫が歌うと、赤ん坊は安心して眠った。
つられて王子も眠った。
国王も后も臣下も眠った。
安心したのか平民も眠った。
すべての国民が眠ってしまった。
歌い疲れ、歌姫も眠ってしまった。
それでも歌姫は、夢の中でも歌い続けている。
いつまでも、いつまでも、いつまでも・・・・
2013/03/04
長年の苦労が報われる瞬間であった。
「この瞬間のために生きてきた」
そう言っても過言ではない。
幼い頃からの夢が実現する。
探し求めていた真実が見つかる。
または
命懸けの恋がついに結ばれる。
生涯をかけた事業が実を結ぶ。
あるいは
諦めていた愛しい人に再会できる。
絶望の淵からの脱出に成功する。
それら諸々が
やっとひとつになってまとまる。
まさに、そのような瞬間であった。
頭に隕石が落ちてきたのは。
2013/03/03
巨大な岩の上は平らだった。
多くの観光客が右往左往している。
白い旗を持った女が喋っていた。
「このすぐ下には死体置き場があります」
どうやら観光案内のようだ。
「ですから、下に落ちると死体になるのです」
妙な説明だ。
ガイドの見習いかもしれない。
「皆さん、黒い男には気を付けましょう」
なるほど、黒い服を着た男がいた。
黒い肌、黒い髪、黒いサングラス。
黒い男は老人の脇に立っている。
老人は片腕を押さえられて動けない。
黒い男は岩の端まで老人を押しやる。
「お願いだ。助けてくれ」
泣きそうな顔の老人。
「頼む。全財産をやる。孫娘もやる」
黒い男は老人を突き落した。
おそらく死体置き場に直行だろう。
黒い男はじつに働き者だった。
岩の上の人々を次々と落としてゆく。
「いけません。話が違います」
観光案内の女も男に捕まった。
「この白い旗が見えないのですか」
黒い男は旗を奪い、女を突き落した。
振り返る。
こっちにやってくる。
目の前に立ち、黒い男が旗を差し出す。
「おまえ、引き継げ」
わけのわからないまま白い旗を受け取る。
「この旗の色に意味はない」
黒い服を脱ぎながら男は説明する。
「この服の色にも意味はない」
差し出された黒い服を受け取る。
男は岩の上の端まで移動する。
「だから、おまえの好きにしろ」
そのまま男は岩の下へ身を投げた。
岩の上にひとり残されてしまった。
見上げれば、どこまでも青い空。
両手には、白い旗と黒い服。
とりあえず黒い服を着てみた。
あつらえたようにピッタリだった。
それから、白い旗を振ってみた。
青い空を背景に白い布が左右に揺れる。
それだけ。
何も起こらない。
ひとり大きな岩の上に立っているだけ。
他にすることもないので、ひとり
いつまでも白い旗を振り続けた。
2013/03/02
洞窟を利用して築かれた寺院がある。
奥の壁には古代文字らしきものが刻まれ、
ところどころに凹みがあり、
何事か意味のありそうな気配を漂わせつつ
様々な供え物がはめ込まれている。
ある物は猿のヘソの緒であったり、
また別のある物は髪飾りであったりする。
それがビールの空き缶であったりするのは
おそらく心ない観光客の仕業であろう。
だが、たとえ高徳の僧侶であろうとも
それら供え物を差し替えること
信者の掟として許されていない。
腐れば腐ったで
盗まれれば盗まれたで
凹みから転がり落ちれば転がり落ちたで
なんらかの象徴であり、
受け入れるべき運命である、と言う。
信者は理解せずとも受け入れねばならぬ。
この寺院もいつか埋もれるであろう。
しかしながら
それもまたやはり
なんらかの象徴であり、
受け入れるべき運命なのである。
2013/03/01
イルカなのだが、海イルカではなかった。
川イルカでもなくて、陸イルカ。
海を泳ぐのが、海イルカ。
川を泳ぐのが、川イルカ。
そして陸を歩くのが、陸イルカなのだ。
スラリと二本脚で立っている。
正面から見れば人と区別できない。
ただし、背中に大きな背ビレがある。
肌は白いのに、なぜか背ビレだけは黒い。
「あたし、これから、曲芸します」
人のように喋ることさえできる。
この陸イルカは雌だ。
正面から見ると、少女と区別できない。
ただし、髪を含めて体毛がない。
帽子でもかぶれば、美少女と呼べよう。
今、陸イルカがプールに飛び込んだ。
そのまま泳ぐ。
まるで裸の少女が泳ぐように。
ショーの進行役がビーチボールを投げる。
それを彼女が額で受け止める。
観客たちの歓声と拍手。
陸イルカの得意そうな表情。
なかなか結構なことだ、と思う。
それにしても
ひとつ気になるのだが
ソファーに座る時、彼女
背ビレは邪魔にならないのだろうか。
2013/02/28
前の大統領は革命軍に拉致され
今の大統領によって銃殺された。
その今の大統領にしても
やがて反乱軍によって拉致され
次の大統領によって銃殺される
と、予想されている。
それはさておき
当面の問題は政治なんかではない。
昨日の朝、飼い犬が死んでしまった。
突然だった。
信じられなかった。
自慢の愛犬だった。
愛犬コンテストで優勝したこともある。
残念でしたない。
泣かずにいられない。
だが、悲しんでばかりもいられない。
きれいに化粧してやらねばならないのだ。
なにしろ
亡犬コンテストは明日なのだから。
ログインするとコメントを投稿できます。