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2013/03/26
そのカタログには
女の子たちの写真が掲載されている。
水着姿、学校の制服姿、着物姿など。
身長やプロポーションの表示もある。
それから、簡単なプロフィール。
出身地、生年月日、家族構成、趣味など。
なんとなく僕は彼女に興味を持つ。
なにを好み、なにを好まないか。
なにを考え、なにを考えていないか。
なにを経験し、なにを経験していないか。
それらについて確認したくなったので
僕は彼女を注文することにした。
さっそく販売元に連絡してみる。
すると
「申し訳ありません。
彼女、失踪してしまいました」
との事。
あっ、そう。
2013/03/25
ひなびた温泉である。
見上げれば凍るような満天の星空。
冬の夜の露天風呂というやつだ。
うら若き女がひとり、湯船につかっている。
おそらく都の高貴な娘であろう。
その透けるような白い肌。
細いうなじや丸い肩が湯気に揺れて悩ましい。
いかにも気持ち良さそうだ。
そこに突然、一匹の山猿が現れた。
しかも雄だ。見ればわかる。
山猿はそのまま湯船に飛び込んだ。
「あら、今晩は」
女は気楽に声をかけた。
雄と言えども山猿だから平気なのだろう。
山猿も平気で女を見つめている。
うらやましいやつだ。
そこに突然、ひとりの異星人が現れた。
しかも男だ。見ればわかる。
異星人はそのまま湯船に飛び込んだ。
「あら、今晩は」
女は気楽に声をかけた。
男と言えども異星人だから平気なのだろう。
異星人も平気で女を見つめている。
うらやましいやつだ。
そこで俺も、女の前に姿を現した。
もちろん男だ。見せればわかる。
俺はそのまま湯船に飛び込んだ。
「あれえええええ」
女はものすごい悲鳴をあげた。
男と言えども幽霊だから平気なはずなのに。
俺は必死で逃げる女を見つめている。
うらめしいやつだ。
2013/03/24
今日もまた暑くなりそうだった。
少年の頃、夏休みの昼下がり。
冷房のない蒸し暑い部屋。
友だちなんかいなくて
床に寝転んで天井を見上げていた。
暑くてだるくてなにもする気がしない。
汗が出てハエがいてセミがうるさくて
とても昼寝なんかできそうにない。
我慢するだけのくだらない時間が
ダラダラ過ぎてゆく。
ぼんやりした頭で思うのだった。
(みんな、今、なにしてるんだろう?)
仲闇と一緒に楽しく海水浴してる?
避暑地でのんびり読書してる?
暑さ忘れてデートしてる?
きっと素晴らしい経験をしているに違いない。
なんだか焦る。
どんどん経験の差が拡がってしまう。
あわてて目を閉じる。
とにかく想像力だけは自信ある。
実際の経験はできないとしても
より素晴らしい想像の経験をしてやる。
あんなことやこんなこと、それから
とんでもないことやいけないこと・・・・
で、どんな経験をしたのかというと
あの昼下がりと同じように目を閉じて
今でもはっきりと思い浮かぷのは
まぷたの裏が鮮やかなオレンジ色だった
ということ。
2013/03/23
雌雄のつがいとして檻に入れられた。
「近頃のは、交尾のやり方も知らないのよ」
「本当ですか。困ったな」
「よく教えてやってね」
まったく、檻の外の奴らめ!
やり方なんか知ってる。
押しつけられた相手とやりたくないだけだ。
「危険物は与えないこと。自殺するから」
「共喰いはしないでしょうね」
「エサを十分に与えておけば心配ないわ」
「自分の体を食べたりしませんか」
「たぷんね。エサが十分なら」
ふん。勝手なことを。
いつか、おまえらをエサにしてやる。
檻の前には注意表示があった。
エサ、道具、本などを与えないこと。
話しかけないこと。返事もしないこと。
卑猥な写真などを見せないこと。
あからさまな挑発は慎んでください。
ふざけるな!
