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2013/06/28
わしの背中にナイフが刺さっている。
このわしになんの断りもなく、
いつ、どこで、誰が刺したのやら。
近頃の、通り魔だかなんだか知らんが
礼犠というものを知らんのかね。
まったく迷惑な話だ。
寝ようとしても、仰向けになれん。
わしは血も涙もない守銭奴だから
出血せず、シーツは汚れんのだけどな。
それにしも、この傷は深いぞ。
ほら見ろ。
胸から刃先が出ておる。
死んだとしても不思議ないぞ。
なあ、お願いだよ。
そこの君、このナイフ
引き抜いてくれんかな。
おい、なぜだ。
なぜ逃げようとする。
そう言えば、まだ君に
金を貸したままだったかな。
まさか、君じゃなかろうね。
わしの背中にナイフを刺したのは。
2013/06/27
一台のトロッコに男三人が乗っている。
そのうちの一人が俺だ。
目の前の二人は裸で抱き合っている。
たくましい筋肉。
日に焼け、汗ばんだ皮膚。
片方の男と視線が合ってしまう。
ひどく暑いはずなのに寒気がした。
「俺に触れるなよ」
一言注意しておく。
「もし触れたら?」
「おまえを刺してやる」
なぜか手に万年筆を持っていた。
そして、なぜかキャップが外れない。
男はニヤリと笑う。
「いいとも。刺してみな」
2013/06/25
世間から隔絶された空間において
仁義なき賭場が始まろうとしている。
まず、バニーガールが膝をつき、
板の間に座る若い衆に札が配られる。
彼らの背後には兄貴風の男たちが立つ。
ただし、この兄貴風の男たちの顔は
灰色の暖簾に隠されて見えない。
いかにも高そうな背広を着ていながら
その下半身はなぜか裸だ。
また、片手に縫い針の凶器を持っている。
すぐ隣に立つ男の股問に突き刺せる姿勢で
博打をする若い衆を囲んでいる。
いかさま行為や勝負の行方によっては
血が流されるであろう事が推測され、
義兄弟の強い絆を感じさせる。
「よござんすか。よござんすね」
と、壺振り師。
「入ります」
そして、賽は振られた。
「丁」「半」「丁」「丁」「半」「丁」「丁」
はて、最初に配られた札、
あれはいったいなんだったのだろう?
2013/06/23
ホント
どこへも行くところがない。
森はとんでもないところだし、
かと言って、池や沼では
いくらなんでもあんまりだ。
海にも山にも飽き飽きで
バスも電車も乗る気になれない。
砂漠やジャングル、こりごりで
隣町さえ蜃気楼。
よその星は遠くて億劫。
せいぜい近所の公園でも
散歩するだけ。
恋人いないし、
友だちは仕事と家庭で忙しい。
遊べない友だちなんか
もう友だちじゃない。
退屈のあまり、居眠りすれば
暗い顔の少年、放火する。
メラメラ
メラメラ
炎に囲まれ、立ちつくす。
ほらね。
やっぱり、どこへも
どこへも
行くところがない。
2013/06/22
美しい横顔、
ゆるやかな姿勢。
風にそよぐ長い髪。
額から鼻先へと続く
知的なライン。
やさしい眉と
真摯なまなざし。
半分しか見えない唇が
かすかに動く。
額縁の肖像画さながらに
窓辺で読書する少女の姿。
世界から切り離された
方形の画面。
今のあなたには
鳥の鳴き声も聞こえない。
あなたを射る男の視線さえ
感じない。
ましてや私の心など。
それほど夢中になって
読んでいる。
一冊の本を読んでいる。
推理、冒険、恋愛、
それとも物理学?
