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2015/02/17
暗い道の先の向こうから
バンジョーを弾きながら男がやってくる。
「ハーイ!」
陽気な男だ。
おそらく酔ってる。
「ハーイ!」
俺も酔ってる。
片手を上げて挨拶する。
男はバンジョーを弾きながら
そのまま俺が歩いて来た道を行く。
俺はバンジョーを持ってないが
そのまま男の歩いて来た道を行く。
お互い、もう会うこともなかろう。
バンジョーの物悲しい音だけが
しばらく俺の耳に残る。
2015/02/13
恋人と待ち合わせていた。
だが、なかなか姿を現さない。
さすがに待ちくたびれてきた。
(まさか忘れたわけじゃ・・・・)
ほとんど諦めかけた頃、ようやく出現した。
「ごめんなさい!」
「まったく、遅すぎるよ」
「だって、仕事が忙しくて・・・・」
彼女の職業は死神だった。
「そんな仕事、やめちゃえよ」
「そうもいかないのよ」
いつも繰り返される会話。
「なあ、俺の番、そろそろか?」
「そんなの、教えられるわけないでしょ」
「でも、俺たち恋人同士だろ?」
「仕事とは無関係よ」
その美しいまでに冷酷な横顔。
「できれば、その、あんまり苦しめないでくれよな」
「ええ、そのつもりよ」
はあ・・・・
惚れた弱みか。
2015/02/11
素敵なことを見つけたら
忘れないうちに形に残そう。
だって
素敵なことは
そんなにポンポン生まれない。
消えてしまったら
跡形もない。
記憶だって
いつか消える。
それにそれに
その素敵なことは
もう二度と生まれそうもないような
すっごく貴重な
すっごく素敵なことかもしれないのだから。
2015/02/10
空の上には神さまがおられて
ウトウトと昼寝を始められた。
空の下には恐竜が生まれ
そこそこ繁栄していたが
そのうち絶滅した。
しばらくして人類が生まれ
なかなか繁栄した。
けれども
神さまが昼寝から目覚めた頃には
人類は絶滅していた。
「ああ、よく眠った」
神さまはウウウンと
気持ち良さそうに背伸びをなされた。
2015/02/08
山頂の城跡で笛を吹いていたら
山の神が姿を現した。
「なかなか良き音じゃ」
なんだか昔話みたいだな、と思った。
「フルートという名の異国の横笛です」
「もっと吹いてくれぬか」
私は喜んで吹き続けた。
山の神も喜んで聴き続けてくれた。
「おかげで、楽しかったぞ」
「ありがとうございます」
「お礼に、わしの笛をやろう」
別れ際に、山の神は竹笛をくれた。
私は恐縮しながら受け取った。
吹いてみると、なかなか素敵な音がする。
そして、たくさんの野鳥が集まってきた。
リスやウサギやタヌキまで。
どうやら寄せ笛らしい。
そりゃ、もちろん
嬉しいには嬉しいんだけど
ヘビやトカゲや虫けらどもまで
ウジャウジャ集まるのには
少々まいった。
2015/02/07
「おはようございます」
「それどころじゃない」
担任の教師が急ぎ足で通り過ぎた。
同級生たちも急ぎ足でやって来た。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもない」
やはり通り過ぎようとする。
「教えろよ」
「学校が崩壊するんだ」
おれも合流して急ぎ足になった。
「いわゆる教育現場の崩壊?」
「違う。校舎が壊れる」
「どうして?」
「知るか」
おれは立ち止まった。
同級生たちは廊下の角を曲がって消えた。
どうしたというのだろう?
みんな急ぎ足だったが、駆け足ではなかった。
ただの避難訓練か?
それとも、まさか予知能力?
わけがわからない。
もう校舎には誰も残っていないようだ。
仕方がない。
おれはバッグを開き
手製の時限爆弾を取り出した。
2015/02/05
わたくしは水玉模様の日傘を差して砂漠におります。
時折りに移り変わる蜃気楼の景色を眺めながら
どうしようもないくらいに今、胸騒ぎがしております。
巨大な砂時計の底に置き去りにされたみたいな
こんな己の他に誰もいない世界の果てにいると
それほど悪いこともしていないはずなのに
いえ、悪いとか良いとかの問題ではなくて
慣れ親しんだ人々の営みから隔絶しているというこの状況が
ありもしない幻の監獄に囚われ
ありもしない幻の罪業に責め苛まれる病人のように
根本的に見当違いなあり方ではないか
という気がしてくるのです。
「もう諦めて、帰ってきなさい」
そのような幻聴すら
やはり時折りに聞こえてくるのです。
なんの根拠もない
ただの胸騒ぎであれば良いのですが・・・・
2015/02/03
秘密は、人に知られぬゆえに秘密。
その秘密知りたる者、生き続ける事かなわじ。
「ああ、どうしよう」
「どうしたの?」
「あたし、大変なこと、知っちゃったの」
「どんなこと?」
「そんなの言えない」
「どうして?」
「だって、言ったら、大変なことになっちゃうもん」
「どんなふうに大変になるの?」
「みんな、生きていられなくなる」
「わかんないな」
「だから、わかんないままがいいのよ」
「あんた、どうするつもり?」
「どうにもできないよ」
「困ったわね」
「とりあえず、そういうことなので」
「どこへ行くの?」
「わかんない」
「わかんないって・・・・」
「とりあえず、さようなら」
「あんた、まさか・・・・」
「だって、これ、秘密なんだもん」
2015/02/01
妹には友だちがいない。
それこそひとりもいない。
「どうして友だちを作らないんだ?」
そう尋ねたことがある。
「他にすることがあるから」
それが妹の返事だった。
けれども、妹は忙しくなにかしてる様子はない。
寝転んでいなければ部屋の中を歩きまわるくらいで
家の外へも滅多に出ようとしない。
「なにしてんだよ?」
「考えごと」
「どうだ、映画館に行かないか?」
「興味ない」
取りつく島もない。
引きこもりではなく、たまに外出すると
一週間くらい家に帰らないことさえあった。
「おれが友だちになってやろうか?」
ある時、ふざけて言ってみたら
「あら、友だちじゃなかったの?」
だって。
まあ、兄と思われていないことくらい
とっくの昔に知っていたけどさ。
2015/01/30
そのピアノは横に長いのだった。
つまり、鍵盤の音域がとても広い。
そのため、低音部は低すぎて音が聞こえない。
高音部は高すぎて、やはり音が聞こえない。
人間の耳に聞こえない音域まで鳴るのである。
なんでまたそんなピアノを製造したのか
理由は不明である。
ちなみに
このピアノを買った私の父は現在、行方不明である。
たわむれに鍵盤の端を叩いてみる。
近所の犬が吠えたり
窓辺に鳥が集まって来たりする。
このピアノを演奏するピアニストは
床に敷かれたレールの上にある椅子に座り
鍵盤の前を左右に滑るように移動しながら演奏する。
ただし
やがて精神に異常をきたすので
長時間の連続演奏は控えねばならない。