1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2011/07/22
森の奥で迷子になった。
すぐに夜の闇に囲まれてしまった。
森には魔物が棲むという。
一緒だった弟ともはぐれてしまい、
ひとりでは心細かった。
きっと弟も迷っているはず。
もう魔物に食べられたかもしれない。
怖かった。
立ち止まるのが怖かった。
やがて、闇の向こうに明かりが見えた。
人家の窓だ。
すごく嬉しかった。
それは大きくて立派な館だった。
玄関らしき扉を見つけた。
おそるおそるノックしてみた。
いかめしい音を響かせて扉が開いた。
驚いてしまった。
現れたのは弟だったのだ。
「兄さん。待っていたんだよ」
弟に案内されて館の中に入った。
それは異様な光景だった。
赤い廊下が遠くまでのびている。
床に敷かれた細長い血の色の絨毯。
その廊下に人形がずらりと並ぶ。
どれもこれもよくできていた。
まるで生きているように見えた。
「兄さん。人形を数えてみてよ」
弟が笑った。
ちょっと怖かった。
たぶん、廊下の灯りが少ないからだろう。
人形を数えながら廊下を進む。
「一、二、三、四、・・・・」
うしろから弟がついてくる。
「・・・・、二十五、二十六、二十七、・・・・」
本当に生きてるような人形たち。
「・・・・、五十八、五十九、六十、・・・・」
まだまだ続く暗い廊下。
「・・・・、七十七、七十八、七十九、・・・・」
ようやく人形の列が切れた。
「・・・・、九十九! 人形が九十九もある」
背後から弟が肩をたたいた。
「違うよ、兄さん。人形の数は百だよ」
弟が笑った。
やっぱり怖かった。
弟は床の赤い絨毯を指さした。
最後の人形のすぐ隣。
それから、その位置に弟は立った。
そして、笑った。
「ほらね、兄さん。ちょうど百」
2011/07/21
僕は病気なんだ。
全身がだるくて、頭も重い。
悪いことばかり考えているせいだと思う。
ママが心配して、僕の額に手を当てる。
「今日は学校を休みなさい。熱があるわ」
優しいママの声が、どこか遠くで聞こえる。
学校?
なんだろう。
僕は思い出せない。
ママは黒い服を着て、大きな鎌を振り上げる。
猫のように笑う口が、耳まで裂けている。
「頭が重いのなら、切り落としてあげるわ」
僕は身動きできない。
鋭い鎌の刃が振り下ろされる。
そこで目が覚める。
・・・・・・夢だったのだ。
いつの間にか、僕は眠ってしまったらしい。
ママがドアを開け、僕の部屋に入ってくる。
白い服。
大きな鎌なんか持ってない。
「さあ、飲みなさい。ママが作ったのよ」
取っ手付きのカップ。
僕はママを見上げる。
猫そっくりに笑う。
でも、口は裂けていない。
ベッドの上、僕は上体を起こす。
軽いめまいがする。
カップを握る指が震えるのはなぜだろう?
「色は悪いけど、温かくておいしいのよ」
カップの中の黒い液体。
歪んで映る顔。
飲む前に
そのママの顔を僕は見てしまう。
猫そっくりの口が裂け始めている。
2011/07/20
ある村に地震があった。
小さな地震で、ほとんど被害はなかった。
村長の家の裏山がいくらか崩れたくらいだ。
そして、埋もれていた壺が転がり出た。
「よくも割れなかったもんだ。ひびもない」
村長の家に村人が集まり、壺を調べた。
「かなり古いな。大昔の土器か」
「へんな模様だ。これは古代文字かも」
「なんだろな。宝でも入ってたりして」
壺には石の蓋がしっかりはまっていた。
「とにかく、この蓋を開けてみよう」
あれこれ苦労したが、
