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  • ピアノの失恋

    2013/01/13

    切ない話

    ピアノがピアニストに恋をした。


    ピアニストの指先が
    ピアノのキーに触れると、

    ほんの少し高めの音が出てしまう。


    調律師を呼んでみたが、

    調律師に恋していないピアノは
    美しく正確な音を出すばかり。

    「完璧ですね」

    なぜか涙目の調律師。


    ピアニストには
    愛するフィアンセがいた。

    ふたりがピアノの前に並んで
    仲良く連弾とかしようものなら

    ピアノは嫉妬に狂って
    とんでもない不協和音を響かせる。


    とうとう恋するピアノは
    ピアニストにきらわれてしまい、

    隣町の楽器屋に売られてしまった。


    さて、それから
    この失恋したピアノがどうなったのか

    と言うと・・・・・・


    音楽家たちの噂によれば

    さる異国のピアノ愛好家に
    大層高く買われたそうである。
     

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  • 追究の住宅街

    2013/01/12

    変な話

    夜の住宅街を歩くのはきらいだ。
    犬は吠えるし、猫は死んでるし。

    それに

    水道のポンプなのか
    エアコンの室外機なのか

    モーターの音は耳障りだし。


    そりゃ
    たまには良いこともあるけどさ。

    眠れない若奥さんがパジャマ姿で
    袋小路でひとり踊っていたりして。


    だからなんだ。

    と追究されても困るが。


    だいたい

    こんな夜更けに
    どうして住宅街を歩いているのだ。

    そこまで追究されても困るが。
     

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  • 血の川

    2013/01/11

    切ない話

    「あっ!」

    ポタポタと血が垂れた。
    割れたグラスで手を切ってしまったのだ。

    垂れた血は白い食卓の上に
    小さな赤い池を作った。

    すぐに池はあふれ、
    川となって流れ、

    やがて食卓の縁から
    滝となって落ちてゆく。

    それにより、その真下、

    ダイニングの床の上に
    小さな滝壺ができていた。

    その赤い滝壺から
    さらに血の川が延びてゆく。

    (どこまで流れてゆくのかしら?)

    好奇心に駆られて追跡してみる。
    血の川は床の上を蛇行しながら流れてゆく。

    けれども、そこまで。

    川は廊下まで届かず、
    敷居の手前で涸れていた。

    なんだか、とても哀しくなった。


    涸れてしまった黒っぽい川床に
    そっと手をかざしてみる。

    でも、残念ながら
    もう血は一滴も垂れないのだった。
     

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  • ゾウの教訓

    2013/01/11

    愉快な話

    ひとつの小さな村が
    一頭の大きなゾウに襲われた。

    そのとてつもなく巨大なゾウは
    なんでも踏みつぶしてしまうのだった。

    こいつを退治しなければ村は全滅する。

    「ダメよ、ダメダメ。
     ゾウを殺すなんて、かわいそう」

    そんな心優しい女は
    まっ先にゾウに踏み殺されてしまった。


    村人たちは広場に集まり、相談した。

    「落とし穴を掘ろう。
     あいつを落として捕まえるんだ」

    さっそく全員で穴を掘り始めた。

    ところが、すぐにゾウが姿を現した。

    まだ落とし穴は未完成。
    逃げなくては。

    でも広場には逃げる場所がない。

    みんなあわてふためき、
    掘ったばかりの穴に飛び込んだ。

    そして
    その上にゾウが落ちてきた。


    それだけ。

    なんの教訓もないのだった。
     

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  • 添い寝

    2013/01/10

    怖い話

    ひとりで寝るのがいやなのね。

    坊や、
    暗闇が怖いのかしら。

    それとも、悪い夢を見るの?

    ううん、心配しなくていいのよ。
    私が添い寝してあげるから。

    坊やは臆病なんかじゃない。
    想像力と感受性が豊かなだけ。


    いつもどんなこと考えるの?

    ふうん、渦巻きを想像するの。
    ぐるぐるまわり続ける渦巻きね。

    その回転は誰にも止められない。
    まわるたびに大きくなるのね。

    渦巻きはどこまでも大きくなる。

    太陽系よりも大きくなる。
    銀河系よりも大きくなる。

    もっと大きく、さらに大きく。
    無限に大きくなり続ける渦巻き。


    うわあ。
    なんだか目がまわっちゃうね。

    なるほど。
    それは怖い話ね。

    私の方が怖くなっちゃった。
    坊やの腕にすがっちゃう。

    すごい。
    力こぶが硬い。

    うん、なんだか頼もしいな。

    それじゃ、打ち明けても大丈夫かな。

    どうしようかな。
    いいかな。


    あのね、驚かないでね。

    小さな話なの。

    渦巻きなんかより
    ずっとずっと小さな話なの。

    どういう話かと言うと・・・


    あのね
    じつは私ね

    鬼だったりして。
     

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    • Tome館長

      2013/11/08 18:29

      「広報まいさか」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2013/11/08 18:29

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 白い影

    2013/01/09

    怖い話

    夜、眠れなくて
    ひとり、灰色の舗道を歩く。

    ふと気づく。
    自分の影が白い、と。

    腕を上げると、白い影も腕を上げる。
    脚を開くと、白い影も脚を開く。

    やはり、舗道のラクガキなどではない。

    正真正銘、自分の影だ。


    辺りを見回してみる。

    いくつもの白い影が
    あちらこちらに佇んでいる。

    建物の影、電信柱の影、並木の影。

    見上げれば、真っ白な満月。

    (そうか。あんなに月が白いから・・・)


    嬉しくなり、思わずスキップする。
    白い影も舗道の上をスキップする。

    (スキップ、スキップ、楽しいな!)


