1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2011/11/19
約束された日だったのに
その日、なにも起こらなかった。
「おかしいなあ」
彼女は首をかしげる。
ひどく落ち込んだ様子。
彼女の信頼する多くの人々が信頼するなにかによって
その日なにか起きなければならなかったらしい。
「ひょっとして、なにか目に見えない事件が起こったのかも」
僕は彼女を慰めてみる。
「そうかもしれないけど、だとしたら、そんなのインチキよ」
まるで僕がそうであるかのように
彼女は僕をにらむ。
そのため、もう僕はなにも言えなくなる。
「また騙されたのかなあ」
そして溜息。
なにも起きなくて、いつもと同じような一日が
なにかを待ち続けていた彼女を無視するかのように終わった。
2011/11/18
遅れて到着したら
すでに行列ができていた。
私はあわてて行列の最後尾に並んだ。
行列は建物の角を曲がって続いており、
ここからでは先頭まで見えなかった。
余裕を持って家を出たのに
途中、電車を乗り違え、しかも
しばらく気付かず遠回りしたため
予定より随分と遅れてしまったのだ。
行列の流れは少し進んでは止まり、
止まっては少しだけ進む。
ようやく建物の角まで着いた頃には
すでに夕刻になっていた。
角を曲がっても行列は延びており、
さらに先の角を曲がって見えなくなっていた。
通りの反対側には別の行列ができていた。
その行列は先の角を反対側に曲がって続いていた。
私は心配になってしまった。
他に行列があるとは思わず、
あわててこの行列に並んでしまった。
あちらの行列はどこへ続いているのだろう。
「あの、すみません。これ、なんの行列ですか?」
外国人らしい通行人が尋ねてきた。
私は答えられなかった。
私の前の人たちも後ろの人たちも
なぜか誰も答えてはくれないのだった。
2011/11/17
ええ、そうなんです。
私はもうこんなですけど、まだ今でも
死んだ子の年を数えております。
ええ、そうなんです。
あの子はほんと、かわいそうに
生まれてすぐに死んでしまいました。
ですから私、あきらめきれなくて・・・・・・
あの子がまだ生きているとしますと、
今年で、ちょうど百歳になります。
ええ、そうなんです。
私より長生きしたことになるのです。
2011/11/16
おれは浴室の床に裸で立っている。
彼女は浴室の壁に裸でしゃがんでいる。
つまり、おれたちは垂直の関係にある。
湯煙の中、おれは彼女を見上げる。
「いやーっ! あっちへ行って!」
壁の彼女は天井ぎりぎりまで逃げる。
なに、あせることはないのだ。
どうせ浴室から逃げられやしない。
浴室から出たら彼女、横に落ちてしまう。
脱衣所を真横に抜けて
廊下の突き当りの窓から外へ落ちて
そのまま地平線の果てまで落下するのだ。
彼女を狙って、おれはジャンプした。
惜しい。
もう少しで足首をつかめたのに。
「だれか、助けて!」
笑える。
この家にいるのはふたりだけだ。
近所に他人の家はない。
もう一度、おれは思いっきり床を蹴った。
(・・・・あれ?)
なんとも妙な感じだった。
着地したところに浴室の照明があった。
それに、彼女がすぐ近くの壁にいる。
すぐに彼女は上へ逃げてしまって
見上げたところに浴槽と床があった。
見下ろすと、足もとは天井だった。
つまり、おれは浴室の天井にいるのだった。
壁の彼女がくすくす笑い出した。
いったい彼女
なにがおかしいというのだろう。
おれたちはまだ
垂直の関係のままだというのに。
2011/11/15
焚き火 囲んで
ギター 弾けば
古き歌など
聞こえます。
切ない恋も
ありました。
儚い夢も
ありました。
あれもこれも
みんな みんな
みんな パチパチ
はぜました。
2011/11/13
僕が塾から帰宅したら、
小学生の妹が居間でドラムを叩いていた。
「ただいま」
普段、そんな挨拶などしない。
きっと驚いたからだろう。
「おかえり」
スティックを鮮やかに空中で回転させ、
最後にドタタンと叩き、妹は演奏を中断した。
「なにしてんだ?」
「見ればわかるでしょ」
「どうしてドラムセットが家にあるわけ?」
「あたしが買ったの」
「どうしておまえがドラム叩けるわけ?」
「夜のアルバイトでドラマーやってたから」
まだまだ尋ねたいことはいっぱいあった。
だが、いつまでも尋ね続けることになりそうな気がして、
このあたりでやめることにした。
妹は再びドコドコバシャバシャやり始めた。
悔しいけど、なかなかうまいものだ。
なかなかというよりかなりというか、すごく上手だ。
(カッコイイ!)
