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  • 使者の踊り

    2008/12/26

    ひどい話

    隣国との間に戦争が続いていた。
    永遠のように長い戦争であった。

    その隣国から、使者がやってきた。
    美しい瞳の小柄な少女だった。


    国王謁見の席で、使者の口上。

    「踊り終わる時、ついに平和ぞ訪れん」

    そのまま使者は、静かに踊り始めた。


    それは素晴らしい踊りであった。
    汚れた心が洗われるようであった。

    人々の喜びが歓声となった。

    重い鎧を脱ぎ、剣を折る騎士。
    笑いながら泣き出す大臣もいた。


    使者の踊りは、いつまでも続いた。

    その夜、隣国の大軍が攻めてきた。


    そして、夜明けとともに
    使者の踊りは、静かに終わった。
     

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  • 大丈夫?

    2008/12/25

    切ない話

    都会の空はギザギザに切り抜かれている。
    さも軽蔑するかのように見下ろす高層ビル群。

    奴らから見れば、おれたちは地面を這う蟻か。


    最初、それは高層ビルが吐き捨てたツバのようだった。
    なにか真上から落ちてくるのに気づいたのだ。

    ぶつかる瞬間にそれが女だとわかった。
    おれはまともに歩道に叩きつけられた。


    だが、すぐにおれは立ち上がった。

    「君、大丈夫?」
    倒れている女に声をかけた。

    「うん。大丈夫みたい」
    すぐに彼女も立ち上がった。

    彼女は裸足だった。
    ミニスカートの汚れが気になるらしい。


    「靴は?」
    「ええと、屋上に置いてきちゃった」

    平気そうな顔をしている。

    「あなたこそ、大丈夫?」

    落ちてきた彼女と激しく衝突したのだ。
    死んだとしても不思議ではない。

    「そういえば、なんともない」

    むしろ、死んでないのが不思議だ。

    「大丈夫?」
    人々がまわりに集まってきた。

    「大丈夫?」
    一部始終を見ていたのだろう。

    「大丈夫?」
     

    おれは女の手首をつかんで引っ張った。
    「逃げるんだ」

    「どこへ?」
    「知るもんか!」

    そのまま女と駆け出した。


    とにかくここから逃げなければ。
    高層ビルなんか見えなくなるところまで。

    一刻も早く、一歩でも遠くへ。


    絶対、どこか間違っているのだから。

    大丈夫であるはずなんか
    ないのだから。
     

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  • 聖夜の恋人

    静かな夜 聖なる夜
    恋人は来ない


    化粧して 着飾って 待っているのに
    素敵な贈物だって 用意したのに

    それでも やっぱり
    恋人は現われない


    再会の約束なんか していないけど
    たとえ約束したって 再会じゃないけど

    会ったことさえ ないのだから
    なにしろ 初めて会うのだから


    会えたとしても 名前さえ知らない
    顔も声も なんにも知らない

    だって 会えるはずないんだから
    最初から 恋人なんかいないんだから


    あたし どうして買っちゃたのかな
    こんなに素敵な 贈物

     
    騒がしい夜 淫らな夜
    恋人なんか どこにもいない
     

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  • 小 人

    幼かった頃、僕は小人を飼っていた。


    ガラス瓶に詰め、しっかり栓をはめ、
    小人が逃げられないようにしていた。

    両親にも兄弟にも秘密だった。
    打ち明けるような友だちもいなかった。


    飢えて死なないように
    小人には砂糖水や果汁を与えていた。

    いつも夜が楽しみだった。

    小人の瓶と懐中電灯を抱えて布団に潜る。
    掛け布団でやわらかな洞窟をつくる。

    懐中電灯を点け、瓶の栓を抜く。
    うれしそうに小人が出てくる。

    指で追いかけると逃げまわる。
    指が逃げると追いかけてくる。

    おかしな転び方をする。
    笑ったり、泣き出したりもする。

    泣き声が聴きたくて
    小人をいじめたこともあったっけ。


    ところが、ある晩のこと、
    小人と遊びながら、つい眠ってしまった。

    翌朝、ガラス瓶は空っぽで
    どこにも小人の姿はなかった。

    とうとう小人は逃げてしまったのだ。

    布団のシーツに染みがついていた。
    嗅いでみると、変な臭いがした。


    それでおしまい。

    あれから小人は見ていない。 
     

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  • 地下牢

    2008/12/23

    怖い話

    真夜中に聞こえると言うのですね、
    身の毛もよだつような呻き声が。

    そうですか。やはり聞こえますか。
    隠しておくことはできないものですね。

    それに、あなたは娘の命の恩人だ。
    秘密にせず、すべて話してしまいましょう。


    ご覧のように当家はじつに古い建物ですが、
    じつは、この真下に地下牢があるんですよ。

    ええ、時代劇に出てくるようなあれです。

    私もそれを実際に見たことはなくて
    ただ話に聞いているだけなんですけどね。


    今でも地下牢は残っているのですが、
    誰も地下へ降りることはできません。

    あの写真の祖父がまだ生きていた頃、
    地下の出入り口を埋めてしまったのでね。

    ひどい話ですが、生きてる人を残したまま。
    つまりその、生き埋めということですね。

    男だけでなく、若い女もいたそうですよ。


    あの呻き声は幽霊なんかじゃありません。
    まだ生きてるんですよ。嘘じゃありません。


    あなた、聞いたことがありませんか、
    人魚の肉を食うと不死身になるという話。

    あれですよ。あの話は本当なんです。
    よっぽど祖父は恨んでいたんでしょうね。

    人魚の肉を食わせて死ねない体にさせ、
    そうしておいて地下牢に生き埋めにした。

    用心して、自力で脱出できないように
    丈夫な鎖で幾重にも体を縛り付けてね。

    生きながら永遠に苦しみ続けるように
    真鍮の棒で串刺しにしたとも聞きます。


    だから、いまだに苦しんでいるんですよ。


    ええ、私もそう思います。
