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2012/07/29
本棚の本が入れ替わったような気がしてならない。
書斎にある大きな木製の本棚。
そのガラスの引き戸の奥に本がある。
本は大きさもジャンルも様々。
並び方も整然と雑然の中間ほど。
これら本の配置が変わった気配がする。
どの本がどの位置へ、とは指摘できない。
けれども、なんとなく違和感を感じる。
独身の一人暮らしである。
また、滅多に訪問者はいない。
他人が動かしたとは考えにくい。
ならば、犯人は自分か。
そこそこ高齢ではある。
物忘れがあっても不思議ではない。
だが、納得できない。
まったく見覚えのない本まであるのだ。
その一冊を引き出し、ページをめくる。
年甲斐もなく顔を赤らめてしまった。
こんな過激な写真集、まったく記憶にない。
少ないが、文庫本もある。
お気に入りの推理作家の未読の小説を見つけた。
この作家は生涯に四冊しか作品を書かず、
その四冊とも確かに読んだはずなのに。
驚いたことに、私の伝記まで見つけた。
著者名に記憶はない。
なかなか立派な装丁である。
よくも調べたものだ。
ほとんど内容は合っている。
ただし、没年はとうに過ぎていた。
2012/07/27
道端の草が小さな花を咲かせた。
派手でもなく、鮮やかでもない。
地味で淡い色の花だった。
「おかしなところに咲く花もあるものだ」
散歩中の紳士が呟いた。
「喜んで咲いてるわけではありません」
小さな声で小さな花が言い返した。
「おやおや。かわいらしい声ではないか」
「声だけはね」
「その声をもっと聴きたいものだ」
紳士は荒々しく地面から草を引き抜いた。
小さな花は悲鳴をあげ、うなだれた。
「ひどい人。死んでしまうわ」
「大丈夫。すぐに家の庭に植えてやる」
「うそつき」
「いいね、いいね。その、うそつき、って」
小さな花は黙ってしまった。
紳士も黙って家路を急ぐのだった。
しばらくすると、小さな花が尋ねた。
「その庭、広いかしら?」
2012/07/26
どうか私を
思い出にしないで
お願いだから
もう会うこともない
過ぎ去った人にしないで
なにかの拍子に
ふと思い出すような
記念写真みたいな
そんな
アルバムの1ページにしないで
いっそ破って捨てて
どうせなら
燃やして灰にして
あなたの思い出になんか
私はなりたくない
私の思い出になんか
あなたになって欲しくない
ああ
それができなければ
これまでね
そう
これまで
死がふたりを
分かつまで
2012/07/25
最近、カラスが増えたような気がする。
真っ黒な姿。不吉な鳴き声。
鋭い目とくちばし。
ゴミ置き場を漁っていたりする。
むやみに生ゴミを捨てるからだろうか。
帰宅の途中、カラスの羽を拾った。
とても大きくて美しい羽だった。
捨てるのが惜しかった。
でも、それを飾る場所が見つからない。
悩んだ末、鉢植えの土に挿し、
そのままベランダに置いておいた。
やがて、その羽が膨らんできた。
おかしなこともあるものだと思った。
ある朝、カラスの鳴き声で目が覚めた。
鉢植えに一羽のカラスが生えていた。
なるほど、カラスが増えるわけだ。
2012/07/24
司祭と信者:
父と子と聖霊の御名において、アーメン。
司祭:
回心を呼び掛けておられる神の声に心を開いてください。
もし人の罪をゆるすなら
あなたがたの天の父もあなたがたをゆるしてくださいます。
しかし、人をゆるさないなら
あなたがたの父もあなたがたの罪をおゆるしになりません。
神の慈しみを信頼して、あなたの罪を告白してください。
信者:
はい。
それでは告白します。
ゆるされないことをしてしまいました。
僕は昨日、姉の部屋に忍び込んだのです。
姉は旅行中で、明日まで帰りません。
まだ幼い弟と一緒に出かけたのです。
僕は姉の机の引き出しを開けました。
そして、姉の日記を読んでしまいました。
すごいことが書かれてありました。
僕はおかしな気分になりました。
その日記によると、僕は不幸な子です。
ゆるされない存在なのだそうです。
つまり、姉は僕の母親だったのです。
しかも、弟が僕の父親なのでした。
以上、おもな罪を告白しました。
ゆるしをお願いいたします。