夜のアルバイトとはいかなる内容のものなのか。
演奏が終わったら勇気を出して妹に尋ねてみよう、
と僕は決意しないわけにはいかなかった。
2011/11/12
「愛してる、って言って」
彼女が糸を吐く。
「愛してる」
その糸が僕に絡まる。
「愛してる、ってやってみせて」
僕は彼女にやってみせる。
「愛されてるのね」
彼女の糸が僕を操る。
「私も」
そして、僕を縛る。
「愛しているわ」
彼女が僕を食べ始める。
2011/11/11
比喩でもでもなんでもなく
本当に空気に文字が書いてあった。
[ つまんないから、もう帰りたい ]
情報処理技術の進歩というものは凄まじいものだ。
教育の荒廃なのか世代格差なのか、
場の雰囲気を理解できない人が増え、トラブル頻発。
それを回避するために開発されたのがこいつだ。
指定空間内の強い意識または多数意識を感知・解析し、
指定位置に文字で表示する。
しかし、おれはあえて読めないふりをした。
「いやあ、まったく驚いちゃったんだけど、じつはね・・・・・・」
なにしろ、必死の婚活デートの最中なのだから。
2011/11/10
暗い洞窟のような場所である。
土に埋もれた鉄橋の下を連想させる。
なにかを求めてここまで来たはずだ。
しかし、思い出せない。
ガラクタと呼ぶべきものが散乱している。
食べ物であれば完全に腐っている。
道具や機械であれば使い物にならない。
仲間も一緒だが、ろくな奴らではない。
耳障りな舌打ち、失望のため息ばかり。
突然、暗闇の奥に光の穴が開く。
その穴から、土を削る腕が見え隠れする。
誰だろう。
仲間でないことだけは確かだ。
敵だろうか。
だとすれば殺される。
抵抗する気力が自分にあるだろうか。
わからない。
判断力も失われている。
このまま生き続けることに意味があるのか。
なんの意味もないような気がする。
暗闇でガラクタを漁るだけではないか。
広がった光の穴から何者かが侵入してくる。
黒いシルエットが大きくなってゆく。
視線をそらす。
敵意を見せてはいけない。
侵入者の太ももの放射熱を背中に感じる。
ガラクタを蹴散らし踏み潰す靴音。
それだけ。
仲間の声も聞こえない。
みんな、背中を丸め、暗闇の隅に屈んで
侵入者の目から隠れたつもりなのだろう。
やがて、侵入者は光の穴から出てゆく。
まるでガラクタしかなかったかのように
耳障りな舌打ちと失望のため息を残して。
2011/11/09
二十歳の頃、大発見をしたような気がして
眠れないほど興奮したことがある。
昆虫は変態成長をする。
たとえば蝶なら、卵、幼虫、サナギ、成虫となる。
これが植物の生長とそっくりなことに気づいたのだ。
被子植物の生長点部分は、種子、芽、つぼみ、花となる。
形態も機能も似すぎている。
考えてみると、蜂の巣は花や果実のようであり
蟻の巣は根や地下茎みたいである。
植物に擬態する昆虫は多いが
ここまで擬態する意味があるのだろうか。
調べてみると、昆虫のホルモンやフェロモンには
昆虫自身で生合成できない成分があるそうだ。
その場合、食物の成分を使うしかない。
ミツバチの社会では
雌の幼虫は働き蜂の唾液腺から分泌されるローヤルゼリーで養われる。
そのままなら、やがて女王蜂になる。
ところが途中で、植物の蜜と花粉の混合食物に替えると
働き蜂になってしまう。
十数年も地中で暮らし
地上に出て成虫になったら数日で死んでしまうセミの奇妙な生態も
根から養分を吸っていたため、木の生長に合ってしまったのではないか。
植物の進化と分類と生長は
それを食べる昆虫の進化と分類と成長に重なりそうだ。
稲(単子葉類)の籾殻と蛾の繭とか、無関係とは思えない。
調べれば調べるほど、昆虫と植物の関係はあやしすぎる。
そんなこと誰からも教わってなかったので、嬉しくて眠れなくなった。
論文と呼べないようなとりとめのない文章を書いて
動物関係の科学専門雑誌へ投稿したりもした。
無理もないが、ていねいな掲載お断りの手紙をいただいた。
生物分類学や進化論にとって興味深い切り口だとは思う。
けれど、たとえそれが認められたとしても
世の中が変わりそうもない話であることも事実だ。
甘い汁ばっかり吸って社会とかシステムとかに寄生ばかりしていると
そこに組み込まれて抜け出せなくなる、という教訓になるくらいか。
ログインするとコメントを投稿できます。