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2012/12/16
イヌが一匹、
街中を歩いていた。
あっちへ行ったり、
こっちへ来たり。
飼い主の姿は見えない。
なんとも挙動不審。
迷っているみたい。
あっ、なにか見つけたのかな。
すごいスピードで走り出した。
あぶない。
壁にぶつかる!
と思ったら
壁に吸い込まれた。
信じられない。
イヌが消えてしまった。
その壁には絵が描いてある。
つまり壁画。
いろんな動物の絵。
実物大。
ソウやキリンの絵もある。
よく見ると、イヌの絵もあった。
さっきのイヌに似てないこともない。
でも、まさか。
きっと気のせいだ。
おや。
壁画の一部がえぐられている。
なんだろ、これは?
ワニの形に見えなくもないけど・・・
その時だった。
足にするどい痛みが走り、
地面に思いっ切り引き倒されたのは。
2012/12/15
「こらっ! 酒を買ってこんかい!」
親父が怒鳴る。
「おカネないよ」
娘がつぶやく。
「なんか売ってカネにしろ!」
「売れるもの、なんにもないよ」
「おまえのカラダを売ればいいだろが!」
それで娘は家を追い出されてしまった。
夜の街角に立つ少女。
冬の冷たい風が吹き抜ける。
夏服の少女は凍えてしまいそうだ。
少女は通行人に声をかける。
「あたしのカラダ、どなたか買ってください」
中年男が立ち止まる。
「よし。その足、買った!」
少女は片足を売り、そのカネで酒を買う。
少女は片足になって家に帰る。
親父は酒を奪い、すぐに飲み干してしまう。
「もっと酒を買ってこい!」
「お金なくなったよ」
「もっとカラダを売ればいいだろが!」
再び夜の街角に立つ少女。
「あたしのカラダ、どなたか買ってください」
中年男が立ち止まる。
「よし。その足、買った!」
「この足は売れないよ。歩けなくなるから」
「それじゃ、こっちの手でいいや」
少女は片手を売り、そのカネで酒を買う。
少女は片手片足になって家に帰る。
親父は酒を奪い、すぐに飲み干してしまう。
「もっと酒を買ってこい!」
「お金なくなったよ」
「もっとカラダを売ればいいだろが!」
こうして同じことが繰り返される。
少女はカラダを売り、
中年男は少女のカラダを買い、
親父が酒を飲む。
少女にはもう売れるカラダが残っていなかった。
売れるところはみんな売ってしまった。
残しておいた片足まで売ってしまった。
それでは歩けないから
這ったり転がったりして進むのだ。
でも、泥だらけになって惨めな姿なので
もう誰も買ってくれないのだった。
夜の街角に転がる少女。
夏服も着れなくなって北風が身にしみる。
親切そうな中年男がマッチ箱をくれたけど
それを擦るための指はない。
少女は通行人に声をかける。
「あたしのイノチ、どなたか買ってください」
2012/12/14
(ああ、踏んじゃった!)
出勤途中、いやなものを踏んでしまった。
近眼乱視のくせにメガネをかけないせいだ。
ガムじゃなかった。
犬の糞でもなかった。
なんと言えばいいのかよくわからないけれども
とにかく、それをしっかり踏んでしまった。
急いでいたので確認する暇もなかった。
(ああ、遅刻しちゃう!)
そして、朝から晩まで会社で働かされた。
くたくたに疲れてしまった。
朝の出来事など、すっかり忘れていた。
帰宅途中の夜道は暗かった。
痴漢に襲われてもおかしくなかった。
「踏んだわね」
女の声がした。
なんだか変な声。
振り向いても誰もいない。
「よくも踏んだわね」
正確にはオカマの声だ。
あたりを見まわしても人影はない。
「よくもよくもアタシを踏んだわね!」
下を見たら、人が倒れていた。
血塗られた顔。
胸も脚も歩道も血だらけだ。
おそらく轢き逃げされたのだろう。
それにしても、違和感。
倒れた人物の手のひらを踏んでいることに
やっと私は気づいた。
しかも、ハイヒールの鋭い踵で。
「ご、ごめんなさい!」
私は急いで足を上げた。
すると、その男か女か
よくわからない人物は上体を起こし、
血を吐きながら笑った。
「そうよ。ちゃんと謝ればいいのよ」
2012/12/13
昼休みの教室。
同級生のクニオ君が僕の肩を叩いた。
「ちょっといいかな」
そのまま僕の隣の席に腰かける。
返事は必要ない。
クニオ君は普通の少年ではないから。
彼は他人の意識を意識できる。
つまり、人の心を読む超能力者なのだ。
大人びているから
とても同級生とは思えない。
「じつは最近、能力がアップしたんだよ」
「ふーん」