なんとか壺の蓋を開けることができた。
まず、恐る恐る村長が壺の中を覗いてみた。
「なんだこれは? どうなっておるのだ?!」
その声を野の畑で聞いた村の娘は
空を見上げ、目を丸くして驚いた。
「あれま、村長さん!」
娘は村長と目が合った。
「大きな顔して、お空で、なにしとるね?」
2011/07/19
小学校の大きな体育館。
生徒たちが縦一列に並んでいる。
正面には白衣を着た若い医者。
看護師は脱脂綿で腕を消毒している。
今日は予防注射の日。
医者の前に立つと泣き出す子もいる。
「大丈夫。痛くないよ」
子どもは医者の言葉なんか信じない。
「だって、注射の針がまっすぐで怖いよ」
駄々をこねて泣き止まない。
思わず苦笑する医者。
「それじゃ、この針を曲げてあげるね」
医者は注射針を指でつまみ、力をこめる。
注射針は釣針のように曲がってしまった。
「さあ。これでもう怖くないね」
「・・・・・・うん」
怖くても諦めるしかないのだろう。
子どもはしっかり目を閉じる。
「すぐに済むよ」
医者の声がする。
「しかし、曲げすぎて刺しにくいな・・・・・・」
そんな呟きも聞こえる。
ともかく医者は
「つ」の字のように曲がった注射針を
苦労して子どもの腕に刺す。
「ほら。もう終わりだよ」
突然、子どものものすごい悲鳴。
「あっ、ごめん」
頭をかきながら、笑って謝る若い医者。
「つい癖で、手もとに引いちゃった」
2011/07/18
人影まばらな夕暮れ時の動物園。
閉園時間を知らせる音楽が寂しく流れる。
浮浪者らしき男が鉄柵にもたれ、
猿山の猿を眺めていた。
酔っているのかよろめいて、
男はなにかを踏んだ。
「ん?」
拾い上げたそれは
複雑に折れ曲がった鍵のように見えた。
わけのわからない代物だった。
男は怒って、鉄柵越しに投げ捨てた。
「くそっ! どいつもこいつも、
おれを馬鹿にしやがって!」
そのまま男はふらふらと出口に向かった。
その鍵は、猿山の子猿の頭に当たった。
子猿は鍵を拾い、噛み付いて歯を痛めた。
どうやら食べ物ではないらしい。
子猿は、それを興味深く見つめた。
おもちゃにして遊べるような気がした。
実際、遊んでみると面白いのだった。
頭がだんだん熱くなってくるのだった。
毎日毎日、鍵で遊ぶ子猿の姿があった。
どれくらい時が流れたものか。
とうとう鍵がふたつに割れてしまった。
もう子猿は子猿ではなくなっていた。
大きくなった猿は鍵を捨てて立ち上がった。
なんだか賢そうな顔をしていた。
そして、檻の外で見物する入園者の顔を眺め、
生まれて初めて言葉を発した。
「ふんっ! どいつもこいつも、
おれよりたいしたことないぞ!」
2011/07/16
ピクニックには最高の天気だった。
僕と妹、ふたりで草原を走りまわった。
僕が鬼になって妹を追いかけ、
妹は笑いながら遠くまで逃げた。
やっと妹を捕まえると、僕はそのまま
柔らかな草の上に寝転んだ。
笑うと、呼吸が苦しかった。
でも、つい笑ってしまうのだった。
遊び疲れたのか、そのうち
妹は眠ってしまった。
こんな広い草原に妹とふたりだけ。
なんとも不思議な気分だった。
パパとママはどこへ行ったんだろう?
しばらくすると、小さな虫が飛んできた。
小さな虫は眠る妹の顔の上をグルグルまわり、
それから妹の片耳にとまり、
そのまま耳の穴の中に入ってしまった。
僕はびっくりして、目が覚めた。
いつのまにか、僕も眠っていたらしい。
すぐ隣で、まだ妹は眠っている。
草と一緒に妹の髪がゆれている。
すると、あの虫は夢だったのだろうか?