あからさまに挑発してるじゃないか。
だんだん腹が立ってきた。
檻の鉄格子をつかんで両腕にカを込めた。
そして、大声で怒鳴ってやった。
「ワン!」
2013/03/23
やんなっちゃうよ、まったく。
彼女、耳たぶ噛みながら囁くんだぜ。
「欲しいの。その目玉くり披いて」
もう、とんでもない話だよな。
たまらんぜ、まったく。
それで、おれ、
こんなに目が不自由なのさ。
それから彼女、おれの胸毛、
一本ずつ抜きながら囁くんだぜ。
「この手で心臓に触れてみたいわ」
へっ、畜生!
もう、まいちゃうよな。
ほら、だからなのさ。
おれ、ひどく顔色悪いだろ。
2013/03/22
そこは海辺のようでもあり、
あるいは山奥のようでもあった。
またはどちらでもないのかもしれない。
どこでもあってどこでもない、
そんないい加減な場所なのだろう。
その建物の玄関の柱に掲げてあるのは
あやしげな表札だった。
なにが書かれてあるのかわからない。
表札かどうかもあやしかった。
よくわからないままではあるとしても
しかし泊まれるはずだ、と私は思った。
どこにも根拠などないのだけれど。
半開きの壊れかけた扉をくぐり抜けた。
「あら、いらっしゃいませ」
初対面のような顔見知りのような女だった。
この宿の女将と思われた。
なぜなら彼女の他に誰もいないのだから。
「お待ちしておりましたのよ」
すると予約でもしていたのだろうか。
なにか伝えたいことがあるはずなのに
どうしたわけか言葉が見つからなかった。
「とりあえず、お座りになったら」
たぷん疲れた顔をしていたのだろう。
それは悪い考えではないように思われた。
だが、見渡してもどこにも椅子はない。
仕方ないので私はそのまま床に座った。
床には草が生えていた。
夏草の匂いがする。
すると季節は夏なのだろうか。
「あれは、もう随分遠い昔の話だ」
「ええ、そうでしたわね」
どうして女将が相槌を打つのだろう。
唐突に独り言を始める客も変だが。
いつの間にか女将も床に座っていた。
その膝小僧がひどく懐かしい気がした。
「もう娘さんは大きくなったろうね」
「いやだわ。娘なんかいませんよ」
女将は口を押さえて笑った。
どうも私は思い違いをしているらしい。
「あたしが娘だった頃はありましたけどね」
恥ずかしそうに女将は床にうつ伏せになる。
その丸いお尻に蛍が一匹とまった。
ああ、やっばりあれは夏だったんだ。
「あの頃の川はまだ澄んでいたっけ」
ふたたび女将が相槌を打つ。
「川底にはカワニナが這っていましたね」
どうして女将が知っているのだろう。
蛍の幼虫に食べられる細長い巻き貝。
澄んだ流れの川にしか生きられない弱虫。
思わず泣きたくなってきた。
そう言えば泣かなくなって久しい。
見上げてもそこに夏の星空はなかった。
ただただ天井の蛍光灯が眩しかった。
どうして蛍の光なんか見えたんだろう。
もう見えるはずもないのに。
なにか間違っているような気がしてきた。
こんなところでいったい
なにをしているのだ、私は。
そもそもここはどこなのだ。
あわてて私は床から立ち上がった。
そのために軽いめまいを感じた。
「悪いけど、今夜は泊まらないよ」
女将はうつ伏せのままだ。
その背中が小さくなったような気がした。
「そうね。その方がいいわね」
なんだか声まで幼くなったようだ。
このまま放ってもおけない気がする。
もう家に帰らなくてはならない気もする。
そんな気がするだけ・・・・
そうなのだ。
確かなことがなにもない。
つまり、すべてがあいまいなのだ。
どうしようもない。
仕方がない。
とりあえず、これから
あの壊れかけた半開きの扉をさがそう。
それから、玄関の柱の
あの表札をもう一度確認しよう。
あるいは、もうそこには
なにもないのかもしれないけれど。