「人の無意識の領域まで意識できるようになった」
「ほほー」
「さすがだね、君。
あんまり驚いていない」
クニオ君の笑顔は素敵だ。
ちょっと照れくさそうな表情になる。
「それでね、君の無意識はすごいんだよ」
僕には返事のしようがない。
「君は当然ながら意識してないはずだけど
君の内に潜在する無意識に比べるとね」
クニオ君はまわりを見渡す。
「同級生とか先生とか誰でもそうだけど
他の人の無意識は全然つまらないよ」
そのまま素直に信じていいものかどうか
僕には判断できない。
なんにせよ複雑な気分。
そんな僕の意識を意識しているのか
クニオ君は僕の目をじっと見つめている。
それにしても
クニオ君の意識と無意識の領域の区別は
いったいどうなっているのだろう。
あの素敵な笑顔を見せながら
すぐにクニオ君は隣の席を立った。
「それだけ」
僕は黙ってうなずいた。
クニオ君が彼の席に着く前に
午後の始業チャイムが鳴り始めた。
2012/12/12
森に分け入った若者が道に迷った。
歩き疲れ、すっかり希望を失い、
ここで死ぬのだ、と若者は覚悟した。
そこへ美しい女が現れ、
森を抜ける道を若者に示した。
すぐに若者は恋に落ちた。
けれど女の反応は冷たかった。
「私は森の女。一緒にはなれません」
それでも若者は諦められない。
「一緒になれぬなら、ここで僕は死ぬ」
森の女は若者に一粒の豆を与えた。
「あなたの寝室の窓の下の地面に埋めなさい」
森の女は姿を消してしまった。
若者は森を抜け、家に帰ると
さっそく庭に豆を埋めた。
その夜、若者は森の女の夢を見た。
「会えて嬉しいよ」
「ええ、私もよ」
翌朝、若者が寝室から庭を見下ろすと
つる草がもう窓辺まで伸びていた。
若者は喜んだ。
その夜も若者は森の女の夢を見た。
「いつまでも君と一緒にいたい」
「ええ、私もよ」
翌朝、つる草は窓から寝室の中に侵入し、
ベッドの脚にまで絡み付いていた。
若者は不安になった。
その夜、若者は再び森の女の夢を見た。
「もう君を離したくない」
「ええ、私もよ」
翌朝、若者が目を覚ますと
つる草が体中に巻き付いていた。
若者は驚いた。
まったく身動きできないのだった。
救いを求めて、若者は大声で叫んだ。
だが、その声は誰の耳にも届かなかった。
若者には家族がなく
近所には人家もないのだった。
その夜、またもや若者は森の女の夢を見た。
「ああ、もう死んでもいい」
「ええ、私もよ」
翌朝、若者は目を覚まさなかった。
つる草には一輪の小さな花が咲き、
朝露に濡れ、とてもきれいだった。
もう若者が目を覚ますことはなかった。
つる草の花はやがて枯れ落ち、
しばらくするとそこに豆の鞘ができた。
その鞘はみるみる大きくなるのだった。
ある朝、若者の寝室から産声があがった。
あの豆の鞘が大きくなって割れ、
赤ん坊が生まれたのだ。
鞘の割れ目から覗く赤ん坊の顔は
あの若者の顔にどことなく似ていた。
赤ん坊は大きな声で泣き続けた。
その泣き声は信じられぬほど力強く、
はるか遠くの
あの森の奥まで届くようであった。
2012/12/12
花火セットを友人が捨てるという。
花火大会をしようと買ったのだが
夏に使う暇がなくて、もう季節は冬。
花火が家にあるのは危険かもしれない。
だが、そのまま捨てるのはもっと危険だ。
「社会人として行動に責任を持つべきだ」
そのように主張した結果として
花火セットを持ち帰ることになってしまった。
今、枕もとに花火セットが置いてある。
冬の夜は寒い。
布団から出たくない。
家の外はもっと寒いはずだ。
冷たい北風が吹いている。
団地なので自分専用の庭もない。
花火を打ち上げる意欲など湧くはずがなかった。
布団にくるまったまま悩むだけだ。
ふと幼い頃の一場面を思い出した。
ある夜、隣家の庭で花火大会をやっていた。
花火がきれいだった。
光がまぶしかった。
自分の家には花火なんか一本もなかった。
理由は知らない。
おそらく家庭の事情だろう。
にぎやかな笑い声がする。
ひどく羨ましかった。
とても悔しかった。
もしあの時、この花火セットがあったら・・・
恐る恐る点火して、すごい音がして
こっちの方があっちよりきれいだぞ。
回転花火、ロケット花火、もっとあるぞ。
すぐ横には父と母の笑顔だってあるんだ。
あの夏の夜、この花火セットがあって・・・
ふと枕もとを見た。
花火セットはなかった。
そうそう、あの夏の夜は楽しかったな。
2012/12/11
田舎の高校を卒業して、上京。
江戸川区の下宿で独り暮らしを始めた。
