1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2012/07/18
ひどく古くて
あやしげな鏡台。
亡くなったお婆様の形見だそうです。
「これ、あなたにあげるわ」
お母様が私にくださいました。
「なんでも、あべこべに見えるのよ」
おかしなことをおっしゃいます。
おそるおそる
鏡を覗いてみました。
とても愛らしい
少女のお顔。
私は私の顔を
生まれて初めて見たのです。
私は
いわゆる箱入り娘。
私が生まれた時に
家中の鏡を
お父様がみんな
割ってしまったそうです。
この鏡台だけを
なぜか残して。
右の目をつぶると
左の目が閉じます。
本当に
あべこべに見えるのです。
2012/07/16
灰色の霧に包まれ、
街は暗くよどんでいる。
霧は建物にまとわりつき、
窓を舐め、壁を濡らす。
霧は生き物のように
屋内にも侵入する。
階段の手すりに絡み、
いやらしく床を這う。
霧の街を手探りで進んでいた男が
崖から落ちた。
霧の底へ底へ落ちながら
叫ぶ男の声がする。
「嘘だ! この街に崖はない」
死んだはずの男に
霧の街で出会った女もいた。
霧の奥へ奥へ逃げながら
叫ぶ女の声がする。
「嘘よ! 突き落としたはずなのに」
2012/07/15
学校での泊まり込み合宿の初日、
さっそく部員全員で徒競走をするという。
坂道の多いコースを一番で駆け抜け、
ゴールとなる教室に到着する。
教卓の上に記録用紙が置いてある。
記録は自己申告することになっている。
掛け時計を見ながら必要項目に記入する。
徒競走は終わった。
他の選手が記録したものも集め、
階下にある職員室へ届ける。
顧問の他にも数人の教師の姿があった。
なにやら不穏な話をしている。
「もう持って来たの?」
差し出された記録用紙の束を見て
眼鏡の中年女教師が怪訝な表情をする。
「下駄箱に突っ込んでおきましょうか」
こちらも反抗的な態度になる。
「いいわ。もらっておく」
最初から素直に受け取ればいいのに、
と言えない自分。
苛立たしい気持ちのまま職員室を出る。
あの女が顧問だったのかどうか、
じつは確信がない。
いずれにせよ
我々は陸上部ではないのだから
大会では他の学校に敵わないだろう。
そんなことを思う。
なんの大会か知らないけど。
2012/07/14
部屋に案内され、
一粒の薬を手渡された。
殺風景な狭苦しい部屋だった。
言われるまま椅子に腰かけ、
言われるまま薬を飲んだ。
背後でドアが閉められ、
施錠される音がした。
ひとり部屋に残された。
正面の天井近く、
設置された看視カメラに気づく。
つい笑顔を作ってしまい、
すぐに自己嫌悪に陥る。
やがて、奇妙な音が聞こえてきた。
「アア、アアア、アアアアア」
感心してしまった。
音楽が聞こえる薬だったとは。
いやいや。
違う、違う。
これは自分の声だ。
なぜか自覚せずに発声している。
ふと見下ろすと
そこに誰かの頭があった。
一脚しかないはずの椅子に
一緒に腰かけている。
どことなく横顔に見覚えがあった。
目が合った。
とまどいの表情は隠せない。
「アア、頼むから
そんな目で、見ないでくれ」
どちらの声なのか
どちらも区別できなかった。
2012/07/13
荷物なく
ひとりっきりで
いざ逝かん
あるやなしやの
薄明の地へ
そこに痛みなく
苦しみもなく
悩み 消え
迷い 解け
安らかなる地平
ただ広がるばかり
いざ逝かん
恐れることなかりせば
心 静かに
願い かすかに
ログインするとコメントを投稿できます。
2012/07/12
【いじめの一般的な定義】
立場の強者が立場の弱者を一方的に痛めつけること。
【いじめの主な手段】
意識的な無視 不快な悪口 あからさまな嫌悪
過剰な非難 理不尽な命令 不当な暴力
仲間はずれ 邪魔者扱い いやがらせ
【いじめる側の主な理由】
いじめているつもりはない。
いじめなければならない。
いじめてもかまわない。
いじめるべきである。
いじめてしまう。
いじめたい。
【いじめられる側の主な原因】
社交性に乏しい。
嫌われやすい。
立場が弱い。
怖くない。
【いじめられる側の主な対策】
いじめに慣れる。
援助を求める。
立場を強化。
報復する。
逃げる。
自殺。
ログインするとコメントを投稿できます。
2012/07/11
さすがに情けなくなってくる。
毎日、くだらない夢ばかり見るのだ。
本当にどうしようもない夢。
話す気にもなれない、つまらない夢。
恥ずかしくなるほどくだらなくて
救いようもない最低の夢の繰り返しなのだ。
しかし、夢の事なんかどうでもいい。
現実さえ楽しければ、それでいいのだ。
実際、なかなかうまくやっていると思う。
豊かな生活、両手に花。
思い通りの輝かしい人生。
そうなのだ。
なにをやっても成功してしまうのだ。
事がうまく運び過ぎる気さえする。
まるで、なんというか
そう、まるで夢みたいなのだ。
本当に夢ではないかと心配になるくらいだ。
まさか、そんな事はないだろうけどさ。
そうだよ。
これが夢であるはずがない。
なにしろ、こんなにうまくいってるのだから。
まるで夢みたいにうまくいってるのだから。
ん?
ああ、誰だ?
やめろ。
やめてくれ。
お願いだから
このまま、ほっといてくれ!
2012/07/10
波に乗る猿ではない。
虎に従う狐でもない。
ひとりぼっちの渚で
誰も聴いてくれない
下手なギターを爪弾いたり
誰も眺めてくれない
砂の城をこしらえたり
誰も読んでくれない
手紙入りボトルを流したり
そんな事をするだけの
なんだかよくわからない
変な
こいつ。
2012/07/09
星の雫の 降る夜は
狐の尻尾の 白い先
葉っぱ載せるや
クルリとまわり
化けて見せましょ 村娘
それとも年増の 艶姿
眉ツバものの ためしとて
天を仰ぎて 候わん
2012/07/07
大きな海の真ん中に
小さな無人島があった。
津波によって島が洗われた翌年、
遠い国の船がここを訪れた。
そして
古代遺跡が発見された。
「これは凄い!
なんという高度な文明だろう」
高名なる考古学者が感嘆した。
ある特殊な分野においては
現代より進歩していた形跡があるという。
出土した石碑には
古代文字が刻まれてあった。
それは次のように読めた。
「わが謎を解く者、全能なり。
ゆえに、あえて謎を示すまでもない」