司祭:
なるほど、それはいけませんね。
お姉さんの日記、
あとで私にも読ませてください。
信者:
はい。
司祭:
それでは、神のゆるしを求め、
心から悔い改めの祈りを唱えてください。
神よ。
あなたの慈しみによって私に情けをかけ、
あなたの豊かなあわれみによって、
私のもろもろのとがをぬぐい去ってください。
どうか私の不義をことごとく洗い去り、
私の罪から私を清めてください。
父と子と聖霊の御名において、あなたの罪をゆるします。
信者:
アーメン。
2012/07/23
昔、ある国の王宮に
不服従な従者がいました。
国王が命令を下しても
従者のくせに従わないのです。
王宮から追い出そうとしても従いません。
国王の弱みを握っているのか
従者は拘束されることもありません。
「国王は先代の遺言に縛られているのだ」
そのような
まことしやかな噂さえ聞こえます。
そういうわけで
国王の悩みは尽きませんが
国の治世は立派になされていました。
ある時、国王が側近にもらしたそうです。
「あいつを従わせるくらいなら
国民を従わせるなど、たやすいこと」
なるほど。
そういうこともあるかもしれませんね。
2012/07/22
考える機械に問うてみた。
「真理とはいかに」
考える機械は答えた。
「考えさせてくれ」と。
半年後、再び問うてみた。
「真理とはいかに」
考える機械は答えた。
「よくわからぬ」と。
ふむふむ。
なかなか考えておるわい。
2012/07/21
いらっしゃい。
どうぞ、こちらへ。
ようこそ。
初めまして。
あなたも流されて来たんでしょ?
そうでしょうね。
みんなそうよ。
流されるままに生きていると
なぜかみんな
ここに到着してしまうらしいのよ。
ええ。
いろんな人がいるわ。
流されそうな芸能人。
流されそうもない相撲取り。
流れに逆らいそうな競泳選手まで。
流される基準って
正直なところ
よくわからないのよね。
他の多くの人たちが流されているものだから
じつは流されてない人たちが
逆に流されているように
見えるだけなのかもしれないし。
なんにせよ
あまり気にしないことね。
気にしていても
そんなに流れは変わらないものよ。
とりあえず
過去のことは水に流して
まずは乾杯しましょ。
はい、乾杯!
うふっ。
あなたって
本当に流されやすいのね。
2012/07/20
寝坊してしまった。
完全に遅刻だ。
宿題もやってない。
また廊下に立たされる。
朝から気分が落ち込む。
空模様まで暗かった。
(学校なんか消えちゃえ!)
心から願った。
重い足どりで登校する。
だが、学校はなかった。
校門も校庭も校舎もない。
教師や生徒たちはいた。
「どうしたの?」
「学校が消えちゃった」
遅刻どころではない。
宿題なんか関係ない。
願いがかなったのだ。
家に帰ることにした。
すると、急に雨が降ってきた。
傘なんか持ってない。
(雨なんか消えちゃえ!)
冗談のつもりだった。
すぐに雨はやんだ。
自分の能力がおそろしい。
なにかを消すことができる。
しかし、それだけ。
もとに戻せない。
あとでニュースで知った。
世界中の学校が消えたことを。
あれから雨は降っていない。
地球上のどこにも。
大変だ。
どうすればいいんだ。
わからない。
わかるはずがない。
(ああ。めんどうくさいことは
みんな消えちゃえ!)
2012/07/19
ここは教室。
赤いしずくが床に垂れている。
見上げると
天井の隙間から赤い布がはみ出し、
そこからポタポタしずくが垂れていた。
教師が教科書を朗読していたが
赤い布が気になり、
授業に集中できなかった。
「さて、続きは誰に読んでもらおうか」
教師の気配を背後に感じた。
いかにもやさしそうに肩を叩かれる。
「ええと、ここまで読んだんですよね」
確認のため、自分の教科書を指で示す。
教師も手持ちの教科書を指で示す。
「ここまで読んだ」
ページ数も位置も合っていたが
あいにく教科書そのものが違っていた。
天井の赤い布から赤いしずくが
教師の頭にポタポタ垂れ落ちている。
やがて、教師の前髪からも垂れ落ち始める。
ポタ ポタ ポタ ポタ
ポタ ポタ ポタ ポタ
ポタタ ポタ ポタ
ポッタタ ポタタ
ポタタ ポタタタ
ポッタタタ
それでも教師は気にならないようだ。