Tome Bank

main visual

Tome館長

m
r

Tome館長

CREATOR

  • 3

    Fav 1,206
  • 9

    View 6,103,195
  • p

    Works 3,356
  • 肘泳ぎ

    2012/08/22

    愉快な話

    浅いプールを這っている。

    潜水は勿論、溺れることすらままならぬ。
    水深が足らないために泳げないのだ。

    ただし、プールの底は滑らかなので
    肘や膝が擦れて痛い、ということはない。


    たくさんの人々が這っている。

    スクール水着の女の子が多いところを見ると
    どうやら学校の付属プールらしい。

    いくらか水深のあるプール中央では
    泳ぐように這う人の姿も見える。

    いわゆる肘泳ぎである。

    肘泳ぎで這い進み、女の子にぶつかると
    その体をトカゲのようにヌルリと乗り越えてゆく。

    女の子に乗り越えられることもある。

    これが、なかなか楽しい。

    気持ち良い。
    やめられなくなる。


    「しかし、肘泳ぎは疲れるな」

    プールサイドで日光浴してる友人に声をかける。
    彼は肘泳ぎの名人なのだ。

    「布団の中を這ってるみたいだろ」

    その通りなので、僕は感心する。
    「まったくだね」

    本当に布団の中を這ってるみたいだ。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 2012/08/22

    怖い話

    歩いていたら穴に落ちてしまった。

    大きな穴なのに気づかなかった。
    考え事をしていたからだ。

    かなり深く、なかなか立派な穴だった。
    自力では脱出できそうもない。

    頭上を見上げる。
    丸く切り抜かれた青空が見える。


    しばらくすると、そこに顔が現れた。
    こちらを見下ろす。

    中年の男だ。
    おそらく通行人であろう。

    あるいは助けてくれるかもしれない。
    何か言わなくては。

    「すみません。落ちてしまいました」

    くだらないことを言ってしまった。
    軽蔑したような薄笑いを浮かべる男。

    「まったく信じられないね」
    唾を吐き捨てると、男は視界から消えた。

    腹が立った。

    だが、文句は言えない。
    実際、自分でも信じられないのだから。


    やがて、別の顔が現れた。
    若い女だった。

    「あの、大丈夫ですか?」

    とても優しそうな声。

    「ええ。なんとか無事です」
    「あら。心配して損しちゃった」

    すぐに女は消えてしまった。

    失敗した。
    軽率な返事をしたものだ。

    母性本能に訴えるべきだったのだ。


    だんだん腹が減ってきた。
    目がまわりそうだった。

    そのうち野良犬が一匹、現れた。
    見下ろして唸り、吠えて消えた。

    もう怒る元気も残っていなかった。


    さらに待ち続け、見上げ続けた。
    しかし、もう誰も現れなかった。


    日没の頃、穴にフタがされた。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 鮎の衣

    2012/08/21

    変な話

    人里離れた山の渓流。
    若者が釣り糸を垂れていた。

    他には誰もいないようであった。
    草木が茂り、鳥と虫が鳴いていた。


    若者の竿に当たりがあった。

    鮎であった。
    よく跳ねる美しい川魚。

    それを魚籠に受ける、と
    若者は目を見張った。

    釣ったばかりの鮎の姿が消えていた。

    その鱗にも似た美しい生地の衣があるばかり。


    (天女の羽衣か、水龍の姫の着物か)


