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2011/12/28
ほんの宝探しごっこのつもりだった。
そんなふうに冒険したい年頃だったのだ。
近所の山の崖崩れがあったみたいなところに
洞窟の穴があった。
その入り口は鉄の扉で塞がれていた。
丈夫そうな錠前も掛かってはいたが
扉の蝶番は錆びて壊れていた。
というか、誰か壊したに違いない。
そういうわけで僕は
夏休みのある日、
懐中電灯だけ持って
ひとり洞窟の中に入ったのだ。
しゃがんで歩けるくらいの高さで
狭い通路がまっすぐ奥へと延びていた。
しばらく進むと
両側に横穴のある場所に出た。
やはり噂は本当だったのだ。
戦時中、この洞窟は
防空壕としても使われていたそうだが
その昔は隠れキリシタンの教会だったという。
だから、通路が途中でクロスして
それぞれ行き止まりになり、
全体で十字架の形になっているというのだ。
とにかく、そのまま前に進む。
だんだん天井が高くなってきて
やがて中腰なら立って歩けるようになった。
残念ながら、そこから先はよく憶えていない。
懐中電灯の電池が切れかけた記憶もあるから、
おそらく途中で
怖くなって引き返してしまったのだろう。
それとも・・・・・・
いやいや、そんなことはあるまい。
なぜなら現在、
僕はキリシタンでもクリスチャンでもないのだから。
2011/12/26
けたたましく警報が鳴った。
続いて、自動アナウンスの声。
「この宇宙船は、まもなく爆発します。脱出してください」
避難ボートの乗船ゲートに殺到する船員たち。
「性別不問。若い順に乗れ!」
船長の怒鳴り声がする。
避難ボートの定員は乗船者の半数にも満たない。
最古参のおれは脱出を諦めた。
「どうしたんだ?」
「わかりません」
誰も事態を把握していないらしい。
通路を走り、操縦室に入る。
誰もいない。
管理パネルを見る。
「抜き打ち避難訓練、作動中」
そのように表示されている。
なんだこれは?
なにも聞いてないぞ。
抜き打ちだから事前に聞いていないとしても、
避難訓練を抜き打ちにするとも事前に聞いてはいない。
しかし当然、船長は知っているはずだ。
操縦室を出て、通路を戻る。
悲鳴や怒声が聞こえる。
乗船ゲートは悲惨なことになっていた。
殴り合いの喧嘩が始まっていた。
船長は床に倒れている。
その床は血だまりになっていた。
「おい。やめろ!」
おれは怒鳴った。
誰も聞いていない。
その時、チャイムが鳴った。
続いて、自動アナウンスの声。
「避難訓練、終了。避難訓練、終了」
2011/12/25
その大道芸人は道端に寝転んでいた。
なんの芸も見せていなかった。
「おい。なんかやって見せろよ」
餓鬼大将のポン次が命令した。
寝ていた芸人は片目だけ開け、おれたちを見上げた。
「銭はあるか?」
「銭なんかねえが、牛ガエルならあるぞ」
おれは、後ろ足が一本しかない獲物を示した。
「なんで片足なんだ?」
「さっき味見したからな」
「面倒臭えな」
「おまえの見世物はなんだ?」
「口では説明できねえよ」
「じゃ、やれよ」
「しょうがねえな」
くたびれた芸人は起き上がり、よっこらと立ち上がった。
「さあさ、皆の衆。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
見なきゃ損々、お代は見てのお帰りだよ」
急に元気になって口上を述べ始めた。
「ご覧の通り、様子のよろしい坊ちゃん方」
と、おれたちを紹介。
「たちまちに消してご覧に入れまする」
なにやら呪文を唱えると、
ポン次や仲間の姿が本当に消えてしまった。
