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2013/07/10
大きな島だ。
半島かもしれない。
すぐ近くで一組の家族が遊んでいる。
ビーチボールを使っているようである。
なぜか視界が限定されているため
ここからでは家族の姿を見ることができない。
にぎやかな笑い声だけが聞こえてくる。
やがて、少年と少女が目の前に現れる。
兄と妹だろうか。
よく似ている。
双子かもしれない。
これから水着に着替えるつもりだ。
ふたりは、互いに裸を見られないよう
互いに白い肌を茂みに隠そうとしている。
でも、ふたりの姿はここから丸見えだし、
ふたりがこちらの視線に気づく気配はない。
それでも、なんとなく気になるのか
恥ずかしそうに着替えをしている。
少年は先に着替え終わり、
先に視界の外へ出てしまった。
残った少女は
なかなか着替えが進まない。
こちらに背中とお尻を向けて、
かかとが上がったり下がったりする。
妙に可愛い。
絵のような愛らしさ。
でも、そのうち不安になってくる。
なぜかと言うと、
少女が裸でいる時間があまりにも長いから。
ひょっとして彼女、
こちらの視線に気づいているのだろうか。
2013/07/09
君たち、頼むから
無造作に歩かないでくれ。
どんな星にも必ずはヘソあり、
その星のヘソがどこにあるか
誰にもわからないのだから。
浅瀬や草むら、
深海の底、山頂の近く、
あるいは街路樹の根方とか
どこにあるかまったくわからない。
うっかり星のヘソを踏んでしまったら
さあ大変。
もうおしまい。
手遅れだ。
星は大崩壊。
原形とどめず割れて崩れ、
分裂して爆発して消滅する。
ささいなことで、すべてが失われる。
冗談じゃない。
まったく愚かな行為だ。
だから一歩一歩、慎重に進もう。
おや?
そいつは、まさか星のヘソでは。
待て、やめろ。
軽率に動くんじゃない。
あああああ、危ない!
2013/07/08
朝の通勤電車の中である。
ただし、それほど混んではいない。
「失礼して脱がせていただきます」
礼儀正しく断りを入れてから
女はコートを脱ぎ始めた。
乗客らは怪訝な表情で女を見る。
女はコートを折り畳むと網棚に置き、
続いて上着も脱ぐのだった。
優雅な仕種。
美しくさえあった。
よく知らないが、なんとか流の
脱衣の作法に則っているのかもしれない。
流れるような無駄のない所作である。
女は上着も網棚に載せた。
電車が激しく揺れても自然体のまま。
それから女は下着も脱ぎ始めた。
隠されていた卑猥な曲線や曲面が
乗客らに晒されてゆく。
さらに靴も靴下も脱いでしまい、
ついに完全な裸の女になってしまった。
女は片手を腰に当て
もう片手で吊革につかまる。
涼しげな表情で車窓の風景を眺める。
静かな車内。
音が消えていた。
やがて電車は駅のホームに停まった。
ドアが開き、裸の女は下車した。
ドアが閉まり、電車は再び動き始めた。
乗客らは夢から覚めたような気がした。
だが、その夢はまだ続いていた。
網棚の上に女の忘れ物が残っていたから。
2013/07/07
じつに裁縫の上手な女だ。
衣類、寝具、バッグ、ぬいぐるみ・・・・
彼女はどんなものでも縫える。
いつも糸と針を持ち歩いている。
これがなかなか役に立つ。
服のボタンの修理だけではない。
裂けた革靴の修理さえできる。
ストッキングの伝線だって平気。
刺繍の模様でごまかしてしまう。
それくらい裁縫が上手なのだ。
ところで、彼女には悩みがある。
縫い目が気になってしまうのだ。
あらゆるものに縫い目が見える。
いわゆる縫製物だけではない。
人体にも縫い目が見える、と言う。
縫い目がほころびかけていたりする。
それは大変危険な状態なのだそうだ。
彼女は縫い直しを提案する。
だが、相手は彼女を拒絶する。
異常者を見るような目で彼女を見る。
やがて、相手は入院したり死んだする。
縫い目が破れてしまったために。
つい最近、僕は彼女に縫ってもらった。
僕の縫い目が危ない、と言うので。
かなりほころびかけていたらしい。
かかとから頭まで、長い縫い目だった。
しかも、麻酔をしないで。
「この痛みに耐えなければいけないのよ」
そう言いながら彼女は縫ってくれた。
痛くなかった、と言ったら嘘になる。
少し泣いちゃったくらいだ。
それで僕の何がどうなったのか
僕自身にはわからない。
じつは、彼女の悩みや能力なんか
僕は信じていない。
でも、彼女の気が済んだのなら
それでいいのだ。