    若者は川上に目をやった。
    渓流の奥へと続く。

    耳を澄ますと
    呼ぶ声がするようであった。


    「見目うるわしき若者よ。
     わが衣を拾っておくれかえ?」


    それは遠い滝の水音だったかもしれない。
    あるいは吹き抜ける風のいたずらか。

    若者の目は、すでに夢見る男の目。

    渓流を遡るように
    ふらふらと若者は歩き始めた。

    やがて若者の姿は
    草木の茂みに隠されてしまった。


    あとは釣り具だけが残された。


    鳥と虫が鳴いている。

    うるさいほどに。
     

    Comment (2)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
    • Tome館長

      2013/07/11 00:28

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/12/25 23:32

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 定期演奏会

    2012/08/20

    愉快な話

    拍手に迎えられ
    指揮者が舞台に登場した。

    咳払いが止むのを待ち
    指揮棒は振られた。

    静かな海交響楽団による
    定期演奏会の開演である。


    『霧の入り江』より序曲、
    組曲『バッカスの散歩』など。

    滞りなく演目は進み
    安らかな時が流れ

    いつの間にか
    すべての演奏が終了していた。


    「あなたは奇跡の指揮者です!」
    見知らぬ観客が楽屋を訪れた。

    「私に夢を見せてくれました!」
    感激のあまり指揮者に抱きついた。

    その頬は涙で濡れていた。

    「長年の不眠症が治ったんです!」
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 円周率

    2012/08/19

    変な話

    下請け業者と電話で商談中、
    不意に回線が切れてしまった。

    大変なクレームが発生していた。
    在庫部品数の確認を急ぐ必要があった。

    すぐに固定電話機の番号ボタンを押すと
    ボタンがはずれてバラバラになった。

    あわててボタンを拾い、
    なんとかはめ直して押し直す。

    あせっているため最後まで正しく押せない。
    バカみたいに掛け直しを繰り返す。

    さらに、この緊急時だというのに
    隣席の同僚が邪魔をする。

    「3.1415 926535 897932 3846・・・・・・」
    なぜか耳もとで円周率を唱えるのだ。

    (なんだ、こいつは?
     なぜこいつ、こんなに丸い顔なのだ?)

    無性に腹が立つ。

    持っていたペンを逆手に握り、
    同僚の毛深い腕にペン先を突き刺す。

    「殺すぞ! 仕事中なんだからな!」
    感情にまかせて怒鳴りつける。

    ところが、なぜか
    同僚の腕からペンが抜けなくなる。

    どうやら腕を覆う毛に絡まってしまったらしい。

    ペンがなくてはメモを取れないので
    ひたすら後悔するばかりである。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • オーディション

