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2009/01/03
水着に着替えてからドアを開けると
海水が家の奥まで押し寄せてきた。
「わあ、冷たい!」
まるで入り江になったみたいだ。
でも、家の中で泳ぐ気はしない。
膝くらいの深さしかないし、
泥に濁った海水だから、なおさらだ。
玄関を出ると
庭は海面の下に沈んでいた。
チュ−リップの花が溺れかけてるけど
あれは造花だから別に気の毒じゃない。
たくさんの船の横顔が垣根越しに見える。
道路が狭くてすれすれを通るから
見上げるくらい大きくて迫力がある。
オートバイに乗った友だちが手を振る。
「おはよう。元気かい」
「やあ、すてきなバイクだね」
水陸両用の最新型だ。
「折りたたみ式テントが内蔵されているんだよ」
「それはすごいね」
なんとなく感心したけど、
でも、どこにテントを張るつもりなんだろう。
「さあ、急ごう」
とりあえず、変な位置の補助席に乗り込む。
「みんな、待ってるかな」
「もちろん、みんな待ってるとも」
手馴れた仕草でビーチパラソルを開く。
真夏の日差しと風を受け、
最新式の乗り物が海へと動き始めた。
もっとも近頃、どこもかしこも海なんだけど。
2009/01/03
大きな家に、かわいらしい坊やがいた。
ある日、ひとり土蔵で遊んでいたら
鬼の面を見つけた。
鬼の面があるという話は聞いていた。
家宝として秘蔵されている、と。
これをかぶると人の心が読める、と。
さっそく鬼の面をかぶるや、坊やは
そのまま家を出て、近所を歩きまわった。
人の心がおもしろいように読める。
鬼の面に驚く人などいなかった。
かぶっていても誰も気づかないのだ。
坊やの心に大人の心が入ってきた。
家に帰っても面をはずさなかった。
おもしろくてはずせなかったのだ。
そして、坊やは知ってしまった。
坊やが知ってはいけなかったことを。
坊やの顔を見て、母親が悲鳴をあげた。
驚いて、坊やは走って逃げた。
鬼の面をはずすと、鏡の前に立った。
夕陽が坊やの顔を赤く照らす。
坊やの顔は鬼になっていた。
2009/01/02
僕がのぼっているのは
おそろしく急な斜面。
途中、
斜面に寝転ぶ人の姿が目につく。
器用なものだ
と感心する。
寝ぼけて転がり落ちるのでは
と心配もする。
やがて
これより上がない場所に着く。
この辺りがきっと
斜面の頂上なのだろう。
それでは
これより斜面をくだることにする。
かなり危険だが
それがまた楽しみだ。
野生の叫び声をあげながら
左へ右へと大きくジャンプして
走ったり、蹴ったり、
滑ったり、転がったり、
岩が落ちるように元気におりて行く。
斜面の途中に寝転ぶ人たちには
まことに申しわけないと思うけれども
ひとりふたり、
もしかしたら三人くらいは
突き飛ばしてしまうかもしれない。
2009/01/01
散歩していると、美しい風景に出会う。
たとえば、橋の上から眺める夕焼け。
おもむろに鞄からハサミを取り出し、
折らなくても鞄に入るサイズで
その美しい場面を急いで切り抜く。
瞬時に切り抜かなければならず、
どうしても切り跡が雑になりやすい。
だから帰宅したら、仕上げが必要。
定規とカッターで長方形にカットする。
それから、分類してファイリング。
もうかなりファイルが溜まった。
だから、うるさくてかなわない。
本日の収穫は、下校途中の女学生。
ただし、スカートを少し切ってしまった。
「ひどい! どうして!?」
切り抜かれた少女が怒ってる。
「ごめん、ごめん」
謝りながら、僕はつい笑ってしまう。
「だって、急に風が吹いたんだもん」
2008/12/31
とりあえず女になってみる。
もちろん美人。いわゆる女盛り。
化粧なんか邪魔よ、邪魔。素顔が最高。
宝石も髪飾りも、ハイヒールもいらない。
裸より素敵な服なんか、どこにもない。
「おなか、すいたみたい」
つぶやくだけで用意される豪華な食卓。
私が食べると、男どもは感謝する。
私の触れた食器は、そのまま家宝。
死ねって言えば、死ぬかしら。
ちょっと怖くて、言えないわ。
でもね、そんな魅力だけじゃなくてよ。
いろんな能力があったりするわけよ。
たとえば、感覚がものすごく鋭いの。
鼻は、犬並み。臭くてかなわん。
耳は、兔やコウモリにも負けやしない。
両の眼は、望遠鏡と顕微鏡。透視も可能。
読心術だってできる。予知だって。
さらに、体力だってすごいのよ。
美しい指先、七色の光線銃。
豊かな乳房は、連発式のロケット砲。
走れば、裸足で音速超えちゃうの。
ほら、空だって鳥みたいに飛べるのよ。
どう? すごいでしょ!
