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2016/08/12
若妻が台所で 料理をしている
まな板たたく 包丁の音の 心地良さ
指を切って 赤く染まる 青野菜
なんて素敵な ドレッシング
魚を三枚におろす 錆びた釘抜き
骨が砕ける その痛々しい音響
カビの浮く味噌汁 泡立つ醤油
母親直伝 殺意を秘めた隠し味
若妻は初々しく 台所で舞い踊る
皿とグラスと ひたいを割りながら
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2016/08/11
夜の闇を恐れなくなったのは
いつの頃からだったろう
太古から綿々と続く
おぞましき体験の集積であろうか
形定まらぬ恐怖の対象が
無数に蠢うごめいていた
あんなものがいるかもしれない
こんなものがいそうな気がする
そんな恐ろしいところに顔をさらしたままでは
不安で不安で とても眠れなかった
小さくて 弱くて
どうしようもないくらい臆病だった
あの頃 あんなに怯えていたのに
今では その記憶すら消えそうになる
いつか平気でいられる夜は訪れるのかと
遠い将来まで心配していた
あのまだ幼き頃の
あの漆黒の 夜の闇
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2016/08/10
私は老いさらばえた指揮者である。
長年、地元の交響楽団を指揮してきたが
そこを引退してからは趣味で動物たちを指揮している。
クマに楽器を演奏させるサーカスみたいなのではなく
持ち前の発音発声の特技を活かしてやるのだ。
スズムシの鈴の音、ウグイスのさえずり、
キツツキのドラミング、ウサギのスタンピング、
猫の甘え声、犬の吠え声、などなど。
ライオンの咆哮なども加えたいのだが
さすがに世話が大変だし、そんな予算もない。
ともかく、これら雑多な音声を組み合わせ
適宜タイミングよく発するよう仕向けるわけだ。
複数の犬が吠え合って収拾がつかなくなったり
肝心な時に眠ってしまったり、なかなか大変。
それでも、ウサギにニンジン与えるフリして与えなかったり
猫にマタタビ嗅がせながらくすぐったりしているうちに
偶然のように見事なハーモニーを奏でる瞬間が訪れる。
「ささやかな奇跡」と呼んでいるが
なかなか楽しいものである。
音声だけならパソコンのソフトで編集することも可能で
実際にそれでCDを作ってみたこともある。
しかしながら、仲間内ではウケたものの
やはり生演奏が一番だと思う。
指揮者の動物的勘が試される
というものだ。
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2016/08/09
家の中から彼の声がする。
「窓が明るかったら入っていいよ」
ところが、どこにも窓がないのだ。
ただし、壁板の隙間から光が漏れている。
これが窓であろうか。
それで、そのまま家に入ってしまったのだが
なぜか玄関を通り抜けた記憶はない。
広くて薄暗い浴室には湯気が立ちこめ
石造りの浴槽に湯があふれている。
いや、違う。そうではない。
むしろ、石造りの浴槽が湯であふれているから
その部屋が湯気の立ちこめる浴室なのだ。
浴槽はいくつもあり、それぞれ形が異なる。
それらすべて中央付近で卍の形の溝でつながっている。
古代遺跡にある謎の巨石を連想させる。
見渡せば、浴槽の湯に野菜や肉が浮き沈みしており
いかにも栄養豊富そうに見える。
さっそく裸になり、浴槽のひとつに入る。
いい湯加減だ。じつに気持ち良い。
やがて、奥の別室から裸の彼が現れる。
「少なくとも四つの風呂に入ってくれよ」
彼の笑顔は相変わらずである。
「もちろんさ。全部入るよ」
嬉しくなって、すぐに隣の浴槽に移る。
そうやってしばらく楽しんでいたのだが、ふと
故郷の友人が着衣のまま近くに立っているのに気づく。
「あんな奴と付き合うな。
あいつはな、じつに恐ろしい男なのだ」
そう囁く友人に腹が立つ。
「うるさい! あっちへ行け!
