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  • はりつけ

    2011/06/22

    ひどい話

    彼女は磔にされた。

    十字架の上に釘で手足をとめられ、
    裸のまま商店街を運ばれてゆくのだった。


    (せめて腰布くらい巻いてほしいな)

    年頃の彼女はそんなことを思うのだが
    それを口にするのはためらわれた。

    なにしろ、彼女は罪人なのだから。


    途中、アーケードの通路の幅が狭いために
    十字架の端が店先の看板に当たってしまう。

    「おい、気をつけてくれよ!」

    八百屋の親父に怒鳴られたりする。

    そのたびに彼女は謝らなければならなかった。

    「すみません。どうもすみません」
    「ふん、いい気なもんだね」

    憎まれ口をたたかれたりする。


    商店街を通り抜け、駅前通りの横断歩道を渡り、
    駅前広場の噴水の池のほとりまで運ばれ、
    そこに十字架は下ろされた。

    「さて、どうやって立てるね」
    「さてさて、どうしたもんかね」
    「どうやら適当な穴もなさそうだな」

    地面に置かれた十字架を見下ろしながら
    それを運んできた男たちが相談を始めた。
     
    「あの、いかがでしょう。
     そこの噴水の像に縛ってみては」

    おそるおそる彼女は提案する。

    「ああ、あれか」
    「ああ、あれね」
    「なるほど。うん、あれでいいな」

    快く同意が得られ、彼女はホッとする。


    ふたたび十字架は男たちによって持ち上げられ、
    放尿し続ける子どもの像を杭がわりとして
    噴水の池の中央に高く立てられた。

    「ちょっと傾いてるかな」
    「いいよ。これぐらいなら」
    「うん。なかなか立派なもんだ」

    男たちは仕事に満足し、
    さっさと引きあげてしまう。


    こうして十字架が立てられた結果、
    釘でとめられただけの手足にもろに体重がかかる。

    そのあまりの痛みのために
    彼女は気が遠くなるのだった。

    もしも悪い夢を見ているのだとしたら
    この痛みの意味をどう説明すればいいのだろう。

    彼女には説明できないのだった。

     
    どれくらいの時が過ぎたろう。

    ふと目を開くと、
    学校帰りの小学生たちが彼女を見上げていた。


    「悪いことをした女なんだって」
    「やっぱりね」

    「きっといやらしいことをしたんだ」
    「どんなこと?」

    「さあ、知らないけど」
    「校長先生の頭を舐めるとか」

    「うわあ。それ、すっごくいやらしい!」


    子どもは勝手なことばかり言う。

    彼女は泣きたくなってきた。

    ひとつも悪いことなんかしてないのに。

    いやらしいことだって
    なんにもしてないのに。


    実際、彼女はなにもしていないのだった。
    ところが、それが彼女の罪だと言うのだ。

    十字架上の彼女はただ泣くことしかできず、
    なんとも情けない噴水なのだった。


    やがて、日が暮れた。

    会社帰りのサラリーマンが十字架を見上げる。

    「もったいないなあ」

    わざと彼女の耳に届くように嘆く。

    でも、彼女には聞こえていないようだ。


    十字架が浮かび上がる夜空には
    月も星も、それこそなんにも見えないのだった。
     

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  • 最後の審判

    2011/06/05

    ひどい話

    おれは偽りのクリスチャン。

    ここはパイプオルガン鳴り響く教会。

    おれは深く頭を垂れ、
    神に祈りを捧げるふりをしていた。

    やがて沈黙が訪れ、
    続いて声がした。

    「不信心者よ。わたしを見よ」

    見ると、それは神であった。
    その姿の他はすべて闇であった。

    「時の流れを止めた。ここには音も光も届かぬ」
    「はあ」

    「わたしはこれより最後の審判を下す」
    「さようですか」

    「しかし、おまえたちに最後のチャンスも与えよう」
    「それは結構なことです」

    「おまえ、最後の審判を下しなさい」
    「意味がわからないのですが」

    「おまえたちのひとりであるおまえに
     おまえたちをまかせたのだ」

    「なぜまたそんなことを」

    「わたしが審判を下せばおまえたちは消える。
     だから、せめてもの最後のチャンスなのだ」

    「そういうことでしたら・・・・・・」

    おれはつぶやいた。

    「神はいない」

    すると、世界はステンドグラスの光と
    パイプオルガンの音で満たされた。


    おれは深く頭を垂れ、

    神に祈りを捧げるふりを
    いつまでも続けた。
     

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  • 未来の昔話

    2011/04/29

    ひどい話

    「昔、ここに火力発電所があったんだよ」
    わしは孫の未来に語りかける。

    「じつに大きな建物でな、
