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2009/01/18
廃墟になった原子力発電所に幽霊が出るという。
昔、放射能漏れ事故が発生し、
多くの職員が亡くなった場所だ。
「やっぱり、おまえだったのか」
「ああ・・・・・・」
「どうして幽霊に」
「ああ、被爆して・・・・・・」
「まだ怨んでいるのか」
「ああ・・・・・・」
「おまえ、なんだか幽霊らしくないぞ」
「ああ、やっぱり・・・・・・」
「どうして足があるんだ。幽霊のくせに」
「ああ、だから仲間に笑われる・・・・・・」
「足があるからか」
「ああ・・・・・・」
「でも、どうして」
「ああ、放射能汚染のせいで・・・・・・」
2009/01/18
おれがやったんじゃねえ。信じてくれよ。
いや。全然おれがやってねえ、とは言わねえ。
やったのはおれだが、やるつもりはなかった。
このおれの体が勝手にやったんだ。
つまり、その、反射みたいなやつだな。
ほれ。膝をたたくと足が上がるじゃねえか。
あれだよ、あれ。あんなもんなんだ。うん。
上げないようにしても足が上がっちまうのさ。
だから、そんなふうに膝をたたく方が悪い。
足を上げるのが悪いと言われても困るよな。
だから、おれは悪くないんだ。わかるだろ。
どうして疑うのかな。頼むよ、ほんとに。
あっ、ほら。いわんこっちゃねえだろ。
なぐっちまったじゃねえか、おまえをよ。
おれじゃねえよ。おれの腕が勝手にしたんだ。
おれを信じないからだよ。おまえ、疑ったろ。
だめなんだよ。あっ、またやっちまった。
だから、そんな目でおれを見るなよ。頼むよ。
あっ、蹴っちまった。あっ、なんてことを。
あっ、だめ。あっ、ひどい。あっ、そんな。
あーあ、またやっちまった。しょうがねえなー。
2009/01/17
ねえ、あんた。そう、あんたよ。
あら、逃げなくたっていいじゃない。
ホント、臆病なんだから、もう。
そう、あんたに話があるの。
別にたいしたことじゃないのよ。
あんた、あたしのこと好きでしょ?
なにキョロキョロしてんのよ。
意気地がないんだから、ホントに。
好きなんでしょ? あたしのこと。
ほら、やっぱりね。
あたし、前からわかってたんだ。
バカじゃないんだからね。
だって、いつもコソコソ見てたでしょ?
盗み見るっていうのかしら、あれ。
ピッタリよね。あんたらしいわ。
なんていうか、陰湿な目付きでさ。
そのうち心配になってきちゃうのよね。
あたし見て、なに考えてるのかなって。
いやらしいこと考えてるんだろうなって。
あんた、なに赤くなってんのよ。
もう、恥ずかしいのはこっちなんだから。
でもね、別にいやじゃないわよ。
好かれてるって、悪い気しないし。
あんた、そんなにきらいじゃないし。
もちろん、そんなに好きでもないわよ。
そこんとこ、勘違いしないでね。
でも、きらいじゃないってことは確かよ。
ホントだってば。うん、ホント。
でね、あんたに頼みがあるんだけど。
ねえ、聞いてくれる? どう?
ホント? わあ、嬉しい!
あのね、ちょっと言いにくいんだけど。
ほら、あそこに彼がいるでしょ?
そうそう、彼。あの背の高い子。
あんた、彼の友だちよね?
だって、いつも仲がいいじゃない。
いいのよ、そんなこと、どうだって。
それで、彼にたずねて欲しいの。
あたしのこと、どう思ってるのかって。
そう、なんとなくでいいのよ。
あたしが好きなのかどうか、とか。
質問じゃなくて、暗示みたいにしてさ。
話の途中なんかにさりげなく。
いいでしょ? これくらい。
ねっ、ねっ、お願いだから。
あんたなら、わかるでしょ?
あたしの気持ち、わかるでしょ?
2009/01/16
わたし、プールに飛び込んだら
からだが水に溶けちゃった。
一瞬のできごと。
きっと消毒薬が強すぎたんだ。
それとも水瓶座生まれだから?
あら、そうだっけ?