「すげえ!」
おれは興奮して叫んだ。
なぜか、おれは消えてない。
「おい。牛ガエルよこせ」
言われるまま、おれは芸人に食いかけを渡した。
「ありがとよ」
それから芸人は、おれに向かって呪文を唱えた。
2011/12/24
ついに限界に達してしまった。
とうとう万策尽きてしまった。
エネルギーも食糧も
供給が需要に追いつかなくなった。
掘れる地下資源は掘り尽くし
使えるエネルギーは使い尽くしている。
喰える食糧も喰い尽くし
すでに人肉まで食べ始めている。
「ねえ、ママ」
「なに?」
「おじいちゃん、食べていい?」
「あら、ダメよ」
「どうして?」
「だって、まだ生きてるじゃない」
「おなかへったよ」
「おばあちゃんの肉は?」
「もう残ってない」
「しょうがないわね」
「ボク、死にそう」
「それじゃ、頼んでみなさい」
「うん」
そんな会話がここまで聞こえる。
ほとんど目は見えず、まともに歩けなくなったが
なぜか耳だけは遠くならない。
わしは手探りして
麻酔薬の注射セットを引き寄せた。
やれやれ
これを使う日がとうとう来たか。
わしはため息をつき
肉の薄いふくらはぎを撫でた。
2011/12/23
「遥かなる大平原が見えます」
おれには怪しげな身なりの女が見える。
「あなたの前世は」
その占い師は言うのだった。
「モンゴルの馬賊です」
「なるほど。モンゴルの馬賊か」
「そうです。モンゴルの馬賊です」
「すると、そのモンゴルの馬賊の」
「そのモンゴルの馬賊の頭目」
「頭目か」
「いいえ。そのモンゴルの馬賊の頭目の息子」
「息子か」
「いいえ。そのモンゴルの馬賊の頭目の息子の馬です」
「馬?」
「そうです。馬です」
「つまり、おれの前世は、モンゴルの馬賊の頭目の息子の馬?」
「です」
おれは腹が立った。
「なら、おまえの前世はなんだ」
「アラブの女王です」
「そうか」
「そうです」
ますます腹が立った。
「おれが何者か知っているか?」
「知りません」
「マフィアのボスだ」
「そうですか」
「おまえは占い師だ」
「そうです」
「どうやら現世では勝てないようだな」
「そうかもしれません」
「そうかもしれないではなく、そうなのだ」
おれは女をにらむ。
「来世では」
どうやら女も腹を立てたらしい。
「来世?」
「私はトルコの監獄の看守です」
「看守?」
「そうです」
「なら、おれの来世は?」
女は目を閉じる。
「あわれなる死刑囚の姿が見えます」
2011/12/22
些細なことから彼女と喧嘩してしまった。
「もう、やってられないわ!」
そう言いながらベッドから降り立つと、
彼女は右耳から下がるイヤリングに指をかけた。
そして、それをエイっと引き下げると、
彼女の裸身の右側面の皮膚がジジジジジと裂けた。
(なんだなんだなんだなんだ?)
アングリと口を開けた僕の目の前に
まったく見知らぬ女性の裸身が現れた。
「もう私、あんたの彼女でもなんでもないからね」
状況が理解できなかった。
彼女の脱ぎ捨てられた皮膚が床に落ちている。
イヤリングが腰のあたりまで下がっている。
よくよく見ると、
イヤリングからV字形に見慣れた二本の列が延びている。
・・・・・・ファスナー。
ジッパー、またはチャック。
なんと、彼女の右耳のイヤリングは
じつは彼女の皮膚のファスナーの取っ手だったのだ。
「それ、あんたに返すわ」
素早く着衣を済ませた彼女は
寝室のドアを開けながら言い捨てる。
「また、どこかの適当な彼女に着せてやれば」
怒ったようにドアを閉めると、
彼女はそのまま足音高く立ち去った。
やがて、玄関ドアを閉める音も響いた。
バカみたいに口を開けたまま僕は考える。
(・・・・・・彼女、誰?)
