手袋と靴下
2013/06/16
二階の窓から手袋を落としてしまった。
見下ろすと、一階の庇の上に載っていた。
運がいい。
まだ諦めるのは早い。
窓から身を乗り出して、手を伸ばす。
指先に当たり、手袋は下に落ちてしまった。
さすがに諦めなければ。
庇のすぐ下は水面だった。
洪水なのだ。
クラゲが浮かんでいるのが見える。
川の氾濫ではない。
海が氾濫したのだ。
庇の上には他にも載っていた。
ねじれた形の黒い靴下。
いつ落としたのか心当たりもない。
それでも拾うつもりで手を伸ばした。
ところが、黒い靴下は逃げてしまった。
というか八方に散ってしまった。
それは黒い靴下ではなかったのだ。
無数の蟻が靴下の形に群がっていたのだ。
みんな苦労しているんだな、と思った。
窓から上体を引き上げ、腰を伸ばす。
はるか遠い水平線を眺める。
昔、あれは地平線だったのだ。
あそこまで裸足で歩いて行けたのに。
なんでも素手で触れることさえできたのに。
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