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2008/12/06
あわてて目覚めたら、そこは戦場だった。
ミサイルがまっすぐ飛んできた。
すばやく地面に転がって衝突を避ける。
あるいは、素手でもつかめたかもしれない。
それほどミサイルはゆっくり飛んでいた。
そのミサイルを狙い、光線銃で撃つ。
なぜ光線銃を所持しているのか、不明だ。
それはともかく、
光線が空中をゆっくり進む。
そのため時差が生じ、位置が重ならず、
光線はミサイルには当たらなかった。
死を覚悟するような戦場においては
すべてがゆっくりと動くらしい。
おそらく、相対的に主観的に
そのように感じられるだけなのだろう。
ミサイルの進行方向には戦車が一台、
空中に浮かんでいた。
戦車に翼があるわけではないのだから
見えない竜巻にでも巻き込まれたのだろう。
やがて目測通り、
その空飛ぶ戦車とミサイルとは衝突した。
しかし、爆発しない。
ミサイルは地面に落ちてから爆発した。
油断していた。
爆発も遅いのだ。
ほんの近くだった。
爆風がゆっくりとこちらにやってくる。
逃げようとして、地雷を踏んでしまった。
それとも潜水艦の頭であったか。
あわてて目覚めたら、そこは海底だった。
2008/12/05
入院すれば必ず死ぬのであった。
退院するのは死体に決まっていた。
院内には死に至る伝染病が蔓延していた。
皮膚に斑点が浮き出たら、もう絶望的だった。
野戦病院という名の傷病兵捨て場なのだった。
医師も看護婦もみんな死んでしまった。
それでも治療と看護は続けられていた。
知能を備えたシステムが働いているのだ。
生きている限り患者を生かそうとする。
生体反応が消えたら、院外に排出する。
それだけの単純なシステムだった。
病院の裏には死体の山ができていた。
すでに病院より大きな山になっていた。
死体にはすべて防腐処理が施されている。
だから死体はあまり崩れていなかった。
体のどこかの部位を失っているもの。
どこか割れたり裂けたりしているもの。
どこか膨らんだり爛れたりしているもの。
皮膚に斑点があるだけでなんともないもの。
それらの死体によって山が築かれていた。
あまりにも救いのない風景だった。
私は、ある特殊な任務をおびていた。
野戦病院の死体の山を処分すること。
それが私に与えられた任務だった。
気が滅入らないはずがなかった。
まだ戦闘に参加する方が気が楽だろう。
だが、任務の遂行は絶対命令なのだった。
死体の山を処分する前にすることがあった。
野戦病院のシステム修正作業である。
死体の山を処分するだけでは切りがない。
山を築かないシステムにする必要がある。
これについては、私に考えがあった。
まず死体を円盤状に圧縮成型するのだ。
それから、この円盤を冷凍処理する。
ただし、防腐処理の工程は省略する。
これでカチカチの死体円盤ができあがる。
そして、これを院外へ放出するのだ。
死体排出口も改造しておく必要がある。
円盤が遠くまで地面を転がり続けるように。
病院から遠く離れてから倒れるように。
上り方向に対しては水平に滑空するように。
これで死体はあちこちに分散するだろう。
どこにも死体の山は築かれないはずだ。
死体は自然解凍され、自然に腐る。
やがて自然な土になる。それで完了。
システムとして問題なさそうだ。
現在、システムの修正作業は進行中だ。
すでに修正内容の指示は済んでいる。
あとはシステムの知能に任せておけばいい。
私は、先に死体の山を焼くことにした。
死体の山は不快であり、邪魔でもある。
それに処分できなくなるかもしれない。
私の皮膚に斑点が浮き出てきたのだ。
死に至る病に私も感染してしまったらしい。
死体を処分する者が死体になるわけだ。
戦争が終わったら笑い話になりそうだ。