ああ、よくわかんない。
脳も一緒に溶けちゃったのね。
ゆらゆら水面に浮かぶのは
わたしの花柄のピンクの水着。
男の子が見つけてしまった。
ああ、あんなに喜んでる。
なんかとっても恥ずかしい。
水が赤くなったりしないかしら。
あら、あら、いやだ。
わたしの中で勝手に泳がないで。
バタフライなんて気色悪い。
潜水なんか冗談じゃないわ。
泳いでいいのはあなたとあなた。
他の人たちは早く出なさい。
まあ、この子ったら。
おしっこだけは勘弁してよ。
2009/01/15
電車に揺られながら読書していた。
近所の図書館から借りた本。
かつて題名が話題になった小説。
権威ある文学賞も受けている。
夢中になって読んでいたと思う。
その本の見開きに虫がとまった。
蝿でも蚊でもない変な虫だった。
ページの上を六本脚で這う。
地へ下りたり、天へ上ったり。
喉に寄ったり、小口へ迫ったり。
それを見ているとおもしろい。
小さいのによくできている。
主人公の恋人の名を平気で踏む。
ときどき立ち止まったりもする。
この虫も迷っているらしい。
どこかの駅に到着して扉が開く。
扉に近づき、虫に息を吹きかける。
本の端にしがみついて離れない。
三度目でやっと虫は本から消えた。
扉が閉まり、窓の景色が流れた。
キミノ棲ム世界ハソッチダヨ
2009/01/14
腹を空かせた家出少年が
路地裏で見つけたのだ。
空中に浮かぶ穴など
少年は知らなかった。
(食べ物があるかもしれない)
少年はやせた片腕をのばした。
穴の中にはなにもなく
空っぽだった。
腕を引くと
手首から先がなくなっていた。
断面には痛みも出血も
傷跡もなかった。
もともとなかったみたいな感じだった。
少年はわけがわからなかった。
外に置き去りにされたような気が
するばかりだった。
2009/01/13
毎日、少しずつ、床下に穴を掘ったものだ。
それは監獄から脱出するための穴。
よく掘ったものだと、われながら感心する。
苦労の末、ようやく脱獄できたわけだ。
けれど、外に出たら、もう穴を掘る気はしない。
当然だ。
なぜなら、穴を掘る意味がない。
いくら褒めてくれても、できないのはできない。
あの監獄に再び戻るつもりもない。
そんなの不自然だし、インチキだ。
帰ってくれ。
墓穴を掘るつもりはない。
2009/01/12
真夜中に電話の音で起こされた。
暗かった。
寝ぼけていた。
ありもしない目覚まし時計を探した。
なにやらガラスが割れた。
手を切ってしまったらしい。
ぬるりとしたものを手のひらに感じた。
起き上がってみた。
なにかに頭をぶつけた。
ひどく痛かった。
地団駄を踏んだ。
ここはどこだ。
思い出せない。
照明スイッチの場所がわからない。
とりあえず手探りで進むしかない。
ところが、壁に突き指をした。
涙が出た。
泣き始めたら、足を踏み外した。
階段から転げ落ちた。
死んだか、と思った。
どこかの骨が折れたに違いない。
まだ電話は鳴っている。
めまいがする。
真っ暗な廊下を這って進んだ。
ゾウガメになった気分。
なにをしているのだ。
わからない。
ようやく受話器に辿り着いた。
嬉しかった。
苦労して受話器を取った。
「真夜中になにしとる? さっさと寝ろ!」
怒鳴られた。
そのまま電話は切れた。
もう眠ることはできなかった。
2009/01/12
深夜、友人にクルマで送ってもらい
別れてから、駅へ向かって歩き出した。
交差点があり、信号機は青かった。
長い横断歩道を渡り終える直前
青いランプが点滅を始めた。
(ちょうどピッタリ。運がいいな)
ここの交差点は待つと長いのだ。
そのまま駅へ行こうとして、気がついた。
(そうだ。駅へ行くことはなかったんだ)
このまま家まで歩いて帰ればいいのだ。
なにしろ家はすぐそこなのだから。
(なにをやってるんだ)
われながら呆れてしまった。
また交差点を渡らなければならない。
やはり信号機は赤になっていた。
(ちっとも運が良くないじゃないか)
ため息が出てしまった。
赤から青に変わったばかりだから
かなり待たなければならない。
信号機の指示なんか無視したい。
けれども、クルマの流れが途切れず
なかなか向こう側へ渡るチャンスがない。
ヘッドライトがテールライトになり
あわただしく左へ右へ行きすぎてゆく。
(そうだ。あそこに寄ろうかな)
帰り道の途中に、おいしい食堂があるのだ。
けれど、なぜか空腹を感じない。
(昼飯を食べすぎたからかな)
しかし、なにを食べたか思い出せない。
(こんな遅い時間じゃ営業してないか)
手首にはめていたはずの腕時計がない。
(今、何時なんだろう?)
まだ信号機の指示は変わらない。
落ち着かない不安な色、赤いランプのまま。
(このまま変わらなかったりして)
深夜だから、冗談ではなく心配になる。
空を見上げる。まったくなにも見えない。
(最近、こんな夜が多いな)
いつまでもいつまでも、赤いランプのまま。
2009/01/12
昔、あるところに、爺と婆がいた。
爺は山で柴を刈っていた。
「さて、そろそろ昼飯にしようか」
爺が湧き水で手を洗うと、たくさん泡が出てきた。
そして、爺の手はとてもきれいになった。
妙なこともあるものだ、と爺は思った。
この湧き水は谷に流れ、川になっている。
婆は川で洗濯をしていた。
そこへ川上から泡が流れてきた。
その泡で洗うと着物がきれいになった。
妙なこともあるものだ、と婆は思った。
夕方、家に帰った爺の背中を婆が洗った。
すると、爺の背中からたくさん泡が出てきた。
そして泡から産声がして、赤ん坊があらわれた。
ふたりは驚いた。
「これはまた、妙なことがあるものだ」
でも、ふたりとも子どもが欲しかったので大喜び。
女の子だったので、泡姫と名づけた。
やがて、泡姫は美しい少女に育った。
美しいだけでなく、とても清潔好きだった。
泡姫が爺と婆の背中を洗うと、たくさんの泡が出た。
きれいになるだけでなく、気持ちよかった。
そのせいか爺も婆も若返ったように見えた。
これが村の評判となり、隣村でも噂された。
泡姫に洗ってもらおうと、若者が詰めかけた。
やさしい泡姫は、皆の背中を洗ってやった。
爺と婆は、お礼に野菜や米をもらった。
さらに、噂は若い殿様の知るところとなった。
城に招かれ、泡姫は殿様の背中を洗った。
泡に包まれ、殿様は大いなる幸せを感じた。
と、殿様の背中から赤ん坊があらわれた。
殿様に顔がそっくりな男の子だった。
「あっぱれ。でかしたぞ」
殿様は喜び、そのまま泡姫を正室とした。
赤ん坊は泡太郎と命名され、やがて世継ぎとなった。
まさに泡のような昔々の話である。
めでたし、めでたし。