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2008/11/12
大きなクマのぬいぐるみ。
いつもあたし、これ抱いて寝るの。
しっかり抱いていないと眠れない。
理由はわかんない。とにかくそうなの。
これ、パパが誕生日に買ってくれた。
だけど、あんまりパパには会えない。
なんというか、いろいろあってね。
あたし、さびしかったり悲しい夜に
ぬいぐるみをしっかり抱いてみるの。
すると、ぬいぐるみもあたしを抱いてくれる。
なんだかとっても気持ちよくなって、
本当に泣きたいくらい気持ちよくなるの。
ホントよ。すごく不思議。
でもね、あたしね、わかっちゃった。
これ、ただのぬいぐるみじゃない。
これ、パパなんだもん。
ねっ?
ぬいぐるみの中にいるの、パパでしょ?
2008/11/11
生きるために
食べるとしても
食べるために
生きたくはない。
君のために
生きるとしても
君のために
死にたくはない。
2008/11/10
男の子がふたり左右に立っている。
どちらも見覚えがあるのに
どこの子だったか思い出せない。
一本の長いなわがふたりを結んでいる。
なわの両端はしっかりと握られ、
ふたりはなわを振りまわし始める。
なわの軌跡は大きな目のように見える。
それが目なら瞳がありそうな気がする。
きれいな瞳なら嬉しいのだけれど。
どこからか女の子がやってきて、
ひょいとジャンプして、なわの目の中に入る。
スカートが蝶のように舞う。
カラスの翼のように黒い髪が揺れる。
なわの目の中に、かわいらしい瞳ができた。
僕が瞬きすると、彼女も瞬きする。
「郵便屋さん、おはいんなさい」
そうだった。
配達の途中なのだった。
2008/11/09
なんだろ
こけもも
よくわかんない
スカート制服の高校生女子が
うんと
学校と世間との境界を象徴する鉄柵を
乗り越えようとする姿勢で
ほら
きらめく朝日を
うなじと横顔に浴びながら
日に焼けた片足を大胆に伸ばす
と
煉瓦通りの歩行者としては
首かしげ
なにがいったい彼女をそうさせるのか
いくら
いくら考えてもわからないので
わからないのは
今の時刻の意味が
遅刻を表現していない
ということで
すでに正門は開いているし
怖そうな
見張りも番人も監視員も教師もいない
いないいないババアもいない
けど
可能なことはいつか誰か
きっと
実行してしまうものだから
かもね
で
なにを言いたいのかというと
一瞬
なにもかも忘れて泥んこになって
夢中になって遊んでいた
子どもの頃の
気分の
あの気分を思い出してしまって
つとと
頬に涙が伝わるのが不思議で
本当に本当に
不思議だから
うん
2008/11/09
トタン屋根の雨音は
坊やの好きな子守唄
子宮の鼓動
古代の海に溺れてごらん
潮騒は遠すぎて
耳の貝殻 信じない
ねじれて笑う
脱ぎ捨てたパジャマ
窓を開けたら
みんな一緒 雨のひとしずく
ざあざあ 楽しそうに
頭から 地面へ落ちてゆく
雨があがると
近所の子どもら 泥遊び
かわいらしい墓地のある
泥の町が さあできた
2008/11/08
泥と呼ばれ
泥のような暮らしを続ける
その女は 今
泥の床にすわり
泥の床になみだする
暗い部屋の入口
樹のように痩せた男は
なすすべもなく
樹のように立ちつくし
樹のように見下ろすばかり
時の屍
鐘の音さえ届かず
永遠に救われぬ
ふたつの影
泥はさびしく
樹はかなしい
2008/11/07
手作りのかごから抜け出して
あの島へ君は飛んでいった
一枚の羽を残したのは
形見のつもりなのか
しなやかで白くて柔らかい
いかにも君の羽だと思う
あきれるほど青い海の向こう
鳥たちの棲む島へ君は帰ってゆく
さわがしい羽音 さえずる声
手の届かない空に鐘の音が消える
鳥たちの島できっと君は
鳥たちの女王様になれる
君のいないかごの中
遠い海から吹く風に
白い羽がゆれている
2008/11/06
おれは毒入りの瓶だ。
ちゃんと髑髏マークのラベルが貼ってある。
暗い過去を持つ由緒正しき危険物で、
これまで多くの尊い命を奪ってきた。
もしおれの言葉が信用できなければ、
頭の栓を抜き、おれの中身を飲めばいい。
ほんの少し、唇が湿るくらいで十分。
苦しむ暇もなく、すぐに息絶えるはずだ。
中身が全部飲まれてしまったら
ただの空っぽの硝子瓶でしかないが、
幸いにも、まだいくらか毒は残ってる。
その証拠におれを持ち上げて振ってみれば
液体に特有の舌鼓のような音がして、
「こっちゃ来い、こっちゃ来い」
と、聞こえるはずだ。
2008/11/05
ある不毛の大地に一匹のとかげがいる。
とかげの目の前にも一匹のとかげがいる。
すぐ後ろにもやはり一匹のとかげがいる。
このことはどのとかげについても言える。
とかげによるそのような列が実在する。
とかげの列は前方に果てしなく続く。
とかげの列は後方にも果てしなく続く。
どのとかげも身動きせずに並んでいる。
どのとかげも一瞬にしてある決意をする。
とかげは目の前のとかげの尻尾を噛む。
と同時に後ろのとかげに尻尾を噛まれる。
とかげの尻尾は途中でぷつんと切れる。
その尻尾が暴れるために列が乱れる。
暴れる尻尾をとかげは苦労して飲み込む。
尻尾は喉を通り胃袋を通り腸を通る。
さらの尻尾の断面を通って尻尾が生える。
再生した尻尾はぬらぬらと濡れている。
そのためにとかげの抑制がきかなくなる。
とかげは目の前のとかげの尻尾を狙う。
すると自然にとかげの列が再びできる。
不毛の大地に見事なとかげの列ができる。
2008/11/04
高名なる爪彫師に白い手首を贈ります。
細い華奢な指たちが泳いでいます。
いったい誰の髪を撫でたのかしら。
それとも誰の背中を傷つけたの。
ほら、ひどく懐かしい気がしませんか。
思い出の指輪の跡が残っているみたい。
あら、まさか忘れたのかしら。
それとも、忘れたふりかしら。
これもあれも、爪の絵だって消えるもの。
ほら、彫刻刀の先が少し震えませんか。