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2012/05/20
少年はいつも車椅子に乗っていた。
彼には両足がなかったのだ。
「生まれた時からなかったんだ」
少年は僕に話してくれた。
「でも、かわりに翼がある」
それらしきものは見えなかった。
「そう。見えない翼なんだ」
少年の瞳はきらきら輝いていた。
(ないのは、足だけではないかも)
僕は、そう思ったものだ。
この少年と別れて、もう随分立つ。
ところが今日、僕宛に手紙が届いた。
あの足のない少年からだった。
もっとも、僕と同じくらい
今では彼も大人になっているはずだが。
その手紙の中で彼は書いている。
「君にも翼が見えたよね」
あっ、と僕は驚いた。
僕は空を見上げている。
背に翼のある男が僕に手を振る。
なんだか、とても懐かしい。
空を飛ぶ男に僕は呼びかける。
「やあ、元気そうだね!」
そんな場面を思い出したのだ。
ほんの最近、僕が見た夢。
すっかり忘れていた。
そういえば、男には足がなかったかもしれない。
(あの男は、あの少年だったんだ!)
僕は嬉しくなって跳びはねる。
でも、ほんのちょっとしか浮けない。
(でも、君は本当に空を飛べるんだね)
すごい、と僕は思った。
たとえ、それが僕たちの
心の中にしかない空だとしても。
2012/05/19
じつにつまんない話なんだ。
まったくもう、つまんなくてつまんなくて
反吐が出るくらい。
それくらいつまんない話なんだ。
内容なんて、まるでないよ。
こんなの、聞くだけ時間の無駄だね。
もし聞いちゃったら、
きっと聞いたのを後悔して、落ち込んじゃうよ。
それくらいつまんない話なんだ。
本当だって。
で、どんなにつまんない話かというと、
もうどうにもこうにも救いようがないくらいだね。
いっそ自殺したくなるくらい。
つまり、死にたくなるくらいつまんないんだ。
わかるだろ、
どんなにつまんないか。
もううんざりするよ。
そういうわけだから、話すまでもないよね。
だからもう、つまんない話はやめる。
いやいや、本当に。
わざわざ聞くまでもないって。
だって、本当につまんない話なんだから。
2012/05/18
その少年は本を読むのが好きだった。
だから、図書館にいるのも好きなのだった。
ある日、少年は家の近所の私立図書館に入った。
そこで彼は、奇妙な本を見つけた。
書名は「図書館の少年」。
児童向けの小説らしい。
少年は立ったまま読み始めた。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(あは。こいつ、僕と同じことしてら)
少年は笑う。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(なんだ。これ、冗談かな)
少年は驚く。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(もう。ふざけるなよ)
少年は怒る。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(おいおい。まさか・・・・・・)
少年は心配になる。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(・・・・・・)
少年は・・・・・・
いつまでもいつまでも
本の中の少年は本を読み続ける。
少年の家の近所の私立図書館で。
2012/05/16
散りゆかば
朱色
絶えて
葉は緑
やがて実りて
豊穣となす
2012/05/15
散る花の
名は知らねど
はらはらと
香り
残せし
今更の恋
2012/05/14
捕えた女を鍋で煮ている。
「お嬢さん。湯加減はいかがですか?」
「ええと、ちょっと熱いわね」
「熱いくらいが、ちょうど良いのですよ」
「あら、そうなの?」
「そうなんです」
近くで太鼓の音がする。
「お祭りでもあるのかしら」
「そうですよ。あなたを歓迎しているのです」
「まあ。それは光栄ね」
「期待してください」
なんとも言えない香りがする。
「どうして、野菜や果物が一緒に入ってるの?」
「野菜は健康に良いのですよ」
「果物は?」
「美容によろしい」
「肌がきれいになるかしら」
「もちろんです」
こっそり鍋に塩を入れる。
「あなたも一緒に入ったら?」
「と、とんでもありません!」
「あら。恥ずかしいの?」
「そ、そういうわけではありませんが・・・・・・」
「おかしな人ね」
「すみません」
木の枝を火に投げ込む。
「なんだか、めまいがするんだけど・・・・・・」
「もうすぐですよ」
熱帯の月が笑いかける。
2012/05/13
眩暈と吐き気のする深夜の国道。
ドブのように黒いコーヒーを飲みながら
俺は会社の営業用車を運転していた。
死にそうなほど瞼が重い。
非常識な超過勤務。
痛みと疲労と睡眠不足。
一瞬の空白。
そして、衝撃があった。
俺は、あわててブレーキを踏む。
通り過ぎたはずの後方のアスファルトの上に
なにか黒っぽい物体が見える。
ドアを開け、車道に降り立つ。
動けずに立ちすくんでいると、
その黒い物体がムクムクと起き上がった。
それは人影のようにも見える。
が、人にしては、あまりにも形が崩れていた。
這い上がり、立ち上がり、そして
その黒い影が、こっちへ向かって来る。
俺は、全身に悪寒を感じた。
それは純粋な恐怖だった。
この世のものとは思えぬ異形。
得体の知れぬ怪物。
それが近づいてくる。
さらに近づく。
(危険だ!)
