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  • 時計台守り

    2008/09/20

    変な話

     

    果てしなく広がる宇宙を海にたとえれば
    その古い時計台は離れ小島に建っている。

    小島には時計台守りの老人が住んでいて
    この老人の他に住人はいない。

    時計台のネジを巻くのが老人の仕事だが
    老体にとってあまり楽な仕事ではない。

    それでも毎日、老人は時計台に登る。
    くる日もくる日も時計台のネジを巻く。

    旅の途中の船が時間に迷わぬように。
    急ぐ船が時間に振り回されぬように。

    もっとも、船はめったに小島の近くを通らない。

    それでも老人は、ネジ巻きを欠かさない。

    時々、老人は岸辺にひとりたたずむ。
    そこから果てしない時の流れを眺める。

    はるかな遠い未来が
    いつしか近い未来になる。

    やがて未来は現在になり
    すぐに現在は過去にかわってしまう。

    近い過去はさらに遠い過去へと続く。
    どこまで続くのか、果ては見えない。

    いつもながら美しいものだ
    と老人は思う。

    この時の流れを止めてはいけない。
    誰かがネジを巻かなければならない。

    そんなふうに老人は確信するのだ。

    それから老人は、時計台の文字盤に目をやる。
    もうすぐ一日が終わろうとしている。

    ううん、と老人は背伸びをする。

    「明日もいっぱいネジを巻くんだ」

    そんな老人の呟きが海のかなたへ消える。

     