あいかわらず僕は
彼女が好きなのだから。
2013/07/06
狭いながらも会場は満員。
観客はじっと舞台を見つめている。
舞台では人形使いが人形を操っている。
「それにしても、きたない人形だな」
「ふん。おまえの下着ほどじゃないさ」
「おれの下着、いつ見たんだ?」
「ふん。見なくてもわかるさ」
「比べてみるか?」
「いいとも」
「いやいや、やっぱりやめた」
「どうして?」
「忘れたんだ」
「なにを?」
「下着はいてくるのを」
くだらない会話ではあるが
すべて人形使いの腹話術である。
じつは、人形使いは人形。
そして、人形が人形使いなのであった。
まあ、よくある話ではある。
ところが、この人形使いだけでなく、
観客もみんな人形なのであった。
まるで反応というものがない。
拍手も喝采も、野次さえない。
人形を愛し、人を愛せぬ
なんとも悲しい人形の人形使い。
2013/07/04
王女を乗せた二頭立て馬車が止まらない。
「止めて、止めて! 誰か、助けて!」
いくら叫べど止まらない。
縦に馬を二頭並べた王家の馬車。
先頭が若い雌馬、後ろに若い雄馬。
この雄馬、やむにやまれず発情している。
目の前の尻に追いつこうと頑張っている。
だけど、雌馬は発情する気分じゃない。
迫り来る雄馬を恐れ、必死に逃げている。
馬のつなぎ方が悪かった。
しかし、もう遅い。
止まらない。
もう誰にも止められない。
御者はいない。
とっくに振り落とされた。
右も左もわからぬ王女が一人きり。
幼い王女は失神しそう。
無理もない。
二頭立て馬車は悩ましく駆け続ける。
川越え、山越え、異国に入る。
しかしながら、はたして性欲と恐怖は
疲労と空腹に勝ち続けられるものだろうか。
ついに、二頭立て馬車は止まった。
さて、雌馬と雄馬、どちらが勝って
どちらが負けたのか。
よくわからぬ。
まだ王女は幼くて。
2013/07/03
バス停で待っていた。
もちろん、バスを。
でも途中で、どうでもよくなってしまった。
私は双子の姉妹に続いて列に並んでいた。
それがじつにおかしな姉妹なのだった。
顔も髪型も服装もそっくりなのは、まあいい。
なにしろ双子なのだから。
ふたりは顔を見合わせ、黙ったまま
せわしなく手を振ったり、首をかしげたりする。
(狂っているのだろうか?)
しかし、すぐに私は気づいた。
彼女たちは手話をしていたのだ。
見事な技術だ、と感心しながら見ていた。
見続けていても飽きないのだった。
もっとも話の内容は全然わからないが・・・・
時々、彼女たちは笑った。
普通の女の子のように笑った。
声を出せないわけでもないのだ。
おそらく耳に障害でもあるのだろう。
その笑顔を見ていると飽きなかった。
時間が止まって欲しいくらいだった。
バスなんか来なければいい、と思った。
「なに見てんのよ。さっきからずっと」
その声は完壁な二重唱だった。
きれいに並んだ四つの瞳と二つの唇。
私はあわてて手で喉を押さえ、
首を大きく横に振った。
突然、声が出なくなってしまったのだ。
2013/07/02
今日の日記を書く。
ほらね。
また昨日に戻ってしまった。
不思議。
理解できない。
今日は昨日と同じ。
昨日は今日と同じ。
夜が明けても明日にならない。
そっくりな一日の繰り返し。
もう限界。
誰か助けて!
昨日の日記を読み返す。
ほらね。
また同じこと書いてある。
2013/07/01
ある公園に絵描きがいる。
似顔絵を描くのが彼の商売。
あんまり絵はうまくない。
でも、なかなか人気がある。
他人が見ると似てないのに
描かれた本人は似てる、と言う。
実物以上に描くのではない。
むしろ、実物以下の場合が多い.
それでも客は感心してくれる。
子どもを大人に描いたり、
その逆に描いたりもする。
猫や犬にしか見えない時もある。
岩ではないかと思う時さえある。
それでも客は喜んでくれる。
鏡に映る顔より似てる、と言う。
本人が言うのだから
間違いなかろう。
とにかく、
そんな絵描きを知っている。
ただし
どこの公園にいるのか
知らないけどね。
2013/06/29
ある男がある女に惚れた。
だが、
女にはすでに恋人がいた。
「ふん。それがどうした」
男は女の恋人を殺し、
血に汚れた手のまま
力ずくで女を抱いた。
それがよく見える位置に
見開かれた眼の
恋人の生首を置いて。
「どうだ、悔しかろうが」
男は幾度も幾度も女を抱いた。
女は狂ったように泣き、
男は狂ったように笑った。
歯噛みもできぬ生首の
そのまぬけな
まぬけな顔。