1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2013/03/17
路傍に咲く可憐な花だった。
「お願い。あたしを摘んで」
そうつぶやいたような気がした。
根こそぎ抜き、家に持ち帰った。
すぐに小さな鉢に植えてやった。
「ありがとう。救われたわ」
可憐な声で花がしゃべった。
「あそこ、土ぼこりがひどかったの」
その花には表情まであった。
「踏まれる危険もあったし」
ただ黙って見つめていた。
いつまでも花はすしゃべり続げた。
今年の変わりやすい天候の話。
自動車や通行人への非難。
ノラ猫とノラ犬の習性の違い。
「お水ちょうだい。喉がカラカラ」
そうであろう。
二時間もしゃべり続けていた。
「いやだ」
おれは冷たく言ってやった。
「どうして?」
「おまえはしゃべりすぎる」
「だって、黙っていられないのよ」
「枯れたら黙るしかあるまい」
「いやよ。助けて!」
花は悲鳴をあげた。
かすれた悲鳴であった。
立ち上がって部屋を出る。
台所でコップに水をくむ。
部屋に戻って花を見下ろす。
花は黙って見上げるばかり。
2013/03/16
ああ、大変!
小猫に餌をやったら大猫になっちゃった。
家の塀を壊して大猫は町に飛び出した。
町の人たちを追いかけ、爪で引っかき、
踏みつぷし、半殺しのまま食べてしまう。
児童公園のジャングルジムの上に逃げても
近所の友だちのアパートに逃げても
大猫に狙われたら逃げきれない。
背伸びしたり、爪を研いだり、
ジャンプとかまでするのだから。
ああ、どうしたらいいの?
大猫を殺すべきかな?
私には殺せない。
大猫に罪はないのだから。
町の人たちを救えばいいの?
私には救えない。
神様じゃないんだから。
大猫に襲われた人たちに罪はないけど。
あら。
でも、そうかしら。
こんなにたくさん人がいるから
大猫に襲われるんじゃないの。
食べられてもっと少なくなれば
大猫から逃げることなんかわけないはずよ。
ああ、変こと言ってる。
でもでも、一番罪深いのは
小猫を大猫にしてしまった私よね。
そりゃまあ、そうなんだけど
でも、罪っていったいなんなのよ?
ニャーン、私にはわからない。
2013/03/15
昨夜ひっそり雪が降ったため
舗装道路は滑りやすくなっている。
坂道の途中ではなおさらだ。
しばらく目の前を歩いていた婦人を
今やっと追い越したばかり。
積雪が奇妙な黄土色をしていたので
屈んで少し掻き集めてみた。
ヌルヌルしていて全然雪らしくない。
柔らかいゴムのようにいくらでも伸びる。
その雪の塊を片手に持って
グルグルと頭上で振りまわしてみる。
まるでヘリコプターのプロペラみたいだ。
きっと追い越したばかりの婦人が背後で
怪訝そうな顔して見上げていることだろう。
そうこうしつつ前方をチェックすると
短いスカートの女子高生たちが
坂の上からこちらへ下りてくるところ。
視線を足もとに落とし、まぶたが丸い。
普段見せないような真剣な表情。
滑って転ぶんじゃないかと不安なのだ。
転ぶ姿を見たい気持ちもないわけではないが
いつもそんな表情をしていればいいのに、と思う。
その方が、ううんと魅力的なのに。
2013/03/15
諸君、聞いてくれ。
我々は未知の何者かによって遠隔操作されているのだ。
似たような夢を見るのも、その一つ。
同じ考えに囚われ続け
他の考えが浮かばないのも、その一つ。
そういう考えは馬鹿げている
と判断するのも、やはりそうだ。
本来、もっと自由であるべきなのだ。
なのに、好んで束縛されている。
まるでリモコンのロボットみたいに。
どう考えても、やはり間違いない。
これは確実である。
絶対にそうなのだ。
なにしろ他に考えられないのだから。
諸君、信じてくれ。
我々は未知の何者かによって遠隔操作されているのだ。
2013/03/14
その女は過ちを三回繰り返す。
三回恋をして、三回デートした。
三回性交して、三回失神した。
三回妊娠して、三回堕胎した。
三回騙されて、三回殺した。
三回自首して、三回脱獄した。
三回発狂して、三回自殺した。
この三回目の自殺は成就された。
彼女が偉いのは四回目がない事。
なかなかできる事じゃない。
ログインするとコメントを投稿できます。
2013/03/13
高層ビルの地下にある映画館。
スクリーンには裸婦の背中が映っている。
その女の顔の前には裸の男の腰がある。
どうやら成人映画のようだ。
上映が終わり、館内が明るくなる。
他人に顔を見られるのが恥ずかしい。
席を立ち、トイレに向かう。
我慢していたつもりはないのに激しい尿意。
廊下の奥にトイレの表示。
壁の前にずらりと便器が横並び。
それぞれに人の列が縦並び。
やっと順番になったが、隣は若い女。
覗き見られそうだが、仕方ない。
なぜ女がいて、なぜ立小便するのか、
激しい尿意のため、疑問にも思わない。
目の前の壁に窓が開いている。
雨が降っているのか、顔面にしぶきがかかる。
気がつくと、そこは駅前広場だった。
いたたまれなくなって瞬間移動したらしい。
便器は消え、そのまま地面に放尿している。
傘を持った人たちが近くを通り過ぎてゆく。
すぐ目の前に交番の灯りが見える。
若い巡査がこちらを伺っている様子。
恥ずかしく、また人々の反応が怖いのだが
すぐに放尿を止めることができない。
むしろ、ますます勢いが増している。
(まるで噴水みたいだな)
そう思いながらも
顔面には雨のしぶき。
ログインするとコメントを投稿できます。
2013/03/12
やらなければならないんだ。
損とか得とか、そんな低次元の話じゃない。
仲間が死んでも、その恋人が泣いても
皆から非難され軽蔑されても
そんなこと関係ない!