ベッドの上にひとり残された僕。
床の上に乱暴に脱ぎ捨てられた
僕の彼女だとばっかり思っていた彼女の
抜け殻。
2011/12/21
部屋の窓から水平線と地平線が見える。
海と草原と山と湖と滝と池だって見える。
さらに空には虹とオーロラまで。
「どうだい、ここは?」
俺はフィアンセに尋ねる。
「そうね。なかなか悪くないわね」
彼女、あまり嬉しそうじゃない。
「なにか不満ある?」
「まあ、あると言えばあるけど」
「たとえば?」
「あの虹、三重にできないかしら?」
「お安い御用さ」
俺は部屋を出ると
すぐに携帯端末から指示を出した。
しばらくすると、虹が四重になった。
「あら。三重でいいのに」
「なに、サービスさ」
それから、牧場と遊園地を追加した。
インディアンを走らせ、騎兵隊に追わせたり、
UFOを編隊で飛ばすような演出さえして見せた。
「他には?」
「あのね」
はっきり彼女は言った。
「あなた。もっと素敵な男性になって」
2011/12/20
あんまり暇で死にそうだから
暇つぶしをすることにした。
外に出て魅力的な女を見つけたら、
その女を尾行するのだ。
ストーカーではないか、と言われそうだが、
気づかれなければ迷惑にはなるまい。
さっそく家を出る。
駅前商店街へ向かう。
あっさりターゲット発見!
ロックオン!
まだ若い女だ。
学生かもしれない。
休日だから私服なのだろう。
歩く後姿が見飽きない。
コンビニに入った。
ス−パーでないところが、さすが。
我慢して外で待機。
顔を覚えられたら尾行に気づかれる。
コンビニから出てきた。
来た道を戻る。
危ない危ない。
道路を挟んで監視していて正解だ。
横顔もなかなか魅力的。
尾行を続ける。
我が家と同じ方向だ。
案外、近所の子かもしれない。
おやっ? 角を曲がった。
その先は・・・・・・
しまった。
女が振り向いた。
「あら、おじいちゃん。どうしたの?」
どういうことだ。
信じられん。
実の孫娘なのだった。
2011/12/19
兵士となって戦場へ向かう恋人。
それを見送る娘。
「必ず帰ってきてね」
「うん。必ず帰ってくる」
だから、恋人は帰ってきた。
娘との約束を守るため。
ただし、幽霊となって。
「私、悲しいけど、嬉しいわ」
「僕もだよ」
娘は幽霊の恋人と暮ら始めたが、
幽霊なのでつかみどころがない。
娘は生身の恋人が欲しくなってきた。
「もう戻っていいわよ」
「戻るところなんかないよ」
しかし、幽霊の恋人がいたのでは
生身の恋人が寄ってこない。
娘は幽霊の恋人を心霊スポットに誘い、
女の幽霊と見合いさせてみた。
「君はゾクゾクするほど素敵だ」
「あなたこそビクビクしちゃいそう」
あっさりまとまってしまった。
さすがにショックを受けたのか、
その帰り道、娘は交通事故を起こした。
「やっぱり帰ってきてよ」
死んで幽霊になった娘。
2011/12/18
都会に出たばかりの僕は田舎者なので
すっかり迷子になってしまった。
僕が困っていると、それを見かねたのか
呼び止める声がした。
「ちょいと、そこのお兄さん」
とても綺麗な女の人だった。
「こっちへいらっしゃい」
彼女に誘われ、ついてゆく。
とても優しくされた。
僕は彼女と楽しい時をすごした。
でも、こんなことばかりもしていられない。
別れ話をすると、彼女はとても怒った。
それでも別れなければならない。
僕は彼女から逃げようとした。
彼女、僕の腕をつかんで離してくれない。
そのため、僕の左腕は肩からもげてしまった。
あまりの痛さに僕がひとり泣いていると、
優しそうな声がした。
「おや、お兄さん。泣いているのかい」
とても綺麗な女の人だった。
「慰めてあげるわ。こっちへいらっしゃい」
僕は、真っ暗な闇の中で
手の鳴る音を聞いたような気がした。