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2009/01/26
これは雑誌で読んだ実話なのだが
泥棒会社があったのだそうだ。
事務所があり、社長がいて、社員がいて
表向きは平凡な会社を装っているが
彼らは泥棒して稼いだ利益によって給料を得ていた。
泥棒という手段による会社の運営には
やらなければならないことがたくさんある。
地域の下見調査と泥棒に入る建物の選定、
泥棒のために必要な道具の開発や購入、
泥棒としての技術訓練ならびに体力づくり、その他。
企画会議のようなものもあったはずだ。
盗品を現金化するルートも必要であり、
開発、営業、経理などの組織化も望まれる。
結局、この泥棒会社は御用となったわけだが
逮捕された泥棒社長の供述によると
泥棒はあまり儲からない、のだそうだ。
2009/01/25
帰宅途中、道に迷ってみたくなり、
わき道にそれてみた。
見飽きた風景をさけたくなって
そんな気分になる時がある。
五階建てのマンションは目立つから
初めての道でも帰れるはずだ。
すっかり夕暮れになっていた。
見知らぬ家並み。
円形の飾り窓。
背の高い垣根が続いている。
吠える番犬。
死んでる猫。
表札のない門。
崩れそうな石段。
ふざけてるみたいに歪んだ坂道。
なぜかまったく人影がない。
夜空に疑問符の形の星座が浮かぶ。
やはり迷ってしまったらしい。
あやしげな叫び声が聞こえてきた。
気のふれたお嬢様だろうか。
座敷牢の中で怯えていたりして。
でも、何に怯えているのだろう。
ようやく見覚えのある場所に出た。
そびえるマンションのシルエット。
でも、なぜか四階建てになっている。
2009/01/25
細長い沼のように見える川が流れ、
その土手に沿って壁がめぐらされている。
壁は一部爆破され、
無残な裂け目ができている。
そこから顔を突き出すと、
草原の疑似地平線を背景として
墓石のように立ち並ぶ団地の群が見える。
これら団地には不特定多数の住民が寄生し、
とりとめのない日常生活が営まれている。
ある専業主婦たる妖艶なる若妻は
おそらく違法であろうライフル銃を所持し、
雀やカラスを撃つのに飽き飽きしている。
そのため彼女は
川沿いの壁の穴から人影が現われるや
その見知らぬ他人の額に照準を合わせる。
ところが、予告なく夫が帰宅した。
ライフル銃を電気掃除機に改造すると
若妻は急いでトイレに隠れ、
ひっそり静かに用を足す。
疲れた夫が家に分け入る。
夫が洋服ダンスの扉を開けると
なぜか中に下着姿のセールスマンがいる。
男は単に隠れているばかりでなく、
汗まみれでラーメンの汁さえすすっている。
「いやあ、ご主人。
まったく、ここは暑いですねえ」
ご主人たる夫は目を宙に浮かせ、
ぼんやり考え事を始める。
2009/01/24
突然、同居人が叫ぶ。
「ああ、退屈で退屈で退屈で
人殺しでもしなければ脳が腐りそうだ!」
もう、手遅れかもしれない、と私は思う。
確認しておく必要があった。
「想像では不満なの?」
「だめだ。全然だめだ。想像では罪を感じない」
「想像力が不十分なのでは?」
「そうかもしれない。が、もう限界だ」
やはり手遅れのようだ。
ちゃんと教えてやるべきだろう。
「あんた、もう脳が腐ってるわ」
「なんだと!」
同居人が私の首を絞める。
「こ、殺す。殺してやる!」
苦しい。本当に殺されてしまう。
でも、これでいいのかもしれない。
私だって退屈で退屈で退屈で
殺されなければ脳が腐りそうだったから。
2009/01/23
理科室で彼女を待っていた。
理科室は暗かった。やや寒くもあった。
人体の骨格標本が奥に白く立っていた。
外の元気な声は、陸上部の練習だろう。
戸棚には、あやしげな薬瓶と実験器具。
緑色に濁った水槽。空気ポンプの音。
いつまでも彼女の来るのを待っていた。
とうに待ち合わせ時間は過ぎていた。
テーブルの上、出しっぱなしの顕微鏡。
窓辺に運び、暇つぶしに覗いてみた。