2013/03/21
家のまわりをすっかり囲まれてしまった。
鬼どもの恐ろしい声がする。
「出てこい、出てこい。
出てきたら、出てきたら
つかまえて喰ってやる、喰ってやる」
そして、ものすごい笑い声。
押し入れに隠れても聞こえてくる。
「出てこい、出てこい。
出てきたら、出てきたら
地獄へ連れてゆこ、連れてゆこ」
そして、家が揺れるほどの笑い声。
耳を塞いでも聞こえてくる。
「出てこい、出てこい。
出てこなきゃ、出てこなきゃ
家の中へ入ってくぞ、入ってくぞ」
そして、背筋凍りつく大笑い。
ああ、来年の話なんかするんじゃなかった。
お願いだ。
初日よ、早く昇っておくれ。
2013/03/20
宵闇に焚火が燃えている。
そのまわりを村人たちが囲み
歪んだ大きな人の輪になっている。
炎の上には巨大な鍋がぶら下がっている。
鍋の中に何が入っているのか
ここからでは見えない。
さらに
その鍋を覆うように櫓が組まれ
裸の若い衆が祭り太鼓を叩いている。
彼らは暑さを感じないのだろうか。
滝のように汗を流しているのだから
暑くないはずはない。
それは分かる。
あれは大人になれば我慢できるタイプの
そういう暑さなのかもしれない。
村人たちは踊っている。
どうやら盆踊りの会場らしい。
つまり、これは盆踊りの輪なのだ。
その輪を飾る幼なじみの女の子の浴衣姿が
なんだかすごく大人っぽく見える。
陽炎のような父と母の踊る姿も見える。
友だちや近所の大人たちに誘われるが
どうしても踊りの輪に入ることができない。
ひとり、その輪の外側に立ったまま
揺れ動く村人たちを眺めている。
いったい何を期待しているのだろう。
結局、何もできないくせに。
倒れたふりをして地面に耳を当てる。
または
耳を当てるふりして地面に倒れる。
盆踊りの足拍子が響く。
いつまでも響く。
2013/03/19
巨大な百貨店を遵想させる建物。
その内部。
なぜこんな場所にいるのかわからない。
そもそも商品が陳列されてない。
エスカレーターもエレベーターもない。
百貨店を連想した自分自身がわからなかった。
しかしながら階段はあった。
とりあえず下りてみよう。
すぐに踊り場がある。
女がふたり、舌をからめている。
ひとりはオッパイがこぼれていた。
もうひとりはお尻がこぼれていた。
「あんた、どこ見てるのよ」
足もとから声がする。
見知らぬ老婦人が倒れていた。
こちらを見上げている。
荷物らしきものが床に散らばっていた。
「いや、これは失礼しました」
衝突したのに気づかなかったのだろう。
あわてて老婦人を起こしてやる。
手が冷たい。
まるでマネキン人形だ。
「中身がこぼれてしまったわ」
彼女が示す破れた紙箱の中から犬が現れる。
大きな犬だ。
尻尾と舌が異様に長い。
そのまま歩き出す。
よだれを垂らしながら階段を下りてゆく。
うーん、どうも犬は苦手だ。
2013/03/18
そこで目が覚めた。
夢だったのだ。
とにかく恐ろしい夢だった。
まだ心臓がバクバクしている。
だが、どんな夢だったのか、思い出せない。
どうしても思い出せないのだ。
はて?
どうして思い出せないのだろう?
思い出したくないからだろうか。
うん、まあそうだろうな。
なら、どうして思い出したくないのだろう?
これはひょっとすると、つまり
思い出したくないような夢だったからか?
そうだ、きっとそうだ。
思い出したくもない夢だったに違いない。
それくらい恐ろしい夢だったのだ。
うん、間違いあるまい。
だけど、それなら
どんなふうに恐ろしい夢だったんだろう?
恐ろしいはずなのに
どんな恐ろしさかわからない。
わからないのに恐ろしい。
正体不明の恐ろしさ。
これほど恐ろしいことはない。
そこで目が覚めた。
夢だったのだ。