わからなかった。
僕には判断できなかった。
妹を起こさなければいけない。
僕がそう思った途端、妹が目を開いた。
上体を起こして、じっと僕を見る。
「大丈夫か?」
僕は心配になった。
なんだか妹の様子がおかしいのだ。
やや間があってから、妹は返事をした。
「大丈夫よ」
別人ではないか、と僕は思った。
妹の顔で、妹の声なのに、どこか違う。
「だって、ただの虫の夢なんだから」
僕は信じられなかった。
なぜ、妹は僕の夢を知っているんだ。
まだ、なにも話してないのに。
「だって、わたしも同じ夢を見たからよ」
まただ。
なぜか妹は知っている。
僕の心の中を知っている。
もう僕はわけがわからなくなった。
ただ妹の顔を見つめるしかなかった。
違う。いつもと違う。
どこか奇妙だった。
「そうかしら?」
やっと気がついた。
妹の片方の目が異常だったのだ。
片目の中の黒い瞳が、小刻みに動きまわっていた。
それは、まるで小さな虫みたいだった。
2011/07/15
深夜、霊園の前で、タクシーの運転手が
白いワンピースを着た少女を乗せた。
か細い声で行き先を告げると、
少女はそれっきり黙ってしまった。
途中、運転手がバックミラーを覗くと、
後部座席の少女は前髪を垂らし、
眠っているのか目を閉じていた。
しばらくして、少女が目を開くと、
タクシーは暗い闇の底を走っていた。
街灯も家の明かりも見えない。
「どこですか? ここは」
震える声で少女は尋ねた。
だが、返事はなかった。
目の前に運転手の姿はない。
なぜか運転席が、びっしょり塗れていた。
2011/07/14
自宅の門の前で、段ボール箱を見つけた。
「すみません。この熊の子をよろしく」
段ボール箱の側面にマジックで書いてあった。
つまり、捨て熊である。
迷惑この上ない。
私は段ボール箱を拾い上げると、
こっそり隣家の門の前に移動しておいた。
ところが、幼い息子がそれをわざわざ拾ってきた。
「ねえ、お父さん。飼ってもいいでしょ?」
「とんでもない。どこかに捨ててきなさい」
息子は泣いたが、許すわけにはいかなかった。
息子は気が弱くて、いじめられっ子だ。
熊みたいな獰猛な動物、飼えるはずがない。
段ボール箱を持って息子は玄関を出て行った。
それで問題は解決したものと思っていた。
そんなことなど忘れてしまったある日。
物置小屋に入ると、そこに一頭の熊がいた。
小熊ではなかった。大熊と言うべきだろう。
後脚で立ち上がると、天井に頭が届きそうだ。
気がつくと、背後に息子が立っていた。
「ごめん。どうしても捨てられなくて」
声が低い。
もう息子も幼くなかった。
背も伸び、そのうちに私を越しそうだ。
「まあ、仕方ないな。近所に迷惑かけるなよ」
「うん。大丈夫だよ」
嬉しそうな息子の顔。
すぐに私は物置小屋から出た。
急いで逃げた、と言うべきかもしれない。
しかし、あんなに大きくなるとは驚いた。
熊の餌はどうしていたのだろう。
そう言えばあいつ、この頃、
いじめられていないようだが・・・・・・
2011/07/13
ここは戦場。
しかも最前線。
地雷地帯の真ん中であった。
走って逃げ損ねて爆死した奴。
一歩も動けずに餓死した奴。
それら屍を踏んで進む奴。
いろんな兵士がいるのだった。
その若い兵士は臆病者だった。
だが、野心家でもあった。
少しずつ地面を掘りながら前進していた。
なにも埋まっていなければ前へ進む。
地雷を見つけたら慎重に掘り出す。
できた穴に次の一歩を踏み出す。
これを繰り返すのだった。
若者は賭け事がきらいだった。
黙々と地面を掘り続けるのだった。
ところで、それは地雷ではなかった。
若者が掘り出したのは、古い壷だった。
(なんだ、この壷は?)
とりあえず蓋を開けてみた。
壷の中から黒い煙が吹き出てきた。
やがて煙は大男に姿を変えた。
大男は若者を見下ろした。
「わしは魔人である!」
怖い顔だが、表情は明るい。
「壷の外は千年ぶりだ」
壷は魔人を封じ込めていたものらしい。
「礼として、ひとつだけ願いを叶えてやるぞ」
魔人は約束した。
もちろん、若者は大喜び。
「それじゃ、掘るの、手伝ってよ」
2011/07/12
もうどうでもいい。
なんとでもなれ。
そう思った瞬間、思想警察が現れた。
「危険思想家として逮捕する!」
恐ろしい転向銃を持っている。
やれやれ。
いやな世の中である。
「体制批判は許さん」
意識盗聴器が室内に仕掛けられてるらしい。
同志に密告されたのだろうか。
まあ、裏切られるのには慣れてるが。
「なにも考えるな。立つんだ」
なにも考えずにボタンを押した。
射殺される前にやる必要があった。
その途端、激しい頭痛に襲われた。
頭蓋骨が爆発するような感覚。
胸も苦しい。
押しつぶされそうだ。
やられた!
転向銃が発射されたのだ。
「答えろ。なにをした?」
ああ、大変だ!
なんということをしてしまったんだ。
なにも考えず、あんなことをするなんて。
どうしよう。
なんとかしないと。
いや、無理だ。
もうおしまいだ。
一度ボタンを押したら、もう止められない。
惑星規模の良識破壊兵器なのだ!