それでも、せめて任務だけは遂行したい。
なんのために死ぬのか納得して死にたい。
任務の遂行だけなら簡単なことだ。
山の死体を傷病兵として再登録すればいい。
システムが判断して円盤に加工するだろう。
だが、あまりにもかわいそうではないか。
死んでから円盤にされるなんて。
さらに地面を転がされたり、空を飛ばされたり。
しかも防腐処理済みだから、なかなか腐らない。
いつまでも円盤のまま。
いくら死体でも死にたくなるに違いない。
できるだけ普通に焼いてやりたいのだ。
それで私の罪滅ぼしになるとは思わない。
それが私の最期の生きがいなのだ。
おそらく円盤の第一号は私だろう。
うんと遠く、敵陣まで転がってやるつもりだ。
2008/12/04
茂みをかき分けかき分け、
奥へ奥へと進んでゆく。
あたりはひっそり
静まり返っている。
山鳥のさえずりさえ
聞こえない。
草と木と土の匂い。
ひどい汗。
不意打ちのように茂みが途切れ、
目の前に小さな沼が現われる。
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ
なんだろう。
妙な音。
沼の対岸で水を飲む、
それは山猫。
ふと顔を上げ、
こちらを見る。
視線が合う。
その縦長の瞳。
すぐにつまらなそうに目をそらし、
山猫は再び水を飲み始める。
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ
小さな舌が
水面に波紋を作る。
それは沼のこちら側まで広がる。
波紋は岸で終わらない。
だから僕の足が
柔らかな地面に沈んでゆく。
2008/12/03
列車は深い闇の底を走っていた。
おれは疲れ果て、眠りかけていた。
突然、隣席の女が吠えた。
驚いたのなんの、猛獣かと思った。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
寝ぼけて迷惑かけたと思ったのだ。
体も顔も小さな女だった。
「す、すみません」
女も謝ってきた。可憐な声だった。
「どうしたんですか?」
尋ねると、うつむいてしまった。
細い肩が震えていた。
そこに手を置くべきかどうか迷った。
やがて、女は小さな声で呟いた。
「思い出してしまったの」
こちらは首を傾げるしかない。
「なにを?」
女の声は、ますます小さくなった。
「どうしても忘れたいことを」
2008/12/02
その年の冬は大雪だった。
屋根から下ろした雪が屋根より高くなった。
前年は、雪でスポーツカーをつくった。
その年は、雪で城をつくる計画だった。
しっかりと城の設計図まで書いた。
方眼紙に定規を当てて書いた立派なもの。
つくる場所は、家の裏の畑の上。
もちろん雪に埋もれて畝(うね)など見えない。
ある晴れた朝、シャベルを雪面に突き刺した。
アーチ式の門を立て、城壁をめぐらす。
中央には螺旋階段のある、大きな塔を築く。
王と女王のための豪華な玉座も並べて置く。
美しい姫君のための寝室まで用意した。
天蓋付きのベッドが備えられてあるのだ。
氷柱を何本も削ったりして、大変だった。
水彩絵の具で雪の表面に着色したりもした。
熱中のあまり、時の立つのも忘れてしまった。
そして、とうとう見事な雪の城が完成した。
本物の城にも負けていない、と思った。
それにしても、完成するのが遅すぎた。
冬も春もとうに過ぎ、夏の盛りになっていた。
2008/12/01
大都会。
立体交差の高速道路。
その上をラクダの商隊が進んでいる。
長い行列を作り、整然と歩み続ける。
クルマにとっては大変な迷惑だ。
ドライバーが怒鳴っても通じない。
どうやら言葉が理解できないらしい。
砂漠の民であることは確実である。
耳が毛だらけ。
鼻にはフタまである。
かれらが乗ってるラクダそっくりだ。
「オアシスでも見せてやればいいのに」
