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2013/04/19
はかどらぬ仕事に疲れ果てた。
もう深夜だった。
少し寒かった。
「そろそろ寝よう」
立ち上がり、照明を消した。
真っ暗闇。
何も見えなかった。
ともかく手探りで歩いた。
あれこれ考え事をしながら。
しばらくして、気がついた。
まだ扉に手が触れていない事に。
窓や壁にさえ当たっていない。
こんなに家は広くなかったはず。
街明りも星明かりもなかった。
「ここはどこだ?」
わからない。
誰からも返事はない。
ひどく寒くなってきた。
とても耐えられそうもないほどに。
2013/04/17
彼女は異星人だ。
それを隠すため、子どもを産む。
たくさん、たくさん、彼女は子どもを産む。
だから、ほら、もう
この星の半分ほどが
彼女の子どもだ。
2013/04/16
靴下を脱ぐのなら
できれば無地の白い靴下で
脱ぐのは無垢な少女であって欲しい。
木陰に隠れて覗くと
そよ風が遠慮がちに吹いて
彼女の柔らかな長い髪をなびかせる。
その小さな頭の近くに
黄色い蝶でも飛んでいたら
なかなか絵になりそうな気がする。
ふと少女と視線が合ってしまい
「だめ! 見ないで!」と
叱られてみたい気もする。
2013/04/15
「首が痛い」
と
冷蔵庫が言う。
「どこに首があるんだ?」
と
問うてみたくなった。
2013/04/14
黒煙をモクモクと吐きながら
真っ黒な機関車が迫りくる。
線路はまっすぐ
私の胸へと続いている。
そうなのだ。
私の胸には大きな穴があいている。
大きくて暗くて深くて
どうしようもない。
ああ、本当にもう
どうしようもない。
列車の振動で頭が痛い。
線路の枕木では眠れそうにない。
鋭い警笛が鳴る。
見上げれば青い空。
今、黒い機関車が
トンネルの穴に突き刺さる。
深くて暗い穴の奥に
列車は飲み込まれてしまう。
その後の黒い機関車の行方を
私は知らない。
トンネルから抜け出たという話は
まだ聞いた事がない。
あるいは、モクモクと
黒煙を吹き上げながら
まだ暗いトンネルの中を
今でも駆け続けているのかもしれない。
そう言えば
トンネルに出口はあったのだろうか。
どうもよくわからない。
自分の背中は見えにくいものだから。
それはともかく、これからは
あんまり線路に近づかない事だ。
踏切の手前でのんびり待っていても
不意に遮断機に
首を切り落とされるかもしれない。
落ちた自分の首を
自分の手で拾うなんて
まったく、まったく
まったくもって
やり切れない気分になるに違いない。
2013/04/14
恋人の首に首輪をつけた。
あんまり勝手に動きまわるものだから。
牛革の丈夫な奴。
鎖でつながっている。
その鎖の端は僕が握っていて放さない。
「いやだ、こんなの。はずしてよ」
「だめだ。はずせば逃げるだろ」
恋人としての自覚に欠けていると思う。
いい男を見つけるとすぐに色目を使う。
犯罪と呼べるほど肌を人目にさらす。
僕の腕に噛みつくことだってある。
だから、たまに鞭でこらしめてやる。
「もっと人間扱いしてよ」
「うるさい。黙れ」
わがままな恋人の尻に鞭をくれてやる。
悩ましい悲鳴があたりに響き渡る。
まわりの人たちはびっくりする。
さわやかな朝の散歩が台なしだ。
「ひどい、ひどいわ。人でなし」
「なんだと。恋人のくせに」
もう僕は完全に頭にきてしまった。
恋人としての自覚がなさ過ぎる。
よし、決めた。
思い知らせてやる。
家に帰っても、朝ご飯は抜きだ。
2013/04/12
大きな瞳に見つめられている。
あたりは深い闇に包まれ、
その瞳の他に何も見えない。
触れたくなるほど魅力的な瞳。
その瞳に吸い込まれてゆく指。
指先が瞳の中心に突き刺さり、
そのまま手首まで埋まってしまう。
さらに腕がズブズブ奥へ入り込む。
