ノンノン堂
2008/09/23
植木に水をくれていたところだった。
「あの、すみません」
垣根越し、女の子に声をかけられた。
「ノンノン堂という店はどこでしょう?」
知らなかった。
初めて耳にする名前だった。
そこそこ住み慣れた町である。
生まれ育った町ではないが大抵は知っている。
「どんな店なの?」
「この近くにあると聞いたんですけど・・・・・・」
返事が拙いのは幼いからだろうか。
どんな店か説明しにくい店かもしれない。
教えてやりたいが残念だ。
「わからないな」
「・・・・・・そうですか」
その子は行ってしまった
気落ちした表情が同情を誘った。
夕食のとき、家族に尋ねてみた。
やはり誰も知らないのだった。
数日後、ふたたび道を尋ねられた。
茶色に髪を染めた少年だった。
「あの、ノンノン堂はどこですか?」
またか、と思った。
「なにを売ってる店?」
「いや、友だちに聞いただけなんで・・・・・・」
あの女の子と同じような返事だ。
「ごめん。わからないな」
「・・・・・・どうも」
その翌日も道を尋ねられた。
少女と男の子だった。
「ノンノン堂という店はどこでしょう?」
「ノンノン堂はどこ?」
この町の住人でないことだけは確かだ。
「知りません」
「知らん」
さらに翌日は十人に尋ねられた。
やはりノンノン堂だらけであった。
隣に住む奥さんまで尋ねるのだ、
「ねえ。ノンノン堂って、ご存じ?」
さすがに頭にきた。
怒るよ、もう。
立て札を作って垣根の前に立てることにした。
板切れを近所から譲ってもらった。
『ノンノン堂とかいう店は知らん!』
そんな文面を考えていた。
だが、途中で気が変わった。
立て札はやめることにした。
ノコギリを挽きながら吹き出してしまった。
別のものを作ることにした。
そして、完成した。
『ノンノン堂』
なかなか立派な看板ができあがった。
家の門柱に掲げるつもりである。
これでもう道を尋ねられることはあるまい。
だが、その前に決めておく必要がある。
さて、なんの店にしてやろうか。
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