軽薄な若いドライバーが提案する。
そんなものどこにもないのに。
ついに警察のパトカーが到着した。
「とにかく高速道路から降りなさい」
ラクダの商隊は命令を聞かない。
「無視するな。発砲するぞ!」
ラクダの商隊は拳銃さえ見ない。
もう警官は頭にきてしまった。
とうとう銃弾が発射された。
その銃声が大都会の空に消える。
銃声とともに拳銃が消える。
撃ったはずの警官も消えてしまう。
クルマもドライバーも消える。
さらに高速道路まで消えてしまう。
周囲の建築物まで消えてゆく。
やがて大都会そのものが消えた。
まるで蜃気楼のオアシスのように。
ラクダの商隊は黙々と歩み続ける。
どこまでも果てしなく広がる大砂漠を。
2008/11/30
フランス象徴派の詩人として名高いポール・ヴェルレーヌの
いくつかの作品を分析してみたい。
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘の音に
胸ふたぎ
色かえて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもいでや。
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らう
落葉かな。
(上田敏訳)
有名な『落葉』である。
「ヰ゛オロン」はヴァイオリン。
「ヰ゛」は「ゐ」の濁音で、「vi」の苦しい発音表記。
現代なら「ヴィオロン」と表記するところ。
読みやすく、素朴で、美しい詩だと思う。
だが、「秋という季節に特有の感傷的な気分」を
歌ったにしては、表現がややオーバーではなかろうか。
感じやすい女学生や詩人ならともかく、
一般人にはそぐわないものがあるような気がする。
できれば誰にでもしっくりくる詩にしたい。
そこで、試みとして、次のように表現を変形してみよう。
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
歯にしみて
ひきつるに
あな痛し。
鐘の音に
頬おさえ
転がりて
涙ぐむ
食べし日の
おもいでや。
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
腐りゆく
虫歯かな。
『虫歯』である。
やはり表現はオーバーかもしれないが、象徴的な曖昧なものを
具体的なわかりやすいものに置き換えただけで、
これなら一般人にもしっくりくるものがあると思う。
また、音楽性や素朴な構成の美しさも損ねてはいないと思う。
巷に雨の降るごとく
われの心に涙ふる
かくも心に滲み入る
この悲しみは何ならん?
やるせなき心のためには
おお、雨の歌よ!
やさしい雨のひびきは
地上にも屋上にも!
消えも入りなん心のうちに
故もなく雨は涙す。
何事ぞ! 裏切りもなきにあらずや?
この喪その故を知らず。
故知れぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし
恋もなく恨みもなきに
わが心かくもかなし!
(堀口大学訳)
次は、これも有名な『巷に雨の降るごとく』である。
やはり美しい詩であるが、
これも「雨の日に特有の鬱々と沈んだ感情」を歌ったにしては、
普通の人には大袈裟に感じざるを得ない。
具体的なイメージが欲しいところである。
巷に雨のふるごとく
われの頭の毛がぬける
かくも心に滲み入る
この悲しみは何ならん?
やるせなきぬけ毛のためには
おお、雨の歌よ!
いやらしいき雨のひびきは
額にも頭頂にも!
消えも入りなん毛髪のうちに
故もなく雨は涙す。
何事ぞ! 裏切りにもなきにあらずや?
この喪その故を知らず。
故知れぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし
かつらもなく薬もなきに
わが心かくもかなし!
