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2013/01/07
草原を走る裸の少年たち。
追い迫るは馬上の貴婦人。
「どうしよう」
「どうする?」
「隠れようか?」
「そんな場所ないよ」
「見つかったら、どうする?」
「踊って見せようか? 小鹿のように」
「ぼくたち、小鹿じゃないよ」
「残念ながら」
「鉄砲かついだ猟師も一緒だ」
「撃たれちゃう」
「とにかく逃げよう」
「捕まるよ。きっと殺される」
「この先、罠が仕掛けてあるかも」
「罠はきらいだ。痛いもん」
「いっそ、わざと捕まってみようか」
「抵抗せずに?」
「歓迎するみたいに」
「なるほどね」
「そうだ、そうしよう」
「どうせ逃げられやしないんだからね」
2013/01/06
視界の上半分には空色の空がある。
視界の下半分には海色の海がある。
ふたつの境には水平線が引かれている。
空の上にあるのは雲と太陽と昼の月。
海の上に浮かんでいるのは小舟ひとつ。
小舟の上にはひとりの漁師がいる。
漁師は両手で釣竿を支えている。
釣竿の先からは釣糸が垂れ、
海面を突き抜け、海中に沈んでいる。
その釣糸の先端には釣針が結ばれ、
釣針には餌が刺さっている。
海中にはたくさんの魚が泳いでいた。
今、一匹の魚が餌を飲み込んだ。
餌だけ。
釣針は飲み込まなかった。
すると、釣針から餌が消えた。
餌が消えると、釣針も消えた。
釣針が消えると、釣糸も消えた。
釣糸が消えると、釣竿も消えた。
釣竿が消えると、漁師の両手も消えた。
漁師の両手が消えると、漁師も消えた。
漁師が消えると、小舟も消えた。
小舟が消えると
雲と太陽と昼の月も消えた。
雲と太陽と昼の月が消えると
空も消えた。
空が消えると、海も消えた。
空と海が消えたので、水平線も消えた。
そして、みんな消えてしまった。
消え損なった魚だけが泳いでいる。
じつに優雅に・・・
でも、魚の姿は見えない。
太陽も昼の月も消えてしまったから。
2013/01/06
ぼくが親を選んだわけではないし、
ぼくが国を選べたはずもない。
だからぼくは
知らない人たちを親として
知らない国に生まれてきたわけだ。
最初は
幼くて弱くて悪くて
なんにもできなくて
助けてもらわないことには
生き続けることさえできなかった。
大人たちは
比較的長く生きているから
いろんなことに自信たっぷりで
いろんなことをぼくに命令した。
ぼくが決めてもいないルールを
ぼくに守らせようと強いるだけでなく、
ぼくが疑っているのに
疑うのはいけない
とさえ言うのだ。
知らないうちに
ぼくは子どもでなくなり、
子どもでないゆえに
ぼくは大人になってしまったわけだけど
ぼくが決めてもいない
納得してもいないルールなんか
たとえ従うしかないとしても
ぼくは
死んでも認めないからね。
2013/01/05
友人が落ち込んでいた。
「どうしたの?」
「おれには才能がないんだ」
「そうかな」
「まわりは才能ある奴ばっかりだ」
「それはそうだね」
「もう情けなくってさ」
「でも、君だって才能あるよ」
「ないって」
「いや。あるって」
「どんな才能が?」
「ええと、ほら、他人の才能を引き出す才能」
「ああ。なるほど」
「なかなかのもんだよ」
「そうかな」
「そうさ。立派な才能だよ」
「まあ、才能と言えば、才能かな」
「でもさ」
「なんだよ」
「それって、ちょっとさびしくない?」
友人は黙ってしまった。
2013/01/04
ゲンブリオ山脈を越えた者は
いまだかつていない。
例外としては
特殊な渡り鳥くらいだろう。
この渡り鳥は
上昇気流を上手に使う。
らせん状に旋回しながら
とんでもない高度にまで達する。