    2012/08/18

    変な話

    あなた目の前に舞台がある。

    その上には、まだ誰もいない。
    芝居はこれからだ。


    あなたは客席の最前列に並ぶ審査員のひとり。

    高名な舞台演出家や映画監督の横顔が見える。

    真剣な表情。
    息苦しいほどに張り詰めた空気。


    「それではこれより、審査を開始します。
     まず1番の方からどうぞ」

    水着姿の少女が舞台の袖から登場する。

    腰のあたりに1番のプレート。
    なかなかのプロポーション。

    司会者が名前と略歴を紹介する。

    あなたの正面に少女は立つ。
    彼女の緊張が伝わる。


    「1番。勝手に分解します!」

    声が震えている。
    初々しい。

    ぎこちない動作。
    片足を両手でつかみ、そのまま片足を抜く。

    同じく、もう片方の足も抜いてしまう。
    やや単調か。

    続いて、首を抜く。
    その首から両方の眼球も抜いてしまう。

    さらに片腕を、もう一方の片腕で抜いてしまう。
    残された片腕は抜くこともできず、おしまい。

    期待はずれ。
    こんなものかな、とあなたは思う。


    「さらに1番。勝手に組み立てます!」

    なんだなんだ、とあなたは驚く。

    抜いたばかりの部品が本体にはまってゆく。
    元通りの少女の体に自力で戻ってしまう。

    いや。
    両足は左右が逆になっている。

    「これは凄い!」

    舞台演出家が感嘆の声をあげる。


    「さらに1番。勝手に爆発します!」

    いくらなんでもやり過ぎだ。
    しかし、止める暇はない。

    あなたは、むき出しになった眼球に爆風を感じる。


    それでも逃げなかったあなた。

    あなたは審査員として見事に合格である。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 落ちていた女

    家に帰る途中、手首が落ちていた。

    どうやら若い女の左手らしい。

    「なんて愛らしい。
     この白魚のような指たちときたら」

    嬉しくなって、それをポケットにしまった。


    足取りが軽い。
    交番の前なんか知らんぷりして素通りだ。

    角を曲がると、腕が落ちていた。

    「なんて柔らかい。
     この肘の内側の折れ線ときたら」

    左腕であろうそれを手提げカバンにしまった。


    不思議なことは意外に続くもので
    さらに右の手首と腕も拾うことができた。

    驚いたというか呆れたことに
    両脚も別々に落ちていた。

    「なんて絶妙なバランスなんだろう。
     このふとももとふくらはぎの重さと弾力」


    自宅の前にも落ちていた。
    それは女の尻だった。

    「いやいや、まいったな。
     目のやり場に困ってしまうではないか」


    玄関にも落ちていた。
    女の胴体だ。

    「おやおや、なんということだ。
     この形の良い胸には見覚えがあるぞ」


    寝室には女の首が落ちていた。

    美しい顔だった。
    それは妻の顔だった。

    「なんだ。
     せっかく楽しみにしていたのに」
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • おれは監督

    2012/08/16

    愉快な話

    おれは監督だ。

    歩き方が気に入らない。

    「こら。そこの女、やり直し」
    おれは怒鳴った。

    「アタシ?」
    「おまえだ」

    「なんですか?」
    「なんですかじゃない。歩き方が悪い」

    「あの、よくわかんないんだけど」
    「まるで女子高生の歩き方じゃないか」

    「だってアタシ、女子高生だもん」
    「文句あるのか」

    「あっ」
    やっと気がついたようだ。

    「いいえ、ありません。やり直します」

    そうだろう、そうだろう。
    なにしろ、おれの指示なのだ。

    おれは監督だ。
    つまり、監督の指示なのだ。

    監督の指示は絶対なのだ。


    道路も気に入らない。

    「なんだ、この舗装道路は」
    歩いていた妊婦をつかまえて怒鳴った。

    「こんなきれいな道路、不自然だろうが」
    「そ、そんなこと言われても」

    「もっと穴だらけにしておけ」
    「そんな」

    「文句あるのか」
    「あ、ありません」

    当然だ。
    監督の指示なのだから。

    誰にも文句は言わせない。


    空模様も気に入らない。

    「おい。目を覚ませ」
    公園のベンチで眠っていた浮浪者を起こす。

    「ううん。なんだなんだ?」
    「なんだじゃない。空が明るすぎるぞ」

    「はあ?」
    「はあじゃない。空がまぶしいではないか」

    「ああ、そうだね」
    「そうだねじゃない。空を曇らせろ」

    「なんだって?」
    「なんだってじゃない。おれは監督だぞ」

    「はあ?」

    話にならん。
    おれは腹が立った。

    隣のベンチにサラリーマンがいた。
    そいつの胸ぐらをつかんで怒鳴った。

    「あの浮浪者は使いもんにならんぞ」
    「そ、そうですね」

    「おまえが浮浪者になれ」
    「し、しかしですね」

    「文句あるか」
    「いいえ、ありません」

    「よし。おまえ、空を曇らせろ」
    「は、はい。かしこまりました」

    言葉づかいが気に入らなかった。

    「こら。浮浪者がかしこまるか」
    「そ、そうでしたね」

    「気をつけろよ」
    「は、はい。わかりました」

    よしよし。
    わかれば許す。

    気に入らないことは絶対に許さん。

    なにしろ、おれは監督なのだ。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • やってられるか!

    2012/08/15

    ひどい話

    「やってられるか!」

    旦那が会社を辞めた。


    「やってられません!」

    奥さんが家事を放棄した。


    「やってられねえよ!」

    息子が学校を退学した。


    「やってられないわ!」

    娘が家出をした。


    さて、

    それからどうなったのか
    と言うと、

    それから先のことは
    まったく何も考えていないのでした。
     

    Comment (3)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
    • Tome館長

      2013/07/05 14:12

      「広報まいさか」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2013/07/04 11:15

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2013/02/20 13:47

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 女のいる部屋

    2012/08/14

    怖い話

    僕の部屋に女がいる。

    ただし、その姿は見えない。


    触れることもできない。
    声も足音も聞こえない。

    なぜなら部屋には僕しかいない。

    なのに女がいる。


    壁の鏡を覗いてみる。

    そこに僕の姿はない。


    見知らぬ女が僕を見つめ返すばかり。
     

    Comment (2)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
    • Tome館長

      2013/07/03 13:29

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/08/14 15:59

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

RSS
k
k