     もうあんな大きな建物は作れないだろうな」

    わしのすぐ横で
    未来は無言のままブランコを漕いでいる。


    「わしも見たことないが、もっと昔は
     どこかに原子力発電所というのもあったんだそうだ」

    「うん。教科書に書いてあった」

    まっすぐ前を向いたまま
    未来が呟く。

    開かれた窓の向こう
    丘の上に巨大な風車がいくつも見える。


    「今は、水力と風力と太陽光と地熱と潮力と・・・・・・」
    「人力発電!」

    「・・・・・・そうだな」

    未来は怒ったように
    人力発電ブランコを漕ぎ続けている。


    せっかくの休日なのに
    子どもは素直に遊べない。

    老人も安楽に隠居できない。

    どうしてこんなことになってしまったのか。


    車輪のない家庭用人力発電自転車の
    ペダルが重い。
     

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  • 退 屈

    2009/01/24

    ひどい話

     
    突然、同居人が叫ぶ。

    「ああ、退屈で退屈で退屈で
     人殺しでもしなければ脳が腐りそうだ!」

    もう、手遅れかもしれない、と私は思う。

    確認しておく必要があった。

    「想像では不満なの?」
    「だめだ。全然だめだ。想像では罪を感じない」

    「想像力が不十分なのでは?」
    「そうかもしれない。が、もう限界だ」

    やはり手遅れのようだ。
    ちゃんと教えてやるべきだろう。

    「あんた、もう脳が腐ってるわ」
    「なんだと!」

    同居人が私の首を絞める。

    「こ、殺す。殺してやる!」

    苦しい。本当に殺されてしまう。

    でも、これでいいのかもしれない。

    私だって退屈で退屈で退屈で
    殺されなければ脳が腐りそうだったから。
     

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  • 反 射

    2009/01/18

    ひどい話

    おれがやったんじゃねえ。信じてくれよ。

    いや。全然おれがやってねえ、とは言わねえ。
    やったのはおれだが、やるつもりはなかった。

    このおれの体が勝手にやったんだ。
    つまり、その、反射みたいなやつだな。

    ほれ。膝をたたくと足が上がるじゃねえか。
    あれだよ、あれ。あんなもんなんだ。うん。

    上げないようにしても足が上がっちまうのさ。
    だから、そんなふうに膝をたたく方が悪い。

    足を上げるのが悪いと言われても困るよな。
    だから、おれは悪くないんだ。わかるだろ。

    どうして疑うのかな。頼むよ、ほんとに。

    あっ、ほら。いわんこっちゃねえだろ。
    なぐっちまったじゃねえか、おまえをよ。

    おれじゃねえよ。おれの腕が勝手にしたんだ。
    おれを信じないからだよ。おまえ、疑ったろ。

    だめなんだよ。あっ、またやっちまった。
    だから、そんな目でおれを見るなよ。頼むよ。

    あっ、蹴っちまった。あっ、なんてことを。
    あっ、だめ。あっ、ひどい。あっ、そんな。


    あーあ、またやっちまった。しょうがねえなー。
     

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    • Tome館長

      2013/02/10 12:36

      「しゃべりたいむ・・・」かおりさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2012/04/12 12:00

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • いやな女

    2009/01/17

    ひどい話

    ねえ、あんた。そう、あんたよ。

    あら、逃げなくたっていいじゃない。
    ホント、臆病なんだから、もう。

    そう、あんたに話があるの。
    別にたいしたことじゃないのよ。

    あんた、あたしのこと好きでしょ?

    なにキョロキョロしてんのよ。
    意気地がないんだから、ホントに。

    好きなんでしょ? あたしのこと。
    ほら、やっぱりね。

    あたし、前からわかってたんだ。
    バカじゃないんだからね。

    だって、いつもコソコソ見てたでしょ?
    盗み見るっていうのかしら、あれ。

    ピッタリよね。あんたらしいわ。
    なんていうか、陰湿な目付きでさ。

    そのうち心配になってきちゃうのよね。

    あたし見て、なに考えてるのかなって。
    いやらしいこと考えてるんだろうなって。

    あんた、なに赤くなってんのよ。
    もう、恥ずかしいのはこっちなんだから。

    でもね、別にいやじゃないわよ。
    好かれてるって、悪い気しないし。

    あんた、そんなにきらいじゃないし。
    もちろん、そんなに好きでもないわよ。

    そこんとこ、勘違いしないでね。
    でも、きらいじゃないってことは確かよ。

    ホントだってば。うん、ホント。

    でね、あんたに頼みがあるんだけど。
    ねえ、聞いてくれる? どう?