そんなこと忠告する資格もないくせに」
友人の顔を狙って殴りかかったが
踊るようにやすやすとかわされてしまう。
体勢を立て直して振り返ると
裸の彼が着衣の友人の腕をつかんでいる。
「出て行け。
もうおまえは、あの人の友人ではない」
凄みのある彼の低音が室内に響き渡る。
いつであったか、これに似た情景を
どこかで見たことがあったような気がした。
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2016/08/08
ある夏のとある海水浴場。
水着の蜜蜂たちとパラソルの花畑。
海水浴と日光浴を楽しむ老若男女の群。
「見てよ。こんなに焼けちゃった」
「あらあら。真っ赤じゃないの」
「紫外線が強いのね」
ある浜茶屋の日陰に白い犬がしゃがんでいた。
むく毛の大きな犬だった。
むく犬はおもむろに立ち上がると
そのまま海へ向かって歩き始めた。
その先には真っ黒に焼けた背中を見せて
若い男がうつ伏せに寝ていた。
むく犬は男に近寄り、鼻先を近づけた。
それから、男の背中を舐め始めた。
男は眠ったまま気づかない。
それを近くにいる人たちが笑って眺めている。
むく犬が舐めると男の背中の皮がむけた。
きれいにペロリとむけてしまった。
そのむけた黒い皮をむく犬は食べた。
うまそうにペロリと食べてしまった。
それでも男は気づかない。
むく犬は男の背中を舐め続けた。
黒い背中が赤い背中に変わってしまうと
むく犬は舐めるのをやめた。
それから、あたりを見まわした。
眺めていた人たちは視線をそらした。
むく犬はつまらなそうな表情をして
そのまま浜茶屋へと引き返すのだった。
むく犬は同じ日陰に元のようにしゃがんだ。
なんとも監視員の風格があるのだった。
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2016/08/07
「負けるが勝ち」
逆に言えば「勝つは負け」
なんでもかんでも勝とうとするは愚かなり。
見栄がそう。
意地がそう。
最初に勝って甘え、最終的に負けたりする。
部分に勝とうとするあまり、全体で負けたりもする。
だから、勝つばかりが能でない。
負け方こそ上手なれ。
商人が値段を負け、客に買ってもらうよに。
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2016/08/06
ある寒い冬の夜、ある交差点において
大型トラックの窓から魔法瓶が捨てられた。
それを拾ったのはホームレスの乞食。
魔法瓶が欲しかったのだ。
乞食が栓を抜くと 魔法瓶の中から仔猫が出てきた。
なんということはない。
魔法瓶ごと捨て猫だったのだ。
乞食には猫を飼うつもりなどない。
むしろ猫に飼われたいくらいだった。
でも、コンビニのゴミ箱から拾った残飯をやると
仔猫は乞食から離れなくなった。
寄り添う痩せた仔猫のために
善良なる通行人たちは乞食に小銭を投げた。
仔猫はときどき信号機を見上げたものだ。
赤青、赤青、赤青・・・・繰り返す。
乞食の体が冷たくなった朝、
いつまでも仔猫は鳴いていた。
乞食の亡骸は持ち去られ
形見の魔法瓶は処分された。
そして、その交差点に
もう仔猫の姿を見かけることはなくなった。
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2016/08/05
牛車がゆくよ
ノロノロと
すだれ下がった屋形の中にゃ
やんごとなき姫君 おわします
平安の世の作法なれば
後ろから乗って 前より降りる
これ知らずして 源義仲
後ろから降りて 笑いものになったとか
牛飼童に牛ひかせ
華美を競って 金銀錦
箱入りの やんごとなき姫君よ
ゆっくりゆっくり どこへゆく
よっぽどよっぽど
歩いた方が早かろに
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2016/08/04
黄昏どきの庭に 女がいて
そそりながら 立っている
なぜなら太もも 見えそで見えぬ
汚れゆく空を 指さし
「落ちてきたの わたし」
首を傾け えくぼ浮かべる
その手招きに 誘われて
黄昏どきの庭に 下り立たば
そこにはもう 誰もいない
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2016/08/03
狼と犬と兎が 一緒に暮らしていました。
狼は 兎を襲いたいのですが、犬が許しません。
犬は 兎と遊びたいのですが、狼が邪魔をします。
ある夜、こっそり兎が 狼に囁きました。
「あの生意気な犬を 殺して欲しいの」
すると兎は 狼に襲われてしまいました。
傷ついた兎は 犬に泣きつきました。
「あの憎らしい狼を 殺して欲しいの」
すると兎は 犬に遊ばれてしまいました。
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