比べられないんだ。
絶対にやり遂げねばならないことなんだ。
これは永遠に引き継がれるべき問題。
数年で忘れられ、消え去るような幽霊どもめ、
とっととあっちへ行ってしまえ!
・・・・あっ。
いや、ごめん。
狂ってはいない。正気だ。
だから、頼む。
どうか助けてくれ。
一生に一度の、いや永遠に一度の頼みだ。
ちょっと手伝ってくれるだけでいい。
つまりね、なんと言うか・・・・
ほら、そこに球根が転がっているだろ?
それ、チューリップの球根なんだ。
ありふれた球根のように見えるけど
絶対にそれでなければ駄目なんだ。
やってくれるかい?
おお、ありがとう。
心から礼を言わせてもらうよ。
それでね、とりあえず
その球根をまず両手でしっかり持ってくれ。
ああ、そうじゃなくて・・・・
そうそう、そんな感じ。
ううん、大丈夫さ。
そうだよ、君。
勇気を出すんだ。
次にね、ええとだね、
僕がこうやって尻を突き出すからさ、
それ、肛門に突っ込んでくれ。
2013/03/11
その楽団の団員は
みめ麗しき美女ばかり。
見ているだけで得した気分。
聴けばもっと得をする。
さて本日は、森の広場で演奏会。
招待客は小鳥や小鹿、リスや蝶。
そして勿論、あなたもね。
手作り楽器に即興曲。
譜面を見つめる真摯な瞳。
揺れる髪と花飾り。
端正な横顔、陶酔のまぶた。
「あっ、いけない」
失敗して、あせる様子も微笑ましい。
そよ風が、ドレスの裾をなびかせる。
木の葉の音符も舞い踊る。
おや。
臆病な少年、覗いてる。
バラの茂みに隠れたつもりで。
おやおや。
あれは昔のあなたかな。
2013/03/10
海の底にいるのに息は苦しくない。
おそらくエラ呼吸でもしているのだろうよ。
エラがあるかどうかは知らないがな。
おれは難破船と難破船に挟まれて身動きできない。
すでに物心ついた頃から挟まれていた。
いつ物心がついたのか忘れたがな。
ここは日光さえ届かない。
暗く深く寂しい、海の墓場だ。
空腹を感じると魚を食べたりする。
あまり旨くはない。
あまり不味くもないがな。
たまに潜水艦が現れて
サーチライトで海底を照らす。
完全に照らされたこともある。
だが、救助してくれそうな気配はなかった。
そのうち浮上するだけだ。
ただそれだけ。
潜水艦の乗組員を責めても仕方ない。
もっとも
責めようにも方法はないけどな。
こんな環境に置かれ続けていると
つい考え込んでしまうよ。
なんのために生きているのかな、とね。
生き続ける理由はないような気がする。
なんとなく死ぬ瞬間が怖いだけだ。
「おやおや。あんまり元気なさそうだな」
隣の難破船の船長が声をかけてきた。
「まるで幽霊みたいだぞ」
そして大笑い。
ふん。
こいつ、いつも笑顔を絶やさない。
なに、大したこっちゃない。
ただ己の死を認めたくないだけなのさ。
2013/03/09
なぜか海中に潜っている。
ぼんやりとした淡い光に包まれ、
気ままに泳ぐ魚の姿を眺めている。
呼吸装置を使わないのに息は苦しくない。
なぜか両手にナイフを持っている。
これを振りまわし、泳ぐ魚を切りまくる。
残酷な行為。
でも、あまり気にしない。
むしろ夢中になって殺生を続ける。
奇妙な形の大きな魚が泳いでいた。
一本足のようなものが腹から下がっている。
(こいつも追かけて切りつけてやれ!)
すると突然、小さな丸い物体が飛んできて
おれの胸にぶつかった。
(なんだろう?)
胸に貼り付いて剥がれない。
すると再び、また同じものが飛んできた。
今度は首に当たって貼り付く。
さらに次々と飛んでくる。
抵抗できない。
そのうち、なんとなく分かってくる。
この小さな物体はウロコであろう。
魚のウロコで全身が覆われてゆく。
つまり、本物の魚になってしまうのだ。
両腕が胸びれになる。
もうナイフは握れない。
両脚がくっついて尾びれになる。
こうして海の魚になってゆく。
やがて言葉も使えなくなるだろう。
やがて口をパクパクさせ、
ただ餌を求めて泳ぎまわるだけの
海の魚になるのだ。