    地下から掘り出してやるべきでしょう。

    ですが、あまりにも恐ろしすぎる犯罪ですから
    いまさらそれをする勇気が私にはないのです。


    あなたは祖父との血の繋がりがない。

    当家に婿入りして、やがて私が死んだら
    あなたが掘り出してやってください。


    頼みますよ。
     

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  • 血のつながり

    2008/12/20

    切ない話

    いまわの際の枕元に娘を呼んだ。


    「もっとこっちへ」
    「はい。お父さん」

    「なあ、おまえ」
    「はい」

    「いい女になったな」
    「いやだわ。お父さんたら」


    「おまえに話しておくことがあるんだ」
    「なにかしら。お父さん」

    「じつはな」
    「はい」

    「おまえは、わしの本当の娘ではない」
    「・・・・・・」

    「わしと血がつながっていないのだ」
    「・・・・・・」

    「いままで隠しておいて、悪かった」
    「お父さん」

    「許しておくれ」


    咳き込んだ。
    舌に腐った血の味がした。


    「お父さん」
    「もうすぐ、お迎えが来る」

    「じつは、私もね」
    「うん」

    「お父さんに、隠してたことがあるの」
    「なんだい」

    「ごめんなさい」
    「話してごらん」

    「あのね、お父さんはね」
    「うん」

    「じつは、私の本当の父親じゃないの」
    「・・・・・・」

    「お父さんは、私とね」
    「・・・・・・」

    「血のつながりがないのよ」
    「う、嘘だ!」
     

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  • 剣の舞

    2008/12/20

    ひどい話

    よく切れる剣であった。

    竹や木など、風のように切る。
    岩や骨なら、水のように切る。


    そんな剣が舞い始めた。

    畜生も大臣も、おかまいなし。
    首がとび、血潮がはねる。

    森は荒野、街は屠殺場となる。


    「この世に切れぬものなし」
    舞いながら、剣は豪語する。

    「いや。ひとつだけあるぞ」
    両脚を切られた少年が叫ぶ。

    「それはなんだ」
    「剣である、おまえ自身だ!」

    剣は怒り、刃をねじ曲げる。
    「うぬ。こうすれば、切れるはず」


    パキーン!

    ねじ曲げすぎて、刃が折れた。
     

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  • 手提げ女

    2008/12/19

    変な話

     

    麦わら帽子のひさしの下
    まっすぐな一本道がどこまでも延びていた。

    ひとりの女がすぐ前を歩いていたが
    その腰のところに取っ手が付いていたので
    つい声をかけてしまった。

    「お嬢さん、お持ちしましょうか?」
    「あら、すみません。お願いします」

    女は地面に四つん這いになった。

    プラスチック製のありふれた取っ手を
    片手でつかみ、ウンと持ち上げると
    女は膝を曲げ、胎児のように丸くなった。

    「痛くありませんか?」
    「ううん。ちっとも」

    「苦しくありませんか?」
    「ううん。気持ちいいくらい」

    そうであろう。そうでなければ
    腰のところに取っ手などあるものではない。

    「また随分と軽いのですね」
    「ええ。昨日からなにも食べてなくて」

    それでも、しばらく歩くと腕が痛くなり
    交互に持ち手を替えなければならなかった。

    暑い。本当に暑くなってきた。

    顎の先からポタポタ汗が垂れ落ち
    まっすぐな一本道が少し曲がり始めた。

     

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    • Tome館長

      2011/08/15 00:40

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2011/07/30 12:42

      ケロログ「しゃべりたいむ」かおりサンが朗読してくださいました!

  • 高い塔の上の泥棒

    高い塔の最上階に三人の泥棒が住んでいました。

    階段が壊れていたので誰も訪れず、
    また誰も住んでいないものと思われていました。


    年若いのに、三人は立派な泥棒でした。

    大胆な計画、綿密な準備、巧妙な手口。
    盗まれたことを相手に気づかせないほどです。

    時には、盗んで感謝されることさえあるのでした。


    「僕、侯爵夫人は素敵な方だと思うな」

    「でも、あの宝石飾りの帽子は似合わないわ」
    「そうそう。せっかくの気品が台なしだ」

    「かわいそうだから盗んであげようよ」
    「あら、盗むほどのことかしら」

    「だから、あの真ん中のルビーだけさ」
    「そうか。あの飾りが悪いわけね」


    そんな物騒な相談を、三人の泥棒は
    仲良くいつまでも高い塔の上でするのでした。


    (案外、それほど悪人ではないのかもね)
     

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    • Tome館長

      2013/06/22 01:49

      「広報まいさか」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2013/06/20 17:32

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/03/18 22:14

      「しゃべりたいむ」かおりさんが朗読してくださいました!

  • 抜け殻

    2008/12/16

    切ない話

    あちこちに抜け殻が落ちている。
    注意しなければ抜け殻とは気づかない。

    壁に向かって立っていたりする。
    石段の途中に腰かけていたりする。


    まったく動かないのが特徴のひとつだ。

    手で触れてみれば誰でも気づく。
    紙風船のように簡単につぶれてしまうから。


    無邪気な少女の抜け殻を見つけた。
    橋の下の川原で逆立ちしていたのだ。

    まだ温もりがかすかに残っていた。
    抜け出た者がまだ近くにいるはずだ。


    少女が似合わなくなったのか。
    無邪気でいられなくなったのか。

    それとも、どちらも失ってしまったのか。
     

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