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2014/11/12
これは実話なのだけれど
僕が高校を卒業して上京したばかりの頃
ある電車に乗ったら
信じられないくらいの美女を見つけた。
ふと気づけば
彼女の目の前のシートに腰掛けている自分がいた。
いくら一目惚れでも
見知らぬ他人に声をかける勇気はない。
そうなのだけれど
これは勇気とかそういう問題ではなく
こんな美女は滅多にいるはずないのだから
ここで声をかけなかったら二度とチャンスはなく
きっと一生後悔するはずであり
その惨めさや苦しみを想像すれば
むしろ声をかけないのは
愚か者の愚かな無為ではないか
とさえ思えたのだ。
ところが
すでに彼女は
隣に座っていた男に
しつこく声をかけられていた。
知り合いではなく
あきらかに他人らしいことは
ふたりの様子からすぐにわかった。
彼女は困っていた。
男も慣れていないらしく
困ったような表情で彼女の行く先とか尋ねていた。
つまり彼女は
ごく普通の男性なら
声をかけなければいけない気持ちにさせるくらい
稀有な美女だったのだ。
この見知らぬ男は
自分より先に乗車していただけなのだ。
その男の情けない姿が
鏡の前の情けない自分の姿を見せられているようで
結局、僕はストーカーになることもなく
そのまま途中下車したのだった。
その後、あの美女は
どのような人生を歩んだのだろう。
今では、どんな顔立ちだったのかさえ
さっぱり思い出せないのだけれど。
2014/11/10
私、階段を転げ落ちているの。
止まらない。
止められない。
その痛いの痛くないの。
もう腕も脚もグシャグシャ。
肋骨だって鎖骨だって粉々よ。
すでに頭蓋骨も割れているはずだわ。
でも、なぜ失神しないのかしら。
階段を転げ落ちながら考えているけど
やはり、なかなか考えがまとまらない。
とにかく、止まらなければダメだわ。
途中に踊り場でもあればいいのに。
いつまで落ちでも階段が続く。
あんまり痛くて、わけがわからなくなってきた。
私は誰?
ここはどこ?
ええと、私は主婦で、ここはデパートで
買い物をしていて、上の階へ行こうとして
でも、エレベーターが満員だったから
しかたなくエスカレーターに乗って・・・・
2014/11/08
議事堂で会議が始まろうとしている。
ここで決議すべき議題は
ここで決議できないほどにある。
非常識な質問が大理石の壁を削る。
「多数決制度が多数決によって否定されたら
その決定に従うのでありますか?」
無責任な意見が床の絨毯の上に渦巻く。
「個人的な利害関係のある者が
公的な決定に関与してはなりません」
不愉快な批判が天井のシャンデリアを揺する。
「反対でなければ賛成とは
賛成でなければ反対なので、異議あり!」
この議事堂には出口がない。
と言うか
もともと入り口すらなかったはず・・・・
2014/11/05
あの子が笑うと
この子が泣くの
おめめ閉じたら
うなじに ポタリ
なにしているの
どうするつもり
コケシが落ちる
虫の音 チリリ
誰も来ません
どこへも行かぬ
ぼやけた水滴
心に ジワリ
2014/11/03
大海原の真ん中あたり
小型の救命ボートが漂流している。
「喉が渇いた」
髭だらけの男がうめく。
「あんたのせいよ」
乱れ髪の女がなじる。
「うるさい!」
「どっちが」
夫婦のようである。
女は赤ん坊を抱えていた。
「乳は出ないのか?」
「あんたの分まではね」
「飲ませろ」
「海水なら、いくらでも」
男が女を殴る。
女の鼻から血が流れ出る。
あごの先から赤い雫が乳房に垂れる。
すぐに赤ん坊がしゃぶりつく。
真っ赤な顔の赤ん坊。
顔を見合わせる男と女。
波が小型ボートをきしませる。
まだ日は昇ったばかり。
2014/11/01
踊れるうちが
花なれば
踊らずして
なんとしよ
花と咲いて
散るにせよ
実ならずして
なんとしよ
2014/10/30
私の家の裏庭には
色々な「楽木」が茂っています。
「楽木」は楽器の音のする木のこと。
たとえば、この木は「ピアノの木」だから
枝の葉が地面に落ちると、ピアノの音がします。
あの木は「ヴァイオリンの木」よ。
他にも、フルート、チェロ、マリンバ、トランペット、・・・・
秋には優雅にシンフォニーやコンチェルトを奏でます。
「うるさいわね」
近所の家から、そんな声も聞こえます。
でも、あれは
「言葉」の一種「文句の木」の葉音だから
あまり気にしなくてもかまわなくてよ。
2014/10/28
「おめでとう」と言われて
素直に喜ぶ人がいる。
「関係ない」
そう思う人もいるだろう。
「ふざけるな!」
怒る人だっているかもしれない。
ひとつの言葉なのに
受け止め方はいくつもある。
だから問題なのは
言葉ではない。
それが置かれる位置と置き方とタイミングだ。
2014/10/26
「セノコノヒラソ、って言ってみろ」
また命令するのね。
「セノコノ・・・・」
あれ、なんだっけ?
「セノコノヒラソ、だ」
「・・・・ヒラソ」
「続けて言わなくちゃダメだ!」
怒鳴らなくたっていいのに。
「セノコノヒラソ」
「よしよし!」
なんだか知らないけど、妙に喜んでる。
「次は、あたしにセノコノヒラソして、って言え」
なんだかいやな感じだなんだけど
殴られるのはもっといやだから・・・・
「あたしにセノコノヒラソして」
「よしよしよし!」
とっても喜んでる。
「それじゃ、しょうがないな。
たっぷりセノコノヒラソしてやろう」
そうしてあたしは、セノコノヒラソ
とかいうのを、たっぷりされてしまった。
2014/10/21
わたくしという意識は
青白き炎のごときもの
闇を焦がし
溜息にゆれ
燃えておれば あり
消えておれば なし