メリメリと音を立て
肘さえ潜り込む。
瞳と腕の隙間から
透明な液が溢れる。
涙だろうか。
痛いのだろうか。
それとも、喜んでいるのだろうか。
ああ、しかしながら
瞳の気持ちも推し量れぬうちに
もう肩まで深く飲み込まれてしまった。
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2013/04/11
ルルという名の女の子の話だ。
あの頃、僕もまだ男の子だった。
もうルルには二度と会えない。
会えたとしても、もうルルじゃない。
どうして別れてしまったんだろ。
ルルの写真は一枚も残っていない。
だから肖像画を描いてみたりする。
でも、いくら描いてもルルにならない。
どこかしら微妙に違う。
どうして別れてしまったんだろ。
ルルのいた家はまだそこにある。
けれど、全然知らない家族が住んでる。
あの窓にルルの笑顔はない。
あの窓にルルの泣き顔もない。
どうして別れてしまったんだろ。
2013/04/10
若者がひとり山道を歩いていた。
前方には深い谷がある。
やがて、吊り橋が見えてきた。
たった今、向こう側から
老婆が渡り終えところである。
不気味なほどに腰が曲がった老婆だった。
「あんた、よそ者だな」
「ええ、道に迷いまして」
「それにしても、大きくて重そうだな」
おかしな事を言う老婆だった。
「この先はどこへ行くのでしょうか?」
吊り橋を指して若者は尋ねた。
老婆はシワだらけの顔をゆがめた。
「そりゃ、あの世だな」
「おかしな地名ですね」
「つまりな、死ぬんじゃよ」
吊り橋の先は行き止りだという。
山道は森の中へ分け入り、
その途中で消えているらしい。
この吊り橋を渡るよそ者は少ない。
少ないが、必ず自殺する。
なぜか首吊りをするのだそうだ。
「おどかさないでくださいよ」
またもや老婆は顔をゆがめた。
笑ったつもりなのだろう。
若者は吊り橋を渡り始めた。
深い深い谷底。
古めかしい木と縄の通り道。
歩くたびに揺れるので怖い。
だが、怖くても渡らなければならない。
若者は自分を励ますのだった。
(これから首を吊る者が
吊り橋を怖がってどうする)
2013/04/08
夢から覚めたらしい。
そこは会社、または教室のようである。
机が並んでいて、人が歩いている。
なぜか口の中が異様に感じる。
グラグラして、歯が抜けそうだ。
そこで、片隅にある洗面台で歯を磨き始める。
突然、背後から会社の上司に抱きつかれる。
「なにをしているのだ?」
すると、ここは会社なのだった。
「夢で、ここで歯を磨いている夢を見て、
だから、ここで歯を磨いているのです」
上司は呆れた表情になる。
なに、いつもの事だ。
そのまま彼の話に聞き耳を立てる。
これから上司たちは飲みに行くらしい。
なんだか自慢話を聞かされているような気分。
そういうつまらない事に出費するくらいなら
歯の治療でも受けるべきだ、と思う。
ところが、すでに場所は移動。
女将が呼んだのか、呼ばなかったのか、
すでに上司たちは飲み屋に集まっている。
女将は珍しく着物姿だ。
それはともかく、食欲もないのに
今にも食事を始めようとしている自分。
生のトウモロコシを口に含んだ感触。
口の中は異物感で一杯である。
カウンター内に入り、女将にすがりつく。
「お願い。僕の口の中を見て」
そして、大きく口を開ける。
「あら、取れているわ」
女将は口の中から歯を一本つまむ。
「一本だけではないはずなんだけど」
「あら、そう言われてみば、そうね」
結局、ほとんど全部の歯を抜かれ、
そのまま女将に体をゆだねてしまう。
安心してしまった。
上司たちの食事より優先してもらったのだ。
大事にされている証拠のような気がして
口を開けたままボロボロ泣いてしまう。
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