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2008/09/07
あやしげな薬を飲んだ。
彼に無理やり飲まされたのだ。
彼も一緒に飲んでくれたけど。
「心配ない。楽しくなるだけさ」
でも、別に変わったことはない。
彼が消えてしまったことくらいかな。
それで部屋を見まわしてみたら
首のない人形が床に落ちていた。
ミニ断頭台とセットの人形だろう。
彼はとても悪趣味なのだ。
かわいそうに思って拾ってやる。
かわりの首をつけてやろうと探したら
ベッドの上に適当な首があった。
よく見たら、彼の首だった。
彼の首は心配そうな顔をしている。
「どう? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫みたい。あなたは?」
「うん。平気だよ」
それを聞いて安心した。
安心したら嬉しくなってきた。
嬉しくなったら笑いたくなってきた。
笑い出したら止まらなくなって
死ぬかもしれないくらい笑ってしまった。
彼の首が困ったような顔をしている。
またそれがおかしいのだけれど
さすがに心配になってきた。
笑っている場合ではなかったのだ。
「で、接着剤はどこ?」
2008/09/07
学校で肝試しをすることになった。
この夏に転校してきたばかりなので
同級生に臆病者と思われたくなかった。
夜、ひとり校門を出て裏山に登った。
山寺の墓場があり、その一番奥に
大きな地蔵が立っているはずだった。
暗くて足もともわからなかったが
それらしい真っ黒な輪郭が見えてきた。
なるほど、大きな地蔵様だ。
「何者だ!」
突然、その地蔵に怒鳴られた。
もう驚いたのなんの
思わず小便をもらしてしまった。
懐中電灯の光がまぶしかった。
「なんだ。子どもじゃないか」
どうやら、この寺の住職らしい。
「なにしとる、こんな時間に」
しどろもどろになって説明した。
「なに? 学校の肝試しだと」
恐ろしい顔の老人だった。
「あそこは、十年前から廃校だぞ」
2008/09/07
やはり、嫁は狐だった。
私は厳粛な態度で嫁に言い渡す。
「尻尾は見なかったことにしておく」
申し訳なさそうに嫁が項垂れる。
押し殺せない笑みが私の頬に浮かぶ。
「それにしても、うまく化けたものだ」
顎に手をかけ、嫁の顔を持ち上げる。
「あの女優にそっくりだ」
嫁の両目から涙がこぼれ落ちる。
嫁は私の好きな女優を知っているのだ。
「なにも泣くことはない」
あの女優の泣き顔なら悪くない。
もっと泣かせてやりたいくらいだ。
「あの声は出せるか」
嫁は狐みたいにキョトンとする。
「あの歌手の声だ。できないのか」
「できます。・・・・・・この声ですね」
そっくりだ。
私の好きな歌手の声。
歌わせてみたいが、まだ早い。
嫁の足首をつかみ、私は命令する。
「この脚を、あのモデルの脚にしろ」
再び、嫁はキョトンとする。
あわてて私は怒りを呼び覚ます。
「できないのか!」
「できますできます、できます」
私の好きな女優の顔を曇らせ、
私の好きな歌手の声の持ち主は
私の好きなモデルの脚を震わせた。
まだまだ好きなのはたくさんあるが
とりあえず、
いい嫁ではないか。
2008/09/06
僕は熱血野球少年だった。
ある朝、バットを持って玄関を出たら
女の子が生け垣に絡まっていた。
「キミ、そんなところでなにしてるのさ」
「なんでもないの」
「そんなふうに見えないけど」
「ところで、ねえ、知ってるかしら」
「なにさ」
「あのね、あたしがまだ小鳥だった頃、
木の枝の上で、リスさんに聞いた話なの」
僕が女の子に暴力を振るったのは
あのときが最初だった。
2008/09/06
「もう準備できたんじゃない?」
「うん。そろそろかな」
「それにしても、手間かかったね」
「なにしろ、立体ビリヤードだもん」
「じゃ、みんなを呼んで始めよう」
「OK!]