いやいや。
あなたなら
どんな本でもふさわしい。
たとえその本が
いかがわしく
大層淫らな内容であろうとも。
2013/06/21
大きな会場である。
新商品の展示会であろうか。
コンパニオンが笑顔で説明している。
「食べるだけで水着が透けます」
彼女が腕に抱えているのは陶器の犬。
「さらに、この段階で腰が抜けます」
画面に表示された折れ線グラフ。
異国の兵器商人が首をかしげる。
その折れ曲がったネクタイ。
「まもなく第三会場が爆発します」
高い天井から場内放送が響く。
「なお、場内での浮遊は禁止されております」
激しい爆音。
千切れた腕に抱えられたまま
割れた陶器の犬が吠える。
2013/06/20
観衆は血を望んでいる。
だから闘技場の土は黒い。
闘いの相手は女であった。
奇妙な仮面をかぷっている。
そして、ほとんど裸だ。
殺すのは惜しいと思った。
だが、殺されるわけにはいかない。
開始早々、女の剣を奪う。
乳房をつかんで放り投げる。
地面に押し倒し、股を裂く。
弱い。
あまりにも弱すぎる。
なぜ観衆は怒らないのだ。
いやな予感がした。
女の仮面をはがしてみる。
やはり、そうであった。
奴らは知っていたのだ。
この女が俺の妹だということを。
2013/06/19
ここは山の中。
とうの昔に廃線となった駅。
今は草木が茂り、錆びたレールを隠している。
さきほど汽笛が聞こえたような気がしたが
おそらく空耳であろう。
脱線事故やら人身事故が頻発し、
それら諸事情により使われなくなって久しい。
もともとは炭鉱のための線路であった。
草木に埋もれる前に時代に埋もれてしまったわけだ。
駅のホームから下の線路に降りてみる。
おそるおそる茂みを掻き分けて歩く。
すぐにレールを見つけることができた。
意外に原型を留めている。
そんなに錆びてもいない。
まるで、つい最近、列車が通過したような・・・・
ふと、このレールの上に石ころを載せてみたくなった。
今、石ころを載せたため、昔、脱線事故が起きた。
歪んだ時空を運行する四次元鉄道。
そんな想像をしてみたのだった。
再び、汽笛の音を聞いたような気がした。
それは空耳ではなかった。
奇妙な鳥の鳴き声なのであった。
2013/06/17
じつはあたし、人形なんです。
その証拠に、ほら、肘も膝も球体関節。
顎なんて、生まれたときから外れてるわ。
背中には扉があって
おなかには引き出しまであるの。
頭の中は恥ずかしいもので一杯で
ときどきこぼれちゃって困っちゃう。
お洋服はたくさんあるけど
和服だって少しはあるわ。
でも、ひとりでは外を歩けなくて
お付のものに両の足首を持ってもらって
交互に動かして一歩一歩前に進みます。
はらわたはないから
なんにも食べなくていいし、
なんにも食べないから
トイレにも行かなくてもいいわけ。
勉強なんかできなくても
顔がきれいなら許されるの。
動かなくても働かなくても
可愛らしくしていればそれでよいの。
ねっ?
人形の生活も
まんざら悪くないでしょ?
2013/06/16
二階の窓から手袋を落としてしまった。
見下ろすと、一階の庇の上に載っていた。
運がいい。
まだ諦めるのは早い。
窓から身を乗り出して、手を伸ばす。
指先に当たり、手袋は下に落ちてしまった。
さすがに諦めなければ。
庇のすぐ下は水面だった。
洪水なのだ。
クラゲが浮かんでいるのが見える。
川の氾濫ではない。
海が氾濫したのだ。
庇の上には他にも載っていた。
ねじれた形の黒い靴下。
いつ落としたのか心当たりもない。
それでも拾うつもりで手を伸ばした。
ところが、黒い靴下は逃げてしまった。
というか八方に散ってしまった。
それは黒い靴下ではなかったのだ。
無数の蟻が靴下の形に群がっていたのだ。
みんな苦労しているんだな、と思った。
窓から上体を引き上げ、腰を伸ばす。
はるか遠い水平線を眺める。
昔、あれは地平線だったのだ。
あそこまで裸足で歩いて行けたのに。
なんでも素手で触れることさえできたのに。