    白い影が笑う。
    口が灰色に裂ける。


    ますます眠れなくなりそうな

    ますます白い
    満月の夜。
     

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  • 鈴 虫

    2013/01/08

    変な話

    浅い眠りから覚めたばかり。
    なにやら夢を見ていたようだ。

    眠っている間に日は暮れてしまい、
    すっかり夜になっていた。


    起きて歯を磨き、
    顔を洗い、軽い運動をする。

    それでも眠気は取れないのだった。


    室内照明を消す。

    窓の外は月明かり。
    そんなに部屋の中は暗くない。

    窓辺のソファーに腰かけ、
    忘れつつある夢の映像を思い出してみる。


    (灰色のドレスを着た案山子のような女)

    また眠りに落ちそうな予感・・・


    不意に大きな音が聞こえた。
    それは鈴虫の鳴き声。

    どうやら窓辺に一匹いるらしい。

    ソファーに寝転び、目を閉じて聴く。
    大きな音なのに、眠気は続いていた。

    実感はないものの可能性として
    この音も夢かもしれない

    と考えてみた。

    音はリアルでも
    鈴虫の存在はリアルではない。

    この窓辺が
    夢と現実との境界面かもしれないのだ。


    再び灰色のドレスの女の姿が見えてきた。

    案山子の顔だから
    笑うこともかなわない。

    やはりこのまま眠ってしまいそうだ。


    それにしても
    寝心地のよいソファー。

    このソファーを窓辺に置いた記憶はない。
    そもそもソファーなど部屋にあったろうか。

    そう考えてみると
    この部屋もなんだか空々しい。

    あの案山子女の顔に似ている。

    はて、どちらが本当の夢なのだろう。
    案山子女、それともソファーのある部屋。

    まあ、どちらが夢でも構わないが・・・


    そんなことを考えるせいか眠れない。

    あるいは
    もう眠っているのだろうか。


    いずれにせよ
    窓辺で鈴虫が鳴いている。
     

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  • 少年たち

     草原を走る裸の少年たち。
     追い迫るは馬上の貴婦人。


    「どうしよう」
    「どうする?」

    「隠れようか?」
    「そんな場所ないよ」

    「見つかったら、どうする?」
    「踊って見せようか? 小鹿のように」

    「ぼくたち、小鹿じゃないよ」
    「残念ながら」

    「鉄砲かついだ猟師も一緒だ」
    「撃たれちゃう」

    「とにかく逃げよう」
    「捕まるよ。きっと殺される」

    「この先、罠が仕掛けてあるかも」
    「罠はきらいだ。痛いもん」

    「いっそ、わざと捕まってみようか」
    「抵抗せずに?」

    「歓迎するみたいに」
    「なるほどね」

    「そうだ、そうしよう」
    「どうせ逃げられやしないんだからね」
     

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  • 視 界

    2013/01/06

    変な話

    視界の上半分には空色の空がある。
    視界の下半分には海色の海がある。

    ふたつの境には水平線が引かれている。

    空の上にあるのは雲と太陽と昼の月。
    海の上に浮かんでいるのは小舟ひとつ。

    小舟の上にはひとりの漁師がいる。
    漁師は両手で釣竿を支えている。

    釣竿の先からは釣糸が垂れ、
    海面を突き抜け、海中に沈んでいる。

    その釣糸の先端には釣針が結ばれ、
    釣針には餌が刺さっている。


    海中にはたくさんの魚が泳いでいた。


    今、一匹の魚が餌を飲み込んだ。

    餌だけ。
    釣針は飲み込まなかった。

    すると、釣針から餌が消えた。

    餌が消えると、釣針も消えた。
    釣針が消えると、釣糸も消えた。

    釣糸が消えると、釣竿も消えた。
    釣竿が消えると、漁師の両手も消えた。

    漁師の両手が消えると、漁師も消えた。
    漁師が消えると、小舟も消えた。

    小舟が消えると
    雲と太陽と昼の月も消えた。

    雲と太陽と昼の月が消えると
    空も消えた。

    空が消えると、海も消えた。
    空と海が消えたので、水平線も消えた。


    そして、みんな消えてしまった。


    消え損なった魚だけが泳いでいる。
    じつに優雅に・・・

    でも、魚の姿は見えない。
    太陽も昼の月も消えてしまったから。
     

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  • 子どもの言い分

    ぼくが親を選んだわけではないし、
    ぼくが国を選べたはずもない。

    だからぼくは

    知らない人たちを親として
    知らない国に生まれてきたわけだ。


    最初は

    幼くて弱くて悪くて
    なんにもできなくて

    助けてもらわないことには
    生き続けることさえできなかった。


    大人たちは
    比較的長く生きているから

    いろんなことに自信たっぷりで
    いろんなことをぼくに命令した。


    ぼくが決めてもいないルールを
    ぼくに守らせようと強いるだけでなく、

    ぼくが疑っているのに
    疑うのはいけない

    とさえ言うのだ。


    知らないうちに
    ぼくは子どもでなくなり、

    子どもでないゆえに
    ぼくは大人になってしまったわけだけど

    ぼくが決めてもいない
    納得してもいないルールなんか

    たとえ従うしかないとしても

    ぼくは
    死んでも認めないからね。
     

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