宇宙空間に巨大な棒が次々と出現した。
そのうちの一本が地球を
「ドン!」と突いた。
2008/09/05
部屋の窓を開けたままにしていたので
隣の家のお姉さんに見られてしまった。
レースのカーテンさえ引いてなかった。
「ひとりでカード遊び?」
まるで肖像画のような窓辺のお姉さん。
その腰から下は隠れて見えない。
短いスカートならいいな、と思った。
「おじゃましていいかしら?」
声が出せなくて、僕は小刻みにうなずく。
握ったカードが汗に濡れていた。
「お留守番、えらいわね」
ハイヒールを片手に持って
お姉さんは窓から部屋に入ってきた。
すごく短いスカートだった。
「わたしのこと、占ってよ」
僕はうつむいたままカードを配る。
「お姉さんもカード遊びするの?」
僕もそうだろうけど
お姉さんの額には汗が浮かんでいた。
「さあ、どうかしら」
白いブラウスから下着が透けて見えた。
めくったカードは女王の絵柄だった。
「ねえ、知ってる?」
僕はお姉さんのこと、なんにも知らない。
首を横に振るだけ。
「背中の汗ってね、とっても甘いのよ」
お姉さんの声は少しかすれていた。
きっと喉が渇いているのだろう。
ひどく蒸し暑い部屋だったから。
2008/09/05
胸騒ぎがして目が覚めた。
二階の部屋を出て階段を下りてみる。
なんとなく様子がおかしい。
廊下を進んで一階の居間を覗いてみる。
パパもママも起きていた。
「どうしたの?」
目をこすりながら寝ぼけた声で尋ねた。
「起きちゃったか」
「うん」
「どうやら火事のようだね」
「ああ、火事ね」
「ものすごく燃えているらしいぞ」
「どこが?」
「かなり近くだろう」
「ぼく、のどがかわいちゃった」
ママが笑う。
「冷蔵庫にジュースが入っているわ」
スリッパを引きずりながら台所へ行く。
スリッパをパタパタ鳴らして居間に戻る。
「ママ、冷蔵庫に近づけないよ」
「あら、どうして?」
「だって、台所が燃えているんだもん」
「まあ、台所が火事だったのね」
「とても熱かったよ」
「知らなかったわ。ごめんなさいね」
廊下から黒い煙が流れてきた。
パパが咳き込んだ。
「ドアはちゃんとしめなさい」
「はい、わかりました」
しっかり返事しないとパパは怒るんだ。
「のどがかわいちゃった」
「朝まで我慢しなさい」
窓の外が明るかった。
「もう朝だよ」
「まさか、まだ真夜中よ」
窓を開け、顔を突き出して外を見た。
「わあ、隣の家が燃えてる!」
「夜中に大きな声を出さないでね」
「わあ、隣の家の隣の家も燃えてる!」
「まったくもう」
「わあ、みんな燃えてる!」
「静かにしないと本気で怒るわよ!」
ぼくは口を両手で塞いだ。
ママが本気で怒ると、パパより怖いのだ。
「もう寝なさい」
「はい、わかりました」
ドアを開けると、煙と火の粉が入ってきた。
急いで廊下に出てドアを閉める。
手探りで階段を上り、自分の部屋に戻る。
ベッドが燃えていた。
机や椅子も赤々と燃えていた。
煙を吸って咳き込んで涙が出てきた。
もう今夜は眠れそうにないな、と思った。
2008/09/03
私たちは並んで夜道を歩いていた。
スポットライトみたいに満月に照らされ、
私たちはみんな友だちだった。
突然、その友だちのひとりが叫んだ。
「ねえ、見て! 私たちの影法師」
私たちは振り返り、地面を見た。
ごく普通の影法師だった。
ありふれた輪郭で、口など裂けてない。
「これがどうしたっていうの?」
「だって、影法師が五人いる」
たしかに影法師は五人いる。
でも、友だちは四人しかいない。
みんな悲鳴をあげた。
すると、怒った声がした。
「ばか! 自分自身を数えてないぞ」
あっ、そうか。そうであった。
私たちは、全部で五人だったのだ。
でも、今の声は誰だろう。
どの友だちの声でもなかった。
私たちはあたりを見まわした。
私たちの他に誰もいないのだった。
2008/09/02
登校の途中、女の人に呼び止められた。
「ねえ、私の家にお寄りなさいな」
僕は返事に詰まってしまった。
「ねえ、いいでしょ」
「僕、学校へ行くんだ」
「あら、そんなの大丈夫よ」
「でも、遅刻すると先生に怒られる」
「だったら、私が連絡しておくわ」
「でも、でも、ママに叱られる」
「平気よ。黙っていればわかんないわ」
まだ僕は心配だったけど、
大人の女の人が大丈夫と言うのだから
本当に大丈夫なんだ
と思ってみたんだ。
それで僕は、女の人と並んで歩いた。
この女の人を〈おばさん〉と呼ぶのか、
〈おねえさん〉と呼ぶべきなのか、
よくわからなかったので
僕は黙りがちだった。
「私の家はすぐそこなのよ」
「あの、どうして僕のこと・・・・・・」
「女の子なのに、どうして〈僕〉なの?」
「えっ?」
僕は驚いた。
「僕、女の子じゃないよ」
「うそ。どこから見ても女の子よ」
そういえば、ピンクのスカートをはいてる。
さっきまで黒い半ズボンだったのに。
髪の毛も長くて、三つ編みになっていた。
「ほんと、女の子みたいだ。おかしいな」
声まで女の子みたいだった。
あたりの景色まですっかり変わっていた。
見慣れた町はどこかに消えていた。
「ここよ。さあ、お入りなさい」
女の人に案内されたところは牧場だった。
大きな赤い牛が草を食べていた。
「どこが家なの?」
厩舎らしき建物さえ見えないのだった。
「いいじゃない。そんなこと」
そうかなあ、と私は思った。
女の人と私は黙って牧草地を歩いた。
風が吹くとスカートの裾が持ち上がるので
慣れない私は落ち着いて歩けなかった。
女の人もスカートをはいていた。
長くてヒダのある紺色のスカート。
このまま私が大人になるとしたら
こんな女の人になれるのかもしれない。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「私、なんだか・・・・・・」
「さあ、着いたわよ」
女の人がドアを開けると、
そこは見知らぬ学校の教室だった。
「みなさんの新しいお友だちを紹介します」
たくさんの瞳が私を見つめるのだった。
2008/09/01
夜、学校の音楽室には近寄れない。
壁に貼られた大作曲家の肖像画が笑うから。
ピアノが勝手に演奏を始めるから。
「ふん、笑わせないでよ」
「でも、この目で見て、この耳で聞いたわ」
「それ、いつの話?」
「昨日の放課後。かなり暗かった」
「あら。あんた、昨日は早退したくせに」
「そうよ。あたし、なんで音楽室にいたのかしら?」