上昇気流の助けがなければ越せないのだ。
しかも、一年に一回のチャンスしかない。
それを逃がしたら渡れない。
死んでしまう。
まさに必死のゲンブリオ山脈越えなのだ。
たとえ必死になっても
私には越せない。
高くて、大きくて
険しくて、苦しくて
見上げるだけで呆れ返ってしまう。
もう私なんか
見上げてすぐに諦めてしまった。
それでも私は
ゲンブリオ山脈が大好きだ。
あんまり大きすぎて
抱きしめられないのが
とても残念だ。
2013/01/02
雪国で独り暮らしの老人が殺された。
つららを凶器とする殺人事件だった。
「刺さっとるな」
「んだ。刺さっとる」
隣家の村長と近所に住む駐在の会話である。
「屋根から下がってたつららが落ちたんだな」
「んだ。そんでその真下に寝てた」
「寄り合いで、えらく酔ってたもんなあ」
「んだ。酒が弱いくせに飲むのは好きだで」
「事故だな」
「んだ。事故だ」
「でも、事故じゃつまんねえな」
「んだ。村おこしになんねえ」
「話題性が必要だんべ」
「んだ。雪国つらら殺人事件とかな」
こうして証拠品として落ちたつららは没収され、
それを落とした屋根は駐在に逮捕された。
さて、それからどうなったかと言うと
しばらくは世間の話題になったようだが
さすがに村おこしとまではならなかったようだ。
2013/01/02
ねえ、神様。
もしも
巨大な流れ星が
もの凄いスピードで
まっすぐ自分に向かって
落ちてくるのを
たった今
気づいたとしたとしたら
「ここに落ちないで
途中で消えてください」
という
願い事を
しかも三回も
唱えられるものでしょうか?
2012/12/31
皿の上に饅頭が二個のっていた。
それは兄と僕、
僕たち兄弟のオヤツだった。
兄はまだ帰宅してなかった。
家に僕ひとり。
僕は、僕の分の一個を食べた。
すごくおいしかった。
腹が空いていたのだろう。
とにかくおいしかった。
だから、当然ながら
もう一個の饅頭も食べたくなった。
でも、それは兄の分だ。
僕の分じゃない。
二個とも食べてしまったら
絶対に母に怒られる。
兄だって怒るに違いない。
それはわかっている。
でも、どうしても食べたかった。
食べたくて仕方なかった。
我慢できない。
食べたい。
それで、食べてしまった。
皿の上の饅頭、二個とも。
知らんぷりして誤魔化そうとして
誤魔化したつもりになって
もしかしたら
まんまと誤魔化せたのかもしれない。
なぜなら
その後の記憶が欠落しているから。
あるいは
良心を誤魔化しただけかもしれないけれど。
2012/12/30
金色の二頭立て馬車に揺られ
美しく着飾った女は夜更けに帰宅した。
女はひどく疲れていた。
舞踏会で多くの紳士たちと踊り過ぎた。
(もしも天井のシャンデリアが落ちてきたら)
踊りながら心配ばかりしていた。
(ドレスが赤く染まって、きれいかしら)
女は絹のドレスを脱ぎ捨て
化粧室の大きな鏡の前に立った。
まず美しい髪飾りを取った。
次に輝く首飾りをはずした。
高価な腕輪と指輪とイヤリングもはずした。
それから重いカツラを取り除いた。
さらに優美な曲線の眉を消し、
長くてセクシーな付けまつ毛をはぎ取った。
しばらくためらった後、女は
指でえぐるように片方の義眼を取り出した。
そして、諦めた表情のまま
象牙の入れ歯を口から吐き出すのだった。
さらにナイフを頬に当て
女は深くため息をつく。
(心にも化粧できたら、すてきなのにね)
2012/12/28
ドアを開けると、そこに刑事がいた。
彼は私の名前を確認すると
ミイラの猿の手を差し出した。
それは私の大切な宝物だった。
なぜか紛失してしまい、
捜していたのだ。
「これ、どこにあったんですか?」
私は刑事に尋ねた。
「・・・殺人現場」
愛想のない刑事である。