ヴェルレーヌの写真を思い出せば、
「ああ、なるほど!」と頷けるのではなかろうか。
ただし、あまりに理解しやすいイメージのために、
趣や深みがなくなっている。
笑い話と同じで、笑ってそれだけで終わりそうである。
空は屋根のかなたに
かくも静かに、かくも青し。
樹は屋根のかなたに
青き葉をゆする。
打ち仰ぐ空高く御寺の鐘は
やわらかく鳴る。
打ち仰ぐ樹の上に鳥は
かなしく歌う。
ああ神よ。質朴なる人生は
かしこなしけり。
かの平和なる物のひびきは
街より来る。
君、過ぎし日に何をかなせし。
君いまこそここにただ嘆く。
語れや、君、そも若きおり
何をかなせし。
(永井荷風訳)
最後の詩は『無題』である。
具体的な名前さえないのだから、
象徴詩もここに極まった感がある。
構造というか骨組みがしっかりしているので、
いわゆる「替え歌」も作りやすい。
そういう意味で、ヴェルレーヌの詩は
噛めば噛むほど味が出るような傑作が多い。
繰り返し味わいたいものである。
空は廃墟のかなたに
かくも静かに、かくも青し。
人は廃墟のかなたに
しかばねの海となる。
打ち仰ぐ空高く原爆や水爆は
ひややかに鳴る。
打ち仰ぐ空の上にキノコ雲は
むなしく歌う。
ああ神よ、絶滅せり人類は
おろかなりけり
かの邪悪なる物のひびきは
文明より来る。
君、過ぎし日に何をかなせし。
君いまこそここにただ嘆く。
語れや、君、そも若きおり
何をかなせし。
2008/11/30
んがらみの そねしそねたも ほねそねし
はらいそぱらそ けせらももねむ
とやかにも ぱみれきうれい うんそねま
ほことのまほれ しっぺ どどしと
ぴこでもの へんなふべいな うにかもめ
たまよねゆんげ ふじけらし なめ
さげそねみ ぴりひらぴらも ふんこみな
まよりにてむは もっけ もものけ
どべじでだ うべかにこわそ しみずむれ
へげなこまいそ うな かたじけね
すっからむ べべしとて こみいとま
くんげ なかんも へね ほねほねし
ほけせてね いわなかんなも わなこめた
ぱき ゆじかみれ おっことのそ
おどろけぱしか はにかみて
すふれ うずまや ふぬふみのふむ
ぷゆときて わけながまそじ ずけいらむ
ではめねそけた ことのゆかたび
すんがらみんこふ ぶすけらま
ほりそ まほにた ふねよらず げほ
なぎればなぎれ こよ くにとぞみ
ばいやもすぶれ そめきうずけや
はなさきそげて しのばずり
いでや まほろし えで ぱすがたに
うんずきそめき ぽかそげた
ぺりめ みからし へけもけた やも
まんにんや はかなすびとし うくれやに
すばたきそこね えでへにす
ぺんでれでふじ ふけさばさ
ぴへにえもえや とべきそこなり
あんそみぽんじ ゆくれけそ
ゆでらしけらし ぽこそみて はなぢ
ほにほ にほほほ わかさしければ
うずくゆかりな ひこまみれ しばくも
とけちてやりね くずきもも
へれでんがぼそ ほに むすくずれ
すからぱや えけもけそねし すぱらがや
ふずれゆかたび しでらまに ゆっけ
えっせけほにか ぴこれども
わかきくにちか えそ ほりぶでん
さねばとじ さねさばとじね ほもよろず
つのもことしき ぽか まことし
むしき らびそで ほねこけた
ぴやれ やんなも わかちにはんぺす
ほのほなが ゆできことひら はりさげみ
うんこざね もりこざむ やめられめ
2008/11/29
まだ老人は探し続けている、
どんな夢でも叶うはずの財宝を。
古地図のような皺だらけの掌が
財宝の隠し場所を暗示する。
どれほどの財宝がどこにあるのか、
肝心なことはなにひとつ知らない。
伝説でしかない財宝を求め、
すでに老人は全財産を失っている。
それでも老人は探し続けている、
掌の荒野に隠された伝説の財宝を。
2008/11/29
ほとんど誰も知らないが、
レレレという名の神がいて、
それを祭るレレレ神殿というものがある。
ここの神様はひまなのだ。
まったくといってよいほど
仕事がない。
どこかを支配しているわけはなく、
なにかを任されているわけもない。
なにもしない名ばかりの神なのだ。
これでは崇められるはずもない。
神殿があることさえ不思議なくらいだ。
ところが、この神殿に祈る人がいる。
「レレレの神よ、お願いです」
なにやら罪深い人らしい。
「どうか、なにもしないでください」