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  • 毒グモ

    二の腕に入れ墨を彫った。

    初めてなので、怖い気持ちもあり、
    比較的無難な場所を選んだのだ。


    派手な色のクモの入れ墨だった。
    熱帯に生息する毒グモなのだそうだ。

    こいつに噛まれると悲惨なことになる。
    三日三晩、踊り狂った挙句に死ぬという。

    無害なクモよりはいい。
    箔がつく。


    仲間のほとんどは入れ墨をしていた。

    トカゲとかサソリとか蛇とか蝶とか。
    みんな、それなりに決まっていた。

    クモの入れ墨をしている奴はいなかった。
    クモが好きな奴なんかいないのだろう。

    だが、他に適当な図案はなかった。


    彫る動機なんかいいかげんだった。
    仲間から軽く見られたくなかっただけだ。

    いろいろやばい薬も使ったことがある。
    危ない目付きも様になってきたと思う。

    だけど、まだまだ生き方に甘さがある。
    なんだかわけもわからず焦っていた。


    仲間から彫リ物師を紹介してもらった。

    老人だった。
    その眼は酒で濁っていた。

    腕がいいのか、そんなに痛くなかった。

    「こいつに呪いをかけておいたよ」

    濁った眼でいやらしく笑うのだった。
    ただの酔っ払いの戯言だと思った。


    それにしても、この毒グモは不気味だった。
    なんだか生きてるような気がするのだ。

    皮膚の上を少しずつ移動する。
    まるで本物の毒グモが這っているようだ。

    二の腕から、まず肩に移動した。
    肩から胸に移り、しばらく蠢いていた。

    さらに脇腹から背中にまわり、
    反対側の脇腹から臍の下まで這ってきた。

    通り道は疼くような感じがするのだった。

    やがて陰毛の茂みに隠れてしまった。
    こっちは疼いて疼いてしかたなかった。


    ある晩、名も知らぬ女を抱いた。

    女を抱くのはこれが初めてだった。
    そんなこと、仲間には絶対に言えない。

    入れ墨の通り道を女に教えてやった。
    女は笑っただけで、信じてくれなかった。

    でも通り道に沿って舌で舐めてくれた。


    翌朝、疼きが嘘のように消えていた。

    すぐ横で、女はまだ眠っていた。
    まだあどけなさの残る寝顔だった。

    妹くらいの年齢かもしれないと思った。

    「いいもん。死んでやるから」

    寝言だろうか。
    女は寝返りを打った。

    その白い背中に入れ墨があった。


    それは不気味な毒グモのように見えた。
     

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  • 動物病院

    2008/09/20

    愉快な話

    熊のぬいぐるみの具合が悪いので
    動物病院へ連れてゆくことにした。

    まちがっているけど、しかたないのだ。

    私は動物が好きなのだけれど

    私が住んでいる団地では、規則により
    犬猫を飼ってはいけないのである。

    それで犬猫のぬいぐるみを探したけれど
    なかなか良い犬猫のぬいぐるみがなくて

    気に入ったのは結局、熊のぬいぐるみ。

    すぐに買ってしまって、もう嬉しくて
    いつも寝るときに抱きしめて寝ている。

    なぜか抱いていると安心して眠れるのだ。


    ところが最近、この熊のぬいぐるみが
    一緒に寝るのを拒否するようになった。

    きっと精神的な病気に違いない。

    とすれば、仮に動物ではないとしても
    おもちゃ病院では治らないだろう。

    つまり、まあそういうわけなのだ。


    動物病院を訪れるのは初めてだった。

    しばらく私たちは待合室で待たされた。

    意外にも本物の動物の患者は少なくて