大家である老夫婦が一階の半分に住み、
一階のもう半分と二階に下宿人が住んでいた。
便所と流しは共同の四畳半で、家賃は月9,000円。
風が吹くと揺れるような古い木造のボロ下宿だった。
閉めた窓から風が入り、
光は壁と柱の隙間から廊下に漏れた。
ゴルフボールで「パットの練習」とかすると
いつも同じ場所に戻ってきた。
家全体が歪んでいたのだ。
母親と娘が二部屋に分かれて住んでいたが
そのうち娘が妊娠したそうで
やがて出て行った。
中国の女子留学生が隣の部屋に入り、
中国の恋人の写真とか見せてくれたが
そのうち東大生の恋人ができて
やはり出て行った。
そんなふうに
色々な下宿人が出入りしたのだった。
毎月、家賃を払いに行くと
「おじさん」は必ず晩酌の相手をさせ、
遠い昔の思い出を語った。
「おばさん」は手料理を食べさせてくれた。
似合いの老夫婦だった。
人が良すぎて、豊田商事の詐欺に引っかかり、
600万円騙し取られたりした。
風呂は近所の銭湯で、冬は冷えた。
夏は暑く、引き戸も窓も開けたまま裸で寝た。
どうせ安いからと、もうひとつ部屋を借り、
ハーフサイズのビリヤード台を置いたりもした。
アルバイトをして、大学を中退して
就職して、転職して、結局11年間も住んだ。
もう「おじさん」も「おばさん」も亡くなったはず。
あの下宿も取り壊されたはずだ。
若い人たちに笑われそうな、昔話。
あの下宿も、もう思い出の中にしか存在しない。
2012/12/10
ひなげしの花咲く丘の上、
空高く跳び上がる少女たち。
みんなみんな
頭に風船をつけている。
スカートのすそを押さえながら
花びらみたいに降りてくる。
着地すると、ふたたびジャンプ!
みんなみんな
楽しくてたまらない様子。
さびしそうな少年が
もの欲しそうに見上げていた。
「君も跳びたいのね」
「うん」
やさしい少女がくれた
風船ひとつ。
「怖がらなくていいのよ」
「うん」
風船を胸に抱いて、ジャンプ!
空高く舞い上がる少年。
でも、怯えた表情。
するとやっぱり
上空で風船が割れてしまう。
少年は石ころのように落ちてゆく。
それでもそれでも
丘の上は
やっぱりやっぱり
一面の
一面のひなげしの花。
2012/12/09
行方不明の犬をさがしています。
大きな黒い犬で、名前はクロと言います。
普通の犬よりからだがずっと大きくて
去年、競馬場の近くまで連れていったら
首輪をはずして逃げてしまって
馬を一頭食べてしまったことがあります。
山でひろったときは子犬だったのですが
すぐに熊みたいに大きくなってしまいました。
クロと遊んでいて大ケガをしたお父さんは
「もしかしたらクロは犬ではなくて
ツキノワグマかもしれないぞ」と
病院のベッドの上でうなりながら言ってました。
首のところに白い模様があるからです。
でも僕は、クロはやっぱり犬だと思います。
うまそうにドッグフードを食べるし、
おすわりやチンチンも上手です。
知らない人がクロの顔に手を近づけると
その手にかみついたりします。
きげんがいいと、そのまま首を振ります。
知らない人は悲鳴をあげます。
クロはとても好奇心の強い犬なので
逃げる人がいると追かける癖があります。
だから、もしクロを見つけたら
けっして逃げたりしないでください。
また、慣れない人がクロに近づくときは
風上に立たない方が安全だと思います。
それから、前足の力がとても強いです。
後ろ足で立ち上がったクロが
近所の電信柱を折ったことあります。
クロらしい犬の姿を見つけた方は
おそわれる前に連絡ください。
できるだけ急いで、お願いします。
どうか、よろしくです。
2012/12/08
「助けて!」
密かに好意を寄せる女性にそんなこと言われたら
どんな状況であれ無視できるはずがない。
俺は彼女に手を伸ばす。
「大丈夫。もう少しだ」
彼女は、氷に覆われた岩壁に必死でへばりついている。
つまり、我々は登山の最中であり、
非常に厳しい状況にあった。
生存者は俺と彼女だけ。
他の隊員たちは皆すでに奈落に転落していた。
彼らが生還できる確率は
俺が女性にもてる確率より低い。
遭難者リストの中には
彼女の婚約者であった男もいた。
もし彼女を救出して一緒に下山できたとすれば
あるいは愛が芽生えて・・・
という可能性も、まったくないこともない。
不謹慎であろうとなかろうと
命懸けのアタックであることに違いはない。
「助けて! 助けて! 助けて!」
ちょっとうるさいな、とは思いながらも
伸ばした俺の手が彼女の手に届いた・・・
と思ったら、目覚まし時計だった。