俺は運転席に戻る。
しっかりドアを閉める余裕もない。
ペダルを踏む。
動かない。
エンジンが止まっている。
心臓まで止まりそうだった。
なんとか発進させる。
後方確認。
(うわっ!)
危なかった。
すぐ背後に迫っていた。
アクセルを踏む。
やがて視界から見えなくなった。
(なんなんだ、あれは?)
まだ心臓がドキドキしている。
赤信号の交差点で止まる。
バックミラーを覗く。
(・・・・・・まさか!)
追われていた。
異形の影が小さく見える。
そして、それが徐々に大きくなる。
信号を無視して発進。
追ってくる。
まだ追ってくる。
どこまでも追ってくる。
いくつもの交差点を突き切る。
気づいた時には
視界いっぱいに大型トラックが迫っていた。
すべての動きが緩慢に見える。
もう逃れられない。
死を覚悟した。
その刹那、俺は見た。
迫りくる大型トラックの運転席にいるのも
やはり異形の影なのだった。
2012/05/12
「喘ぎ声が凄い洗濯機」という動画が
かつて話題になったことがある。
洗濯槽が回転する時、擦れるのか軋むのか
女性の喘ぎ声に似た騒音が出る洗濯機の話。
不況下の苦肉の策であろう。
これを応用した独身男性向けセクシー家電を
某家電メーカーが大量生産してしまった。
洗濯機の場合、声質が選べて
水量によって発声が微妙に変化する展開。
冷蔵庫の場合、モーター音を喘ぎ声に似せ、
さらに扉を開ければ「イヤ〜ン」と悩ましい声を出す。
エアコンや空気清浄器の稼働音も同様。
これらがメディアや口コミで話題になり、
意外なヒット商品となった。
調子に乗って、炊飯器、ジャーポット、パソコン、・・・・・・
そのうち腐女子向け男声仕様まで登場する始末。
すると、某ガス器具メーカーまで便乗し、
風呂釜や湯沸かし器まで喘がせてしまった。
台所用品のメーカーでも
笛吹きケトル「セクシーブロー」が販売された。
さらには、某自動車メーカーまで参入。
さすがに露骨な喘ぎ声は出せないものの
「性的1/fゆらぎ」のキャッチコピーで販売。
国内に限らず、海外でもそこそこ人気とのこと。
まったく嘘みたいな話である。
なんということはない。
つまり、「不況下でもエロなら売れる」という
情けなくも切ない事実。
2012/05/12
突然、ふたりは出会った。
それは、あり得ない出会いだった。
僕が死んだはずの彼女に出会った時、
彼女は死んだはずの僕に出会った。
つまり僕たちは、互いに自分は生き延び、
互いに相手が亡くなったものと信じていたのだ。
「私、あなたの葬式に出たわよ」
「僕なんか、君の死に顔を見たぞ」
「そんなの嘘よ」
「そっちこそ」
どうも話が合わない。
互いの記憶が喰い違っている。
「だって、私があなたを・・・・・・」
彼女が言い淀む言葉を
僕は直感できた。
「いや違う。僕が君を殺したんだ」
ふたりは互いに見つめ合う。
その表情を別にすれば
まるで昔の恋人同士のように。
2012/05/10
近所のホームセンターで女子高生の球根を買った。
ほんの冗談のつもりだった。
だから、バケツに水を入れて球根を固定しておいたら
本当に女子高生が生えてきたのには驚いてしまった。
水栽培のヒト型観葉植物である。
品種改良とか遺伝子組み換えとか
いわゆるバイオテクノロジーの進歩は凄まじい。
それらしい葉っぱの組み合わせなのだが
有名な私立高校の制服まで身に着けている。
さすがに喋ることはできない。
外観が少女に似ている植物に過ぎないのだ。
ただし、触れると多少は動く。
たとえば、両腕に相当する部分が正面に寄ってくる。
顔の部分も微妙に動いて、表情が変わる。
オジキソウと同じ原理らしい。
生長しても等身大までにはならず、
せいぜい半身大よりちょっと高くなる程度。
もともとはタマネギだったかキャベツだったか
とにかく野菜なので、食べることもできる。
しかし、さすがにここまで育ててしまうと
愛着が湧き、とても食用にはできない。
かと言って、そのうち枯れるだろうし、
いつまでも愛らしい形を留めているわけでもない。
鑑賞しながら、ため息が出る。
恥ずかしくて、とても公表できないが
もう命名までしてある。
まったく悩ましいものを買ってしまったものだ。