    ホント? わあ、嬉しい!

    あのね、ちょっと言いにくいんだけど。
    ほら、あそこに彼がいるでしょ?

    そうそう、彼。あの背の高い子。

    あんた、彼の友だちよね?
    だって、いつも仲がいいじゃない。

    いいのよ、そんなこと、どうだって。

    それで、彼にたずねて欲しいの。
    あたしのこと、どう思ってるのかって。

    そう、なんとなくでいいのよ。
    あたしが好きなのかどうか、とか。

    質問じゃなくて、暗示みたいにしてさ。
    話の途中なんかにさりげなく。

    いいでしょ? これくらい。
    ねっ、ねっ、お願いだから。

    あんたなら、わかるでしょ?
    あたしの気持ち、わかるでしょ?
     

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    • Tome館長

      2013/02/26 10:27

      「しゃべりたいむ・・・」かおりさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2011/07/31 23:39

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2011/01/30 22:42

      ケロログ「さとる文庫」のもぐらサンが 朗読してくださいました!

  • 真夜中の電話

    2009/01/12

    ひどい話

    真夜中に電話の音で起こされた。


    暗かった。
    寝ぼけていた。

    ありもしない目覚まし時計を探した。
    なにやらガラスが割れた。

    手を切ってしまったらしい。
    ぬるりとしたものを手のひらに感じた。

    起き上がってみた。
    なにかに頭をぶつけた。

    ひどく痛かった。
    地団駄を踏んだ。


    ここはどこだ。
    思い出せない。

    照明スイッチの場所がわからない。
    とりあえず手探りで進むしかない。

    ところが、壁に突き指をした。
    涙が出た。

    泣き始めたら、足を踏み外した。
    階段から転げ落ちた。

    死んだか、と思った。
    どこかの骨が折れたに違いない。


    まだ電話は鳴っている。
    めまいがする。

    真っ暗な廊下を這って進んだ。
    ゾウガメになった気分。

    なにをしているのだ。
    わからない。


    ようやく受話器に辿り着いた。
    嬉しかった。

    苦労して受話器を取った。


    「真夜中になにしとる? さっさと寝ろ!」


    怒鳴られた。
    そのまま電話は切れた。



    もう眠ることはできなかった。
     

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  • 百人の軍隊

    2009/01/06

    ひどい話

    どこにも敵はいないのだった。

    のどかな小さな村があるばかり。
    そよ風とうららかな日差しがふさわしかった。


    それでも、なぜか軍隊があるのだった。

    百人の兵士と十台の戦車を有する
    なかなかたいした軍隊であった。

    ところが、敵がいないのだった。
    どうにも格好がつかないのだった。


    「敵を探せ!」

    隊長の命令は絶対だった。
    百人の兵士たちは必死に敵を探した。

    「納屋の奥にムカデが一匹いました」
    「やっつけろ!」

    さっそく十台の戦車が出動した。
    ムカデはともかく、納屋は完全につぶれた。

    「ムカデの基地を壊滅しました」
    「ご苦労であった」


    村人たちは迷惑でしかたないのだった。

    敵は、むしろ軍隊なのだった。
     

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  • 完全犯罪

    2008/12/30

    ひどい話

    ある男がある女を殺した。

    死んだ女は人類最後の女性。


    人工出産の技術は確立していない。

    やがて人類は絶滅するしかない。


    史上最悪の犯罪であった。

    しかも完全犯罪。


    殺したのは人類最後の男性。

    この男を裁く者はいない。
     

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    • Tome館長

      2012/08/11 14:02

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2011/10/29 13:02

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 使者の踊り

    2008/12/26

    ひどい話

    隣国との間に戦争が続いていた。
    永遠のように長い戦争であった。

    その隣国から、使者がやってきた。
    美しい瞳の小柄な少女だった。


    国王謁見の席で、使者の口上。

    「踊り終わる時、ついに平和ぞ訪れん」

    そのまま使者は、静かに踊り始めた。


    それは素晴らしい踊りであった。
    汚れた心が洗われるようであった。

    人々の喜びが歓声となった。

    重い鎧を脱ぎ、剣を折る騎士。
    笑いながら泣き出す大臣もいた。


    使者の踊りは、いつまでも続いた。

    その夜、隣国の大軍が攻めてきた。


    そして、夜明けとともに
    使者の踊りは、静かに終わった。
     

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