ええと、なんですか。
ああ、そうですか。
だからなんだ、と言うわけね。
ただの、空想の女の話だよ。
2008/12/30
靴音が信じられないくらい大きく響く。
街灯もまばらな暗く寂しい新月の夜道。
若い娘がひとり通るには危険な場所だった。
角を曲がったところで抱きしめられた。
闇に隠れ、待ち伏せていたのだ。
悲鳴をあげる暇も与えられなかった。
脇腹に潜り込む指先、その素早さ。
その鋭く絶妙な動作、耐え難かった。
死ぬかと思った。
死ぬほど笑わされた。
どうしても笑わずにいられなかった。
さらに邪悪な指先が脇の下を襲う。
「だ、だめ。そこは」
息が苦しい。
笑いすぎて咳き込む。
横隔膜が痙攣しているのがわかった。
靴を脱がされ、足の裏もやられた。
「ひい、やめて」
よだれが垂れて、スカートが汚れた。
涙で、すべての世界が歪んで見えた。
「助けて。だ、誰か」
だけど、誰も助けてくれないだろう。
悪ふざけと思われてしまうに違いない。
こんなにはしたなく笑っているのだから。
悩ましい指先の群が首筋を這ってきた。
まさに笑ってる場合ではなかった。
だんだん意識が遠のいてゆくのだった。
2008/12/30
ある男がある女を殺した。
死んだ女は人類最後の女性。
人工出産の技術は確立していない。
やがて人類は絶滅するしかない。
史上最悪の犯罪であった。
しかも完全犯罪。
殺したのは人類最後の男性。
この男を裁く者はいない。
2008/12/29
磁石男の悲しみは深い。
鉄を引き寄せるくらいなら、問題ではない。
ナイフが飛んできて、胸に刺さるくらいだ。
この男は女を引き寄せるから、困る。
それも美女ばかり、選り好みをするのだ。
磁石男が街を歩けば、美女が飛んでくる。
空中正面衝突など、日常茶飯事だ。
あまりに磁力が強烈で、離れられなくなる。
もちろん、水をかけたって離れない。
美人コンテストの会場では、死にかけた。
なんとか救出されたのは、三日後だった。
引き寄せられないから、と泣く女までいる。
押しのけられないのだから、と慰める友人。
実際、反発されて飛び去る女だっていた。
誰も磁石男の苦しみを救えなかった。
磁石男は、ひとり教会で祈るのだった。
やつれた姿は、いまにも死にそうに見えた。
神の力なら、磁力が消えるかもしれない。
だが、その時であった。
礼拝堂の奥から現われるものがあった。
それは、空中を飛ぶ、聖母マリア。
大きくて重そうな、美しい石像だった。
2008/12/28
「おい。黒板が汚いぞ」
教師に注意されるまで気づかなかった。
不謹慎な落書が、消されずに残っている。
黒板をきれいにしておくのは、当番の仕事だ。
あいにく、今週の当番は自分なのだった。
黙って席を立ち、黙って教室の前に進む。
黙って黒板消しを持ち、黙って黒板をふく。
「授業が始まる前にちゃんと」
文句を背に浴びながら、落書きを消す。
「恥ずかしくないのか。こんな稚拙な」
視線を無視して、ただ黙々と黒板をふく。
「だいたい、試験の前だというのに」
教師の金属的な声が頭の中に反響する。
「まったく情けないね。親の顔を見て」
駄目だ。限界だ。もう我慢できない。
手に持った黒板消しを教師の顔に当てる。
そのまま黒板に教師の頭を押し付ける。
なぜか黒板にぶつかる音がしなかった。
黒板消しを引くと、教師の顔が消えかけていた。
黒板消しを当てた部分が消えたのだ。
おもしろい。黒板消しで教師が消える。
さらに黒板消しを当てて、教師をふいてみる。
消える。消える。おもしろいくらい教師が消える。
とうとう教師の姿は全部消えてしまった。
教師がひとり、黒板の前で消滅したのだ。
不安になって振り返り、教室を見渡す。
みんな口を開けている。ただし、声はない。
窓を開け、黒板消しを校庭に放り投げる。
黒板の前から離れ、黙って席に戻る。
静かな教室。話し声さえ聞こえない。
しばらくすると、みんな自習を始めた。
2008/12/27
きょうがっこうへいきました。
とてもおおきながっこうでした。
たくさんのせいとがいました。
すぐにともだちができました。
かおのないおとこのこです。
かわいいこいびともできました。
ろうかにおちてたおんなのこです。
あかちゃんもできました。
まだらんどせるのなかです。
せんせいはいつもあそんでます。
はんめんきょうしだそうです。
なんだかおかしながっこうです。