    杖を突いた老犬が一匹いるだけだった。

    狐によく似た顔の人間の患者もいた。

    ぬいぐるみの患者も多かった。
    ライオン、ワニ、キリン、それに毛虫。

    かれらに付き添いはいないようだ。

    高そうな陶器の犬までおすわりしていた。

    私は内心、ホッとした。
    笑われたらどうしようか、心配だったのだ。


    驚いたことに、ナースは羊だった。

    キャップというのか、髪飾りというのか
    あのナースのマークを頭にのせている。

    白衣は着ていないが、羊毛は白っぽい。

    さらに驚いたことに、医者は牛だった。

    それらしい白衣を首のあたりに巻きつけ、
    聴診器を鼻の穴からぶら下げている。

    よだれをダラダラ垂らしながら
    しきりに尻尾を振ってハエを追い払う。

    「どうしたのかね?」

    よかった。人の言葉を話せる牛で。
    さすが医者だわ、と私は感心した。

    「クマちゃん。先生にお話しなさい」

    私は熊のぬいぐるみの頭を撫でてやる。

    「怖くないわよ。草食だからね」

    それでも、なかなか話し出そうとしない。
    ぬいぐるみのくせに人見知りするのだ。

    「クマちゃん。どうしたの?」
    「・・・・・・べつに話すことなんかないよ」

    困ってしまう。反抗期かもしれない。

    しかたないので、私が病状を説明した。

    口にするのが恥ずかしいようなことも
    正直に話さなければいけなかった。

    そういう意味では、相手が牛でよかった。

    「・・・・・・なるほど」

    牛の医者は大きくうなずいた。

    なんて、偉そうなんだろう、と私は思った。

    「つまり、これは倦怠期ですな」
    「まさか!」

    私は信じられなかった。

    牛の医者はますます偉そうに首を振る。

    「他の可能性は考えられませんな」

    突然、目の前が真っ暗になった。

    「暴れないでください。落ち着いて」

    それは羊のナースの声だった。

    背後にこっそり立っていた羊のナースが
    私の頭になにかをかぶせたのだ。

    さらに、あれこれ理不尽な指示をする。

    ようやく目の前が明るくなった。

    羊のナースが手鏡を差し出す。

    「パンダの着ぐるみです」

    手鏡に映る私はパンダの姿であった。

    つまり、私は羊のナースの前脚で

    パンダのぬいぐるみのようなものを
    乱暴に着せられたのだ。

    「どうですか?」

    牛の医者がまじめな顔で質問する。

    「どうですか、と言われても・・・・・・」
    「なかなか似合うよ」

    その明るい声は熊のぬいぐるみだった。

    「・・・・・・そう?」
    「うん。かわいいよ」

    私は嬉しくなってしまった。

    なんだ。こんなに簡単なことだったんだ。

    「でも・・・・・・」
    「なあに?」

    頭をかく、熊のぬいぐるみ。

    「ぼく、パンダより、ウサギがいいな」
     

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  • 堂々巡り

    2008/09/19

    変な話

    彼は哲人である。
    (なぜ私は私なのか?)

    今、彼は悩んでいる。
    (たとえば、なぜ私は彼女でないのか?)

    悩みは深刻らしい。
    (しかし、もし私が彼女なら)

    散歩しながら考え込んでいる。
    (彼女は私になってしまう)

    ところで、彼には恋人がいない。
    (すると、やはり私は私でしかない)

    まあ、しかたがない。
    (私である彼女は、なぜ私は私なのか考える)

    なにしろ、彼は哲人なのだから。
    (これでは堂々巡りだ)

    世俗的なことなど眼中にない。
    (それにしても、なぜ私は私なのか?)

