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2011/11/21
女と目が合ってしまった。
「逃げないで」
僕が逃げようとしていること
どうして彼女にわかってしまうのだろう。
「もう追いかけるの、疲れちゃった」
彼女、一丁の拳銃を僕に差し出す。
「これで、私を撃って」
ズシリと重く、ヒヤリと冷たい。
「私は、あなたにしか見えない」
そんな気がしていた。
「私の死体も、あなたにしか見えない」
そうかもしれない。
「だから、心配しなくてもいいのよ」
僕は彼女の胸に銃口を向け
ためらいもせずに引き金を引く。
銃声と衝撃。
悲鳴と血しぶき。
痙攣したように撃ち続ける指。
穴だらけになる幻想の女。
休日の歩行者天国に
いつまでも響き渡る銃声と悲鳴。
2011/11/20
マンション管理組合の定期総会で
裏庭の一角を畑にすることに決めた。
担当役員を決め、土を掘り、ブロックで区画。
ホームセンターで肥料や土を買い、
なかなか立派な畑らしきものができた。
さて何を植えようか。
そんなことを考えていたら
居住者の娘さんが屋上から飛び降りた。
美人だなあと思ってはいたが
まだ高校生だという。
もったいない気がしたので
この娘さんの死体を畑に埋めた。
その作業を見ていた住人もいたであろうに
娘さんの親からもどこからも苦情はなかった。
警察からも話はない。
そんなものか、と思った。
しばらくすると、畑から美人が生えてきた。
あの娘さんとは違う。
どことなく似てはいるが
明らかに別の美人だ。
2011/11/19
約束された日だったのに
その日、なにも起こらなかった。
「おかしいなあ」
彼女は首をかしげる。
ひどく落ち込んだ様子。
彼女の信頼する多くの人々が信頼するなにかによって
その日なにか起きなければならなかったらしい。
「ひょっとして、なにか目に見えない事件が起こったのかも」
僕は彼女を慰めてみる。
「そうかもしれないけど、だとしたら、そんなのインチキよ」
まるで僕がそうであるかのように
彼女は僕をにらむ。
そのため、もう僕はなにも言えなくなる。
「また騙されたのかなあ」
そして溜息。
なにも起きなくて、いつもと同じような一日が
なにかを待ち続けていた彼女を無視するかのように終わった。
2011/11/18
遅れて到着したら
すでに行列ができていた。
私はあわてて行列の最後尾に並んだ。
行列は建物の角を曲がって続いており、
ここからでは先頭まで見えなかった。
余裕を持って家を出たのに
途中、電車を乗り違え、しかも
しばらく気付かず遠回りしたため
予定より随分と遅れてしまったのだ。
行列の流れは少し進んでは止まり、
止まっては少しだけ進む。
ようやく建物の角まで着いた頃には
すでに夕刻になっていた。
角を曲がっても行列は延びており、
さらに先の角を曲がって見えなくなっていた。
通りの反対側には別の行列ができていた。
その行列は先の角を反対側に曲がって続いていた。
私は心配になってしまった。
他に行列があるとは思わず、
あわててこの行列に並んでしまった。
あちらの行列はどこへ続いているのだろう。
「あの、すみません。これ、なんの行列ですか?」
外国人らしい通行人が尋ねてきた。
私は答えられなかった。
私の前の人たちも後ろの人たちも
なぜか誰も答えてはくれないのだった。
2011/11/17
ええ、そうなんです。
私はもうこんなですけど、まだ今でも
死んだ子の年を数えております。
ええ、そうなんです。
あの子はほんと、かわいそうに
生まれてすぐに死んでしまいました。
ですから私、あきらめきれなくて・・・・・・
あの子がまだ生きているとしますと、
今年で、ちょうど百歳になります。
ええ、そうなんです。
私より長生きしたことになるのです。
2011/11/16
おれは浴室の床に裸で立っている。
彼女は浴室の壁に裸でしゃがんでいる。
つまり、おれたちは垂直の関係にある。
湯煙の中、おれは彼女を見上げる。
「いやーっ! あっちへ行って!」
壁の彼女は天井ぎりぎりまで逃げる。
なに、あせることはないのだ。
どうせ浴室から逃げられやしない。
浴室から出たら彼女、横に落ちてしまう。
脱衣所を真横に抜けて
廊下の突き当りの窓から外へ落ちて
そのまま地平線の果てまで落下するのだ。
彼女を狙って、おれはジャンプした。
惜しい。
もう少しで足首をつかめたのに。
「だれか、助けて!」
笑える。
この家にいるのはふたりだけだ。
近所に他人の家はない。
もう一度、おれは思いっきり床を蹴った。
(・・・・あれ?)
なんとも妙な感じだった。
着地したところに浴室の照明があった。
それに、彼女がすぐ近くの壁にいる。
すぐに彼女は上へ逃げてしまって
見上げたところに浴槽と床があった。
見下ろすと、足もとは天井だった。
つまり、おれは浴室の天井にいるのだった。
壁の彼女がくすくす笑い出した。
いったい彼女
なにがおかしいというのだろう。
おれたちはまだ
垂直の関係のままだというのに。
2011/11/15
焚き火 囲んで
ギター 弾けば
古き歌など
聞こえます。
切ない恋も
ありました。
儚い夢も
ありました。
あれもこれも
みんな みんな
みんな パチパチ
はぜました。
2011/11/13
僕が塾から帰宅したら、
小学生の妹が居間でドラムを叩いていた。
「ただいま」
普段、そんな挨拶などしない。
きっと驚いたからだろう。
「おかえり」
スティックを鮮やかに空中で回転させ、
最後にドタタンと叩き、妹は演奏を中断した。
「なにしてんだ?」
「見ればわかるでしょ」
「どうしてドラムセットが家にあるわけ?」
「あたしが買ったの」
「どうしておまえがドラム叩けるわけ?」
「夜のアルバイトでドラマーやってたから」
まだまだ尋ねたいことはいっぱいあった。
だが、いつまでも尋ね続けることになりそうな気がして、
このあたりでやめることにした。
妹は再びドコドコバシャバシャやり始めた。
悔しいけど、なかなかうまいものだ。
なかなかというよりかなりというか、すごく上手だ。
(カッコイイ!)
夜のアルバイトとはいかなる内容のものなのか。
演奏が終わったら勇気を出して妹に尋ねてみよう、
と僕は決意しないわけにはいかなかった。
2011/11/12
「愛してる、って言って」
彼女が糸を吐く。
「愛してる」
その糸が僕に絡まる。
「愛してる、ってやってみせて」
僕は彼女にやってみせる。
「愛されてるのね」
彼女の糸が僕を操る。
「私も」
そして、僕を縛る。
「愛しているわ」
彼女が僕を食べ始める。
2011/11/11
比喩でもでもなんでもなく
本当に空気に文字が書いてあった。
[ つまんないから、もう帰りたい ]
情報処理技術の進歩というものは凄まじいものだ。
教育の荒廃なのか世代格差なのか、
場の雰囲気を理解できない人が増え、トラブル頻発。
それを回避するために開発されたのがこいつだ。
指定空間内の強い意識または多数意識を感知・解析し、
指定位置に文字で表示する。
しかし、おれはあえて読めないふりをした。
「いやあ、まったく驚いちゃったんだけど、じつはね・・・・・・」
なにしろ、必死の婚活デートの最中なのだから。