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2011/07/11
伯父の家で夕食をいただいて、その帰り道。
姉と私と妹、三人で夜道を歩いていた。
父が事故で亡くなり、母は入院していた。
私たちは俯いたまま、黙って歩いた。
濡れたアスファルトに長靴の音が響く。
さっきまで冷たいみぞれが降っていたのだ。
この辺りには街灯が少なくて、怖かった。
坂道が曲がりながら闇の奥へ消えている。
背後で唸る音がして、光が闇を払った。
一台の自動車が近づき、そのまま遠ざかる。
三本の影が伸びて曲がって、すぐに消えた。
ますます闇が深くなったような気がした。
もうすぐ家に着く。
誰も待っていない家。
背後で足音がした。
誰かが坂道を降りてくる。
暗くてよく見えない。
どうも子どもらしい。
私たちを追い越しながら、男の子が叫ぶ。
「どうなる、どうなる、どうなる、・・・・・・」
そのまま闇の奥へと消えていった。
「なんのことかしら?」
ぽつりと妹が呟いた。
「なにを返して欲しいのかしら?」
妹は気がふれたんだ、と私は思った。
「なに言ってんのよ」
姉も心配になったらしい。
「あの子はね、落ちる、って言ったのよ」
「うそよ。返して、って言ってた」
言葉を失い、私は立ち止まった。
なんて暗い坂道なんだろう。
なにも見えない。なにもわからない。
どうなるの、私たち。
2011/07/09
悲鳴が聞こえた。
罵声も聞こえてきた。
ああ、またやってる。
私は溜息をつく。
昨日と同じだ。どうして繰り返すんだろう。
玄関を出ると、共同ゴミ置き場に人が群がっていた。
お向かいのご主人が、倒れた若者を蹴り上げている。
「この野郎! 勝手にゴミを捨てやがって」
お隣の奥さんも、竹箒で若者の尻を叩く。
「やってはいけないことよ。人間のクズよ」
若者は必死に詫びる。
「・・・・・・ごめんなさい。許してください」
その顔は血まみれだった。
集まった近所の人たちは殺気立っていた。
「なんだと!? 許せるか。犯罪だぞ」
「そうだ。そうだ。殺してしまえ!」
ゴミの不法投棄の現場を押さえたらしい。
若者に同情する気持ちには、私もなれない。
本当にゴミ出しには苦労していたからだ。
問題のゴミ袋が足元に落ちていた。証拠物件だ。
いやな臭いがするので、吐きそうになった。
私はしゃがみ、このゴミ袋を苦労して開けてみた。
最初、なんなのか私にはわからなかった。
よく見て、よく考えて、やっとわかった。
なるほど、と思った。みんな知らないのだ。
「ねえ。もう許してやりましょうよ」
私が止めに入ると、みんな信じられない顔をした。
「このゴミ袋の中身を見てちょうだい」
荒い息のまま、みんな顔を寄せて袋の中を覗く。
「なんだこれは? ひどい臭いだな」
「お肉かしら? 乾燥してるみたいだけど・・・・・・」
お隣の奥さんが悲鳴をあげた。わかったのだ。
しばらく悲鳴や怒声がやまなかった。
若者は歩道に倒れたまま泣いていた。
こいつは本当に人間のクズだ、と思った。
でも、みんな若者を許すことにしたらしい。
「生ゴミだから、庭に埋めればいいんだ」
「それに、将来的にゴミが増えないし」
「そうそう。基本はゴミを出さないこと」
みんな散ってしまった。若者も消えた。
なぜか問題のゴミは置きっ放し。
結局、最初に許してしまった私の責任らしい。
自宅の裏庭に穴を掘って、私はそれを埋めた。
狭い土地の中に埋める作業は大変だった。
捨てられないゴミの山で、どこもあふれていたから。
もうこれ以上は無理だ。もう限界だった。
いやだなあ。また私は溜息をつく。
どうすればいいのか、もう私にはわからない。
おそるおそる、私は見下ろす。
腹の膨らみが、そろそろ目立ち始めていた。
2011/07/08
見知らぬ駅名の見知らぬホームは
いつもの乗換駅ではなかった。
(まいったな。帰りが遅れてしまう)
読書に夢中になり、乗り過ごしてしまったのだ。
下車したものの、途方に暮れた。
(いったい、どこまで来てしまったんだ?)