    たった今、彼は交通事故で亡くなった。
    (逆に、なぜ私でないのは私でないのか?)

    自分が死んだことさえ気づかない。
    (たとえば、なぜ彼女は私でないのか?)

    現実の世界など眼中にないらしい。
    (しかし、もし彼女が私なら)

    すでに彼は胎児に生まれ変わっている。
    (私は彼女になってしまう)

    それでも気づいていない。
    (すると、やはり私でないのは私でない)

    まあ、しかたがない。
    (彼女である私は、なぜ私は私なのか考える)

    なにしろ、彼女は哲人だったのだから。
    (これでは堂々巡りね)
     

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  • 近 道

    2008/09/18

    怖い話

    その場所へ行くためにはいつも
    大きくまわり道をしなければならなかった。

    近道をしようと別の道を歩いてみても
    結局、遠まわりになってしまうのだった。


    ある日、その場所から家に帰るにあたり、
    初めて通る道を歩くことになった。

    それは明らかに近道のように思われた。
    道は家のある方向へまっすぐのびていた。

    どうしていままで気づかなかったのか。

    ここへ来る時、この道に出ないのは
    いったいどういうわけなんだろう。

    なんだか不思議な気がした。


    とにかく、そのまっすぐな道を歩き始めた。


    ある気がかりな考え事をしながら
    知らないうちに長時間歩いていた。

    とっくに家の近くに出そうなはずなのに
    あいかわらず見覚えのない景色ばかり。

    足もとの影法師は進行方向へのびていた。
    出発した時もそうであったように思う。

    もう少し進んだら、はっきりするはずだ。


    向こうに見える林は近所の林かもしれない。
    それにしては高い塔が見えないけれど。

    歩き疲れて足が痛くなってきた。

    それとも靴が合わないのだろうか。
    たしかに見覚えのない靴ではある。


    坂道の途中に小さな墓地があった。

    こんな道端に墓地があるなんて、変だ。
    なんだか気味が悪くなってきた。

    痛みをこらえながら急いで通りすぎた。

    墓地が見えなくなってから思いついた。
    交通事故で亡くなった人の墓かも。

    それにしては自動車が一台も通らないけど。


    まだ見覚えのある景色が現れない。
    やっぱり道をまちがえたのだろうか。

    そうかもしれない。そうだろうか。
    そうでないかもしれないではないか。

    ついに考える気力まで失われてきた。


    喉が渇いた。腹も空いてきた。
    あいにく小銭さえ持ってないのだった。

    そういえば、喫茶店や食堂らしき店、
    通りのどこにもなかったような気がする。

    いやな予感がしてきた。


    とうとう十字路のところで立ち止まった。

    いったいここはどこなんだろう。

    町名の表示のようなものは見当たらない。
    道を尋ねようにも人影さえない。

    ああ、いやだ。ここはいやなところだ。


    やっぱり来た道を引き返そう。

    おそらく、さっき考え事をしていた時、
    家の近くを通りすぎてしまったに違いない。

    そう決め付けて、振り返った。


    再び歩き出そうとして、しかし躊躇した。

    なにやら知らない道のように思えたのだ。
    歩いてきた道はこの道だったろうか。

    他の三本の道にも記憶がなかった。

    どうして十字路なんかで立ち止まったんだ。

    こんなところで悩んでしまったから
    もう方角がわからなくなってしまった。

    あわてて足もとを見下ろした。
    なぜか影法師までいなくなっていた。

    どこへ消えてしまったのだろう。
    そんなこと、わかるはずがなかった。

    どの道をいけばいいのだろう。

    それはなおさら、わからないのだった。
     

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  • タイル渡り

    待ち合わせ時刻には早かったので
    時間つぶしに近くの公園に寄ってみた。

    地面にはすべてタイルが敷かれてあり、
    見た目のきれいな公園だった。

    心を落ち着かせるなら土の地面だが
    タイルの地面は心を躍らせてくれる。

    赤や青や緑、色とりどりのタイルを
    眺めているだけで笑いたくなってくる。

    ところが、女の子が泣いていた。
    近くに母親はいないようだった。

    見渡しても、公園には母親どころか
    おれと女の子の他に誰もいないのだった。

    しかたないな、とおれは思った。

    「どうしたの?」
    声をかけると、女の子は泣きながら見上げた。

    おれは慌てて膝を折ってしゃがんだ。
    大人が子どもを見下ろすのは賢明ではない。

    泣きながらでは話しにくいのか
    女の子は人差し指で足もとを示した。

    彼女はピンク色のタイルの上に立っていた。

    「これはピンクのタイルだね」
    泣きながら女の子はうなずいた。

    うなずかれてもおれは困ってしまう。
    「ピンクのタイルがどうしたの?」

    ふたたび女の子は人差し指で示した。

    彼女が立っているピンクのタイルから
    少しばかり離れたところ。

    それもピンクのタイルだった。
    「あれもピンクのタイルだね」

    泣きながら女の子はうなずいた。

    あいかわらずおれは困ってしまう。
    「あのピンクのタイルがどうしたの?」

    女の子はピンクのタイルに片足で立つと
    もう片足を前へ伸ばした。

    伸ばした先にピンクのタイルがあった。

    (ああ、そうか!)
    ようやくおれは理解できた。

    この子はタイル渡りをしていたのだ。

    同じ色のタイルだけ踏むことができて
    途中で別の色のタイルを踏んではいけない。

    そういうルールのひとり遊びをしていたのだ。
    いかにも子どもがやりそうなゲームだ。

    途中で渡れなくなって泣いていたのだ。

    「よしよし、わかった」

    おれは女の子の体を持ち上げ
    そのまま別のピンクのタイルに運んでやった。

    彼女はすぐに泣きやんだ。
    「おじさん、ありがとう」

    おにいさん、と呼んで欲しかったが
    こんなに幼くては、まあしかたないか。

    「どういたしまして」

    女の子は兎のようにピョンピョン飛び跳ね
    ピンクのタイルを次々と踏んでいった。

    公園の出口の前まで跳ねると、手を振った。
    「バイバイ!」

    おれも手を振ってやった。
    「バイバイ」

    女の子はピョンと跳ねて公園から消えた。

    おれはベンチに腰を下ろし、腕時計を見た。
    約束の時刻にはまだ間があった。

    暇で、すぐに退屈してしまった。
    (なにかおもしろいことないかな・・・・)

    なに気なく足もとを見下ろすと
    片足がピンクのタイルを踏んでいた。

    公園にはやはりおれしかいなかった。
    立ち上がると、おれはタイル渡りを始めた。

    やってみると、なかなか楽しい。

    かなり離れた場所のタイルに着地できると
    子どもみたいに嬉しいのだった。

    ふと腕時計を見ると、もう時間だった。
    タイル渡りもおしまいだ。

    おれはピンクのタイルから足を浮かせ、
    公園の出口に向かって歩き始めた。

    その途端、おれはひどいめまいを感じた。

    気がつくとおれは、公園の地面の下、
    息もできないくらい深く埋まっていたのだった。
     

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  • タイムマシン

    2008/09/17

    愉快な話

    さてさて。
    ついにタイムマシンが完成した。

    さっそく過去へ行ってみよう。

    スタート!


