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2012/06/13
ポンプの唸る音が念仏のように聞こえる。
天井を這う曲がりくねったプラスチック管。
青と赤の電気コードは静脈と動脈を連想させる。
ここは秘密の実験室。
連日連夜、怪しげな研究が続けられている。
「わたくし、もういやです。
これ以上、とても続けられません」
助手であろう若い女の声は震えている。
ピストル型ガラス瓶に金属管が突き刺さり、
ポタポタと白く濁った液体が垂れ、
垂れ、垂れ、垂れ・・・・・・
「手遅れだ。今更やめるわけにはいかない」
博士であろう初老の男の声も震えている。
「ですが、先生・・・・・・」
「あれを見るのだ」
青白い火花が怪物の影を壁に映し出す。
ガラス瓶の底に亀裂が走る。
不可解な曲線を描き続けるオシロスコープ。
「投与をやめたら、一晩に一つ、瘤が増えるだけだ」
稲妻が走り、ほぼ同時に雷鳴が轟く。
助手の女は両手で耳を塞ぎ、床に崩れる。
「いや! いや! いや!」
鬼の角に似た二本の試験管の中で
ポコポコポコと
気泡が割れ続けている。
2012/06/12
奇妙な難破船だった。
その形状はともかく、
置かれた位置が不可解だった。
海底に沈んでいたわけではない。
海から遠く、大陸の奥深く、
砂漠のド真ん中で座礁していたのだ。
ただし、それを座礁と呼べるとするならば
ではあるが。
「こりゃ、かなり古いな」
調査団の団長が呟く。
「中世の大型帆船みたいですね」
と、若い調査員。
「まったく、信じられん話だ」
「あの旗は?」
「ああ。マンガとしか思えん」
黒地に頭蓋骨および交差した二本の大腿骨。
あまりに典型的な海賊旗である。
舷側には砲門まである。
海賊船と認めるしかあるまい。
「しかし、なんでまた・・・・・・」
団長は途方に暮れる。
「昔、ここが海底だったとか」
「・・・・・・十億年ほど前なら、あるいはな」
砂漠のド真ん中に難破船があるばかり。
「誰か、俺たちの反応を見物して
どこかで笑ってる奴がいそうだな」
団長は、疑わしそうに辺りを見まわすのだった。
2012/06/11
忍者の戦いは静かである。
物音を立ててはならぬ。
沈黙を旨とする。
「忍法、火遁の術!」
「十字手裏剣、乱れ撃ち!」
などと派手に叫び
これから己が何をするつもりなのか
わざわざ敵に教えてやったりする事はない。
気配を消し
巧妙に罠を張り
石の如く黙して待つ。
闇に紛れ
草木に隠れ
素性知られることなく
ひっそりと世に忍ぶが任務。
死して名を残す者なし。
それゆえ
その本分を全うした忍者の仕事は
ひとつとして今に伝わってはいない。
まことに残念ではあるけれど。
2012/06/10
そのピアノの鍵盤は氷なのだった。
とても冷たいのだった。
ピアニストの指先から熱を奪い、
心凍らせる音色、響かせる。
蓋を開いて覗いてみると、
銀色の弦が液体窒素に浸されていた。
道理で、寒々しいどころか
冷え冷えとしているわけだ。
ピアノ・コンチェルト「氷河期」序曲。
凍えるように演奏が始まった。
遥かなる氷原の上、
聴いているのかいないのか
皇帝ペンギンが一羽だけ、
じっと黙ったまま
直立している。
2012/06/09
暑い。
喉が渇く。
もう歩き疲れた。
苦しいばかりである。
どうして俺は旅を続けるのか。
時々、自分でも分からなくなる。
それにしても・・・・・・
ここは、まったく妙な町だ。
町中、至るところに自動販売機、
いわゆる自販機が置いてある。
ポケットの中にいくらかコインがあった。
それで、この町に入ってからずっと
俺は飲み物の自販機を探し続けている。
ジュースでもコーヒーでもビールでも
飲めるならなんでも構わない。
しかし、なぜだろう。
ひとつも見つからないのだ。
ペット専用下着の自販機。
義足および義手の自販機。
捕虫網の自販機。
スコップの自販機。
葬儀用遺影の自販機。
ブロック塀の自販機。
変態判定薬の自販機。
腐女子向け防腐剤の自販機。
おかしな自販機ばかりだ。
自販機の自販機まである。
とんでもなく大きい。
興味ないこともないものもあるのだが、
なにせ高額なので手が出ない。
というか、それどころではない。
喉が渇いてかわいてかわいて
今にも死にそうなのだ。
もう歩けない。
俺は、倒れるように地面に寝転んだ。
静かだ。