すでに辺りは暗く、蛍光灯がまぶしい。
小さな蛾が飛びまわっている。
(もう、そんな季節か・・・・・・)
それでも夜風は寒く感じられた。
(とにかく、逆方向の電車に乗ろう)
階段を下りて、それから別の階段を上る。
扉が閉まる寸前の電車に駆け込む。
行く先を確認する時間はなかった。
「駆け込み乗車は大変に危険です。
手負いの獣は怖いので注意しましょう」
聞き間違いかと思った。
妙に女っぽい男声の車内放送だった。
「次は狐の尾。狐の尾です」
なんとなく聞き覚えある駅名だった。
(多分、この方向でいいのだろう)
とりあえず、シートに腰を下ろす。
乗客は少ない。
皆、うつむいて眠っている。
皆、服装が粗末で古めかしい。
なぜか、向かいの網棚の上に猟銃があった。
鞄から本を出し、再び読書を始めた。
やがて、女っぽい車内案内の声。
「間もなく、南熊瀬に到着します」
知らない駅名であった。
(狐の尾は過ぎてしまったのか?)
やがて扉が開き、扉が閉まる。
ますます乗客が減ってきた。
向かいの網棚の上で猟銃が揺れている。
その下のシートには誰もいない。
「次は鹿沼。鹿沼です」
やはり知らない駅名であった。
(・・・・・・乗る電車を間違えたか?)
だんだん不安になってきた。
「鹿沼。鹿沼。鹿沼です」
やがて扉が開き、扉が閉まる。
見知らぬ駅名の見知らぬホームは
いつもの乗換駅ではなかった。
深い闇の彼方に遠吠えが聞こえる。
猟銃を握る手に汗がにじんだ。
2011/07/07
うとうとと
まどろみて
とろとろに
ゆめうつつ
こはいずこ
われはたれ
とこしえに
またせつな
うたかたの
はるのよい
2011/07/05
静かな
静かな
月の砂漠
誰もいない
たまに
隕石が落ちて
砂が舞う
でも
それだけ
誰もいない
ある日
青い星が光って
灰色になる
でも
それだけ
やっぱり誰も
誰もいない
2011/07/04
キャンドルライトに
ゆれる想い
ここから生きて
ここまで生きて
蝋燭の数は
悲しみの数?
それとも希望?
または後悔
目に涙
ゆれる想いを
吹き消せば
またひとつ
私は大人になりました
2011/07/02
あのね あのね
あのねのね
あなたにね
打ち明け話
したいんだけど
あなたにね
打ち明ける話
なんにもないの
あはは あはは
あははのは
笑っちゃうよね
笑うよね
あはは あはは
あははのは
なんにもないから
笑うだけ
ああ おかしい
2011/06/30
座敷わらしの
オベベは赤い
座敷わらしの
オメメも赤い
けれど
座敷わらしの
オテテは白い
ケケケケケ
2011/06/28
私は病院から出ると、まず空を見上げた。
ああ、青いな、と思った。
まったくなんにも考えてないみたいに青い。
視線を地上に下ろすと
アイスクリーム屋の看板が見えた。
若者に人気の店だ。
バニラを注文して、私は歩きながら食べた。
これまで食事制限をしていたので
アイスクリームを食べるのは十年ぶりくらいか。
うまくはあったが、それほどのものでもなかった。
こういうのは若いうちだな、と思った。
スーパーの正面の電信柱に
一匹の犬がつながれていた。
なんとなく私は思い付いて、
おそるおそる犬に近寄ると、その頭を撫でてみた。
躾けられた大人しい犬で
素直に撫でさせてくれた。
「偉いね。大したもんだ」
見知らぬ犬に話しかけた自分に、ちょっと驚く。
いままでの私は
ペットに話しかけるような飼い主を軽蔑してたのに。
そのスーパーに入り、カップ麺と饅頭とプリンと
ちょっと高い寿司の詰め合わせを買った。
なんだか自炊する気になれなかったのだ。
帰り道、また空を見上げた。
ほんの少しだが
さっきより空の青さが薄れたような気がした。
たぶん、気のせいだろう。
2011/06/27
幾億光年離れているか知らないけど、
確かに星はあると思うんだ。
でも、ここからじゃ見えない。
ひとつも見えない。
そりゃ寂しいさ。
でもね、
見ることも聞くことも
触れることもできなくたって、
そこに星がある
ということを知っているということは
なかなかいいもんだよ。
こんな話でも聞いてくれる
君がいるみたいにさ。