「もう。遅かったじゃないの!」
こちらを見上げる彼女の怒った顔。
2009/01/22
お城の近くにおばさんが住んでいました。
ひとり暮らしのおばさんは
なぜか一匹の蛙を飼っていました。
とても醜い蛙でしたが、
それでも喜んで飼っていました。
おばさんは冗談好きでした。
「魔法で蛙にされた王子様なのよ」
もちろん誰も信じてくれませんが、
おばさんは笑っていました。
ある夜、おばさんの夢に蛙が現われました。
「おばさん、キスして。魔法がとけるから」
目覚めると、おばさんは醜い蛙の口に
そっと唇で触れてみました。
すると、おばさんは蛙になりました。
「あなたは蛙の国のお姫様だったのです」
醜い蛙の王子はかしこまり、
うやうやしく蛙の姫に頭を下げました。
2009/01/21
「ほら、見て。この花」
「おっ、赤くなった」
「不思議でしょ」
「どうなってんの?」
「あなた、へんなこと考えたでしょう?」
「えっ。・・・・・・考えてないよ」
「この花、人の心が読めるのよ」
「ほう」
「そして、恥ずかしがると赤くなるの」
「へえ」
「とっても不思議な花なの」
「おっ、今度は青くなった」
「あなた、信じてないわね」
「えっ。・・・・・・信じてるよ」
「だって、この花、怒ると青くなるのよ」
2009/01/20
裏山の畑に妖精が生えた。
トンボの羽、ハチドリの口、リスの尻尾。
妖精でないとしても、野菜でもない。
畝にきちんと並んで生えていた。
ニンジンの種を蒔いたはずなのに。
「どれ。一本、食べてみるか」
引き抜くと、妖精は悲鳴をあげた。
根元から赤い雫が垂れ落ちた。
「あれま。まだ早かったかな」
もとどおりに植えなおしておいた。
村祭りの後、また裏山にのぼった。
畑には妖精の姿はなかった。
畝には穴がきれいに並んでいた。
今度は遅すぎたのだ。
植えなおした一本だけが倒れていた。
すっかり枯れて、見る影もない。
「うまくいかねえもんだな」
畑に腰を下ろし、空を見上げた。
奇妙な鳥の声がこだましていた。
2009/01/19
「食堂に壁画があるな」
「うん、あるね」
「それを昨日、深夜にひとりで見たらな」
「うん。どうしたの」
「あの聖母の目が開いていたんだ」
「うん。それで」
「ちっとも驚かないな」
「どうして驚くわけ?」
「聖母の目が開いていたんだぞ」
「うん。ぱっちり開いてるよね」
「うそだ! いつもは閉じているだろうが」
「なに言ってんの。開いてるよ」
「わからないやつだな」
「そっちこそわかんないね」
「しょうがない。来いよ」
「しょうがない。行くよ」
「な。ちゃんと閉じているだろ」
「どこが。開いているじゃないか」
「おい。ふざけるな」
「そっちこそふざけてるよ」
「じゃ、おまえは狂ってる」
「そっちこそ狂ってる」
「なんだと!」
「これこれ、君たち。そこでなんの口論かね」
「ああ、司教様。よいところへ」
「あの、この壁画についてですが」
「ん? どこに壁画があるのかね」
2009/01/18
最初、ひとりで探していたんだ。
「なにを探してるの?」
「大切なもの。うまく言えないけど」
「それって、見つかりそう?」
「わからない。難しいだろうね」
「ふたりで探したらどうかしら」
「君、一緒に探してくれるの?」
「うん、いいわよ」
それで、ふたりで探し始めたんだ。
でも、なかなか見つからなかった。
「私たち、なにを探しているの?」
「それを見つけたらわかるさ」
「もう疲れちゃった」
「いいよ。ひとりで探すから」
「ねえ、三人ならどうかしら」
「それ、どういう意味?」
「赤ちゃんができたの」
探す暇がなくなってしまった。
娘が生まれ、父親になったから。
「かわいいわね」
「うん、かわいい」
「きっと、この子よ」
「なにが?」
「探していたのは、この子よ」
「そうかな」
「そうよ。そうに決まってるわ」
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
でも、他に考えられないから
とりあえず、そう思うことにしたんだ。