誰もいない。
通行人もクルマも通らない。
町なのに建物さえない。
自販機しかない町。
自販機のうなる音しか聞こえない町。
寝転んだ場所のすぐ近くに
背の低い横長の自販機が置いてあった。
俺は苦笑する。
それは、ミイラの自販機なのだった。
2012/06/08
皆が起きているうちに寝たので
皆が眠る頃に目が覚めた。
洗面所で鏡を見る。
貧相な暗い顔が映る。
おまえは生まれてからこれまで
なにかに命を賭けたことがあるか。
ない。
あるはずがない。
おまえはそういう奴だ。
いつも逃げてばかりの臆病者だ。
やってみろ。
一度くらい命を賭けてみろ。
よし、やってやろうじゃないか。
ジャンケンはどうだ。
笑うな。
笑うんじゃない。
もし負けたら命をくれてやる。
おまえなんかに負けるはずがない。
おまえは人間のクズだ。
おまえには、パーがふさわしい。
「ジャンケン、ポン!」
おまえが、ニタリと笑う。
鏡の中のおまえは、チョキを出している。
2012/06/07
今日は明るい海の風景が見えます。
沖合に客船が浮かんでいます。
甲板上で遊びふける
半裸の乗客たち。
なにやら恍惚の表情です。
昨日は暗い寝室の風景でした。
枯れた観葉植物。
壁を這うおぞましい虫。
ベッドにはミイラ化した老人。
まだ死臭が漂っているような気がします。
私は窓辺に立っています。
いつ見ているのです。
気まぐれに変わり続ける風景を
こうして黙って眺めているだけなのです。
誰も私に気づいてくれません。
誰もこっちを見てくれません。
呼びかけてもみましたが
誰ひとり振り向いてくれません。
こんなにさびしいのに。
こんなにひとりぼっちなのに。
・・・・・・でも、
もう慣れてしまったのでしょうね。
心のどこかで
密かに期待している私がいます。
眠りに落ちる前に
つい考えてしまうのです。
明日の窓は、いったい
どんな風景を見せてくれるのかしら、と。
2012/06/06
気がついたら
もう眠ってはいないのだった。
いつから目が覚めていたのか
よく思い出せない。
(・・・・・・とりあえず起きなくちゃ)
立ち上がってはみたものの
意識はぼんやりしている。
はっきり目を覚ますため
キッチンの流し台で顔を洗う。
(・・・・・・ん?)
洗いながら、ふと目を開けると、
水盤に顔が落ちてるのが見えた。
水たまりに油膜が浮くみたいに
ステンレスの水盤上に顔が浮いていたのだ。
(顔の脂分が落ちたの?)
そんなことを考えているうちに
その膜状の顔は歪んで細くなり、
そのまま
すーっと排水口に流れ込んでしまった。
おかしな話である。
(常識的にあり得ない!)
顔をタオルで拭き、
おそるおそる手鏡を覗く。
ちゃんと顔が映っている。
ただし、少しばかり
表情が乏しくなったような
そんな気がしないこともないけれど。
2012/06/05
春告げ鳥が
逃げてゆく
追いかけて
なにをしようと云うのでせう
なにをしたいと云うのでせう
とって喰えるわけじゃなし
啼いて甘えるはずもなし
2012/06/04
【地震の前触れ】
ニワトリが夜中に突然騒ぎ始める。
犬がやたら吠え、暴れたり、言うことを聞かなくなる。
カラスの大群が異常な鳴き声で騒ぐ、または移動する。
地面、地下水、井戸から音が聞こえる。
井戸の水、温泉の温度変化。
魚が暴れたり、頭を水面に近づけ立ち泳ぎ状態になる。
海面の変色、気泡の発生。
潮の引き満ちが激しい。
赤い地震雲の発生。
長く太い帯雲が空に長く残る。
龍のような巻き雲がまっすぐ立ち上る。
夕焼けや朝焼けの空の色が異常。
日がさや月のかさが異常に大きい。
朝焼け時の光柱現象。
テレビ画面に縞が入ったり、画像が映らない。
ラジオ、携帯電話の雑音がひどい。
【津波の前触れ】
地震の発生。
急激な引き潮。
【土石流の前触れ】
山鳴りや立木の裂ける音、石の衝突音が聞こえる。
雨が降り続いているのに川の水位が下がる。
川の水が急に濁ったり流木が混ざり始める。
腐った土の臭いがする。
【地すべりの前触れ】
地面にひび割れができる。
斜面から水が吹き出す。
沢や井戸の水が濁る。
【噴火の前触れ】
震源の浅い火山性地震が発生する。
火口付近が急激に隆起する。
【竜巻の前触れ】
急激な天候の崩れ。
たくさんの乳房が垂れたような乳房雲が空を覆う。
【嵐の前触れ】
各種メディアが「天気予報」と称し、かなり詳しく教えてくれる。