    おや。
    もう着いたようだ。

    どれどれ。
    なつかしい風景が見えるかな。


    あっ!
    なんということだ。

    失敗だ。
    未来に着いてしまった。


    くそっ。
    まだなにもないぞ。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


    やれやれ。
    ひどい目にあった。

    今度は大丈夫。

    やっと過去に着いた。


    苦労したよ。
    タイムマシンの調子が悪くて。

    どれどれ。
    なつかしい風景を見せてくれ。


    あっ!
    なんということだ。

    これが過去か。


    くそっ。
    もうなにもないぞ。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


    いやはや。
    なんとか現在に戻ることができた。


    しかし驚いたね。
    未来も過去もないとは。

    タイムマシンなんか役に立たない。
    ただ現在があるだけなのだ。

    なるほど。
    理屈ではあるな。


    どれどれ。
    その現在はどうなっているのかな。


    あっ!
    なんということだ。

    これが現在か。


    くそっ。
    もうおしまいだぞ。
     

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  • 戦 車

    2008/09/16

    ひどい話

    あたたかな日差し、おだやかな空。

    小鳥さえずり、兎がピョンと跳ねる。
    そよ風に菜の花がのんびり揺れている。

    絵のような、のどかな春の田園風景。


    それらを無視して、戦車が進んでゆく。

    厳しい装甲板と砲塔。威圧する砲身。
    巨大な鋼鉄の芋虫が、不気味に地を這う。


    木陰では、恋人たちが見つめ合っている。
    若草の上に座り、手と手を握るふたり。

    娘は静かに目を閉じて、あごを上げる。
    その小さな唇に、若者の唇が近づく。


    だが、唇は唇にたどり着けなかった。

    とんでもない音がした。
    娘は目を開く。

    そこに若者の愛しい唇はなかった。
    若者の鼻も、両目も、額も髪もなかった。

    若者の首から上がなくなっていた。


    横を見ると、そこに戦車の威容があった。
    黒い砲口から、白煙があがっていた。

    ハッチが開くと、指揮官が顔を出した。
    娘を見下ろし、パイプに火をつける。

    「どうだ、これでよくわかっただろう」

    気持ち良さそうに煙を吐き出す。

    「平和のありがたみ、とかいうものを」

    方向転換をすると、戦車は去っていった。


    娘の落ち着かない視線が、さ迷っている。
    首から上の恋人をまだ探している。

    娘は、首から下の恋人に尋ねてみた。

    「ねえ、どこへ消えてしまったの?」

    ごぼっ、と泡の吹き出るような音がした。


    白い鳩が、どこか遠くへ飛んでゆく。
     

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  • 蝉 猫

    2008/09/16

    変な話

     
    ある暑い夏の昼下がりのことでした。


    私は縁側で裸のまま昼寝をしていました。
    まるで風というものがないのでした。

    とても寝苦しかったことを覚えています。


    うつらうつらとまどろみかけた時、
    蝉の鳴き声のような猫の鳴き声を聞きました。

    あるいは、猫の鳴き声のような蝉の鳴き声
    であったかもしれません。


    庭を見ると、一匹の猫がいるのでした。
    その狭い額に一匹の蝉がとまっていました。

    これは蝉猫とでも呼ぶしかありません。
    手招きすると、蝉猫は公園へ逃げました。

    私の家の庭には垣根というものがなく、
    そのまま隣の公園へ続いているのです。


    公園のベンチには老人が腰掛けていました。

    めらめら燃える麦わら帽子をかぶったままの
    その老人が眼を凝らしているのは、

    顔が溶接された若い男女のカップルでした。


    もっと若いカップルもいました。

    砂場では男の子が磔ごっこに夢中で、
    逆さ十字架の上で女の子が泣いていました。


    そんな公園風景をぼんやり眺めながら
    ふと気づくのは、視界の大いなる傾きでした。

    脇腹まで腰が縁側に沈んでいるのでした。
    年月を経た床板は涼しく感じられました。

    歪んだ木目がたまらなく愛しくなり、
    私はそっと頬を押し当ててみたのでした。


    ある暑い夏の昼下がりのことでした。
     

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  • 砂時計

    2008/09/15

    ひどい話

     
    これは祖父の遺品のひとつなの。

    石の中に埋め込まれた砂時計。
    ほら、貝の化石も一緒に埋まってる。

    今、最後の砂が下に落ちたところ。


    「それじゃ、また明日ね」

    彼との電話を切る。その時間だから。
    ほんの少ししか話せなかった。

    でも、やっぱり切る時間だな、と思う。
    彼と一緒の時間が短くなってきている。

    以前はあんなに長く楽しめたのに。
    いつまでも砂は落ち続けていたのに。

    私たち、もうおしまいなのかな。
    でもまあ、しょうがないのかな。


    それにしても、不思議な砂時計。
    これさえあれば、時間のことで失敗しない。

    どんな料理でもおいしく作れる。
    正確な調理時間を教えてくれるから。

    祖父が亡くなった時も教えてくれた。


    いつまでも教えてくれない時もある。
    いつまでも終わらない場合とかね。

    たとえば、人類最期の時をイメージしながら
    ほら、砂時計をひっくり返すよ。

    すると、こんなふうに砂が落ち続けるの。
    いつまでも、いつまでもね。

    ねっ、とっても不思議でしょ。

    誰がこんなの作ったのかしら。

    古代文明の遺品だったりして。
    なにしろ祖父は考古学者だったから。


    あれっ、ちょっとおかしいな。
    こんなはずじゃないんだけど。

    まさか。うそよ。うそに決まってる。

    ああっ、最後の砂が・・・・・・!
     

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